第92話 vs.フランケンシュタイン、再び
「おつかれさま! ルーシアお姉ちゃん!」
試合が終わり、控室に戻ってきたルーシアの元へフリアデリケが駆け付ける。
ルーシアは珍しく草臥れた顔をしていた。竜巻で髪もボサボサだ。
「もう~ハラハラしちゃったよう~。お姉ちゃんが凄いの知ってたけど、本当に凄かった! 歓声も凄かったね。ゴロー様のときと同じくらいだったよ!」
フリアデリケは興奮して喋りまくっている。その妹の頭をルーシアが嬉しそうに優しく撫でていた。
そんな光景に和んでいると、俺のポロシャツの裾がくいくいと引っ張られる感じがする。
「菜結、どした?」
小さな手で裾を握った菜結が、生まれつきのジト目で俺を見上げていた。
「ああ、撫でて欲しいのか」
表情のあまり変わらない菜結なので他の人には無表情に見えるかも知れないが、俺には菜結の期待が表情から読み取れた。
頭を撫でてやると菜結は目をつむって、どこか満足そうな表情に変わった。やっぱり他の人にはわからないかも知れないが。
「城に行って女王様に魔法使って、菜結も偉いもんな」
「えへへ……」
そうしていると羨ましそうな視線を感じたので、その視線の主に声を掛けてやる。
「リヴィオも撫でてやってくれよ」
「い、いいのか?」
「いいだろ、菜結?」
「うん……」
少し恥ずかしそうな菜結におずおずとリヴィオが手を伸ばして、その小さくて艶やかな黒髪の頭をそっと撫でる。
「えへへ……リヴィおねえちゃん、ありがと」
菜結のお礼が可愛かったのか、リヴィオは目を見開いたあと、締まりの無いちょっと気持ちの悪い笑顔を見せていた。
リヴィオは多分そんな顔してる自覚はないんだろうけど。
教えるべきかな……。今度スマホにでも撮って見せてみようか……。
翌日、闘技大会5日目。2回戦2日目の朝。
アンバレイ家の屋敷に国からの伝令が訪れた。
話によると、キーゼルの屋敷の使用人から彼が奴隷だったフーゴの兄を不当に扱ったという証言が複数得られたのだという。
キーゼルは貴族の称号を奪われ、罰則を与えられることになったのだが、更に余罪がいくつも出てきていて、死罪は免れないだろうとのことだった。
それを聞いた後、フリアデリケが俺にミルクチョコレートのおねだりをしてきた。
おねだりは初めてのことだったので理由を聞いてみると、フーゴに持っていってやりたいそうだ。
「今度は美味しく食べてくれるかな……」
ちいさな声で、そう呟いていた。
フーゴへの連絡をフリアデリケに任せ、俺とリヴィオとルーシアはコロシアムへ赴いた。今日は俺もルーシアも試合がないので、菜結とエステルはいない。
試合では、初めての死者が出た。
殺したのは、ガラード・フールバレイだ。ヤツの剣が対戦相手の首を刎ねたのだった。
表向きには告知されないが、降参していなければ殺しも有りの大会に、俺はルーシアが殺されるんじゃないかという恐怖を感じた。リヴィオもそれは同じだったようで、不安そうな顔をルーシアに向ける。
「あんなヤツに殺されたりしませんよ」
ルーシアはあっけらかんとしていた。
その日は、更に死者が出た。
今度は例の金色の主義者に伝わるという魔法のスクロールによって召喚した魔物の制御が出来ずに術者の選手が殺されてしまったのだ。
すぐに警備の者たちが動員されて魔物は鎮圧されたが、何名か重症を負っていた。更に死者が増えなくてよかった。
こんなことになるとわかってたら、俺も変身して『ナユクリスタル』の瞬間移動を使って舞台に行って魔物を鎮圧したんだけど……。
翌日、大会6日目。本日は3回戦。そのすべての試合が行われる。
俺の相手はフランケンシュタインだ。
舞台にて向かい合ったフランケンは1、2回戦のときと違い、金属製のロングブーツと篭手を纏っていた。
「成程……石化対策か」
『メデューサクリスタル』の必殺技による石化攻撃への対策だろう。
