第7話 油断
「この機を逃すな! スライムを撃滅せよ!」
何やらひときわ豪華な鎧を身に纏い、毛艶のいい立派な馬に跨がった男が兵士たちに指示を出した。
部隊長、いや、この人が軍隊長かな。
号令に従い、兵士たちはあちこちに飛び散ったスライムへと、わーっと群がり、槍や剣や魔法で攻撃を浴びせる。
俺も近くの体長60センチくらいのスライムを、炎の剣を呼び出して斬りまくった。
小さいスライムは粘着性が弱く、巨大だったときのスライムより一撃のダメージが大きい。
ダメージを与えて体積が減るに従って、更にダメージが大きくなっていく。
コツは両断してしまわないことだ。ふたつに分裂するとそれぞれ独自に動いてめんどくさい。
なので、両断するほど深く斬らないようにする。
バレーボールくらいの大きさになったスライムを斬り付けると、じゅわあああっと蒸気を上げ、溶けて消えていった。
そうして、あちこちでスライムにダメージを与え弱体化させていったが、飛び散ったスライムたちは近くのスライムと合体を繰り返し、再び巨大化していく。
軍隊長っぽい男の指示で、兵士たちはいくつも盾を地面に隙間なく並べ立てて、スライムの移動を阻止する。
「うわぁ、登ってきたっ」
それでもスライムは盾を乗り越えて合体し、やがて残ったスライムたちは再びひとつになった。
だが攻撃を与え続けたことで、先程より半分以上も小さくなっている。
こりゃあ、勝ったな。
俺が軍隊長っぽい男に振り向くと、厳つい顔の彼と目が合う。そして、彼は大きく頷いた。
「もう一度、黒き魔装戦士殿が先程の力を使うぞ! 全員、急ぎ離れよ!」
察しのいい彼の号令で、兵士たちがこの場から駆け足で離れていく。
もう一匹スライムがいるために、後ろから人の波が押し寄せてきているので、先程と同じように少し道の先へと進み、周りとの距離を離した。
『キックグレネード』
ニ回目のキックグレネードは派手だった。
スライムの体積が半分以下になっていたため、中心部に命中したキックはそのまま地面に小さなクレーターを形成した。
そして先程のキックと違い、かなりの部分が爆散したようだった。また視界一面爆発で、よくわかんなかったけど。
傍から見たらきっとカッコよかったに違いない。
うう~……。残せるものなら、動画に残したかった。
実は、動画を撮る手段がないわけではないのだ。
カルボに轢かれた交通事故の際、ジーンズの右ポケットにスマホが入っていたのだが、変身解除すると事故直前の状態の格好に戻るようで、それがそのまま入っていたのだ。
でも電波は届いていないし、動画を撮ったとしても変身解除してしまうとスマホは消えて、データや電池などが事故に遭うときの状態でポケットに戻ってしまう。
つまり、さっきの必殺技のシーンが観たかったら、誰かに頼んで撮ってもらって、変身解除する前に見せて貰うしかない。
ああ、それでもいいな。見たかった……。
ちなみに今、スマホは身に付けたまま変身したので消えてしまっている。撮って貰うには変身前に身体から離しておかないといけない。
それはさておき。
ニ度目の必殺技でほぼスライムは滅んだので、俺は散らばったスライムの処理を軍にまかせ、リヴィオの元へ向かった。
リヴィオ、踏んづけられてないだろうか。心配だ。
スライムがほぼ滅んだことで、道の後ろでそれに抑え付けられていた人の波が勢いよく前に流れている。
それに逆らい、道を戻ってリヴィオを見つけると、彼女は大泣きしていた。
「ぃぎゃあああ! ぴぎゃああああ!」
リヴィオはあちこち身体を踏まれていた。
休戦後の帰路だったために、リヴィオは全身に鎧を纏わず、ふとももや腕などは露わになっており、そういった生身の部分にもいくつも足跡が付いている。
可哀想に。
俺は急いでリヴィオを抱え上げた。
変身した俺は、全身ではないが鎧を纏った身長165センチくらいのリヴィオを軽々と持ち上げることができた。
「びゃあぁあ! おんぎゃあああ!」
「ほーら、リヴィオたん、高い高いでちゅよ~」
俺は人の波に揉まれながら、リヴィオをあやす。
「あびゃああ……。あー、あ~…」
「お、泣きやんだか?」
「ぃぶ、ぶあー。……ハッ!」
胎児のようなポージングで大股を広げていたリヴィオが、両手両腕をだらりと下げた。
みるみる顔が赤く染まっていく。
「リヴィオ? 元に戻ったのか?」
