第85話 闘技大会決勝トーナメント1回戦第一試合
闘技大会本選前夜。
就寝前の俺の部屋に、ネグリジェ姿のリヴィオがやってきた。
ネグリジェ姿はこれまで何度も見ているのだが、今日のはちょっと目のやり場に困る露出の多さのものだ。すらりと引き締まった脚と胸の谷間が見えている。
リヴィオは男勝りに育てられたせいか、肌を見せることに恥じらいをあまり持っていない。流石に大事なところは違っていて、一度、お風呂場でラッキースケベが起きて見えそうになったときには、顔をゆでダコのようにしていたが。
「あ、リヴィおねえちゃん。いっしょにねるの?」
「いっ、いや、そうではなくって……」
俺と眠る為に部屋にいた菜結にいきなり顔を赤くさせられているリヴィオが、俺を見つめてくる。
「……リラックス出来ているようだな」
「ああ。菜結のおかげかな。やるだけのことはやったし」
「そうか……。少し気掛かりで来てみたのだが、ナユちゃんのいる今のお前なら、死ぬような無茶はしないな?」
そっか、心配して来てくれたのか。
「ああ。ありがとな、リヴィオ」
「い、いや……礼を言われるようなことでは……」
礼を述べると、リヴィオは照れたように俯いて目を逸らした。
最近は彼女を意識しているせいか、その様子がとても魅力的に映る。
う……。かわいいな……。
「ありがとー、リヴィおねえちゃん」
ててっと走って足元にくっついてきた菜結にもお礼を言われ、今度はだらしなく顔を緩ませるリヴィオ。
「い、いやあ……えへ……」
う……。笑いかたちょっと気持ち悪いな……。
時間が経って菜結と打ち解けられてから、リヴィオは菜結の可愛さの余りちょっと気持ち悪い笑い方をするときがある。本人には言わないけど……。
本選当日。
コロシアムは入場料の安い予選と違ってそれなりの金額を取られるのだが、凄まじい混雑っぷりだった。改修、増築されて5万人分もの観客席が出来たコロシアムは、更に立ち見の客も入れて7万人ほどの超満員になっている。
トーナメントの参加者は60名。そのうち、予選からの勝ち上がりが10名。
俺とルーシアは、ともに勝ち上がっていくと準決勝で相まみえることになる。順番はくじで決められており、同じ家からの出場だからといって当たるのは決勝で……というような配慮はされていない。
勝ち上がれば3回戦にはフランケンシュタインと当たることになった。更に勝ち上がっていけば、準決勝ではルーシアかガラード・フールバレイと戦うことになる。
俺の前にガラードと対戦することになると知って、ルーシアは嬉しそうだった。
城で手合わせをした、戦争で軍隊長だったイヴァン・ドレッドバレイとは当たるとすれば決勝戦だ。
試合開始直前、俺はこの国のお姫様の可愛らしい開会の挨拶をコロシアムの舞台へと続く開かれた扉の前で聞いていた。
あんまりよく聞き取れなかったけど、きっとずいぶん練習したんだろうというのが伝わる演説は、充分に俺のモチベーションを上げてくれた。
リヴィオなんかは顔を蕩けさせて聞いていたに違いない。
やがて、係の者に促されて舞台へと足を踏み入れる。遠い向かい正面の扉から対戦相手が出てくるのが見えた。
姿を現した俺たちに観客たちは大いに盛り上がり、周囲を見回して約7万の観客に取り囲まれ、注目されているこの状況がなんだか信じられないような気分になる。
「うわー……」
そう呟いたところで、あっと我に返った。大声援の中でも聞こえるようにと、対戦相手と審判たちとのあいだで声が伝わる魔法をさっき掛けられていたからだ。
これは、降参した際に命を取られないようにする為の措置という話で、違反した場合は失格となる。だが実刑にはならないらしい……。
暫くすると、会場がざわつき始めた。どうやら俺が丸腰だからのようだ。
そりゃそうだよな。対戦相手は全身を金属の防具で固めて、フルフェイスで顔も見えない上に盾や剣を持ってるってのに。
『黒き魔装戦士クロキヴァ』と呼ばれる俺のことを知っている人々が説明する声も耳に届いてきて、それも騒動くの元となっているようだった。
俺と対戦相手は舞台の中央、10メートルほどの距離を取って向かい合い、開始の合図を待つ。
その前に、舞台を円形に囲む2メートルほどの高さの壁のすぐ内側から、透明なドーム状の魔法壁が展開されて舞台を覆った。
これにはコンスタンティアが技術協力しており、使用する魔石の数を状況に応じて変動させることで障壁を強化して、強力な上級魔法にも一時的になら耐えられるのだそうだ。
音は遮断しないようで、観客の声の大きさは変わらずに届いてくる。
それからコロシアムに設置されている鐘が重厚な音色を辺りに響かせた。これが開始の合図だ。
観客の唸るような歓呼の声が響く中、俺はベルトと『ゴロークリスタル』を出現させた。その蒼いクリスタルをベルト上側の穴にセットし、ベルトの金色の魔法陣を叩く。
