第77話 触手
『アックスビーククリスタル』の2つある必殺技のうち、1つミストローパーに効かなかった。なら、もうひとつの必殺技はどうだ?
『ヒートアックス』
オレンジの光が空中に集まって、刃が高熱を帯びた長さ2メートルほどの巨大な斧が出現した。それを両手で掴むと、浮く効果が切れて斧が重力に引っ張られる。
「お、重ッ……!」
こ、これは振るうのにも力が必要だ……。こんなもん投げてもほとんど飛ばないぞ……。触手の射程の外からじゃあ届かない。接近戦をするにも、この重さじゃあ触手の攻撃を避けられないだろう。
「むぅ……」
どうするかと頭を捻っていると、霧の向こうから6名、部隊員が姿を現した。さっき見たとき負傷者も多かったから、まともに戦えるのはもうこれくらいの人数なのだろう。
そのうちの3名が弓使いで、ミストローパーを見つけると矢を放った。それをミストローパーは触手で弾く。通用しないとわかった弓使いたちは触手の間合いの傍まで近づき、そのうちの2人は2本の矢を番えて、今度は3人同時に放った。しかし、そうやって放った矢でも簡単に触手に弾かれてしまう。
「放ち続けろ!」
それでも彼らは矢を射掛け続けた。互いに距離を取り、別方向から射掛ける。1人、3本同時に放ち始めたが、あまり命中率は高くないようだ。大きく逸れる矢もあった。
しかし、上手く飛ばせなかったが故に高く放物線を描いた矢を弾く為、触手が1本離れた。隙が出来たかに思われたが、ミストローパーの触手は全部で6本だ。待機していた2本の触手のうちの1本がカバーに回り、やはり矢は届かない。
そうしているうちに、いつのまにかミストローパーは彼らの1人にじりじりと這い寄って触手を射程内に入れていたようで、その足首を触手で捕らえた。
「きゃっ!?」
足首に巻き付かれた触手に女性が引き倒され、悲鳴を上げる。そして、ズルズルとミストローパーのほうへと引きずられていく。
「まずい……!」
彼らが戦っている間にもいい案は思い浮かばなかった。もう、近付くしかない。
俺は重く巨大な斧を放り投げ、『ドラゴンクリスタル』でモードシフトした。そして、レバーを下げる。
『ブレイズブレイド』
炎の剣を出現させつつ、駆け寄る。
その間に、引きずられていく仲間を助けようと、触手の射程内に入り込んだ弓使い以外の3名の部隊員に触手が襲い掛かっていた。1人は鞭のようにしなって飛んできた触手に頭部を強打され倒れて動かなくなり、1人は足を掴まれて引き倒され、1人は盾で触手を防ぐのがやっとで何も出来ないでいる。
味方がやられているが、今はチャンスだった。4本の触手は反対側にいる部隊員たちのほうに伸びている。2本は温存されているが、あれをくぐり抜けて炎の剣の必殺技を食らわせられれば……!
