第82話 生成
「そんなことがあったのか……」
日光に弱いラファエルの為、カーテンの締め切られた応接間にて、俺たちはラファエルたちを襲った魔族の話を聞いた。
「ヤツはおそらく、闘技大会に参加する者たちの魔法を奪う為にこの都市に来ておると我輩は睨んでおる。そして、不思議な力を持ったクロクィヴァ、貴様が狙われる可能性は高い」
「……そうか……。俺の力は魔法じゃないから奪われないとは思うけど、奪えないと知ればその魔神は俺を殺すかもな……」
「察しがいいな。そういうことだ」
「警告、ありがとうな。気を付けるよ。ところでさ――」
俺はソファで隣に座る菜結の頭に手を乗せる。
「その魔族が出会った人間の少女、俺の妹の菜結だわ……。だろ? 菜結」
「うん……こっちのせかいにきたばっかりのころに、そのおとこのこえのおんなのひとにあったことある……」
「なんと! クロクィヴァの妹が魔法の理を知っておったのか……! おもしろいな……!」
「わたし、そのひとにあたまをなでられて、いつのまにかきをうしなって、きがついたらししょーのおうちにいたの……う?」
コンスタンティアが対面のソファから立ち上がると、菜結の傍に歩み寄っていく。
薄い銀色の髪に、同じ色をした長い睫毛の瞳はオッドアイで、左目は金色、右目は淡い緑色の、造形の整った顔の表情をあまり変えない人形のようなコンスタンティアだ。異世界にある程度は慣れてきている菜結であっても、薄暗い部屋での彼女の接近は緊張するものがあったのだろう、菜結は俺の腕に取りすがった。
まぁ菜結もあまり表情は変わらないんだけど。
「私にも、教えて欲しい……魔法の理……」
「う、うん……」
「やった……」
了承を得たコンスタンティアが、珍しく嬉しそうに顔をほころばせた。それで、菜結も緊張が溶けたようだ。
しかし、綺麗な人だなぁ……。羨ましいぞ、ラファエル。
その後、菜結と俺とエステルの3人で、コンスタンティアとラファエルに菜結が知り得た魔法の理について聞かせた。
身を乗り出してメモを取るコンスタンティアの表情はあまり変わらなかったが、とても興奮しているように思えた。
「アマァイ……ウマァアイ……!」
話も終わり、供されたミルクチョコレートと蜂蜜を使ったお菓子を食べ、フランケンシュタインが溶けたように目尻を下げて実に幸せそうにしている。よかったね。その様子を見て、皆が和んでいた。
こうしていると、以前のラファエルの屋敷での深夜のお茶会を思い出して、なんだか心地いいな。
「……グリースバッハさん、ずっと黙ってますね」
話をずっと黙って聞いている様子が少し心配になり声を掛けると、彼は引きつった笑顔になった。
「あはは……。いえ……お茶をご馳走になるついでにコンスタンティア・シュタインバレイ博士とお近づきになれるかも知れないとここに居合わせたのですが、と、とんでもない話を聞いてしまって……。それに、ミルクチョコレートですか……」
交渉ごとに慣れ、普段から動揺を表に出さない彼にとっても驚くべき話の数々だったんだろうな。こんな表情の彼は初めて見た。
「あ、グリースバッハさん、ここでの話は……」
「わかっております。他言は致しません。なんでしたら契約致しましょう。しかし……これで謎が解けました。クロキヴァ様と妹の菜結様は、異世界からいらっしゃったのですね」
「ええ……」
「私は所詮、商業ギルドの者なのでどれほどお力になれるかはわかりませんが、お聞きした魔族の存在はいずれ世界的な脅威にもなりかねません。バウムガルテン商業ギルドとしても、出来る限り協力致しましょう」
彼から差し出された手を握り返し、握手した。
「ヴァッハッハ! 貴様、グリースバッハだったか。正直な者は嫌いではない。だが、吾輩とも親しくなっておくべきだぞ? 吾輩の物質生成能力はそこいらのヴァンパイアどもより遥か上だ」
「それは、願ってもないことです」
「そうか、そうだろうな、ヴァッハッハ!」
グリースバッハは畏まったお辞儀をしてみせ、ラファエルは大口を開けて笑った。
