第96話 跡
翌日には闘技大会があるのだからと誕生会の片付けを免除された俺は、夜は若いが明日に備えてベッドに入った。
リヴィオはプレゼントした人形を凄く可愛いと言ってくれて、抱きしめて嬉しそうにもしていた。
気に入って貰えたようでよかったな……。
数時間後、目が覚めてトイレに行くと帰りの廊下でネグリジェ姿のリヴィオと出会った。
「ロゴー、まだ眠っていなかったのか?」
「トイレに起きたんだ。リヴィオはまだ起きてたのか」
「ああ、寝付けなくてな……。それでロゴーの足音が聞こえたものだから……」
「そうなのか……。ちょっと話でもするか?」
俺たちは居間へ行くとカーテンを少し開けて月灯りを差し入れ、淡く照らされた1つのソファにちょっと距離を置いて腰掛けた。
居間の誕生会の片付けはすっかり終わっていて、元の姿に戻っている。
俺とルーシアは試合があるのだからと、片付けはリヴィオとフリアデリケ、それにコンスタンティアとラファエルがやってくれていた。
「……興奮して寝付けずにいたら色々と考えてしまってな。ルーシアの試合が心配になってしまった。今更そんなこと考えても仕方がないのにな」
リヴィオは俺と視線を合わせず、部屋の薄闇のほうを眺めながら言葉を紡ぐ。
「ルーシアさんなら案外あっさり倒しちまうかもよ?」
「そうかも知れないな……。だが、もしもルーシアを失うことになったらと思うと……。それはロゴーにも言えることだが……」
淡い月の光の下のリヴィオがとても綺麗で、何も答えずにその姿を眺めていたら、こちらを向いた彼女と目が合った。
「あぁ、ごめん。そうだな……なんならルーシアさんを棄権させたらどうだ? ガラードは俺は倒すよ。俺なら殺されるってことはないだろうし……」
「いや、とめるつもりなら最初からそうしている……。すまない、こんな話を聞かせてしまって……」
「いやいや、俺は嬉しかったんだが」
「え?」
リヴィオが俺に不安を吐露することが、心を開いてくれていると思えて嬉しかった。
そのことを素直に伝えると、リヴィオは頬を染めた。
「た、確かに、私はいつのまにか……」
「あ~……。思ったんだけど、俺が心配ばかり掛けちまうからこういうこと言いやすくなったのかも……?」
「ふふ、そうかもな」
リヴィオは閉じ合わせた唇の両脇を上げて微笑んだ。
その姿が愛しく思えて、俺は思い付いたアイディアを口にする。
「なぁ、リヴィオ。変なこと言っていいか?」
「……なんだ?」
「明日の試合に俺が勝てたら、キスしていいかな」
「…………え?」
ラファエルの屋敷でリヴィオへの好意に気付いてから、それが恋愛感情なのか敢えてずっと考えずに自然の成り行きに任せていたが、人工呼吸をされて以降はもう、ずっとリヴィオのことを意識していた。
自分の気持ちはもう、はっきりしている。
俺はリヴィオが好きなのだ。
キスの約束があれば、リヴィオのルーシアへの心配も紛れるだろう。
「も、もう一度言ってくれないか? 聞き間違えたのかも……」
えっ、もう一回言えって? ちょ、ちょっと待って。心の準備が……。
「か、勝ったら、キスを……していいか?」
2回目は1回目より恥ずかしかった。
リヴィオはもう、耳まで真っ赤になっている。
「そ、それって……わぁ!?」
何か言おうとしたリヴィオの胸が突然、淡紅色に輝き出した。
こ、これってまさか、クリスタル!? このタイミングで~~!?
