第80話 闘技大会予選開始
柔らかく暖かな日差しがじんわりと素肌を温め、涼やかな空気が素肌を冷ます、そんな秋晴れの日。闘技大会の予選は開始された。
その前日にはアックスビーク討伐の旅から帰宅することの出来た俺とリヴィオは、ルーシアと連れ立って会場であるコロシアムに見学に来ている。フリアデリケはお留守番だ。
コロシアムはとても大きな建造物だった。野球場のような見た目で、選手の戦う舞台は野球場のグラウンドよりは小さい。半分くらいかな。
会場はかなりの人出で、大いに盛り上がっている。サンドイッチやらケバブやらエールやら、色んな物を売り歩いて回る人たちもいる。
優勝以外にも様々な豪華賞品や賞金が用意された為か、予選参加者は非常に多い。なので、最初は一度に20名が同時に戦うバトルロイヤル形式が取られている。
最終的に勝ち上がれるのは10名で、今は最初の1名を決める予選Aブロック第4試合が行われていた。
「リヴィオ様っ。あの子みてください。リヴィオ様がお好きな感じですよ」
ルーシアがそう言って指差した舞台上の端を見ると、なんだか魔法少女のような見た目の女の子がいた。といっても、ファンタジックなテイストの衣装で色合いも落ち着いており、この世界に合わせた魔法少女衣装って感じだ。衣装だけじゃなく杖までそんな感じの可愛いデザインで、この世界でそういった杖を見たのは初めてだったので驚いた。
「本当だ。すごい可愛い……」
リヴィオは座席から身を乗り出して、彼女を食い入るように見つめる。
女の子の歳は10代後半くらいか。リヴィオとは違った落ち着いた淡いピンクの髪色をしていて、衣装は淡い緑色を基調としている。
「頑張ってほしいですね!」
「ああ」
ぐっと胸の前で両拳を握り締めるルーシアとリヴィオ。あの子を応援すると決めたようだ。
しかし、先程から予選の様子を見ていると、魔法使いというのは最初によってたかって攻撃されて潰されやすい。
不憫に思うが、勝ち残った者でもまだそれほど凄い実力を見せている者はいないので、その程度の相手に勝てないようでは優勝は無理でしょう、というのがルーシアの弁だ。
試合が開始されると案の定、魔法使いたちが攻撃され始めた。そんな中、魔法少女のようなあの女の子は、なんと肉弾戦で近くにいた全身鎧の騎士を圧倒してしまう。
「うおっ、凄いな!」
身を乗り出した俺とリヴィオのお互いの二の腕が触れ合い、柔らかくて温かかな素肌の感触が伝わってきた。すぐにリヴィオはびくりとして離れる。
「あ、ああ……。し、身体強化の魔法だろう」
リヴィオは頬を赤らめ、しどろもどろといった様子でそう言った。俺も鼓動が早くなっているのを感じる……。
俺たちは人工呼吸してからというもの、ぎこちないままだった。
女の子は果敢に戦い、会場のあちこちから彼女への声援が上がり始めている。
他の出場者たちは彼女を協力して倒そうと取り囲む。だが、女の子は杖にまたがると空を飛んで包囲網から脱出した。
すると、コロシアムが大歓声に包まれた。
「えっ、な、なんで!?」
「杖で空を飛んだからだ! 初めて見た! あんな魔法が実在するなんて……」
「へぇ~~」
更に、彼女が巨大な火の玉で攻撃を始めたことで、コロシアムは凄い盛り上がりを見せた。
「あれ、只のファイアボールですよ……。あんな大きなの初めて見ました……」
ルーシアが驚いて空けた口を手で隠す。
温度はそれほどでもないが、相手を包み込むほどの巨大な火球での攻撃は包囲してくる相手を押し出し、全身に攻撃を加え、他の参加者を次々と倒していく。
そうして女の子は、とうとう最後のふたりになるまで生き残った。
生き残ったもうひとりは魔装の鎧を纏った剣士で、女の子は肉弾攻撃を仕掛けたが、躱されて逆に斬り付けられてしまう。
しかし女の子の服も魔装なのか、防御魔法でも使用しているのかあまり血は出ていない。
女の子は次にファイアボールによる攻撃を仕掛けたが、剣士の魔装が魔法壁を展開し、通用しない。すると彼女は杖を派手に光らせて、剣士の身体を包み込むほどの大きさの白い光線を放った。魔法壁が破られて光線に飲み込まれた剣士は壁に叩き付けられ、くずおれる。
会場は大歓声に包まれた。
「きゃー! 凄かったですねぇ、リヴィオ様~!」
「今の魔法は見たことがないな……。独自魔法か?」
「なんか……必殺技って感じだったな……。ん?」
少し離れたところの観客席のあいだの階段を、とても見覚えのある人物が昇っているように見える。一瞬目が合ったが、席から立ち上がって沸き立つ観客たちの影に隠れ、次にそちらが見えたときにはその姿は無くなっていた。
