第81話 兄と妹
「いや~、風の噂でゴローが出場するって聞いてね。ホントは本選に出場してびっくりさせてやろうと思ってたんだよ。ねー、ナユちゃん」
「うんっ」
「ナユちゃんなら本選までイケると思ったんだけど、残念だったな~」
「いやぁ……充分びっくりしたよ……。菜結、その、お、大きくなったんだな……」
これってもしかしてこっちの数ヶ月が地球では十数年とかそういうパターン?
「嬢ちゃん! アンタの戦い見てたよ。惜しかったなぁ。でも凄かったよ!」
「その格好、すっごく可愛いじゃないの! よく見せておくれよ!」
「あの白い光線はなんだ!? 独自魔法か?」
観客の一人が菜結に話し掛けると、周囲の人々が一斉に声を掛け始め、あっというまに人だかりが出来てしまった。
収拾がつかなくなり、コロシアム前で待ち合わせすることにして、菜結とエステルと別れた。菜結の今の姿は変身ヒーローに変身したもので、人目の付かないところで変身を解除してくるという。
変身ヒーローって、菜結もかよ……。
変身ヒーローというより、あれは魔法少女じゃないか? だけど戦隊ものだと女性がいても変身ヒーローだし、女性でも変身ヒーローって呼ばれるときもあるし、いいのかな……。プリ○ュアみたいに肉弾戦するのは魔法少女っぽくないし。
それよりも……。
「ロゴー、どうした?」
「あ、ああ、いや……」
「……お前のことだ、妹が戦うのが心配なのだろう?」
「ああ、それもあるけど……」
「?」
「あっ、ゴロー様。ナユちゃんってあの子ですか?」
ルーシアの指差すほうから、胸に大きなリボンの付いたワンピースを着た菜結が駆け寄ってくる。その背後ではエステルが笑顔を見せている。
菜結の愛らしい姿に、リヴィオは「うわぁああ……」と感嘆の声を上げた。
その直後、俺の傍まで来た菜結の胸が突然、眩い光を放ち始める。
「わっ! わあっ!? なにこれ……。お、おにいちゃあん!」
「っ!? 落ち着け、菜結。大丈夫だ」
菜結の胸から出てきた白い色のクリスタルを見て俺はそう答えると、飛んできたクリスタルを掌に収める。
これは、後でいい。今は――。
「あっ、それ。しってる! くりすたるでしょ?」
「……カルボから聞いたのか?」
「うんっ」
「菜結、お前、どうしてこの世界に来たんだ?」
「え……?」
俺の真剣な雰囲気が伝わったのだろう、菜結の表情が脅えの色を含む。
「お、おにいちゃんにあいたくて……」
「元の世界には戻れるのか?」
「……ううん……」
「じゃあ……じゃあどうして来たんだっ!」
俺は、思わず叫んでしまっていた。
「この世界は……この世界はな、夢の世界じゃあないんだ! 日本みたいに平和じゃあない! 変身ヒーローになれたって、あんな実力じゃ戦わせられない!」
「う、うう……だって、だって……」
「大体、親父だって心配するだろ! 今頃、探し回ってるかも知れない!」
「ちょっと! ゴロー!」
エステルに咎められて俺が黙ると、菜結は大きな声で泣き出してしまった。
不味い……。感情的になって言い過ぎてしまった……。
「うぇええ~ん! えぐっ、うぇええ……!」
「菜結、ごめ――」
「おどうざん、しんじゃっだんだもん~!」
「え? 親父が、死んだ……?」
「ぐずっ、ぐす……。かろーしっていってた……」
「過労死……」
なんだよ……。じゃあ、まだ5歳の菜結が俺を頼って会いに来たって、しょうがないじゃないか……。親戚はいるけど、年に一、二度会う程度の仲だし……。
「おにいぢゃんもしんじゃって、がなじくて……ううぅ~……!」
つい最近、舗装されたばかりのレンガ畳の道の上に、大粒の涙がどんどん数を増やしていく。
「ご、ごめん、菜結! ごめんよ……!」
しゃがみ込んで頭を撫でようと手を伸ばすと、菜結が胸に飛び込んできた。
「……ごめんな」
泣きやむまで、俺は菜結の頭を撫で続けた。
その後。
エステルと菜結はリヴィオの屋敷に招かれ、俺たちはお互いにこれまでにあった様々なことを話し合った。
菜結の変身は、身体が成長することと高い身体能力、必殺技の白い光線こそあれど、メインは魔法力が上がることなのだという。なので、基礎となる魔法が必要になってくる。
