第90話 スティンガーディスペル
とっておきはある。でもこれ、相手の魔法を見てからじゃ遅いかもな。消費体力は大きいけど、やむを得ない。
俺はレバーを2回倒した。
『スティンガーディスペル』
これはクリスタルが10個集まったことで使えるようになった『ゴロークリスタル』の新たな必殺技だ。
現在持っているクリスタルは13個。ミストローパー戦では出番がなかったが、実は新しいクリスタルを2つ手に入れている。
それは後で紹介するとして、俺の名前が付いてて今だに恥ずかしくて慣れないこのクリスタル、特性がないのかと思っていたんだけど必殺技が増やせる特性が付いていた。
『スティンガーディスペル』は相手の魔法を1回分消し去る必殺技だ。
ベルトの説明によるとスティンガーはスティンガーミサイルっていう防空ミサイルから来ているそうだ。
これが『ドラゴンクリスタル』を使わなかったもう1つの理由で、他のクリスタルを使わない理由でもあった。
必殺技が発動し、俺の右腕の前腕と手が緑色に輝く。
殆ど炎の消えた地面を蹴って、俺はキーゼルへと駆けた。
「くたばれ! 黒き魔装使い!」
キーゼルの金色の杖が輝くと、大きな光弾が放たれる。
放物線を描いて飛んでくる光弾は、ディアスが使った目眩ましの魔法に似ている。だけどそれより数倍デカく、凄いエネルギーを内包していそうな虹色の輝きも見える。
俺は右腕をその光弾に向け『スティンガーディスペル』を撃った。
発光した手と腕からミサイルのような光線が放たれ それは標的を追尾して弧を描きキーゼルの放った光弾に命中した。
ぶつかりあった緑の光と魔法とが強めに発光すると、キラキラと輝く無数の光の粒になって消えていく。
「なっ……! 何を……貴様、何をしたッ!?」
「消し去ったんだよ!」
驚いた顔のキーゼルへ猛然とダッシュしながら告げた。
「くぅっ……! くそぉ!」
キーゼルは慌てて魔法を放つ。上空に弧を描くその光弾は、ディアスが使った目眩ましの魔法にそっくりに見える。
頭を下げて走ると強い光が視界に入り、すぐにマスクの中でぎゅっと目を瞑る。強力な発光に観客の悲鳴が耳に届く。目は見えないが駆け続けた。キーゼルに次の強力な魔法を使わせない為に。
光が弱くなってきて目を開けると、キーゼルの前には炎の壁が出来ていた。
高さ2メートル横幅5メートル程度のそれを、レバーを1回下げつつ飛び越える。
キーゼルを眼下に捉えるとヤツも俺の姿を見つけ、ビクリとした。その肩めがけ『キックグレネード』の体勢を取る。
矢のように飛び、キーゼルの2枚の魔法壁を破壊して、そのまま肩にキックを浴びせた。威力が強いので脚を引っ込めつつ。
「ぎぃいい……ッ!」
歯を食いしばり、痛みを耐えつつそんな声を上げたキーゼルが俺に大きな金色の杖を向ける。
今ので魔法を中断されなかったのか!?
集中が途切れれば発動前の魔法は中断される。発動したものは魔法によるが。
「死ねェッ!」
コイツ、死ねって言っちゃったよ!
輝いた杖を見た瞬間、俺は横っ飛びした。杖の先から十字の形をした光の刃が飛び、俺の横を脚を掠めて通り過ぎる。それは俺の脚の装甲部を抉り、コロシアムに張られた魔法障壁を突き破り、壁に十字の穴を空けた。
「ぐ……ぐぅう……ッ! 今のを避けるとは……!」
俺の蹴りで苦痛に顔を歪めながら、キーゼルは俺を睨み付ける。
「こ……こんなところで終われるか! ようやく、ようやく手に入れた世間にオレを認めさせるチャンスを……! こんなところでぇ……!」
「……優秀な兄がいるのには同情するけど、お前は多分、フーゴの兄を殺してるだろ? 貴族にも関わらず使用人じゃなく奴隷を必要とした理由ってなんだ? 死なせるようなことをしてたんじゃないのか? 魔法の実験台とかさ」
そう問い掛けつつ、俺は『スティンガーディスペル』を発動させる。
「あのガキからそう聞いていたんだろう!? あ、あのガキめ……オレの邪魔をしやがって! 畜生、畜生ッ! 畜生ォッ! まとめて切り刻んでやればよかったッ!」
「……お前、フーゴの兄を切り刻んだのか?」
「…………。さっきの魔法は強力だったろうォ?」
ニヤリと片方の口の端を上げるキーゼル。
審判もこの会話を聞いているせいか決定的なことは言わないが、コイツはクロだろうな……。
「死ねッ! 死ねぇッ!」
叫んだキーゼルが杖から光弾を2つ放った。ゆっくりとした放物線を描き、こちらへ向かってくる。
あんな状態でも魔法の準備をしてやがったか。いや、演技だったのかも知れないな。
『スティンガーディスペル』は1回分しか魔法を消せない。この2つは2回分だろう。だけど、消す必要はないな。
これは目眩ましの魔法だ。
激しい光に客席からまた悲鳴が上がった。
俺は目を瞑って何も見えない中を横に移動した。ヤツがこの機に魔法攻撃を仕掛けてくると予想して。
バランスを崩して倒れたが、すぐに転がって移動する。音を聞きつけたのだろう、倒れた辺りにボオッと炎の柱が立ったのを、戻ってきた視界に捉えた。
「畜生! 外したかッ!」
そう言ったキーゼルを見るとさっきより距離が開いていた。また目眩ましを使われると厄介だ。
俺はすぐさまヤツへと迫る。焦った顔をしたキーゼルは魔法壁を張るので手一杯だった。
『スティンガーディスペル』を纏った右拳で魔法壁を殴って消し去り、すぐに渾身の力を込めて左拳で魔道具による魔法壁も破壊する。またすぐに右拳を『キックグレネード』を浴びせたキーゼルの肩へ。
「ぎぃぁがぁッ!」
そのまま俺は拳を連打する。致命傷にならないよう加減しつつ。
「あがぁああッ! おげっ! べぶっ!? ぶごぉッ!」
腕には思いっきり拳を叩き込んだ。大きな金の杖がキーゼルの手から滑り落ちる。
「ぎゃぁああッ! い、いだぃい……! もぅ……! こ、こうさぶげッ! や、やべでっ。は、はがっ! あがあ……! あがぁあッ……!」
最後に、膝を突いたキーゼルの鼻柱にフックを叩き込んでへし折った。
「ぶげぇぁああ! ……ぁ……げ……」
キーゼルが地面に倒れると、試合終了の鐘が鳴り響いた。
歓声の中、7万人もの人々がいる聳え立つ観客席を見上げる。あの中のどこかでフーゴが見ているかも知れない。
兄が殺されたことが本当ならば、これで少しでもフーゴの心が晴れてくれたらと願った。
手に入れていたクリスタルについて。
『ジャイアントスパイダークリスタル』
・黄色のクリスタル。
・蜘蛛の糸を飛ばせる。
・必殺技『スパイダーズウェブ』
直径2メートル程度の蜘蛛の巣を飛ばす。
『オーガクリスタル』
・濃緑色のクリスタル。
・力が強くなる。
・鈍くなる。
・必殺技『オーガロア』
特殊な咆哮により、自分より相当に弱い敵を高確率で気絶させる。




