第93話 熱
考えろ……。何かないか……?
飛び込んで戦うしかないのか……? だが、それは最後の手段だ。リスクが高すぎる。
痺れた身体をぎこちなく動かして、フランケンから距離を取りつつ頭を働かせる。
そうしながら、効かないだろうけど機会があったら試そうと思っていた攻撃を仕掛けることにした。
『ジャイアントスパイダークリスタル』
アックスビーク討伐の前には手に入れていたが、あまり有効そうじゃなかったので使わなかったクリスタルへとモードシフトする。
『スパイダーズウェブ』
その必殺技、直径2メートルほどの蜘蛛の巣を飛ばす技を10メートルほど離れた距離から発動し、フランケンの足元に飛ばす。
フランケンの放電攻撃の範囲は7、8メートルといったところなので、間合いの外から攻撃することができる。
蜘蛛の巣は見事に命中した。が、予想通りその恐るべき怪力によって貼り付いた蜘蛛の巣は引き千切られ、動きを封じることは出来なかった。
「『ゴブリンアックス』なんて効かないだろうしな……」
遠距離からの攻撃で他に有効な手段は……。
ヒット&アウェイで間合いに入って『ブレイズフォース』で攻撃してすぐ離脱はどうだ? 掌をこちらに翳しながら迫るフランケンの姿を見ながら考える。……いや、よくて相打ちだろう。あんな電撃を何度も食らったらこっちが先にやられてしまいそうだ。
……あ。
あるアイディアを思い付いたところで、フランケンの金属製のロングブーツの足裏が光った。次の瞬間、フランケンが予備動作なしでこちらへと高く跳躍してくる。ブーツの足裏には、魔晶石が見えた。篭手と同じく、ブーツにも仕込んであったのだ。
「うわッ!」
大きく弧を描いて落下してきたフランケンが、空中から放電攻撃を仕掛けてきた。
「ぃぎぁああッ……!」
激痛に耐えながら、放電の射程範囲から跳んで離脱する。
フランケンは俺が離れても放電を続けていた。どうやらすぐにはとめられないようだ。
それが終わると、再びこちらへと高く飛び上がって向かってくる。
『メデューサクリスタル』
素早くクリスタルを入れ替え、モードシフト中の無敵(?)状態を利用して放電を防いだ俺は、転がりながらその射程から逃れた。
フランケンは着地すると放電を放ち続けたまま、今度はすぐにこちらへと跳んできた。クリスタルを入れ替えている余裕はない。
「ストーンゴーレムッ!」
『メデューサクリスタル』の能力でストーンゴーレムを喚び出した俺は、その影に隠れ、放電を回避した。ちょっと食らってしまったが。
ストーンゴーレムの石が電撃によって砕けていく。じきに破壊されそうだ。
『ヴァンパイアクリスタル』
アイディアを実行に移すべく、すぐにモードシフトした。
モードシフトを始めた瞬間から、ストーンゴーレムはただの複数の石の固まりに戻ってしまう。
魔力か何かでくっついていた石はバラバラになって崩れ落ち、電撃が避けられなくなってしまうので、モードシフトしているうちにバックジャンプで放電の範囲から離れた。
『クリエイト』
モードシフトが完了したので、すぐさま物質生成の必殺技を発動する。
生成物は、水。
再び跳んできたフランケンの軌道を読んで、自分より少し斜め上空に両手を突き出し、水をイメージする。沢山の白い光が掌から湧き出して集まっていき、直径2メートルほどの水の固まりを空中に作り出した。
必殺技が終了した時点で水の固まりは落下するのだが、生成物を後で調整したり装飾を加える為なのか、意識によって技を持続できることがわかったので、フランケンに当たるよう、空中に留める。
フランケンは、上空からまた電撃を放ってきた。この電撃は食らうのを覚悟していたが、意外にも水の固まりがそれを防いだ。
「あっ、そうか!」
純水はほとんど電気を通さないって聞いたことがある。そのせいか。
電撃を放ちながら水の固まりにフランケンが突っ込む寸前、生成をやめて後ろに飛び退く。着地したフランケンは更に落下してきた純水を浴びた。
フランケンの放電がとまったときには、その身体から煙が上がっていた。戦闘で埃にまみれた身体によって純水に不純物が混じり、電気を伝えるイオン濃度が上がって多少はダメージになったのだろうか。
純水で思ったように感電させられなかったのは失敗だった。
