第91話 ルーシアの第ニ戦
2回戦のコロシアムの舞台に登場したルーシアは、観客の自分への歓声と声援の大きさに驚いた。
対戦相手はフードを被ったローブ姿の魔術士の壮年の男だった。
この大会では、魔法のスクロールを使って魔物を召喚する新しい召喚術を使って戦う者がレンヴァント国側の選手に何人かおり、この男もそのうちの一人だ。
その召喚術が金色の主義の思想を持つ者の間で秘匿されているものだと知られるようになったのは、この国が痛めつけられ、闘技大会で使われだした、つい最近のことだった。
試合が始まり、男はスクロールから2体の強力な魔物を召喚する。ワイバーンとマンティコアだ。
ワイバーンは2本足の小型のドラゴン種で、マンティコアは以前ラファエルが倒した、人面に獅子の胴体、蝙蝠の翼に猛毒のサソリの尾の姿の、人喰いで高い知能があり高速で走れる化物だ。
どちらも1体だけで討伐隊が編成される、戦ったことのない強力な魔物に流石のルーシアも緊張する。
(こういうのはゴロー様の役目だと思うのですが……)
今までの召喚魔法ではこれほど強力な魔物となると、せいぜいどちらか1体を使役させるのが限界で、それ以上の召喚となると使役どころか場合によっては召喚するのに命が対価になる。
なので、ルーシアはまさかこれほどの魔物たちと戦うことになるとは想定していなかった。
「よくこんな魔物を2体も使役できますね」
「ギリギリだ……。だが、こうでもしなければ貴方には勝てなそうな気がしてな……。行け!」
2体の魔物がルーシアへと向かい、すぐに辿り着いたマンティコアが前足の爪で斬撃を放つ。
躱したルーシアを掠めてメイド服が破れ、豊かな胸の谷間付近が少し露わになった。それに怯まずロングソードを抜刀し斬りかかるルーシア。しかし、その刃が届く前にマンティコアがバックステップする。
「――ここっ!」
振っている途中の剣の切っ先をマンティコアに向けた状態で止めると、ルーシアはマンティコア目掛けて突っ込んだ。そうしながら剣を引き、突き出す。
バックステップ中でまだ宙に浮いた状態のマンティコアは、蝙蝠の翼に魔力を注いで揚力を作って後退することでそれを避けると、3列に並ぶ歯で剣をがっちりと咥え込んだ。
そうしながらサソリの尾を斜め上から突き刺そうとして、それに気付いたルーシアがロングソードを捨てて尾を避ける。マンティコアは攻撃の手を休めず、すぐに片方の前足の爪をルーシアに振るった。
「くぅっ……!」
重く鈍い音がして、ルーシアの身体が撥ね飛ばされて宙を舞う。地面に落ち、土煙を上げながら4回ほど横転した。
「ギィガァア……ッ!」
叫んだのはマンティコアだ。その眉間には短剣が突き刺さっていた。ルーシアがコンスタンティアから譲り受けた魔剣だ。
ロングソードを手放してすぐに取り出し、魔力を引き出して威力を上げておいた魔剣を、ルーシアはマンティコアに吹っ飛ばされつつも近距離から避けられないように投げ付けていたのだった。
ロングソードでは突き刺せていたとしても硬い皮膚や骨を貫けたかわからない。絶命し倒れたマンティコアとは反対に起き上がりつつ、ルーシアはコンスタンティアに感謝した。
この展開に、観客席からは大歓声が巻き起こる。
「うぅ……腕が……!」
ルーシアは片腕の激痛に顔を歪める。しかし、爪で斬り付けられてはいなかった。そのことに驚いた対戦相手の男が尋ねる。
「どういうことだ……? その服は魔装か? いや、しかし最初の攻撃で破れているしな……」
「ふふっ。メイド服が魔装っていうの、おもしろいですね……い、いたたた……」
「斬り付けられたハズだ。なぜ無事なんだ?」
「簡単ですよ。一歩前に出て爪を避けたんです。ギリギリでしたけどね。後ろに下がっては魔剣を急所には刺せないかも知れませんので……」
「捨て身でか……」
「それくらいしないと、ワイバーンも同時に相手にするのは厳しそうでしたので」
ワイバーンはマンティコアとルーシアの交戦中、まだそこには辿り着けずに上空にいた。マンティコアが倒されるとルーシアを脅威と見なし、警戒して上空で距離を取っていた。
仕掛けてこないルーシアに遠距離攻撃は無いようだと判断し、上空からブレスによる攻撃を始めるワイバーン。
ドラゴンのブレスに比べて威力の弱いブレスをルーシアは素早い動きで躱しつつ、マンティコアの口からロングソードを、眉間から魔剣を抜き取った。そして柄に埋め込まれた深緑色の魔晶石から魔力を引き出しつつ、ワイパーンの近くへと疾走する。
(本当はあの魔術師のところに行ければいいんですけど!)
そうするにはワイバーンが行く手を塞いでいて、リスクが高そうだった。
ワイバーンには風魔法もあり、竜巻を発生させることも出来る。近付いたルーシアに、その竜巻が襲い掛かった。
ルーシアは敢えてその竜巻に飲まれた。小さいが強力な竜巻が身体を持ち上げ、スカートをめくり上げる。
螺旋状に上空へと昇っていき、ワイバーンの近くに来たタイミングでふとももの帯革に付けたケースから短剣を抜き取り投げ付けた。
羽ばたいて避けるワイバーン。その軌道を読み、その移動先へとタイミングを合わせ、本命の魔剣の短剣を投げ付ける。
近距離だったことが功を奏した。
ワイバーンの翼に大きな切れ目が入り、魔力を使って飛ぶ翼のコントロールが乱れて地面へと落ちていく。
ルーシアは竜巻から約20メートルの上空へと投げ出された。
そうなる前にロングソードを鞘ごと、仕込んでいた何本かの短剣をケースの付いた帯革ごと捨てて軽量化を図った彼女は、ブーツのつま先に仕込んでいた短剣でロングスカートを刺して脚を180度近く開脚しつつ、その前と後ろを手で掴んでパラシュートのようにして落下速度を減速させ、転がるように着地して衝撃を緩和した。
「ぶ、無事なのか……?」
思わずそう尋ねる魔術師に「今は魔力で少し身体も丈夫になってますしね」と返すルーシア。
そしてロングソードを拾い上げると、飛べなくなり歩いて迫ってくるワイバーンを大回りに走って避け、魔術師へと向かった。
「ううっ……!」
魔術師がドーム状の魔法壁を展開する。ルーシアは全速力でロングソードをそこに叩き付け、更に連続で斬り付けていく。
ビキビキと魔法壁にヒビが入り、数秒で砕けて消えると魔術師は降参した。
試合終了の鐘が鳴り響き、魔術師はワイバーンに攻撃を中止させ、元いた場所へと帰還させる。
「ふうっ……。なんとかなりました」
「その剣も、魔剣なのか?」
「これはただのロングソードですよ? 魔法壁を早く壊すにもコツがあるんです」
「……そうか。無念だが、清々しい気さえする戦いっぷりだったな、貴方は」
「けっこー無茶しちゃいました」
壮年の魔術師に小さく舌を出すルーシア。
女王にはあまり無茶をしないと言っておきながら、彼女にはガラード・フールバレイと当たるまでは負けられないという想いが強かった。
それに、自分にも少しはこの国の人々や女王の役に立ちたいという想いもあるようだ、とルーシアは集まった観客たちを見上げながら思うのだった。




