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irregular  作者: 二次元逃避中
第一章
8/10

運命の分岐点

「急がないと!」


有らん限りの傷薬を持ってレイシェルは駆け出す。


バクバクと心臓が嫌な音を立てて止まない。


(分かってた……そう長くはないって事は。でも早すぎる!!)


駆け付けたレイシェルは、倒れ込んだ男を見付けた。


男の顔は血の気を失い、息も荒々しい。


レイシェルが近付いても反応を示さない姿は、いつかの記憶を呼び覚ます。


「冗談じゃない……!」


この際都合が良いと割り切って、男の傍に屈みこんだ。


「……嘘、何これ」


レイシェルは今まで近寄る事すら出来なかった為、傷の具合を正確には把握出来ていなかったのである。


切れた服から見えたのは、傷口なんてものではない。


風穴だ。


こんなに深い傷を負ったまま、一週間近く生きていられたのが恐ろしい程に傷は深く。


レイシェルは、唇を噛み締める。


(手持ちの傷薬じゃ、とても治しきれない……。けど、村に連れていっても間に合わない)


仮に傷口だけを塞げたとしても、血が足りない上に男の体力ももはや限界だ。


(どうしよう……、このままじゃ)


一刻も争う事態なのに、解決する方法が見つからない。


(どうしたら……!)


気が動転して、どうしていいか分からず泣きそうになる。


「リリー……」


そんなレイシェルの耳に、微かに声が聞こえた。


小さな声は、最期の言葉だろうか?


助けられないのならば、せめて、せめて最期の言葉を聞こうとレイシェルは口元に耳を寄せる。


「すま、……ない」


(すまない?)


「仇を討てなくて……、すまない」


ハッと目を見開いた。


(……やる事がある。まだやるべき事があるんだ、この人には)


ならば、何としても助けなくてはなるまい。


きっと、恨まれるだろう。


どうして楽にしてくれなかったのかと。


でも、それでも良いとレイシェルは決めたのだ。


「絶対に助ける……。まだ、やるべき事があるんでしょう?」


これは、一か八かの賭けで、成功する可能性は低い。


しかし、これしか方法は無いと理解している。


「お願い、どうか奇跡を--」


だから、レイシェルは強く願った。


奇跡を。


この人に、生を、と。


だから周りを気にせず、本で学んだだけの知識を元に全てを掛けた。


(世界と同調し)


肌で風を感じ。


(呪文の代わりに唄で世界と結び付け)


木々の声に耳を傾ける。


(そして、奇跡を下ろす)


だからレイシェルは唄った。


奇跡を願って、ただひたすらに。




目を覚ますとその男、ノエは、木の下に寝かされていた。


周りを見回すと、少し離れた所で例の少女が寝息を立てている。


「死に損なったのか……」


我ながら情けないと苦笑する。


ノエは曖昧な意識の中、光を見た気がした。


『……まだやるべき事があるんでしょう?』


小さな影が、自分に生きろという。


成すべきことをなせと。


ならば、今しばらく生きてみてもいいかもしれない、とノエは思うことにした。


現状は袋小路に追い詰められた鼠そのものだが、生き続ければ復讐の機会があるやもしれない。


そして、ノエの意識はまた微睡みに落ちていく。




「傷はだいぶ塞がったね」


数日後、男の様子を見に来たレイシェルはホッと息を付いた。


あんな無茶苦茶で、なんとか魔法を行使出来たらしい。


レイシェルが元にしたのは魔法についてかれた書物で、見様見真似で魔法を使ったわけである。


(まあ、案外なんとかなるものだね)


しかし、どうしたのだろうかと困惑気味に"彼"を見た。


前は近付いた途端に斬りかかってきたというのに、やけに大人しい。


(いや、傷の様子を見るのにはその方が楽で良いんだけど。押さえ付けなくて良いし)


「……一つ、聞いても良いか?」


不意に声を掛けられて、レイシェルは驚いてしまう。


今まで、一度しか口を開いた事が無かった"彼"が、口を開いたのだ。


驚きの余り、一瞬聞き間違いかと思ってしまった程である。


(これは、罵倒来るか……!)


「構わないけど、何かな?無口だったお兄さん」


ゴクリと固唾を呑んで、表向きは笑顔で覚悟を決めるレイシェル。


「……君の、名は?」


「は……、名前?」


しかし、それは予想外なものだった。


てっきり、恨み言を言われるとばかり思っていたレイシェルはポカンとする。


「えっと……、そう名前、名前ね!私は、レイシェルだよ。お兄さんは?」


動揺を悟られないように笑って誤魔化して、"彼"に名前を訊ねてみる。


(まあ、返ってくるなんて期待はしてないんだけど、形式上は……)


「……私は、ノエ・ナサニエル。ネイトとでも呼んでくれ」


「そう……。よろしく、ネイト」


返事が返ってきた事にまた驚くも、直ぐに復活する。


何となくさん付けはしっくり来ず、呼び捨てで呼んでしまったレイシェルはネイトの様子を伺った。


気分を害した様子も無いので、ひとまず良いとする。


かくして、ネイトはレイシェルによって助けられたのだ。

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