だけど、水を使ったり身体から立ち昇る煙を見たせいか、ふいに考えが浮かんできた。
フランケンって炎耐性はあるけど、熱の耐性はないんじゃないか? 炎による熱は防げても、それ以外の熱は効くのかも知れない……。
『クリエイト』
生成物は、熱湯。
沸騰している熱湯をイメージし、両手を7、8メートル先のフランケンの頭上に上げる。掌から湧き出してきた沢山の白い光が、フランケンの頭上に集まっていく。
ここまで離れた場所にこの必殺技を使うのは初めてだったが、けっこう距離があっても作れるようでよかった。
とはいっても、フランケンが少し接近すれば電撃攻撃の間合いに入るのだが、感電した為に警戒しているのか、それとも頭上に集まっていく白い光に気を取られているのか、フランケンは電撃を放たず白い光を見上げて首を傾げている。
避けないのかよ。こっちは電撃受ける覚悟もあったってのに。
避けられることを考慮した横幅3メートルほどの熱湯の固まりが完成した。縦幅は15センチほどだが。
それが、フランケンへと落下する。
「ウォオオオ……! ウォオァアアァ……!」
全身に浴びて、身体から蒸気を上げながら悶え苦しむフランケン。
うう……、酷く苦しそうだ。勝負とは言え同情しちまうな……。
「ぐっ……!?」
大量の物質生成はこたえた。一度にかなりの体力を消耗した俺はバランスを崩し、地面に手と膝を突いた。
水と科学式は変わらないのにな……。この辺はカルボの裁量か。
だけど、このチャンスを逃すわけにはいかない。
『ヴァンパイアブラッド』
自分の血を消費して、短時間だがパワーアップ出来る必殺技を使う。
身体を跳ね起こし、フランケンへと走る。狙うは胸の魔晶石だ。
「ヴォオオアアア!」
フランケンの咆哮には、悲鳴も入り混じっているのだろう。
俺へと雷撃を放とうと野太い腕を向けてくるが明らかに動きが鈍く、ぎこちなくなっている。
放射状に広がる雷撃は、接近するほど広がりが小さくなるので、パワーアップによって素早くなっている俺は、あまり広がっていないその放電を避けつつ両腕の下へとスライディングして潜り込んだ。そして素早く立ち上がり、胸に赤く輝く大きな魔晶石へと肘打ちを浴びせる。
ヒビ割れた魔晶石から、フランケンの全身に七色に光が血管のようなものを伝っていった。
「ヴァアアア……!」
悲鳴を上げ、フランケンが蹌踉めく。
1発では壊れなかったか……! パワーアップしている状態での攻撃なのに、何かしら防御魔法でもかかっているのか?
だけど、これは想定内だ。すぐにもう一撃、拳を叩き込む。ヒビ割れが広がるが、まだ破壊には至っていない。
痛みに悲鳴を上げながら、フランケンが俺を捕らえようと左右から大きな両手を伸ばしてきたが、しゃがんで回避した。
フランケンの動きが鈍くなっているのと、ルーシアの厳しい特訓のおかげだな。
立ち上がり、もう一度魔晶石に攻撃を浴びせようとしたが、フランケンは野太い両腕をクロスさせてそれを隠す。
「オレ……負ケラレナイ……! ハカセ、守リキルマデ……!」
「……守りきる?」
「ガラード・フールバレイカラ守ル。ハカセ、自由ニスル!」
「そっか……。だけど、俺も勝利は譲れない……!」
俺は飛び上がって空中で回転しつつ、勢いを付けた足裏の蹴りをフランケンの両腕へと振り下ろした。
熱で弱っているのだろう、ガードが予想より脆く、両腕が下がりきって片膝を突くフランケン。
剥き出しになった魔晶石に、すぐに渾身の力で拳を叩き込む。
足りない。まだ魔晶石は砕けていない。
フランケンの両腕が俺へ伸びたが、構うことなく次の拳を叩き込んだ。両手に捕らえられ、身体が持ち上げられたところで彼の動きが停止した。その拳によって、魔晶石が砕けたのだ。
「ゥアア……ハ、カセ……。ゴメ……ナサイ……」
「……。ガラードからなら、俺も守ってやるよ」
「……ァ……リガ……ト……」
それに確か、予備の魔晶石があるってコンスタンティア言ってたよな。
あ、でもそれって脳のところにある魔法で知能を加えた魔晶石のことだろうか。それだとフランケンは動けないな……。というかそれだと別のフランケンになっちゃうんじゃ……。
勝敗を告げる鐘が鳴り響き、コロシアムが歓声に包まれる。
活動を停止したフランケンの顔をよく見ると、涙で濡れていた。




