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irregular  作者: 二次元逃避中
第一章
10/10

これは、レイシェルがまだレイシェルとして生きる前の話。

前の世界で、家族が呆気なく破綻した話だ。


きっかけは単純で分かりやすい理由だろう。


母親の入院。


それは、元々希薄な家族関係を壊すのに十分だった。


いや、母が繋ぎ止めていただけの関係だったのかもしれない。


それ程希薄な関係しか築けられていないのだから。


母が入院したのは、今から三年前の四月。


丁度、レイシェルが高校二年生に上がったばかりの頃だった。


始めに崩れたのは、次女。


次は、長女だった。


二人共家に居る時間が減り、次女に関しては母のお見舞いすら避けていた。


上の二人が家事をほぼ放棄したので、三女であるレイシェルが母の居ない間の家事をやるしかなく。


毎日学校が終わっては洗濯物をし、料理をし、洗い物をする。


カツカツな日々の中で、母が毎日してくれた事が、どれだけ大変だったのかレイシェルは初めて思い知ったのだ。


しかし、それもすぐに終わる。


その年の九月。


母が、病死した。


末期の癌だった。


母が死ぬ前日、余命一月あるかどうか聞かされたばかりの事だったと、今でも思い出す。


死因は、癌だったけれど、追い詰めたのは子供である自分達に違いない。


反抗期だったレイシェルが、母に言った酷い言葉はきっと母を傷付けた筈だ。


(反抗期だから仕方ない?……何を言っても許されると、ただ甘えていただけだ)


反抗期真っ盛りの弟と、未だ反抗期が抜けきれない三女、次女、長女。


それらを全部抱えて、面倒を見るのは想像を絶する苦労だろう。


そして、死んでしまった。


当時の母は、育児ノイローゼだったのだと思う。


それを追い詰めたのは、自分達に他ならない。


家事を手伝うのは気が向いた時だけで、ロクに手伝いもしなかった。


後悔することは腐る程有るが、謝りたくても償いたくともその人はもう居ない。


最期の言葉すら、聞くことも出来ず。


そんな、自分が許される道理など無いのだ。


そして、一番大変な時助けてくれなかった姉二人を、レイシェルは許せないと思う。


その時、レイシェルの中で家族は同居人に変わったのである。


そうして、呆気なく家族は破綻する。


母が死んだ後、父の提案で父と暮らすようになり、生活は図らずとも安定するが、それは上辺だけだとレイシェルは知っていた。


普通に会話をして、談笑しているのに空寒い。


何もかもが、虚しい家。


あそこにあるのは、罪だけだ。


だから、レイシェルは初めてこの世界に来た時純粋に嬉しかった。


前の世界を切り離し。


新しく、人生をやり直せるのだと思って。


しかし、忘れてはいけなかった。


自分の浅ましさに笑いが込み上げる。


夢の中で昔の自分が、今の自分(レイシェル)を嘲笑う。


前の世界で一人の人間を死に追いやった自分が、新しい世界で人を救えたなら、それも一つの償いになると思った。


そうすることで、許されるかもしれないと。


でも、実際はだたの独り善がりでしかない。


(どうしたら……)


一度、無責任に助けてしまったネイトに、どうしたら償えるのだろうか。


レイシェルは必死に考えた。


生きることだけが、救いになるわけではない。


彼は、死という唯一の逃げ道を自分に奪われたのだろう。


ならば、彼が望むなら自分は責任を持って死なせてあげるべきなのかもしれない。


否、殺すべきなのかもしれない。


それがレイシェルの辿り着いた答えだった。




ノエ、もといネイトは、自嘲するように笑う。


「何をやっているんだ、私は……」


その日、ネイトは久しぶりに死んだ妹の夢を見た。


自分が愚かなせいで、自分が戦うことを拒否したせいで死なせた妹の。


ネイトにとって妹はかけがえの無い存在で、妹にとってもネイトはそうだった。


家族は、ネイトの生きる意味そのもの。


だから、レイシェルという少女が笑顔でいられる意味が分からなかった。


その笑顔が、何の悩みも無いように思えて、苛立たしくて仕方なかった。


絶望の中、死を待ち侘びるネイトを救った彼女。


彼女は善意のつもりでも、ネイトには救いにはならない。


ネイトも、始めはもう一度生きようと思ったのだ。


しかし、背負う罪の重さに耐え切れず、悪夢に魘される毎日にやがてその思いも消えてしまう。


妹の死に際を思い出して、息も出来なくなりそうな不快感に襲われる。


どうして死なせてくれなかったのかと激しい感情が湧き上がった。


しかし、それはネイトの都合だ。


復讐が果たせないのも、罪悪感と罪の意識に溺れそうになって、どうしようもない現実に絶望している事も全て。


そもそも、ネイトの事情を何も知らない彼女に見殺しにしろというのも酷な話である。


良識のある人間なら見殺しになんてしないだろうし、他人に見殺しにした罪悪感を背負わせようとするのは、随分と身勝手だ。


彼女の事情も何も知らない、ネイトの勝手な都合。


それを分かっていて尚、酷い言葉を投げつけたのは、只の八つ当たりでしかない。


(夢見が悪かったからといって、あんな年下の少女に当たるとは……。彼女は何も悪くは無いのに……)


困ったように笑ったレイシェルの顔を思い出した。


初めてだった、そんな顔を見るのは。


怒りもせずに、ただ謝ってその場を去った彼女に言いようも無い虚しさが残る。


(謝らなければ……)


後悔の念を抱くネイトだったが、ネイトの元へレイシェルが訪れることは無かった。

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