Episode7
ユズキの作業服は予定通り届けられた。
受け取って、早速、裾を通してみる。ピッタリの大きさだった。心身が引き締まる。
一階では、すでに喫茶店が営業を始めている。店名は、路地裏喫茶だと、店主とカオリが教えてくれた。二人は下て忙しくしている。
階段を降りて、ユズキも仕事に加わった。
「来たね」
カウンター席で、店主が言った。
「ユズキくんには接客をやってもらう。カオリは厨房と掛け持ちだから、率先して動くこと」
「はい」
頷く。店長にメモ帳とボールペンを手渡された。
「メニューの名前が難しかったらメモをする。接待は敬語のまましてくれればいい」
メモ帳はズボンのポケットに、ボールペンは胸ポケットに引っ掛けた。
次いで、店長は、アイスコーヒーの乗ったプレートをユズキに持たせた。
「これを、あちらの席の女性に」
「分かりました」
ユズキは飲み物をこぼさないよう、慎重に、テーブル席の方へ向かっていく。
店内は、カウンター席が一つ、テーブルが全部で六つあった。女性、髭面の男、若い青年の三人組が、それぞれ席についている。カオリはいない。厨房でデザートを作っている。
そこまで気負いする必要はなかった。敬語を使うのも、愛想よく振る舞うのも、ユズキは慣れていた。子供だというだけで、大人の対応は目に見えて寛容になるのだ。
「どうぞ」
女性のテーブルに、ユズキは運んできたアイスコーヒーを置いた。
「あら、ありがとう」
特に驚いたような反応はなかった。すでに店主から話を聞かされていたのだろう。
女性は読書をしていた。
「……あの、何を読んでいるんですか?」
「ああ、これ? この本はね……」
女性が優しげな口調で言う前に、店の扉がキイィと開いた。
新たらしい客が入ってきた。細身の男と、ユズキと同い年くらいの少女だ。
ユズキは、少女に目を奪われた。
少女は気立ての良い外国人のようで、ブロンドの髪をしていた。可愛らしい、白のワンピースを着ている。瞳は海のように青い。
「いらっしゃいませ」
店主がカウンター越しに言った。目の合図で、ユズキくんが案内しなさい、とも言っている。
二人を空いた席へ案内する。
細身の男が、そそくさとカウンター席へ行ってしまったので、ユズキは少女一人を空席に座らせることになった。席へ案内したら、次は注文を聞く。
「ご注文の方を」
少女はメニュー表をしばらく眺めた後、口を開いた。
「メロンソーダとショートケーキ」
「かしこまりました」
メモ帳を使う必要はなかった。気丈な見た目に似合わず、少女の注文はいかにも子供らしい。
席を離れようとすると、少女に呼び止められた。
「随分、変わってるのね」
「は、はあ……」
ユズキは曖昧に返答した。
何が変わっているのだろうか。もしかしたら、バーテン服姿が似合っていないのかもしれない。
「この喫茶店のこと」
少女は言って、興味津々に辺りを見回した。
――ああ、そっちか。
確かに、こんなふうに古風な喫茶店は珍しいだろう。路地裏にあるし、立地も良いとは言えない。
ただ、通な人には密かに人気の有りそうな店ではある。
「……お連れの人とは座らないんですか?」
ユズキは訊ねた。
「ああ、泰造のこと? 気にしないで。仕事のことでちょっと喧嘩したの」
「喧嘩」
「ええ。それで、少し気まずくなっちゃって」
「はあ」
仕事とは何のことだろう。少女も、ユズキと同じように何らかのアルバイトをしているのだろうか。
「変わっているといえば、あたなもそうだわ。働いているの?」
少女は不思議そうにこちらを見てくる。
「はい。夏休みの間だけですが。少し訳ありで」
ユズキは、少女の視線にどぎまぎしながら答えた。
へえ、と少女は興味ありげに微笑む。
好奇心が強くて、話好きな印象だった。ミステリアスなところもある。少女を見ていると、なぜか心臓がドキドキした。
「良かったらその話、聞かせてくれない?」
「…………」
仕事中なのに、ユズキは断るに断れなかった。
カウンターへ戻り、店主に注文の旨を伝えた。細身の男――泰造だったか――は先客の男と大分打ち解けて話をしている。
ユズキは、コップを拭いている店長にこっそり耳打ちした。
「あの、あそこの席の女の子に話がしたいって言われたんですけど、どうしたらいいでしょうか」
「……まあ、お客様の注文にはなるべく答えてあげないとね。でも、少しだけだよ」
店主は、何もかも心得ているかのような表情で言った。注文を追加しに、厨房へ入っていく。
動悸が激しい。
ひどいく緊張している。
どうやら、久しぶりに、ユズキは思いがけない出会いをしてしまったようだった。