「変身ッ!」
実際に叩いて割れたわけではないが、バキンという音声が鳴って魔法陣の金属の板に亀裂が入り、そこから金色の光が漏れ出す。それからガションという重厚感のある音とともに、魔法陣の欠片たちが中心から離れて広がる。
ベルトにセットした時点で発光し、小窓から蒼い光を零していたクリスタルも輝きを増し、全身が金色の光に包まれる。
ここで歓声が更に大きくなったのがわかった。
やがて光が消え、変身ヒーローの姿になった俺のマスクの眼がクリスタルと同じ色の光を放って消えると、変身した姿が現れたことで僅かのあいだだけボリュームを下げた歓声が、大爆発した。変身して耳がよくなった為に、より良く聞こえる7万もの群衆のリアクションに、俺は身震いする。
「き……」
「気持ちいい~~……」と呟こうとして我慢し、心の中だけでじっくりと味わった。
両腕を上げて手を叩いて「すげぇすげぇ」と喝采する者やカッコイイという声が聞こえ、マスクの中で目をつぶって感動する。クセになりそう……。
「噂の魔装、凄いものだな」
そうしていると対戦相手の声が耳に届き、「ありがとう」とお礼を言った。
相手は屈強な大男で、レンヴァントの貴族だ。
やはり貴族ともなると、金銭や権益などを理由に誘拐、殺害されることもあるそうで、この国やレンヴァントの貴族では幼い頃から一流の教師を雇って対人戦に強くなるよう鍛えることも多いらしい。
なので、魔物相手では冒険者に劣っても、こと対人戦に関しては一流の者も少なくない。
大会参加者は更にその豊富な資金力で魔装を身に着けてくる者が殆どだろうとのことだ。目の前の男もそうなのだろう。
彼について知り得た情報によると、片手で大剣を軽々と振り回す剣士とのことだ。確かに大きな剣を片手に持っている。もう片方の腕には大盾を装備していて、どちらも重そうだ。
「ドラゴンを倒したお前のような者と戦えることは、私にとってこの上ない喜びだ」
「そうか……。そりゃ光栄だな」
「歓声も凄まじく、血が踊るようだ……」
そう嬉しそうに口にして剣士は構えを取ると、声を張り上げ宣言する。
「ブルボネー家三男、グレアム・ブルボネー、いざ参る!」
「……黒木場吾郎だ。こっちも行くぞ!」
名乗られたら名乗り返さないと失礼かと思い、迫りくる剣士グレアムにそう答えると突進した。
グレアムは間合いに入ろうとした俺に、右腕に持った大剣を袈裟懸けに振り下ろしてくる。
(――遅い!)
それを斜め前に踏み込みつつ躱し、流れるように一歩踏み込んでグレアムの右肩を渾身の力で殴りつける。
これらはルーシアとの特訓の成果だ。それがなければ、グレアムの剣を避けられずに食らっていたかも知れない。
右肩を殴りつけたのは、胴体を殴って鎧を凹ませてしまうと内蔵を破裂させたりして殺してしまうかも知れないと考えたからだ。なので、まずは右肩を全力で殴ってみて、様子見をする。死にさえしなければ待機している上級治癒魔術師によって回復が見込めるからな。
「ぐぅッ!?」
肩を殴られたグレアムが蹌踉めき、大股で3歩後退した。
肩の鎧は僅かに窪んでいるようだった。てか、手が痛い。
「やっぱり魔装か……!」
「いや、これはミスリルだ」
えっ、ミスリル!?
思わぬ回答に心が踊った。ゲームで憧れた金属じゃないか。そうか、そんなのがあったか~。
まぁ、どちらにせよ硬いのはわかった。右肩を潰して剣を奪って勝負アリって訳にはやっぱりいかなかったな。
だったら……。
『キックグレネード』
ベルトのレバーになっている割れた魔法陣の右上の欠片を押し下げ、必殺技を発動させて、グレアムへと駆け寄る。
青く発光し熱くなった右脚が固くならされた土の地面を幾度か着く度に穿ち、窪ませていく。これ、緩い地面だと走れないかもな。
盾で受け止めようとしているグレアムの、その盾にまでならキックの届く距離で止まる。グレアムは僅かに動きを止めた後、大剣を横がけに振るってきた。
俺の狙いはそれだ。
大剣の下側の腹目掛け、蒼く輝く脚を振るう。ルーシアとの特訓で柔軟性を増した俺の脚が高く上がり、それが指し示した空に大剣が舞った。コロシアムが、沸き立つ。
「なんとッ!?」
剣は俺の後方に落下し地面に突き立つ。ヒビ割れていたのか、その衝撃で刃が折れた。すると再びコロシアムの歓声がどうっと大きくなる。
「…………か、家宝の魔剣が……」
「え。ご、ごめん」
「……い、いや……これは勝負だ、仕方あるまい……。ドラゴンをも倒したというその力を警戒しすぎた……。強力な魔装の盾を用意したが、やはり魔剣を両手で振るうべきだったか……」
「そうかもな」
「……オレの負けだ」
敗北宣言を聞いた審判の指示で再び鐘が鳴らされ、コロシアムは今までで最高潮の盛り上がりを見せた。




