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irregular  作者: 二次元逃避中
第一章
7/10

全ての始まり

復讐の誓いを立て、十年以上その時の為に力を温存し、策略を練り、万全を期した。


そのはずだった。


しかし。


全ては敵の掌の上で遊ばれていただけ。


気がついた時にはもう遅かったのだ。


敵に包囲され、なす術もなく敗走する以外なく。


逃げ続けた男は、追いやられるように一つの森に辿り着いた。


そこは、ダソソーリオ(境界の森)と呼ばれる魔界と人間界とを分かつ森。


そこならば、敵の手を凌げるかもしれない。


そんな僅かな希望だけを胸に、男は森の中へ入った。


しかし、既に追手により手負いだった男には、満足に魔物を相手取る事が出来ず。


普段ならば苦労なく倒せる狼の魔物の、その牙に追い詰められる。


男の脳裏に、愚かな自分のせいで死なせてしまった最愛の妹が浮かんだ。


「こんなところで……」


まだ、死ぬわけにいかない。


復讐を遂げられず、"やつ"に一撃すら与えられてもいないというのに。


しかし、死に際の男は直視出来なかった現実を思い出してしまった。


(あんな、化け物を隠していたなんて……)


もう、どれだけ足掻こうとも無駄なのだと。


残酷なまでに突き付けられた現実に、男は絶望する。


「すまない、リリー……」


出来るならば、せめて復讐を遂げたかったと心底悔やんだ。

そうして男は絶望に身を任せ、忍び寄る魔物に死を実感する。


(ああ……)


このまま、魔物に食べれて死ぬのだろう。


そう、男は確かにそう思った。


しかし、それは予想もしない形で裏切られる事になる。



「これは、一体何事?」


幼い子供の声。


それと同時に魔物の群れが大きく道を開けた。


男は、驚きの余り目を見開く。


黒髪の、六歳頃に見える年端も行かない少女が、その奥から現れたのである。


「あれ……、人?」


少女もまた、男を見て驚いたように目を丸くした。


(魔物、いや魔族……?!)


魔物の跋扈する森に、人間の少女が居るのはどう考えても有り得ない。


男は朧気な記憶を呼び起こす。


確か魔境には、魔界に侵入者が入らないようにする為の守り人が居るはずだった。


ならば、この少女がそうなのだろうか?


混乱する男を尻目に、少女が背負っていた獲物を魔物に渡すと、魔物達はたちまちその場を走り去って行く。


「よし、これで大丈夫だよ」


そして、振り返った少女は無邪気に笑った。


これが当時最強と謳われた、五十九代目総帝ノエ・アーテ・ナサニエルとレイシェルの出会いだった。




「えーと、あとこれは効くかな?傷薬だって書いてるし、効くよね、多分。じゃあこっちは……」


ガサガサと机の上に色鮮やかな液体の入ったフラスコを置いていく。


五つのフラスコはどれも目に痛い色をしていて、レイシェルはうっ、と目を反らす。


「全部並べると破壊力抜群だわ」


チカチカする目を押さえながらフラスコを確認すると、割れないようにタオルで包んで鞄に詰め込んだ。


そして、また"彼"の元へ向う。


--レイシェルが、その男と出会ったのは実に七日前の事。


その日は、最近日課となりつつある鍛冶屋通いの帰りで、何時もの定位置にマオカミの姿が見えずにレイシェルは困惑したものだ。


森の中も嫌に静けさに満ちていて、何か妙な事が起きているのだろうと直ぐに気が付いたのである。


慌てて気配の集中する場所に向うと、マオカミが一人の人間を襲っている場面に出会す。


それが"彼"だった。


レイシェルは、その男の名前も、事情も何もかも知らない。

言葉は通じているのだろう、一度だけ発した言葉が「放っておいてほしい」だったのだから。


その時見えた傷口は深く、けれど魔物に負わされた傷では無いようだった。


(あれは、切り傷だった……)