「わ、私の中から、こ、これ……! ロゴー!」
淡紅色のクリスタルがリヴィオの身体から出現し、広げた俺の手に飛び込んだ。
「な、なんで……今……?」
「……お、俺が好意を伝えたから……?」
「い、いや、それなら伝えた時点で……。わ、私が、りょ、りょ……両想いだと気付いたからかも……」
俺とリヴィオは顔を見合わせる。
そのまま、どれくらい見つめ合っていただろう。リヴィオが口を開いた。
「今、したい。キス……」
潤んだ瞳で望まれ、俺は距離を縮める。ソファが軋む音だけが部屋に響いた。
顔を近づけると、リヴィオは今にも零れそうなほど涙を溜めた赤い瞳をそっと閉じる。
ぎこちなく、唇を触れ合わせた。
またどれくらいかわからない時間が過ぎて、唇を離すとリヴィオの頬に涙が伝っていた。
「あはは……」
月明かりの下で細く笑うリヴィオが愛おしくなって、抱き寄せる。
リヴィオは小さな声で、俺の名前を自分が付けたあだ名で嬉しそうに何度も囁いていた。
翌日。
闘技大会はこの日、準々決勝となる4回戦の4試合すべてが行われる。
リヴィオはあまり眠れなかったのか、顔に疲れが出ていた。キスしたのもあったんだろうか……。
でも、あの誕生会の後にルーシアの心配をして、更にキスの約束までしてたら逆に負担だったかもなぁ。昨日してよかったかも知れない。
ところで、昨日リヴィオの中から現れたクリスタルなのだが、調べてみるとこんな感じだった。
『リヴィオクリスタル』
・淡紅色のクリスタル
・魔法による状態異常軽減
・必殺技『フォーキャストフォーサイト』
ごく近い未来の出来事を、予測できた事に限り予知することが出来る。
やっぱり、リヴィオの名前の付いたクリスタルだった。
魔法による状態異常の軽減は嬉しい。
リヴィオは、かつて俺がメデューサが持っていた杖で身体が上手く動かせなくなってピンチに陥ったことがあったので、そういうものを軽減するように自分の願望が反映されたのかも知れないと推測していて、俺もそうかも知れないと思った。
どうも固有名詞のあるクリスタルに限ったものかも知れないが、相手の願望が反映されている気がする。
そういえばメデューサが持っていた杖の状態異常魔法、特訓したけど大会で使ってくる相手、今のとこ誰もいないな……。
まぁあれはポピュラーなものらしくて色々と対策もされてるそうだからなぁ。無効化する魔法や魔道具なんかもあるらしいし。
必殺技に関しては、これまた凄いものが出てきた。
だが、実際に少し試してみたところ、これは訓練が必要だな。
発動している間、数秒先までの予知が出来るのだが、曖昧な予測だとダメなのだ。
例えば、剣で斬りかかられる程度の曖昧な予測だと、実際に起きる事柄でも予知できない。上から斬りかかられる、だと実際に起きるのなら予知できる。
数秒の間に、予知が発動する予測をいかに多く出来るようになるかがこの必殺技のポイントだな。もうひとつ、予測した後、それにすぐ対処できるようにするってところもポイントだ。
それに、キックグレネードや炎の剣の必殺技ほどではないが、体力消費量も多いようなので、多用も出来なさそう。
それでも、予知できればカウンター攻撃が出来たりと、一気に形勢を有利にすることも出来そうな技だ。
会場へは、ラファエルたちも同行した。
ラファエルはヴァンパイアなので太陽の光を防ぐ為、深くフードを被って首の辺りもスヌードで覆っている。
フードの上からシルクハットも被っていたのだが、それはカッコ悪いとコンスタンティアに却下されていた。
俺が想像していたほど、太陽の光に弱くはないようだ。
高い再生能力があるので「試しに見せてやろう」とラファエルが腕を晒すと、みるみる火傷して赤くなっていた。すぐに灰になるのかと思ってたよ。
身体が石になった。
準々決勝の対戦相手、アグレイン国の貴族で魔法使いの男が例の魔法のスクロールによって召喚した魔物によって。
「ハハハハ……! 流石の黒き魔装戦士も、ひとたまりもなかったというわけだ! ハハハ……ハッ!?」
完全に石化したわけではなく、変身解除が可能だったので解除して石化をリセットすると、男は酷く狼狽した。
「な、なんだとッ!? 馬鹿な、なぜ石化しない!?」
男は魔物の石化能力を疑い、なんと魔物に試しに観客を石化するよう指示を出した。
数人の観客たちが石に変わっていく。会場はパニックになった。
こんなに人を詰め込んでる会場だ。パニックによって死傷者が多く出るだろう。俺はすぐに審判に魔物の目を見なければ平気だから落ち着くように観客に伝えてくれと指示を出した。
審判も拡声魔法ですぐに観客に指示を出し、騒ぎが収束していく。
次に、石化した者も治せるから壊さないように気を付けるよう伝えてくれと頼んで、俺はもう一度変身した。
再び響き渡る拡声魔法の審判の声を聞きながら、俺は自分でも驚くほど怒りが湧き上がってきているのを感じていた。
アグレイン国側の参加者で、金色の主義者に伝わる魔法のスクロールを使った者は今までいなかった。
