第87話 来訪者
闘技大会本選1日目が終わり、選手送迎用の箱馬車(窓にカーテン付き)でリヴィオの家に皆で帰ってきた。
すると、玄関に年代的な造りの上品なデザインの箱馬車が停まっている。なんだろう、どこかで見たような美術様式な感じがする。
貴族街では本選の前日の出場選手が公表された日から、物々しい数の警備兵が暗殺防止などの為に配置されていて、特にリヴィオの家の前は手練を多く配したと国から通達があったので、家中で闘技大会に向かうことにしたんだけど不味かったか。
お客を待たせてしまったかとルーシアとフリアデリケが急いでその馬車へ向かうと誰もいなかった。兵士たちに聞くと家の中で待っていると言う。
ルーシアはなぜ家の中に入れたのだと兵士たちに怒り、フリアデリケはひとり急いで家に入ろうとするのでリヴィオが後を追い、ともに家の中に入って少しすると大慌てでフリアデリケだけが戻ってきた。
「じょっ……じょっ……っ!」
変な鳴き声みたいな声を発するフリアデリケ。
前もこんなことあったな。お姫様から手紙を貰ったときに。
「じょおっ……! じょおうさまっ! 女王様がいらっしゃってますっ!」
「ええええっ!?」
驚いて声を上げたのはルーシアとエステルだ。俺と菜結はぽかんとしている。
この国の女王って確か高齢で何年も前から病に伏してて、それで孫のまだ10歳のお姫様が国政を大人たちとやってるんだったよな……。
ルーシアはさっき責めてしまった兵士たちに頭を下げ、家の中へと凄いスピードで駆けていった。
俺たちは客間にて待っていた女王と面会した。
女王は確かに高齢で、痩せこけていた。普通に座っているだけで辛そうに見える。だが、上品な服装とその佇まいからは、凜とした感じと柔らかさか混ざり合っているように思えた。
「私がクラウディア・アグレインです。家人の留守に勝手に屋敷に侵入したこと、まずはお詫びします。身体を休めたかったものですから……」
「い、いえいえっそんな……。貴族であるのに家を留守にしたこちらが非常識だったのですっ」
おお、こんなにリヴィオが慌てるの珍しいな。
「そのようなことはありません、リヴィオ・アンバレイ。貴方の家は家人も少ない。むしろ、そのような家があるのに塀で隔てた貴族街の防犯を貴族に任せてしまっていることに申し訳なく思っていたところです。これを機に改善させましょう」
「で、ですがそんな家は私の家くらいでしょう。その為にそのようなことは……」
「いえ、物盗りなどが減りそういうことが出来ないと知られれば、貴族街全体の治安もよくなるでしょうから」
「は、はい……! 承知致しました」
女王は話すのも苦しそうだ。彼女は次に俺を声を掛けてきた。
「クロキヴァというのは貴方ですね?」
「はい。そうです」
「本日、伺ったのは貴方にお詫びをする為です。私は恥ずかしながら、今朝に至るまで貴方が我が国の代表として闘技大会に参加することを知りませんでした。本来ならば、私がこの国の女王として貴方にお願いするところを……。国の代表になってくださり、感謝します。遅れて申し訳ありませんでした……」
女王は幼い姫と同じ銀の髪色と淡い緑色の瞳をしていて、長い睫毛もそっくりだ。
その長い睫毛を閉じて謝罪の意を表す女王に、俺も慌てた。
「い、いえいえっ。病床の身であったなら、仕方ありませんよ……!」
「ありがとう……」
お礼を言って優しく微笑む女王は病気で弱っているのだろう、力無く見える。
「……情けない話ですが、昨今、国内外に不穏な動きが増えており、私の見立てでは闘技大会の優勝賞品である魔石採掘権がレンヴァント国側に渡ってしまえば、近く戦争になる……。ですが、我が国の貴族が採掘権を手に入れても、その利益を違法にレンヴァントへ送る家も少なくないと思われます。保身や、彼の国で広まった主義を信奉する故に。至らず、無念です……」
ラファエルたちが会った魔族が金色の主義ってのを広めて戦争を起こそうとしてたな。それが早まるのか。