気になるのは、ブーツも篭手も装着口の辺りが広がった形状をしていることだ。デザインにしては不自然に見える。篭った熱か何かを逃がす為の形状のように思える。
俺は、フランケン対策をずっと考えてきた。
シャツの胸元を大きく開け、弱点である胸部のデカイ魔晶石が剥き出しになってるのには、何かそうせざるを得ない理由があるハズだ。ブーツと篭手の形状も、それに関係していそうな気がする。
そこに付け入れればいいのだが、理由さえわからない。
熱が理由なのかも知れないが彼には炎耐性がある。しかもコンスタンティアの魔法でそれが装備品にまで付与されてて、前に戦ったときには髪の毛も服も燃えなかったんだよな。
その戦いでは俺が使える最強の必殺技、炎の剣の必殺技と『キックグレネード』の両方を防いだ相手だ。
『キックグレネード』は体力が消耗していて威力が落ちていた気がするが、単に飛び込んで浴びせるようなやり方では全力でもまた防がれた挙句に脚を掴まれ、今度はそのまま何度も地面に叩き付けられて敗北……なんてことも考えられる。
もしかしたらこの大会で最強の相手はこのフランケンシュタインなのかも知れなかった。
緊張から、ゴクリと生唾を飲み込み喉を鳴らした。
十数メートル向こうで対峙するフランケンは、その緑色の肌の彫りの深い不気味な顔に、闘志を燃やしているように見えた。
試合開始の鐘が鳴り、俺が変身すると観客が沸き立つ。
スタンディングオベーションと大歓声の中、俺はレバーを下げる。
『トマホーク×トマホーク』
『アックスビーククリスタル』で変身していた俺はその必殺技、強い衝撃を加えると爆発する斧を出現させると、重量感のある鈍い動きでこちらへと駆けてきているフランケン目掛け、全力で投げ付けた。
ヴンヴンと重い風切り音を立てた斧が両腕をクロスさせてガードしたフランケンに命中、爆発を起こす。
「…………ダメか」
フランケンがガードした腕の篭手を壊せないかと思ったが、ヒビも入っていなさそうに見える。
「その篭手、頑丈だな」
「コレ、アダマンタイトデ出来テル」
「へぇ……」
ミスリルの次はアダマンタイトか。どっちか硬いのかは知らないけど厄介だな。
爆発する斧は、その篭手が無くても効かなそうだとは思ってたけどさ。
じゃあ、次の作戦だ。
『ドラゴンクリスタル』にモードシフト、必殺技である炎の剣『ブレイズブレイド』を出現させる。そして、更にその剣の必殺技『ブレイズフォース』を使って、迫ってきたフランケンのふとももにリーチの伸びる強力な炎の剣の一撃を浴びせた。
脚を狙ったのはフランケンの機動力を削ぐ狙いだ。本当は足首を狙いたかったが、アダマンタイト製のブーツがあるからな。
それでもやはり『ブレイズフォース』は効いた。ふとももに深い切れ込みが入っている。前回の戦いでも、その突きで両腕を貫いたからな。
これを何度か繰り返して脚の動きを封じれば、背後からの攻撃なんかで楽に戦えるかも知れない。
そう思ったときだった。
「ウォオオ……オオォ!」
フランケンが咆哮とともにこちらに翳した篭手の掌に魔晶石がはめ込まれていて、それが光り輝くと青い放電が樹状に広がり、俺の身体に命中した。
「ぎぃッあああアアッ!」
俺は痛みを堪えきれず叫び声を上げた。
これは、ラファエルの魔法か……!
激痛が走り続ける。おかしい。魔法が終わらない……!
膝を折りそうになるのを堪え、蹌踉めきながら後ろに跳んで倒れつつ地面を転がって放電から逃れた。
「ぅああ……ぐ……ブレイズフォース対策か……」
剣が伸びる最大の長さと同じくらいの間合いまで放電していた。最大リーチまでコンスタンティアは知らなかっただろうけど、余裕を持って対策してきたらしい。
しかもこれは石化攻撃対策にもなっている。石化させる必殺技はある程度、近くで発動しないと対象を取り囲むように蛇が出てこないどころか、放電の外からじゃあフランケンから離れて出てきてしまう。そうなれば放電で一掃するのは容易い。
どうやって戦えばいい……?




