Episode9
厨房の仕事がようやく一息ついた。
暇な時間が出来たので、カオリは今のうちに夏休みの宿題をやってしまうことにした。学校から、課題はたんまり出されている。
しばらくリビングで数学のプリントを解いていると、外でインターホンが鳴った。
カオリが立ち上がって返事をする前に、部屋にイチコがひょっこり姿を現した。彼女は同い年の、カオリの高校の友達だ。
「やっほ」
そのままリビングへ入ってきた。
「イチコ、どうやって家に入ってきたの?」
「裏口のドアから」
イチコは悪びれた様子もなく言った。
「鍵がかかってなかったから、そのまま入ってきちゃった」
昨日の家の戸締まりは父が行っていた。父は少しズボラなところがあるから、ついうっかり鍵をかけ忘れてしまったのかもしれない。
――後で注意しておかなきゃ。
「もう、勝手に人の家に上がったらダメでしょう」
「悪い悪い」
イチコはテーブルの椅子に腰掛けた。あまりに堂々としているので、言い返す気力も失せる。
「なんというか、まめだよね、カオリはさ」
イチコが言った。
「一体誰に似たんだろうね」
「さあ、誰だろう」
パパは、ああいう性格だし――とカオリはひとりごちる。
カオリは父親と二人暮らしだ。母親は、カオリが幼い時にすでに亡くなっている。母親がいない分、家のことは自分が頑張らなければならない、とは思っている。
「それで、何しに来たの?」
「ほら、以前カオリが言ってた、この店のアルバイト募集の話」
「うん」
「夏休みも始まったしさ、そろそろ私もここで働いてみようかなって」
イチコはやる気満々、という感じだった。
しかし、残念ながら、アルバイトの募集は昨日限りで締め切ってしまっている。
「その話だけど、今は従業員二人で足りてるかな」
「二人? 一人増えたの?」
イチコが怪訝そうな顔をする。
「ええ、昨日からね。男の子なんだけど」
「ちょっと、その話詳しく」
イチコは露骨に話に食いついてきた。わざとらしく小声で訊ねてくる。
「カッコいいの?」
「うーん。どちらかといえば、可愛い方かな」
「年下の子?」
カオリは頷いた。
「うん。小学生」
「小学生」
「ユズキくんて言うんだけど……」
「ふむふむ……」