第94話 ちいさくてかわいいものたち
3回戦のルーシアの相手は、魔槍の使い手だった。
魔槍には衝撃派を飛ばす魔法が付与されていて、それを遠距離への攻撃にも防御にも使う。1、2回戦を見た限り、かなりの強敵に思えた。
だが蓋を開けてみると、ルーシアは遠距離攻撃も中距離からの魔槍本体による攻撃も回避して相手の懐に入り込むと組み伏せ、1分足らずで勝利をものにしてしまった。
観客は拍子抜けしたかと思いきや、その勝利に盛り上がっていた。
そんな観客席には黒のロングスカートのメイド服の人たちもいて、フリアデリケによると現在のメイド服は紺色で膝下くらいのスカートが主流なので、あれはきっとルーシアのコスプレだとのこと。
そのことをルーシアに話すと、珍しく照れて顔を赤くしていた。
4回戦では、いよいよルーシアとガラード・フールバレイとの対決が待っている。
3回戦が全て終了し、翌日にはその4回戦のハズだったのだが、急造したコロシアムに大きなヒビが見つかった為、日程が何日間か延期されることになった。
翌朝。
目を覚ますと、俺のベッドにルーシアがいた。
カーテンが柔らかくした日差しの中で セクシーなネグリジェ姿のルーシアが寝息を立てている。どこかいい匂いが漂っているような感覚と、腕に押し当てられた豊満な胸の柔らかな感触に、思わず俺は呟いた。
「…………夢?」
異世界に来て、こんな感じのテンプレ展開を妄想したことはあった。けど、まさか現実に唐突に今更になって起きようとは。
「んぅ……」
「お、おはようございます、ルーシアさん」
「あ、ゴロー様……起きてらしたんですか……。んむ……すみません、もしかして起きていたのに私のせいで動けなかったですか……?」
「いや、俺も起きたとこなんで……。ところでこの状況は……」
聞けば、昨日の夜中に突然ラファエルとコンスタンティア、それにフランケンシュタインがやってきて、住まわせて欲しいと願い出てきたそうなのだ。
それで、とりあえず一泊して貰って翌日にリヴィオなどと相談して決めることになって、ラファエルたちにはルーシアとフリアデリケの共同部屋を使って貰ったのだという。
「自分たちの部屋に泊めたんですか」
「ええ。エステルさんの部屋には1つしかベッドがありませんから。そこで私とフリアちゃんが一緒に寝ることも出来ましたけど、あの方たちが何かしてこないとも限りませんでしたから、こうして護衛にと私はゴロー様のベッドに潜り込んだというわけです」
「な、成程……」
二階にある俺の部屋の窓には、以前から防犯用にと大きな音のなる魔道具が設置されているのだが、それが今日は扉にも設置されていた。
寝る際には扉に鍵も掛けるように言われていたので掛けて寝たハズだったのだが、それはマスターキーで開けたのだという。
「あの、ルーシアさん……。その、俺も一応、男なんで……」
「大丈夫、私でしたら襲われても返り討ちに出来ますから」
ルーシアは上半身を起こすと寝そべっている俺に振り返り、少しだけ悪戯っぽく笑みを零してそう言った。
「ハハ……そうですよね……」
普段は長い黒髪を左肩でひとつに束ねているルーシアだが、今は下ろしている。元々抜群のスタイルにおっとりとした雰囲気もあって凄く色っぽい人だけど、いつもと違う色香もあって、このシチュエーションになんだかちょっとくらくらとしてしまう。
「でも……ゴロー様にでしたら、襲われても構いませんけれど」
「うぇ!? ま、またまた……」
「…………」
「じょ、冗談です、よね……?」
おずおずと尋ねると、ルーシアが覆い被さってきて、甘く囁いてくる。
「本当ですよ。そうだ、近いうちに機会が訪れるでしょうから、今のうちに私で練習しておきますか?」
「き、機会……!?」
俺の胸の上に、自分の豊満な胸を押し当ててくるルーシア。
胸の感触と弾力と熱といい匂いと普段と違う髪を下ろした色香が一気に押し寄せてきて、頭がぐるぐるしてきた。
「だ、だ……! ダメですよそんなの。ルーシアさんだって、確か、その……」
以前、生娘って言ってたよな……。
「……うぅ。や、やっぱりダメですか……。ゴロー様と私では10歳以上も歳が離れてますもんね。こんなおばさん……」
俺は19、ルーシアは31歳だ。