「う……うわ……うわああああああ!」
リヴィオは両手で顔を覆って恥ずかしがっている。
どうやら元に戻ったようだ。
「おっ、下ろせ、下ろしてくれぇ!」
顔を覆ったままぷるぷると震えるリヴィオを、人の波に飲まれないよう自分の身体を盾にして降ろしてやる。
「ちっ、近い……。近いし、腕っ・・・・・・」
「いや、こうしないと人の波に飲まれるかと思って」
俺は自分の胸元にリヴィオを降ろし、抱き抱えていた。
彼女は真っ赤な顔をして俯き、今だに小刻みに震えている。ピンク色のロングヘアから覗く耳まで真っ赤だった。
「あ~……その、大泣きしてて可哀想でさ。でも、あやさないほうがよかった、かな?」
「お、大泣き……」
「だけど、あんな大股ひろげてたら、俺が盾になっても人の波にぶつかりそうだし」
「頼む……もう・・・・・・黙っててくれ……」
「あ、はい」
「…………っ! う~~!」
変身した俺のボディに頭をぐりぐりと擦り付けて、リヴィオは呻いた。
――――リヴィオ視点――――
ロゴーの必殺の蹴りが巨大なスライムに炸裂する。
脚が蒼く光り輝く蹴りだ。
おそらく魔法だと思うが、あのようなものは見たことも聞いたこともない。
別の世界からやってきたと言っていたが、頷ける話だった。
その不思議な蹴りによって何故かスライムの身体は爆発し、スライムが飛び散る。
その大きな塊のひとつがこちらに飛んできて、私は寒慄を覚えた。
逃げようと思ったが、人の波が私の乗る馬の周りにできていて無理だった。
私はこれから身に起きる恥辱に恐怖しながら、そのドロリとした身体に我が身を包まれた――。
「おんぎゃあああ!」
意識はあった。
しかし、赤子のように仰向けになって手足を広げ、泣き喚いている自分を制御はできなかった。
為す術なく、私はみっともなく喚き散らして泣いている。
顔を覆いたくなるような惨状だ。
私も泣き喚きたい気持ちになってきた。泣いてるのも私だが。
幸いにも、私のことを気にしている者はあまりいなかったように思う。
皆、自分のことで精一杯のようだった。
辺りには無数に赤子が転がっているのだ。いくら私が部隊長だからといっても、仕方のないことであろう。
今はそれが有難かった。踏んだり蹴られたりしたのは、痛かったが。
やがて、ロゴーが私の元に駆け付けて来てくれた。
どうやら先程のスライムを倒したようだ。やったな。
しかしその直後、私は辱めを受けることになる。
彼は「高い高いでちゅよ~」などと訳の分からない台詞をのたまうと、私を抱きかかえ高々と持ち上げたのだ。
やめろ! 衆目を集めるな。
みっともなく大股開きで泣き喚く姿を人々の前に晒さないでくれ!
これ程の恥辱は今までの人生で初めてのことだった。
しかも、それだけでは終わらなかった。
元に戻った私を下ろしたロゴーが、人の波に飲まれないようにと抱きしめて来たのだ。
それも恥ずかしかった。
男性に抱きしめられるというのは初めての経験だった。
大変な恥をかかされているが、ぶつかる人波がロゴーの腕や胸から伝わってきて、彼が私を守ってくれているのが感じ取れた。
度々、兵士たちの鎧とロゴーの鎧がぶつかる音もした。
変身したロゴーは、変身前の貧弱な姿ではない。未知の力を持つ、ドラゴンをも倒した強者だ。
その腕の中には、安心感がある。
だから私は先程からの恥辱をぐっと我慢して、そのまま人の波が通り過ぎるのを待った。
まったく。嫁の貰い手がなくなったらどうしてくれるのだ。
帰ったら、見合いが待っているというのに。
――――主人公視点――――
後ろにいる、もう一匹のスライムから逃げる軍勢の人の波がまばらになってきた。
人波を背にリヴィオを庇っていた俺が振り返ると先程までは人々の影になり、上側しか見えなかったスライムの大部分が見えるようになっていた。
けっこう近付いてきてるな。
「おい……。いつまで掴んでるんだ」
リヴィオは腰に手を回した俺の腕を引っぺがすと、むすっとした赤ら顔で俺の顔を睨み上げくる。
そうしてからそっぽを向いたリヴィオの表情や仕草が愛らしくて、頭を撫でたい衝動に駆られたが怒られそうなのでやめておいた。
「あぁ、悪い悪い。さてと、それじゃあもう一匹もさっきの要領で片付けてくるからさ。リヴィオはここで休んでろよ」
「さっきの……? あっ」
リヴィオが何か言いかけていたが、俺は踵を返してスライムへと駆け出した。