長い獲物に斬りつけられたようなそんな傷。


それが全てを物語っているようだとレイシェルは苦笑する。

森の手前には、亜人や多種多様な種族が住む村があるのだ。

最悪の場合、村の医者に掛かるべきである。


幾ら人間に良い顔をしない村人でも、重傷人を放り出すほど酷くはない。


つまり、男にはそれが出来ないだけの理由が有るのだ。


何者かに追われる様な理由が。


こんな森まで来るのだから、相当な相手なのだろう事は容易に想像できる。


(……実は、指名手配犯だったりしてね)


案外合っているような気がして、レイシェルは肩を竦めた。

あれこれと考えても、自分が出来る事なんて無いに等しいのである。


そうして考えている間に、レイシェルは目的の場所に着いてしまう。


"彼"はやはり、何時もの木の下に寄り掛かった姿勢のままでいた。


「お兄さん、傷はどう?」


こうして話し掛けても、"彼"から声が返ってくることは無く。


これも何時もの事なので、レイシェルは気にしない。


「今日はね、傷薬を沢山持ってきたんだよ~」


などと明るく言いながら、鞄の中から例のフラスコを取り出す。


「……最後にこれ」


"彼"は並べたフラスコに目もくれず、沈黙した。


「……むむむ、駄目か」


(あんまり気乗りはしないけど、……ちょっと強引に行くしかないかなー)


仕方ない、とレイシェルが一歩踏み出すと、その手に一閃の光が横切る。


「ったー……」


滴り落ちる血と、男の手に握られた抜き身の剣。


軽く斬り付けられたのだと気付くのにはそうかからなかった。


こちらを威嚇するように睨み付ける男の瞳は、どこまでも暗い。


絶望と諦めと憎しみと、負の感情が渦巻く瞳は記憶の蓋をこじ開けるようで不快感が襲う。


(どうあっても、手を出すなって事ですかい……)


レイシェルが本気を出せば、男を力で押さえ付けて、傷薬を飲ませたりする事は出来ると分かっていた。


しかし、そこまで踏み込んで良いものだろうかと疑問も浮かぶ。


あの瞳を見ていれば、嫌でも分かるのである。


"彼"は死にたいのだ。


(出来れば、こうして会った以上は助けたいけど……)


それは、"彼"の望むことでは無いのもまた明白。


だから、レイシェルは仕方なく引くしかない。


「……とりあえずここ置いておくから」


並べられた傷薬を置いたままにし、もう一度"彼"を見た。


(重傷なんだから、そんなに動いたら駄目でしょうに……)


傷口が開いたのだろう、服に血が滲み出ている。


溜息を零しそうになるのを我慢し、レイシェルはその場を立ち去っていく。


「あ、マー坊!見張りよろしく。お駄賃はこれで」


忘れていたと去り際に、マオカミ(マー坊)に今日の獲物を渡して見張りを言い付けた。


(全く、嫌になる)


帰る途中で、悶々とした気持ちを晴らすように目を閉じる。


自分は無条件に人を助けるような善人ではない。それをレイシェルは自覚していた。


しかし、死にかけの人間をあっさりと見殺しに出来るほど悪人でも無い。


だから、ああして軽々しく言われると気が滅入ってしまう。


(お兄さんは、簡単に言うけども……。私はもう人が死ぬのは見たくない)


それは"彼"の都合だということを分かっていた。


そして、見殺しにしたくないというのもまた、レイシェルの勝手な都合だという事も。


蘇りそうになる記憶に蓋をする。


自分には関係無いと言い聞かせて、レイシェルは今日も帰っていくのだった。


--そんな日々は、長くは続かない。


そう、初めから分かっていた事だったのである。


見張りを言い付けたマオカミがレイシェルの所へ飛んできた事で、"彼"の容態が悪化したのは嫌でも分かってしまった。


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