Episode16
日が落ちて、辺りがすっかり暗くなった頃――。
人気のない路上で、若い青年の三人組――鈴木、倉本、高橋が千鳥足になって道中を騒いでいる。
三人は喫茶店を出、祭りのために町を徘徊し、今はすっかり酒が回って帰路についていた。気分が高揚し、声が自然に大きくなる。
鈴木が笑い声を上げる。
「似合ってるぞ」
「切り裂き魔みてえ」
高橋が、一緒になって腹を抱えている。
切り裂き魔とは、今巷で噂になっている連続殺人鬼のことだった。女だとも言われているが、正直なところよくわかっていない。犯行時は決まって薄手のレインコートを着ているという。
「勘弁して下さいよ。この格好で勘違いされたら、マジで洒落にならないっす」
倉本はビクビクとしきりにあたりを気にしている。
――彼は例によって、薄手のレインコートを着せられていた。そうするように指示したのは鈴木だ。
「ビビるなよ。罰ゲームにはお前の賛成しただろ」と高橋。
「けどよ……」
倉本はどうしても人目が気になる様子だ。
今日の麻雀は、勝点が一番低かったプレイヤーが罰ゲームをする、という内容が取り入れられていた。本当はユズキも一緒に参加して打つはずだったが、午後、急に予定を思い出したらしく、断られていた。
まあいいさ、と鈴木は嘯く。麻雀は三人でもできる。坊主の懐柔は、焦らずじっくりやっていけばいい。
ユズキと麻雀をするのはもちろん面子仲間でもあるからだが、もちろん、それだけではなかった。
ユズキはまだ子供だが、賢い。上手く仲間に取り込んで育てていけば、きっと優秀な麻薬密売の人材になる――と鈴木は考えていた。
「安心しろ。ここに人は滅多に通らない」
言って、鈴木は自信たっぷりの顔をする。
「だから、ここをアジトにしたんだろうが」
「違いねえ」
高橋がまた笑う。
そうこうして歩いているうちに、目的地のアジトはすぐ目の前に現れた。
無人の廃墟。
建物は三階建ての鉄筋コンクリート造で、周囲の住人は怖がって誰も近寄ろうとしない。隠れ家として使うにはうってつけの場所だ。
三人は中へ入っていった。日課の確認事がある。
「……先輩、今の見ました?」
「……ええ」
同じ路上の物陰に身を潜めて、田中と婦警がコソコソ話をしている。部署へ戻る道すがら、不審な人物たちを目撃した。
三人組の、若い青年だ。一人は、時期に似合わず薄手のレインコートを着ている。
はじめは切り裂き魔かと思って後を追ったが、どうにも違うらしい。
あれは切り裂き魔の格好をさせられている――のだろうか。二人とも、遠目では上手く判断できない。
「酔っ払っているみたいですね」
「……注意にでもしに行きましょうか」
連続通り魔事件と平行して少年の探索を開始し、はや二週間。どちらも手がかりが少なく、進展のない状態が続いていた。
少年の目撃情報は大通りの辺りでぱったりと音沙汰が途絶えてしまっている。
これから二人で憂さ晴らしに飲みにでも行こうかというところで、たまたま、今の場面に遭遇した。
――男たちが忽然と廃墟の中へ消えた。
「……肝試しですかね」
「さあ、どうかしら」
近所ではさんざん恐れられているこの廃墟だが、男たちの足取りは妙に軽い。
「ちょっと怪しくないですか? 追ってみます?」
田中は婦警の判断を仰いだ。
「……まあ、あんたの度胸試しには丁度良いかもしれないわね」
婦警は意地悪く微笑む。
是非もない、ということだろう。
二人は男たちを追って、廃墟へ足を踏み入れる。