グリースバッハでヴァッハッハ。
そんなくだらないことを考えていると、菜結がてこてことラファエルの傍に近付いていった。
「きばー」
「……ぬ? ああ、そうだ。ヴァンパイアだからな」
「ばんぱいあ?」
「なんだ、知らぬのか。この牙で人の血を吸う、魔人だ」
「へぇえ~……。かみたい」
「噛みたい?」
「うん」
「ヴァッハハハ! おい、クロクィヴァ。貴様の妹はこの我輩に噛みつきたいらしいぞ!」
「……いや、それ、虫の蚊みたいって言ってるんだと思う」
「なぁーッ!? あんなものと一緒にするんじゃないっ! これだから子供は嫌いなのだ!」
笑い声に包まれる応接間。
「ああ! そうだ! ラファエル、お前の物質生成能力で石化を治す秘薬を作れないか!?」
俺は大切な秘薬をエステルに出して貰い、彼に手渡した。
秘薬は入手することが出来たが、1人分の量なのだ。治せても2、3人だろうという話だった。それではトリア村で石化した皆は救えない。それに、エステルの兄に効くかもわからなかったので、無駄になってしまいかねなかったのだ。
「ふむ……無理だな。ここまで魔力が濃いものを生成することは出来ん」
「だめか……」
「魔力と有効成分を分解すれば、出来るかも知れないけれど……。量がこれしかないから、分解できずに消費してしまうかも知れないわ……」
コンスタンティアのその提言は魅力的でもあるが、エステルのことを思うとそうして欲しいとは頼めないな……。
「――待てよ、分解できるかも」
『スライムクリスタル』で変身し、エステルに頼んで貴重な秘薬だが一滴だけスライム化した腕に垂らして貰って、必殺技を使った。
「おお、魔力も分解できた!」
魔力は留めておけないようで、分解した魔力は体外に放出されていく。
魔力の無くなった秘薬の一滴を小さなガラス瓶に落とし、ラファエルに手渡した。
「ふむ……成程。水以外に最も多い成分があるな。これが有効成分だろう。難しいが、出来んことはないな」
「おお、やった!」
「……まぁ待て。まだ2つほど問題が残っておる」
「2つ? なんだ?」
「1つは吾輩への対価だ」
「血か」
「ああ。魔法の理を得ることが出来たからな、本来はそれで充分すぎる対価だが、困難な物質の生成には魔力と体力を使う。それを補う為には血が必要なのだ」
それはエステルの血をリヴィオのときのように『スライムクリスタル』の必殺技で提供すると決まった。ラファエルは渋い顔をしていたが。
「もう1つの問題は、魔力だ。魔力を分解してしまったからな。秘薬を使用する際に魔力を注がねばならん。だがな、人は大量の魔力を人体の外へ放出する術を持たん」
「……でもそれなら、魔石を使えばいいんじゃないか?」
「これほど強い魔力を放出できる魔石は非常に高価だぞ。そう数を集められるものでもないしな」
「え、じゃあどうすれば……」
ラファエルは尖った顎で、コンスタンティアを指し示した。
「…………あ、そうか! 魔晶石なら……!」
「ええ……。私の魔晶石なら魔石と違って一度に放出できる魔力の量に限りがないわ……。それでも高価ではあるけれど、でも魔石を買うよりはずっとお得……」
「そうか、それならグリースバッハさんに工面に協力して貰えば……」
「お金は要らないわ……」
「え、いいのか?」
「ふふ……魔法の理の一部に比べたらこれでも安すぎるわ……。ただ、手持ちの魔晶石では……。フランケンの予備の魔晶石は使いたくないし、一度、屋敷に戻らないと……」
「あ、それなら――」
『ナユクリスタル』の力を使って、ラファエルの屋敷から魔晶石を取ってくる。
そうしているうちに、ラファエルも秘薬の有効成分を増やし終わっていた。
瞬間移動したけどコンスタンティアと2人だったし距離も近かったからか、まだ体力的に余裕はある。なのでこのまま、トリア村へと向かうことにした。
「ゴロー、よろしくね!」
「ああ……!」
支度を調え、変身した俺はエステルの手を取ってベルトのレバーを下げた。
『メモリーズフィールド』
いざ、トリア村へ!




