第89話 2回戦
闘技大会の1回戦は3日で全てが終了し、2回戦となった。
今はコロシアムの舞台の上にいる。
俺はアグレイン国の代表なので、対戦相手について国から情報を与えられるのだが、今日の相手はキーゼル・ベルンシュタインという強力な単体攻撃魔法の使い手ということだ。
その兄は噂されていた通り一騎当千と呼ばれる集団攻撃魔法の大魔法使いで、兄に集団攻撃魔法では勝てないから単体攻撃魔法を鍛え、1対1の勝負で兄を上回ってベルンシュタイン家の代表の座を勝ち取ったらしい。
そのキーゼルは大きな金色の杖を持ち、高級そうなローブを纏っていて、そして今、俺のすぐ正面に立っている。試合前に少し話があると言うのだ。
激しく睨み付けているその様は闘志むきだし……にしては何か恨みの篭ったような目をしていた。
「姑息な真似をしてくれるじゃあないか……!」
「は? なんのことだ?」
「とぼけるな! アグレイン国というのは勝つ為に手段は選ばないようだな。兄のおかげで目立たなかった俺であっても、随分とお調べになったようだ。奴隷だったヤツまで見つけてくるとはな……!」
聞くと昨日、大会の為にこの国に来ているレンヴァント国の兵士から、奴隷の扱いについて不当な行いがなかったか聞き取り調査を受けたそうだ。
いや、そんなこと言われてもな……。
「とぼけても無駄だ! 一昨日、貴様の屋敷に奴隷が訪ねたことはこちらも調べが付いているぞ!」
「は? 一昨日に、奴隷が……?」
「奴隷だったとは聞かされてなかったか。隠したい身分だからな。ヤツは卑しい奴隷だったのさ!」
「おい、誰のことだよ?」
「しらばっくれやがって! フーゴとかいうガキのことだよ! 貴族街をホビットのガキが一人で歩けば目立つからな。証言は複数あるぞ。言っておくがな、あのガキはオレに兄を殺されたと恨んでやがるようだが、元々弱っていて勝手に死んだんだよ!」
「フーゴ!? 兄が……!?」
フーゴが訪ねてきたって? 聞いてないぞ。
恨んでるって……じゃあ訪ねてきた理由は、俺に復讐して欲しいってことか。
…………そうか、俺に知らせないようにしたのはリヴィオだな。コイツをボコボコにするだけなら隠す必要はない。きっと殺しを頼まれて俺が悩むのを気にしてくれたんだ。
いつも、俺を優しく守ってくれるリヴィオだから。
つまりだ、本当かどうかはわからないがコイツはフーゴの兄の仇ってことか。
そんで昨日、事情聴取されたってことはコイツには今、容疑が掛かってるんだな。
それをアグレイン国がレンヴァント国に要請したと、コイツはそう思っていると。
「不戦勝に出来ずに残念だったな。だが、負けてもオレを裁いて勝ち上がるつもりだろう? そうはさせるか。再起不能にしてやる……!」
キーゼルは物騒な宣言をすると振り返り、俺から離れていく。
「お前……。それ、やったってことじゃないのかよ」
ヤツの背中にそう声を掛けたが、返事はなかった。
てか再起不能にしてやるって、上級治癒魔術士がいて死ななきゃ治癒出来るんだから、それ殺すってことじゃん……。俺を殺せば捜査が打ち切られるかもって可能性も考えてるのかもな……。
俺は殺さないけど。コイツはフーゴの兄を殺してるのかも知れないけど、例えそうでも俺はやらない。
何人も殺してるようなら迷うかも知れないけど……。国家が動いているようだし、余罪も調べるだろう。法が然るべき処罰を与えることを願おう。
話し合いが終わり、直径50メートルほどある円形のコロシアムの舞台の中で、20メートルほどの距離を取ってキーゼルが振り返ると、やがて審判が試合開始の鐘を鳴らした。
ベルトを変身するべく出現させると、大きな歓声が上がる。嬉しいなぁ。
「変身ッ! …………んッ!?」
光に包まれている間に魔法で攻撃されたようだった。光ってるから見えないんだよね……。
無事な俺の姿が見えた観客が、大きな波のようなどよめきを起こした。
銀色のファンタジックな紋様の入った黒のマットボディを見回してみる。装甲部分にも、二の腕とベルトの下からふとももまでの厚手のラバー素材っぽい部分にも傷やおかしなところは見当たらないな。
「防いだのか!? 魔法壁は使えないと聞いていたが……。なら、これにはどうする?」
直径1メートルはありそうなデカイ火の玉を作り出したキーゼル。これには観客も沸いた。変身した菜結の大人の男を包み込むほどの大きさのファイアボールよりは小さいけど。
それに、速度が遅い。余裕で躱せた。
「んっ!?」
避けた火球が地面に落下すると、そこから急速に炎が地面に広がっていく。ファイアボールかと思ったら別の魔法だ……!
「熱ゥッ! アチ、アチィッ!」
慌てて炎のない地面へと逃げた。
「やはり魔法壁は使えないようだな。ドラゴンを倒した男をオレの魔法で討ち取れるとは、痛快だ!」
討ち取るってそれ殺すってことだろッ!