以前に姫様に聞いた話より悪い予想だな……。
ラファエルたちの出来事は国に伝えられただろうし、闘技大会の開催が決まっても魔物の召喚によってこの国にダメージが与え続けられていたり、アックスビーク討伐の際に金色の主義者による陰謀が明らかになったりしたから、それらが考慮された結果なのだろう。
「クロキヴァ、私から相応の礼を致します。どうかこの国の民たちの為にその命を懸けて戦ってくれませんか」
女王様個人として出すってことか。国からは代表選手を引き受けたことで相応の対価を貰えるからな。
ん? 隣に座るリヴィオの様子がおかしい。俯いてふるふると震えている。
「おっ……お待ちください」
リヴィオは声も震えさせて顔を上げた。
「へ、兵士やこの国の貴族にならば、国の為に命を賭けろというのは理解できます。ですがロゴ……黒木場吾郎は、この国の民ですらありません。命を懸けろというのは……」
「わかっています。これは命令などではありません。私のお願いです」
リヴィオは俺に振り向いた。切なそうに赤い瞳を揺らしている。
きっと俺に無茶をして欲しくないんだな。大会では上級の治癒と浄化魔術師がいると言っても、死んでしまえば治せない。怪力のフランケンを相手にして首でも折られりゃそれで終わりだもんな……。フランケンがそんなことするかはともかく。
でも、俺は――。
「リヴィオ、戦争になれば大勢の人が死ぬ。わかってるだろ?」
「わ、わかってる……! わかってはいるが、それはこの国の問題だ。お前が命を懸けることはない」
リヴィオは立ち上がって抗議した。
「心配してくれてありがとな……。でもさ、わかってるんだろ?」
「――ッ! へ、『変身ヒーローだから』やると言うんだろう! わ、わかっている……わかってるけど……」
リヴィオの瞳に溢れそうなくらい涙が溜まる。
「ごめん……ごめんな、リヴィオ……」
リヴィオはゆるゆると首を振る。そのせいで涙が零れた。
「いや、本当はお前の意志を尊重したいんだ……。だが言わずにいられなかった……。すまない」
「リヴィオ……」
「ひとつだけ。それは、理想の変身ヒーローに囚われているのではないのだな?」
「ああ、俺の意志だよ」
「そうか。ならいい」
くるりと俺に背を向けて、涙を拭うリヴィオ。すると、女王が頭を下げた。
「申し訳ありません」
女王が頭を下げるなんていうのは、普通あり得ない行為なんじゃないか? 周りを見ると、皆が驚いた顔をしている。やっぱりそうみたいだ。
「お、お顔をお上げくださいっ。謝る必要はありません。ロゴー……黒木場吾郎というのは、こういう男なんです」
「感謝します……。イヴァンの目は確かだったようですね」
顔を上げた女王の口から、城で手合わせをした軍隊長だった男の名前が出てきた。そうかなと思ってたけど、やっぱりあの人が俺を推薦したんだな。
それから女王は部屋の隅の方で佇んでいるルーシアへと視線を移す。
「ルーシア、貴方も頑張ってください」
「え……。わ、私の名前を女王様が……。は、はい。愛する主、リヴィオ様の為にあまり無茶は出来ませんが、頑張ります」
うやうやしく跪いて頭を下げるルーシア。
「それで構いません。……フフッ、貴方は覚えていないでしょうね。かつて、まだ赤ん坊だった貴方を私は抱かせて貰ったことがあるのですよ」
「え、ええっ……!」
「貴方の父、デズモンドにね。彼は優秀でした。当時、暗部だった彼を動かしていたのは私です。恨んでくださって構いません……」
「い、いえ、恨むなどと……。父はこの国の役に立てることを誇りにしておりました。暗部だったとは驚きましたが……」
「暗部は今は解体されましたが、あの頃は国の為にどうしても暗部は必要だったのです……」
ルーシアの父は暗部の任務によって亡くなったのだそうだ。