「い、いやいや! そういうことじゃあないです! ルーシアさんは凄く魅力的な女性ですっ。そ、そうじゃなくて……その……」
慌てふためいて否定していると、ルーシアはちろっと舌を出した。
「なぁんて、冗談です。ふふ、ありがとうございます、ゴロー様」
じょ、冗談か……。どこまでが冗談なんだか……。
その後、暫くしてラファエルたちの話を聞くべく皆で客間に集まった。
フランケンシュタインは驚いたことに、ちっこい姿になっていた。約50センチで2頭身、顔もデフォルメされていて不気味かわいい感じになっている。
フリアデリケは「わー!」なんて言って、コンスタンティアに許可を貰ってその頭を撫でていた。リヴィオも目を丸くして驚き、その後はフランケンばかり見ている。
「ゴローとの戦いでフランケンは身体を修復しないといけなくなったから、その間はこれが代わりのボディなの……」
そう説明しながら、コンスタンティアは小さなフランケンを持ち上げて抱っこする。
リヴィオはそれをちょっと羨ましそうな顔で口元をむずむずさせて見ていた。
そうそう、フランケンの予備の魔晶石というのは、胸の魔晶石のことだった。
今の小さなボディには予備の大きな魔晶石が必要なほどのパワーはないので、小さめの魔晶石をはめ込んでいるそうだが。
頭にはめ込んである知能を加えた魔晶石は、予備が作れないのだそうだ。バックアップは取れないのか……。
ついでに言うと、フランケンの知能は日々成長して高くなっていっているのだそう。
それで、ラファエルたちがここに住みたい理由なのだが話によると、コンスタンティアのシュタインバレイ家の中にどうもガラードのフールバレイ家のスパイがいるようで、リヴィオの屋敷ならば家の者も信用できそうだし、闘技大会中は一番、国の警備に力が入っているそうで、安全度が高いと判断したからなのだそうだ。
それを聞いてリヴィオは俺たちに確認を取ると、あっさりと住むことを承諾した。
まぁリヴィオがそんな事情で断るわけないよな……。
実は、そんなリヴィオの誕生日が3日後に迫っている。
こっそりプレゼントを準備してはいるのだが、闘技大会があるので間に合わせるのを諦めていた。だけどコロシアムが修繕することになったので間に合うかも知れない。
「くぁ~あ……。では、吾輩はそろそろ休ませて貰う」
大あくびをして牙を見せたラファエルが客間から出ていったので、俺は追い掛けていって声を掛けた。リヴィオへのプレゼントである人形作りを手伝って貰う為に。
「ほぉ~お……。これを貴様がか?」
「わぁ……」
俺の部屋に連れてきたラファエルと、一緒に付いてきたコンスタンティアの目の前に、作っている途中の人形を置くと彼らは感心したように手に取ったりして、しげしげとそれを眺めた。
人形は、前の世界でやっていたドールを題材にしたアニメなどを参考にして作っている。
当初はアクションフィギュアにしようかと思ったのだが、俺の物質生成能力ではまだまだ難しく、それにリヴィオが他の人形と一緒に遊べるもののほうがいいだろうと思い直して、似たようなものにすることにした。
でも、せっかく異世界から来たのだからこの世界にはない感じのものにしたい。そうでないなら買えば済むからな。なので、あまり外れすぎない感じで顔をアニメ風にデフォルメしたりしたものを制作していたのだ。
その際、エステルの兄を救出に行った旅のメンバーのひとりだったドワーフの女の子のトアンが、リヴィオが持っているようなタイプの人形作りが出来るので、リヴィオにバレないようこっそり協力して貰っていた。
トアンの家なんかにもお邪魔して、色々な人形を見せて貰って参考にしたり、人形用の小物なんかも譲って貰ったりした。
俺と同じ異世界から来た菜結にも、主に人形の顔について意見を聞かせて貰っている。
リヴィオが持っている人形の顔は陶器製だったので、プレゼントの人形の顔も陶器製にすることにして、粘土の試作を元に物質生成で陶器の顔型を作り、睫毛や唇などをトアンの道具を借りて付け加えたり描き込んだりして出来た試作品をいくつも見せているのだが、菜結のお眼鏡に適う作品は出来ていない。
自分的にもそう思う。