幸い、スライムはこちらに逃げた人々を追いかけてきていたが、逃げた人々のほうが速かったために赤子になった人々も近くにはいない。
俺はスライムへと駆け出し距離を詰めると、『キックグレネード』を発動した。
高くジャンプしてスライムの中心部めがけ、蹴りを見舞う……ハズだった。
だが、俺がキックの体勢を取ったとき、スライムは身体の一部を飛ばしてきたのだ。
空中だったこともあり、俺は自分の身体を覆い尽くす程のそれを無様に浴びると、体勢を崩し地面に15メートルほど落下した。
「ぐえっ」
地面に叩き付けられ、カエルの鳴き声のような声が出た。
痛い。肘から落ちて、肘めっちゃ痛い。
だが、それよりもヤバイ。
地面に転がった俺に、スライムがべっちゃりと取り付いている。
胸から下は全部スライムに包まれていた。
引き剥がそうと藻掻くが、一部分を身体から剥ぎ取れても、身体に纏わり付いた他の部分がその穴を埋めるように蠢き、剥ぎ取った部分に再び纏わり付いてくる。
剥ぎ取った部分もにゅるりと手から逃げて、他の部分に取り付いてしまう。
マズイ。
このままだと、ばぶばぶおぎゃーの刑に処されるかも知れない。
変身してるから大丈夫なのかも知れないが、もしそうなったら、最悪ここで死んでしまうのではないだろうか。
頭から血の気が引いて、必死になって足掻くがスライムが剥がれない。
そうだ、炎を使って焼いてしまうのはどうだ?
炎はスライムの表面にしか効かないが、硬くなる。手から出せた炎が、もし全身や他の部位からも出せるなら、スライムの硬くなった部分を押しのけて逃げることができるかも知れない。
俺にもダメージがあるかも知れないが、変身の効果で火傷の痕は残らないだろう。
だが、スライムがベルトにも纏わり付いていて、腰の辺りは全体的に取り付かれてしまっていて引き剥がせず、クリスタルの交換ができない。
くそっ、けっこういいアイディアかと思ったのに。
俺に身体の一部を飛ばした巨大なスライムは、俺のほうへは近付いて来なかった。
スライムの後ろに残されていた軍勢がその後を追いかけてきて、矢を放ったり魔法で火を放ったり、色々ちょっかいをかけているようだ。
それが無かったら、今頃、その巨大な全身に取り込まれていたかも知れない。
だが、このスライムの身体の一部だけでも、引き剥がせない。
油断してた。いよいよ打つ手が無くなって、喚き出したくなったとき。
両腕を引っ張られた。
見上げると、ハゲた小太りのおっさんが引っ張っている。
ドラゴン戦で助けたおっさんだ。確か、第3部隊の隊長さんだ。
しかしスライムもくっついてきて、ほとんど引き剥がせない。
それでもおっさんは俺を助けようと、俺の身体を引きずった。
俺に身体の一部を飛ばした巨大なスライムは、俺たちのほうへは近付いて来なかった。
やがて、両肩が金属にぶつかる音がした。
見上げると、ふたつの盾が見えた。
「ロゴー、横向きになれ! なれるか!?」
リヴィオの声が飛んできた。
俺は訳も分からないまま、おっさんの手助けもあってなんとか身体を横向きにする。
すると地面に並んで突き立てられた、ふたつの盾と盾の隙間、身体を横向きにしないと通れない狭さのその隙間に、俺は引っ張り込まれた。
「ぐんぬぅうー!」
「おりゃあー!」
「せりゃあああ!」
俺の両腕を、第3部隊の隊長のおっさんと筋骨隆々の兵士ニ名が引っ張る。
ふたつの盾も、それぞれ筋骨隆々の兵士が身を屈めて押さえ付けている。
盾と盾の狭い隙間を通した俺の身体からは、かなりのスライムが削ぎ落とされた。
「ふんぬぅうーん!」
すかさず、俺を引っ張っていたひとりの兵士がぶ厚い斧を俺の足元付近に振り下ろした。
伸びたスライムの身体がぶつんと音を立てて切れる。
スライムは盾の向こう側に残ったものと、俺の身体に残っているものとに分断された。
身体に残ったスライムは、体積が小さくなって弱体化したため、もう自分でも引き剥がせた。
「た、助かった……ありがとうございます」
「いいってことよ! 礼ならリヴィオ第4部隊長に言ってくれ。とっさにこのアイディアを思い付いたんだ」
にっかりと笑顔を見せた第3部隊長のおっさんは、立てた親指でリヴィオを指し示した。
そうするかもな、とは思ってたけど。
心配して付いてきてくれてたんだな、アイツ。
多分、おっさんたちも引き連れて。