森の外
木造建築の建物が立ち並ぶ村の中を、レイシェルは興味深げに見て回る。
どの建物も低く、最高で二階まである建物しかないらしい。
それは、一昔前の日本の風景を思い起こさせた。
今ではすっかり高い建物だらけの日本も、そういう時代があったのだとレイシェルの遠い記憶が蘇る。
そう言えば、授業で習ったなぁ、と。
(うーん、何か目立ってるなー)
キョロキョロと村を探索する子供が珍しいのか、レイシェルは村人の視線の的だった。
これだけ小規模な村なら、村人を把握していても不思議ではない。
そうなると、他所の人間だと一目でバレてしまうだろう。
それは少し面倒だな、とレイシェルは溜息をついた。
余所者というのは、どこであっても面倒事の種になる。
(絡まれなきゃ良いんだけどね……)
そこでレイシェルは、一部の村人に身体的特徴があるのに気が付く。
それは獣の耳であったり、先の尖った耳だったり、果ては頭が獣の獣人らしき者も。
大体多数の村人が、亜人か獣人のようだった。
もしかして、自分が視線を集めているのはそれはもあるのかもしれないとレイシェルは思い至る。
(不味い、かなー。人間が良く思われてない可能性有るし、うーん)
不安になり始めた時、唐突に後ろから声を掛けられる。
「お嬢ちゃん」
振り向くと、虎のような獣の姿をした獣人が目の前に立っていた。
「何か私に用事?ああ、さてはナンパかな!可愛いからね、うんうん」
あまり、いい空気を感じられないが、とりあえず明るく対応をしてみるレイシェル。
第一印象は大事なのだから、と少し空回った気もしないでも無い。
「……お嬢ちゃん、人間だろう?」
これにはどう答えようかとレイシェルも悩んでしまった。
人間だと素直に答えて、何が待っているのだろう。
(死?いや、また死ぬのは嫌だなー。暴行?いやいや痛いのも嫌だし。でも明らか人間だからね私。どうしようもなくね?)
黙り込んだレイシェルに、獣人は目を釣り上げて答えを要求する。
「人間、だろう?正直に言った方が身の為だぞ」
「いやいやいや、明らかに人間でしょうに。正直に言うも何も聞くまでも無いと思うけど」
ここまできたら、答えるしか無いと諦めるのだ。
(痛いのは嫌だなー、せっかく村を見つけたのに)
「何で、人間の餓鬼がこんな所に居やがる。大体、どっから来たんだ」
「何処って……、森から」
「はあ!?森って、あの、ダソソーリオからか!」
ぎょっとした獣人は信じられないと言う目でレイシェルを見る。
「この近くに森が二つ無いなら、多分ダソーなんちゃらで合ってる思うよ。多分だけど」
状況を飲み込めないレイシェルは、獣人の狼狽振りを何処か他人事のように眺めていた。
「一人でか」
「そうだよ」
その質問の後、獣人は何やら黙り込んでしまう。
結局、どうしてそんなに驚かれたのか分からないレイシェルは困惑するばかり。
「……それは、その、……難儀だな」
しばらくして復活した獣人が、気の毒そうに言った言葉に、何やら盛大な誤解を受けたのだと理解した。
「え、ちょ、何その可哀想な子を見る目は。何考えてるか分からないけど、違うよ?それ絶対勘違いだから!」
誤解を解こうとしても、「そうか、そうだな」と流れてしまい、どうしようもなく。
最終的に、獣人の彼がやっているという鍛冶屋まで連れて行かれる事に。
「ねー。もしもし?聞いてるー?誤解だって!」
「そうだな。よし、これなんかどうだ?魔除けのネックレスだ」
「聞いてない!だから、誤解なんだって」
店先で騒ぐのもどうかと思ったが、なんとしても誤解を解かなくては、と必死に説得した。
(それ、絶対高いやつでしょ!付属効果付いてるのは高いよね?!)
しかし、やはりそのどれも彼の耳には届かず、魔法のネックレスを半ば押し付けられるように貰う。
「……ありがとう」
疲れの余り、感謝の言葉が棒読みになるレイシェル。
まさか全部スルーされるとは、と乾いた笑いを零した。
(まあ、好意を無下にするのは悪いってことで……)
「ここって、鍛冶屋なんだよね。それじゃあ、これは?」
ふと視線に入ったのは、店の前に広げられてある商品達。
魔物の身体の一部だろうか?
それは色々な種類の物があるようで、店先に大雑把に並べられている。
「ああ、それか。それは武器を強化すんのに使う素材だ。そこから選んでウチで強化するんだが、使わなくなった素材はそうやって売ってるのさ。
あと、ウチは鍛冶屋だが素材の買取もしてる。その方が、良い素材が入るし、何より集める手間がかからねえからよ」
豪快に笑い飛ばす獣人だが、レイシェルが考えていたのは違う事だ。
(素材の買取って)
「……魔物の身体を買い取ってるの?」
「ああ」
「実は、見てもらいたい物が有るんだけど」
………………。
……………………。
「どう?」
「どうって…………お前、これどっから」
獣人の前に、大量の魔物の皮が積まれていた。
それを見て、獣人は呆れ返っている。
流石に無理も無いか、とレイシェルは苦笑気味。
この皮の山は、レイシェルが食べる時に邪魔だからと剥いで、しかし使い道も無く余ってしまったものだった。
魔物の身体を買い取っているという話を聞き、大急ぎで洋館へ取りに行ったのである。
「素材の買取してるって言うから、売れないかなーて思ったんだけど」
その言葉に、獣人は皮を手に取ってしげしげと観察し始める。
レイシェルは、それが終わるのを期待混じりに待つ。
「……幾つか解体の粗さが目立つが、どれも上物の魔物の皮だな。よし、金貨五枚で買い取ろう」
「よっし!」
思わずガッツポーズをして喜んだ。
初めて収入を得た事に、レイシェルは久しぶりに感動してしまう。
これならば、安定はしないかもしれないが、収入を得ることが出来る。
それが分かっただけでも、この村に来た甲斐があった。
「ほら、金貨五枚。丁度だ」
「ほーい」
受け取った金貨は光を弾いてキラキラと光っている。
それを満足げに眺めると、ひとまずポッケにしまう。
(ふふふ、一気にお金持ちじゃない?私)
「一応聞いておくが、貨幣の価値をちゃんと分かってるだろうな?」
「ん?いや、全然」
いっそ清々しい程に胸を張ってレイシェルは答えた。
途端に頭痛がしたように、獣人は額を手で押さえる。
「……良いかよく聞け。貨幣には、銅貨、銀貨、金貨があって銅貨は価値が最も低く、金貨は最も高い。
銅貨四枚で銀貨1枚、銀貨十枚で金貨1枚に相当する。
一部特殊な金貨はこの限りではないが、金貨五枚は十分に大金なんだと理解しろ」
「はいな」
(いやー、随分と親切だな。どんだけ私危うく見られてるの?)
まぁ、いいか、とレイシェルは頭を振って改めて獣人を見る。
「えーと、色々とありがとうございます。それじゃあ、私はこれにて失礼」
「いや、気にするな。俺は鍛冶屋のダヴィド、お前は?」
「私はレイシェル。さようなら!多分また来ると思うけど」
軽く頭を下げて、別れの挨拶を交わした。
レイシェルは達成感に浸りながら帰路に付く。
「ふんふんふふーん」
そうして鼻歌なんて歌いながら、また森へ帰っていくのだ。