そして、目の前の男が召喚した魔物、それはメデューサラミアという、メデューサとラミアを人工的に合成して作った生物だった。
ラミアは上半身が人間の女性で下半身は蛇の魔物なのだが、その上半身がメデューサなのだ。
金色の主義というのは、そんなものも作っていたらしい。
エステルの兄を助けに行った坑道からの帰り道の山中、何か道のようなものがあったのを思い出す。
ゴドゥが言っていた。蛇が通った跡のようにも見えると。そんな巨大な蛇はいないという話だったが、ラミアだったら話は別だ。
冒険者ギルドに加入して魔物についても色々と調べて詳しくなった俺は、ラミアはこの大陸にはいない魔物だという知識がある。ゴドゥたちもそれを知っていたので、その可能性は言及しなかったのだろう。
「……お前か……!」
「は?」
「お前が……」
「……私がなんだというのだ?」
「お前がソイツを使ってトリア村にメデューサを呼び寄せたのかーーーー!」
俺は怒りに打ち震えながら叫んだ。
石化が治って元通りになった人はいいが、犠牲者は7名出たと、俺はエステルとともに村の皆をポーションで治した夜に村長から聞いていた。
討伐隊が3名、村の者が4名。それでも、それだけで済んでよかったと涙する村長の顔を覚えている。
メデューサラミアがどうやってメデューサたちを呼び寄せたのかはわからない。だがメデューサより強力な個体であれば、呼び寄せることが可能だったんじゃないだろうか。
そして魔法のスクロールがあれば、あの場にメデューサラミアを喚び出すことは可能だ。
「な……何!? ど、どうしてだ。どうしてわかった!?」
「推測だ、馬鹿!」
『ドラゴンクリスタル』で変身していた俺は、炎の剣を出現させてメデューサラミアへと駆ける。
『ブレイズフォース』
そして、炎の剣の必殺技でメデューサラミアの太くて長い胴体を、上半身に繋がる根本付近から真っ二つにした。
メデューサラミアの叫声が響く。
『ゴロークリスタル』
『キックグレネード』
すぐにモードシフトしてレバーを下げつつ、のたうち回るメデューサラミアにズンズンと歩み寄って、蒼く輝く脚で蹴り飛ばす。
メデューサラミアは土埃を上げて地面を転がっていった。
「爆発はしないか……。トドメにはならなかったな」
「ひぃっ……!」
男が小さく悲鳴を上げた。
魔法を使う気配はない。メデューサラミアを召喚するのに魔力を大量に使ったのか、戦意喪失しているように見える。コイツは後回しだ。
『アックスビーククリスタル』にモードシフトして『トマホーク×トマホーク』を発動する。
まだ蠢く腕が視界に見える。こちらを見ているであろうメデューサラミアと目を合わせないようにして、出現した手斧を投げ付けた。
爆発にやられ、メデューサラミアは動かなくなった。
気付いた観客たちが歓声を上げ始める。審判がメデューサラミアが倒されて石化の心配がないことをアナウンスすると、歓声が膨らんだ。
俺は対戦相手の男を振り返ろうとして、はたと気が付く。すぐに降参してしまうかも知れないと。
そこで、振り向く前に『メデューサクリスタル』にモードシフトして、振り向きざまに声を掛けた。
「おい! 石化した観客は元に戻せるのか?」
問い掛けつつ、男へと近付いていく。
男は今度は大きく悲鳴を上げて、尻餅をついた。
「戻せるのかって聞いてるんだ!」
コイツに戻す手段がなくても、ラファエルに頼んで薬を生成して貰うつもりだけど。
「メ、メデューサラミアの蛇の牙から石化を解除できる薬液が出る……。し、しかし……」
あー……。今、倒しちゃったもんな。暫くは生きる頭の蛇も、爆発のせいで動いてなかったし。
「そうか……。その薬液が、都市レンヴァントでオークションにかけられていたポーションの正体だったってわけだ」
「……ッ! な、なぜそこまで知っている!? あれはごく一部の者しか……!」
「ハッタリだよ」
「なぁっ!? き、貴様……!?」
ここまで近付けばいいか。
『ヘビーブロッサム』
レバーを下げて必殺技を発動させ、黒く輝く蛇たちを出現させる。
「なっ、何をする気だ!? こっ、降参だ! 降参!」
「悪いな、そう言うと思って、もう必殺技を発動しちまった」
「何!?」
男を取り囲むようにして出現した蛇たちが、そちらへ向かって這いずっていく。
ある程度まで近付かないと取り囲むように出てこないから、やられやすくなるんだよな。
「その蛇に噛まれると石化するぞ」
「ひぃッ!? とめろ、とめろォ!」
俺はそれには答えなかった。蛇たちを捕まえたり、モードシフトしたりなどすればとめることは出来たのだが。
「同じ苦しみじゃないとしても、お前も石化する苦しみを味わえ……!」
「う、うわぁああッ! い、いやだァア! 死にたくない、死にたくないぃ……!」
黒く輝く蛇たちに身体中を噛まれ、男は苦痛に歪んだ顔のまま石と化した。
あとで解除してやるよ。国に引き渡して色々吐いて貰いたいしな。