だが、魔法力が上がる代わりに魔力消費量が必要な量より大きくなり、菜結独自の治癒魔法などは変身しないほうが効率がよくなる場合もあるそうだ。
菜結が大会に出場したのは、エステルの兄を助ける為の石化を治す秘薬の資金を得る為だったという。上位に入れば豪華な賞品や賞金が出るし、本戦出場まで勝ち上がれれば賞金が出るのだそうだ。
それ以外にも菜結たちは金策を行っていて、それが俺と同じように馬車のサスペンションのアイディアを菜結が出したのだと聞いたのには驚いた。
だが、まだ形になっていなかったのと、どの程度の収入が得られるかわからなかったので、俺に会えるのもあって大会に出場したのだそうだ。
エステルは闘技場で見つかりそうになって焦ったと笑っていた。
菜結から出現したクリスタルは調べてみると、こんな感じだった。
『ナユクリスタル』
・白色のクリスタル。
・離れたところにいる菜結と会話が出来る。
・必殺技『メモリーズフィールド』
吾郎か菜結が行ったことのある地へ瞬間移動できる。
吾郎の身体に触れている人も一緒に移動できる。
体力の消耗は人数に比例する。
この能力は、俺に会いたくて探していたという菜結の願望が反映されたのだろうか。
瞬間移動はすごい便利だな。
「やったねナユちゃん! これを使えば、ペネロペに会いたいときに会いに行けるねっ」
「うんっ」
菜結がお世話になっていたその老婆に会いに行くときは、菓子折りでも持っていくかな。
菜結がカルボから魔法の理の一部を教わっていたことにも驚かされた。
訓練をして魔力量を上げながら、菜結や俺から色んな知識を教わって、魔力を使いながら想像を繰り返せば、今まで全然進んでいなかった魔法のプログラムが飛躍的に伸びて魔法が使えるようになるかも知れない。
それを聞いて、フリアデリケは飛び跳ねて喜び、リヴィオとルーシアもわくわくしているようだった。それはそうだろう。
俺はクリスタルの力を得た代わりに魔法は使うことは出来ない。そうカルボが言ってたけど、せっかく魔法がある異世界なのでやっぱり少し羨ましいな。
話も終わり、一息つきながら夕焼けの眩しさに目を細めていると、コンテナや馬車などでお世話になっている商業ギルドのグリースバッハが所用で俺を尋ねてやってきた。
商売敵になる馬車のサスペンションのアイディアを出した菜結が俺の妹というのは後々発覚すると面倒なことになるかも知れなかったので、菜結とエステルと相談して、その話を伝える。
菜結たちはギルドではなく工房と契約していた為に、彼は大慌てで自分たちのギルドと専属契約をして貰うべく、馬車へと走って転んでしまう。こんなに慌てた彼は初めて見たな。
せっかく瞬間移動の能力を得たことだし、彼にその話をして、俺は彼と菜結、それとエステルを連れてその工房へ事情を話に行くことにした。
彼はもうコンテナ部門の人間だったが、大事な交渉なので他の者に任せず自分で交渉したいという。
そんなわけで『ナユクリスタル』の力を使って、都市レンヴァントへ。
瞬間移動にはかなりの体力を使うことが判明した。4人だと1日2、3回が限界な気がする。
工房に着くとそこの人間から、思わぬ朗報を届けられた。なんでも、菜結たちが世話になったグスタヴォ男爵という商人が、オークションで石化を治す秘薬を入手したとのことだった。
秘薬が無くなってオークションに出回らなくならないとも限らないので、エステルは後払いでなんとか入手できないかとお願いしていたらしい。
翌日、その男爵に会って秘薬を渡して貰い、皆でリヴィオの屋敷へと戻ってきた。
グリースバッハの交渉はなんとか上手く行ったそうだ。だいぶ難航したらしく、自分が行ってよかったと言っていた。やっぱりやり手だな。
「オカエリ……」
「うおっ!?」
「きゃっ」
庭に瞬間移動した俺たちの傍の花壇に不気味な大男がいて、俺とエステルは声を上げた。
「フ、フランケンシュタイン!?」
「オ花、キレイデ見テタ……」
「そ、そっか……」
屋敷では彼とラファエル、それにコンスタンティアが俺の帰りを待っていた。