「いや……まさかな」
「どうした?」
「……エステルに似た人を見たんだ。別人だろうと思うけど」
「えっ、本当か!?」
流石に見間違いだろうと止めたのだが、俺が見たほうへと探しに向かうリヴィオ。彼女もエステルのことをそれだけ気に掛けてたんだな……。
暫くして成果の得られなかったリヴィオが戻ってくると、その後を追ってピンクの髪の人たちが姿を現した。
「ああ、やっぱり! リヴィオ様、ルーシアさんも!」
「え? ああ、お前たち、闘技大会を見に来ていたのか」
幼い男女の子供をそれぞれ抱っこしている父親と母親の家族連れだ。それぞれ色味に違いはあるものの、リヴィオと同じピンクの髪色をしている。
父親の髪はショッキングピンクでちょっと可笑しく感じられた。でも、様々な髪色のあるこの世界の人たちにとってはそうではないようだ。
自分もそのうち、そういう風に思うようになるのかな。
ピンクの髪はこの国では珍しいが、一部の地域にはよくいるらしい。そして、そこはリヴィオが領主を務めるアンバレイ家の領地でもある。彼らはそこの領民だった。
「実は、村の若いヤツらがどうしてもこの大会に出たいって言うもんで、連れてきたついでに応援してたんですわー」
「そうなのか。もしかして2回戦の……。道理で見覚えがある気がしたのだ」
「ええ、そうなんです。もうみんな負けちまいましたけどねー」
あれ、そうなのか。さっき勝った女の子もピンク髪だったけど、リヴィオの領地の人間じゃないのかな?
リヴィオも気にして彼らに尋ねてみたが、知らないとのことだった。
領地にある集落は村がひとつだけで、そこから離れて住んでいる者はいないので、他所の人間らしい。
「え!? ルーシアさんと、そちらのお兄さんも大会に出られるんですか! それじゃあ暫く残って応援しなきゃなあ!」
「滞在費は大丈夫か?」
「ええ、リヴィオ様が今年は収める税金を安くしてくれたおかげで、随分余裕がありますからね! それに宿はもうどこもいっぱいなんで馬車で寝泊まりするんで宿代も要りませんし」
それじゃ大変だろうとリヴィオは屋敷に来るよう勧めたが、人数もいるし迷惑になるからと断られた。
暫くこの都市にいられると聞いて、子供たちは嬉しそうだ。
彼らはお土産に蜂蜜を持ってきたので後で屋敷に届けると告げ、ルーシアを大喜びさせると去っていった。
それから予選も進み、Aブロックの決勝トーナメントが行われ、とうとう決勝戦まであの魔法少女のような女の子は勝ち残った。
決勝の相手は投擲攻撃を得手とした男で、魔法の隙を突かれ、女の子は厳しい戦いを強いられた。
男の遠距離攻撃をなんとか凌いで必殺の白い光線を放ったが、男はそれを間一髪で躱し、勝利をもぎ取った。
「ああ~。残念でしたねぇ! あの子に体術を教えてあげたかったですよ~!」
それ、すごく強くなりそうですね、ルーシアさん。
「しかし、何者だったのだろうな」
闘技大会は始まったばかりだが、あの女の子がこれまでで一番の人気者なのは間違いない。そうはっきりわかるほど、彼女の出番のときは会場が湧いていた。
決勝の勝敗が決まったときは、あちらこちらからがっかりした様子がうかがえたし、決勝で勝利した男には少なからずブーイングも飛んでいて気の毒だった。
少しして、そんな彼女が突然、目の前に現れて俺を驚かせた。
試合を終えたばかりなのに走ってきたのか、息を切らせている。周囲の観客がどよめく中、彼女は俺に抱きついてきた。
「おにいちゃんっ!」
「……えっ!?」
両腕を上げたまま固まった俺は、胸元に飛び込んでくる前の彼女の顔を思い出していた。暫くして離れたその顔を、もう一度よく見る。
「……えっ、えっ!? まさか……まさかお前、菜結なのか?」
「うんっ。うん、そうだよっ!」
成長した姿の菜結が、再び俺を抱きしめてくる。
その成長した柔らかなふたつの膨らみの感触に戸惑いつつ、固まっていた身体をぎこちなく動かして、その淡いピンク色の頭を撫でてやる。
成長したとは言え、なんでピンク色になってるんだろう……。
そうしていると、今度は郷愁を誘う可愛らしい顔をした人物が眼前に現れ、俺は再び驚愕することとなった。
「エ……エステルッ!?」
「や~……。ひさしぶり。といってもこんなに早くまた会っちゃうのは気まずいね、えへへ……わっ!? リ、リヴィオ?」
突然抱きしめられ、エステルは大きな青い瞳を丸くしたあと、リヴィオの背中に腕を回した。リヴィオの淡紅色の髪とエステルの金色の髪がお互いの顔の近くで混ざり合う。
暫くするとふたりはおでこを合わせ、可笑しそうに笑いあうのだった。