逃げ込んだところから大回りすれば炎を通らずにヤツの元へ辿り着ける。そうやってヤツへと走り始めると、再び巨大な火の玉が飛んできた。大きくジャンプしてそれを躱す。
「情報通り凄いジャンプ力だが想定済みだ! 跳べば的になるだけだ、馬鹿め!」
「そうでもないぞ」
俺はベルトの機能で収納されている、空飛ぶマントを出現させた。
装着したまま収納すればその状態で取り出せることがわかったので、すぐに飛ぶことが出来る。
俺が空を飛んだ為に会場が興奮のるつぼと化したので、驚いた。
やっぱり空を飛ぶって、憧れだよな。
今更だが、この自分の持ち物をどこかへ収納したり取り出したり出来る機能は『ストレージ』ということが判明した。
呼び名がないと不便なので何か名前を付けようとしたとき、もしや名前があるのではとベルトに聞いて判明したのだ。教えてくれたっていいのになぁ。
ちなみに名前がわかったことで、異空間に収納されているってことも判明した。
そういえば収納されてると思い込んでいたけど、そうじゃなくて消滅して作り直してる可能性もあったんだよな。着ていた服やスマホは俺が元の世界で事故に遭う直前の状態に戻るし、変身した姿も変身しなおせば元に戻るから。
「う、噂に聞いた魔道具が、本当にあったとはな……」
俺を見上げたキーゼルが驚きを口にする。
噂になってたのか。そういやミストローパー戦でも使ったしなぁ。他にもあるのかも知れないし、こんなものがあったら噂にもなるよな。
「な、なら、撃ち落としてやる!」
キーゼルの前面にズラリと空中に10本の光の矢が並んだ。あ、これディアスが使ってたヤツか……!
矢が一斉に俺にいる方向へ平行に飛んでくる。一箇所に集まってくれれば避けれそうだが矢と矢の間隔は狭く、かなり速度があって掴み取るのも無理そうだ。
マントに穴が空いたりしたら嫌なので収納し、落下しながら2本の矢を両腕の前腕の装甲部で弾いた。このくらいの魔法ならラバーっぽい部分でも刺さらないかも知れないけど。
「痛っ……!」
しかし、装甲部であっても痛みはあるのだ。
マスクの中で顔をしかめつつ、まだ炎で燃える地面に着地し、熱さに耐えつつキーゼルへ向かって全力疾走しながら、ベルトのレバーを下げ『キックグレネード』を発動させた。
『ドラゴンクリスタル』を使えば炎には強くなるのだが、そうしないのには理由がある。その1つが『キックグレネード』だ。
『キックグレネード』は強力な攻撃ではあるが、遠くからジャンプして矢のように飛んでいくやりかたでは、対人戦では隙を突かなければ避けられやすいのだ。近くなら小ジャンプでもすればいいんだけど。
「くっ……!」
キーゼルの焦った声が聞こえる。もう遅い!
あっという間にヤツの傍まで近付き、ヤツが張っていた魔法壁を蒼く輝く蹴りで破壊した。そして、魔法を放たれる前に拳を叩き込もうとしたのだが――。
「んっ!?」
見えにくかったがもう1枚魔法壁が張られていて、それに拳が防がれてしまった。
「――もう一発!」
だが、その魔法壁はそう強固ではなくビキビキとヒビ割れたので、次の拳で破壊すると、バラバラに砕けて消えていく。
魔法壁というのは、ある程度の損壊があるとそうなるのだ。その程度は術者や魔道具によって違う。
今回はキーゼルの腕輪が輝いていたので、魔道具の腕輪の魔法壁だったようだ。
障壁を失ったキーゼルに蹴りを放つ。だが、間に合わなかった。蹴りが届く前にヤツの杖が輝き、俺の身体が吹っ飛ばされた。キーゼルのニタリとした顔が、グングンと離れていく。
身体中に激痛が走る。どうやら無数の風の刃に斬り付けられたようだ。
地面に落ちて転がる。キーゼルと30メートルくらい離れてしまった。
「ぐッ……うぅう……!」
「アハハハハハ……! どうだ見たか! オレの魔法! まだまだ見せてやるぞ、観客ども! 兄よりもオレのほうが優れていることを知らしめてやる!」
俺に言ってるんじゃないのかよ……。両腕を広げて観客たちにアピールしてやがる。
うう、痛ェ……。くそ、失敗した。キーゼルに当たらないように『キックグレネード』を足先だけが届く距離で使ったのが不味かった。
身体を見回すと、装甲部にもラバーのようなところも切り傷だらけだった。だが、穴は空いていないようだ。
俺はゆらりと起き上がった。気付いたキーゼルがこちらを見る。
「あれを食らっても損傷が少ないようだな。流石にドラゴンを倒した魔装だけある。だが、耐え難い痛みだったろう? 次は更に苦痛だぞ。いい声で啼いて貰おうか!」
「バカ言え……」
調子付きやがって。
思えばあの火の玉の魔法は、強力な魔法を放つ為の時間稼ぎだったのかも知れない。
距離が空いてしまった今、再び強力な魔法を用意しているのだろう。