その暗部でトップレベルの実力者だった父にルーシアは幼い頃から厳しく鍛えられて強くなったのだという。といっても鍛錬を続けて、父が死んだ頃より今のほうが強いそうだが。
近年は鍛錬不足で思っていたより鈍っていたらしいので、闘技大会に出ることにしてよかったとルーシアは笑っていた。
しかし、女王は話をしているだけで辛そうだ。この国には上級の回復と浄化魔術師がいるが、それでも治せないんだろう。
……待てよ、菜結の回復魔法だったらもしかして……。
「なぁ、菜結」
「なに?」
俺はリヴィオと反対隣に座っている菜結のさらさらとした頭の髪を撫でつつ、問い掛ける。
「菜結はバイ菌は知ってるよな? アン○ンマ○とか観てただろ?」
「うん」
「じゃあインフルエンザがウイルスだってことは知ってたか?」
「しってるー。ごほんでよんだよ」
おお、よし。親父が買ってあげた子供向けの医学の本でそこまでの知識を得ていたか。
だったら――。
「菜結、女王様に治癒魔法を掛けてみてくれるか?」
そう言ったら、女王とともにいた側仕えの人たちが難色を示した。当然だな。
側仕えの人たちによると上級の治癒と浄化魔法は定期的に掛けているのだそうだ。
「それで治せないのは、根本的な治療に至っていないからです。推測ですが、病の原因は菌かウイルスです。存在をまだ知らない為に上級魔法に治すよう、組み込まれてないんだと思います」
でも菜結の治癒魔法なら、魔法のプログラムに組み込まれているかも知れない。
菌やウイルスを除去する魔法はこの世界だとたぶん浄化魔法に当たるのだろうけど、菜結は独自の治癒魔法を作り出す際、治癒と浄化にカテゴライズすることをしなかったそうなのだ。
結果、どんな毒でも治せるようにという願望がプログラムに反映され、そういう治癒魔法になったそうだ。
ただ、本人にも菌やウイルスにまで効くかはわからないという。
俺は思い切って女王に自分と菜結が別の世界から来たことを話した。なんとなくこの人なら大丈夫そうな気がしたからだ。
女王たちは驚いた後、俺の提案を受け入れてくれた。
菜結が魔力が尽きるまで回復魔法を掛け続けている間、4人いる側仕えの1人が「どうか、どうか……」と切なる願いを小さく口にしていた。
「おわりました。どうですか?」
「か、身体が楽になっています……。上級魔法を掛けられたときより、確実に……」
女王が吃驚眼で長い睫毛をぱちぱちしながらそう言うと、側仕えの人たちは歓喜し、涙した。
喜び合う女王と側仕えの人たちを見ていると、ちょっともらい泣きしそうになってしまうな。あ、リヴィオとエステルが泣いてる。
菜結には治癒魔法を掛けた相手が回復したか、あとどれくらいかかるのかがわかるそうで、女王の治癒にはまだ何度も治癒魔法を掛ける必要があるそうだ。
この治癒魔法は時間が掛かってしまうのが欠点だ。変身することで魔法力が上がって時間を短縮できるけど、上がった分以上に魔力を使ってしまうのでこの場合には効率が悪くなるので向いていない。
そういうわけで、菜結は暫く女王の住まう城に滞在することになった。
女王の立場でリヴィオの家に通って貰ったり、こっちから城に通うというのは闘技大会中で俺が国の代表とはいえ、王族が特定の貴族を贔屓していると疑われて面倒なことになりかねないからだそうだ。今日もお忍びで来ているらしい。
「でも、菜結ひとりで行かせるのもな……」
「な、ならば私が――」
「私が行くよ。ナユちゃんとは旅もしてきて仲良しだし、お兄ちゃんにも会いたいしね」
エステルが行くことに決まり、リヴィオはしょんぼりしていた。城にはお姫様もいるからさぞかし行きたかったんだろうなぁ……。
それから、菜結たちを乗せる迎えの馬車に来て貰うのも目立つということで、女王と菜結とエステルと側仕えの1人だけを連れて、俺は城まで瞬間移動した。
今この世界にある瞬間移動の魔法は使える本人のみが移動できるものの為に女王はとても驚いていたが、その顔には先程よりも生気が感じられた。




