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路地裏喫茶  作者: こじひろ
7/28

Episode7

ユズキの作業服は予定通り届けられた。


受け取って、早速、裾を通してみる。ピッタリの大きさだった。心身が引き締まる。


一階では、すでに喫茶店が営業を始めている。店名は、路地裏喫茶だと、店主とカオリが教えてくれた。二人は下て忙しくしている。


階段を降りて、ユズキも仕事に加わった。


「来たね」


カウンター席で、店主が言った。


「ユズキくんには接客をやってもらう。カオリは厨房と掛け持ちだから、率先して動くこと」


「はい」


頷く。店長にメモ帳とボールペンを手渡された。


「メニューの名前が難しかったらメモをする。接待は敬語のまましてくれればいい」


メモ帳はズボンのポケットに、ボールペンは胸ポケットに引っ掛けた。


次いで、店長は、アイスコーヒーの乗ったプレートをユズキに持たせた。


「これを、あちらの席の女性に」


「分かりました」


ユズキは飲み物をこぼさないよう、慎重に、テーブル席の方へ向かっていく。


店内は、カウンター席が一つ、テーブルが全部で六つあった。女性、髭面・・・・・・、若い青年の三人組が、それぞれ席についている。カオリはいない。厨房でデザートを作っている。


そこまで気負いする必要はなかった。敬語を使うのも、愛想よく振る舞うのも、ユズキは慣れていた。子供だというだけで、大人の対応は目に見えて寛容になるのだ。


「どうぞ」


女性のテーブルに、ユズキは運んできたアイスコーヒーを置いた。


「あら、ありがとう」


特に驚いたような反応はなかった。すでに店主から話を聞かされていたのだろう。


女性は読書をしていた。


「……あの、何を読んでいるんですか?」


「ああ、これ? この本はね……」


女性が優しげな口調で言う前に、店の扉がキイィと開いた。


新たらしい客が入ってきた。細身の男と、ユズキと同い年くらいの少女だ。


ユズキは、少女に目を奪われた。


少女は気立ての良い外国人のようで、ブロンドの髪をしていた。可愛らしい、白のワンピースを着ている。瞳は海のように青い。


「いらっしゃいませ」


店主がカウンター越しに言った。目の合図で、ユズキくんが案内しなさい、とも言っている。


二人を空いた席へ案内する。


細身の男が、そそくさとカウンター席へ行ってしまったので、ユズキは少女一人を空席に座らせることになった。席へ案内したら、次は注文を聞く。


「ご注文の方を」


少女はメニュー表をしばらく眺めた後、口を開いた。


「メロンソーダとショートケーキ」


「かしこまりました」


メモ帳を使う必要はなかった。気丈な見た目に似合わず、少女の注文はいかにも子供らしい。


席を離れようとすると、少女に呼び止められた。


「随分、変わってるのね」


「は、はあ……」


ユズキは曖昧に返答した。


何が変わっているのだろうか。もしかしたら、バーテン服姿が似合っていないのかもしれない。


「この喫茶店のこと」


少女は言って、興味津々に辺りを見回した。


――ああ、そっちか。


確かに、こんなふうに古風な喫茶店は珍しいだろう。路地裏にあるし、立地も良いとは言えない。


ただ、通な人には密かに人気の有りそうな店ではある。


「……お連れの人とは座らないんですか?」


ユズキは訊ねた。


「ああ、泰造のこと? 気にしないで。仕事のことでちょっと喧嘩したの」


「喧嘩」


「ええ。それで、少し気まずくなっちゃって」


「はあ」


仕事とは何のことだろう。少女も、ユズキと同じように何らかのアルバイトをしているのだろうか。


「変わっているといえば、あたなもそうだわ。働いているの?」


少女は不思議そうにこちらを見てくる。


「はい。夏休みの間だけですが。少し訳ありで」


ユズキは、少女の視線にどぎまぎしながら答えた。


へえ、と少女は興味ありげに微笑む。


好奇心が強くて、話好きな印象だった。ミステリアスなところもある。少女を見ていると、なぜか心臓がドキドキした。


「良かったらその話、聞かせてくれない?」


「…………」


仕事中なのに、ユズキは断るに断れなかった。


カウンターへ戻り、店主に注文の旨を伝えた。細身の男――泰造だったか――は先客の男と大分打ち解けて話をしている。


ユズキは、コップを拭いている店長にこっそり耳打ちした。


「あの、あそこの席の女の子に話がしたいって言われたんですけど、どうしたらいいでしょうか」


「……まあ、お客様の注文にはなるべく答えてあげないとね。でも、少しだけだよ」


店主は、何もかも心得ているかのような表情で言った。注文を追加しに、厨房へ入っていく。


動悸が激しい。


ひどいく緊張している。


どうやら、久しぶりに、ユズキは思いがけない出会いをしてしまったようだった。

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