また、より高価な人形の瞳には陶器が割れないように強化する魔法の施された魔石が使われていて、リヴィオの人形もそうだったので、その魔石の準備はお世話になってる商業ギルドのグリースバッハに頼んだ。
彼は海を渡った先にある、魔力を注ぐ量によって何色かに色の変わる魔石に魔法を施したものを用意してくれた。
おかげで、人形をコンスタンティアのようなオッドアイにして楽しむことも出来る。
そうそう、海を渡ると言えばコンテナ船の試運転がもうすぐらしい。
コンテナの有用性を説明して理解した海の向こうの賢い商人たちとの間で、新しい取引が次々と生まれているという。
逆に出来る限りコンテナに関する情報を秘匿しているので、ライバルの他の商業ギルドはまだその有用性に気付いていない。
おかしなことをやっているように思われ嘲笑されることすらあるそうだが、それで構わないそうだ。
「で、吾輩は何をすればいいのだ?」
「えーっとな……」
ラファエルには人形の顔や洋服のレースの模様などをお願いした。
スマホに撮ってあって菜結の玩具の人形やゲームのスクリーンショットなどの顔を参考に説明する。
ラファエルはスマホに酷く興奮し、
「ヴァッハッハー! ここに住まうことにしてよかったわ!」
と、牙を見せて豪快に笑った。
「この家にいれば、俺と菜結から魔法のプログラムになる知識も得ることが出来るしね……」
コンスタンティアもスマホに甚く感銘を受けたようで、ラファエルの作業の間、ずっとスマホを手放さなかった。
ラファエルは作業を嫌がるかとも思っていたのだがそんなことはなく、けっこう楽しそうに作業してくれた。寝て起きてからでよかったのだが眠気も飛んでいったようだ。
ラファエルの物質生成は流石で、いくつも修正を加えた顔を作り出しただけでなく、手作業で付けていた睫毛や絵の具で色を付けたところまでも生成していた。
そうして、かなりよい表情の人形の顔になった。
他の部分も完成すると、「私も欲しい……」とコンスタンティアが呟き、ラファエルにおねだりしていた。
翌日。
城に様子を見に行くと、女王の容態はかなり回復しているようだった。まだ痩せこけてはいるが、身体の調子もよく食欲も日に日に増しているという。
菜結は女王を回復させている功績とその愛らしさで、使用人たちの人気者になっていた。
「無表情で何考えてるかわかんないけど、話すと感情が表に出てないだけだっていうのがわかって、そんなところも可愛いんだってさ」
というのは一緒に城に行っているエステルの弁だ。
だが、そんな無表情さはトラブルの原因にもなった。
この国のまだ10歳のお姫様、リズオール・アグレインは病気の女王を治してくれる菜結にとても感謝して、5歳差とはいえ今までそんなに歳の近い子と遊ぶ機会も余りなかった為に、仲良くなりたがった。
しかし菜結がジト目で無表情だった故に嫌われているのかと思い、菜結は菜結で本物のお姫様に緊張して殆ど口を聞かずに、一時期はぎくしゃくしていたらしい。
だけど今は、リヴィオの屋敷でふたり、仲良くはしゃぎ回っていた。
「…………夢か?」
膝の上にフランケンを乗せ、ティータイムでご満悦中だったリヴィオの元にいきなり菜結とお姫様を連れ帰ったので、リヴィオは唖然として膝の上に紅茶を零した。
「熱ゥッ……! わぁ! フランケン大丈夫か!? 濡れてないか?」
「リ、リヴィオ様、まずご自分を……!」
ルーシアが慌ててショートパンツで露わになっているリヴィオのふとももをタオルで拭く。
「だいじょうぶ? リヴィおねえちゃん」
菜結がてけてけとリヴィオの元に駆け寄ると、お姫様も付いてきた。
「あ、ああ……。ええっと……な、なぜお姫様が?」
「えっとねー」
「ナユ、余が話すのじゃ。挨拶が遅れて申し訳ない、リヴィオ・アンバレイ。余がここに来たのは、菜結が息抜きに一時的に戻るというから、遊びに付いてきたのじゃ。お邪魔していてよいか?」
「あ、はい、もちろんです!」
「そうか、よかったのじゃ!」
姫様スマイルがリヴィオに向けられ、リヴィオはくらくらとしていた。
同じく姫様の大ファンのフリアデリケは横で「わー! わー!」とはしゃいだ声を上げている。
「か、可愛死ぬ……」
小声でリヴィオがおかしなことを呟いていた。