一定の距離まで近付いた為か、その2本の触手が俺へと迫ってきた。1本を屈んで避け、もう1本を炎の剣で斬り付ける。
「いっ!?」
だが、真っ二つに出来ずに半分ほど切れたところで止まってしまった。更に、半分切れているにも関わらず切れた先の触手が素早い動きで炎の剣に巻き付いてしまう。
「しまった……!」
巻き付いた触手を掴んで、剣を引っこ抜こうと力を込める。
そっちに気を取られ過ぎていた。さっき避けたもう1本の触手が、低く回りこむようにして迫ってきていたのに気付かず、足首に巻き付いてきた。
ヤバイ……! 俺は咄嗟にレバーを下げた。
『ブレイズフォース』
リーチの伸びる強力な炎の剣の一撃を放つこの必殺技は、まだミストローパー本体へは届く距離ではないが、前段階として炎の剣が重みを増し、炎の勢いが増して明るく発光する。これで触手が剥がれてくれればいいが。無理ならこのまま斬ってみるか。巻き付いていても斬れるかも知れない。
と、思ったら触手が剣から離れていった。炎に焼かれた部分がドロリと溶けている。熱を嫌ったか。
俺は必殺技の一撃を、その離れた触手と足に巻き付いた触手にまとめて当たるように斬り付け、切断する。
それから、急いで足首の触手をブンブンと足を振るって取り除き、本体へ向かって突っ走ろうと踏み出して、急ブレーキをかけた。いつのまにか部隊員を攻撃していた4本の触手がこちらへ向いて伸び始めていたからだ。
「くっ……!」
捕まったらヤバイ。仕方なく距離を空け、遠ざかる。切断した2本の触手も、短くはなったが弱ってはいなさそうだ。
部隊員たちを見ると、射程の外にいた弓使い2人を除いて、全員が倒れ伏していた。
この魔物……強い。
どうすりゃいい……? さっきのチャンスを逃したのは大きい。最初、炎の剣で斬ろうとせずに躱すべきだったな……。6本の触手をかいくぐって『ブレイズフォース』で本体を斬るのは至難の業だろう。
『キックグレネード』で飛んでいっても触手で叩かれて潰されるか、捕らえられれば捕まって終わりだ。
「ロゴー、これを……!」
後ろからリヴィオに声を掛けられ、見ると差し出したその手には短剣が握られていた。ルーシアの魔剣だ。
「これで先程、ヤツの触手を切断することが出来た」
「そうか! 借りるっ!」
一応、俺はルーシアの特訓で魔道具の使い方も習っていた。僅かしか魔力を持たない俺では使えない魔道具が多いが、こういう道具が魔力を持っているタイプはほんの僅かでも魔力があれば扱えるので助かる。
「……って、でもこれってどれくらいの魔力を引き出したらいいんだ?」
「咄嗟だったからわからない……。結構引き出したと思うんだが……。だが、まだまだ大量に魔力は残っているぞ」
「そうか……」
この魔剣は特別製で一度に剣の魔晶石に篭められたすべての魔力を使用できてしまうので、扱いに気を付けないとな……。使い切ったら申し訳ないし……。
しかし、これと炎の剣の必殺技で、6本の触手を捌き切れるか……? 捕まったら終わりだぞ……。
「――あっ!」
思案していると、ミストローパーが体内から霧を噴き出し始めた。さっきまで切れていたのに、もう自分の周辺を白い濃霧で覆うだけの霧を発生させている。ミストローパーは霧の向こうにうっすらとシルエットが見える程度まで隠れてしまった。
だけど、こんな濃霧で向こうはこっちの攻撃がわかるのか? 爆発する斧を投げ付けたら勝てないだろうか……。弾かれそうな気はするけど。
そう考えていると、霧の向こうで何かが弾かれる音が聞こえた。恐らく矢が弾かれたのだろう。やっぱりダメか。
ミストローパーには目と思われるものはなかった。なのに、石斧は防がず矢や爆発する斧は防いだので、何か鋭利なものを察知する優秀な能力を持っていそうな気がする。
「……………………」
思いを巡らせていると、部隊員たちが話し合いを始めたので耳を澄ました。そして、こちらに声を掛けようとする彼らより先に大声を出す。
「了解だ! コイツは俺が倒す!」
「き、聞こえてたのか。ま、任せていいのか!?」
「ああ!」
「わ、わかった! 気を付けて!」
「おう!」
「……ロゴー、どういうこと――」
「リヴィオ、ちょっと失礼します」
「えっ!?」
俺は地面に炎の剣と魔剣を一旦置いて、リヴィオをお姫様抱っこした。
「ええ!? な!? ええぇ?」
「濃霧の向こうでヤツがこっちに近付いてくるかも知れないからな。部隊員たちも一旦離れるそうだ」
「そ、そ、そうなのかっ」
駆け足で少し離れたところまで運んで、顔を赤くしたリヴィオを地面にお尻からそっと降ろす。
立ち上がった俺を、リヴィオが心配そうに眉をハの字にして上目遣いに見つめている。その思いがけない可愛さとリヴィオの想いが伝わってきて、切なさが込み上げてきた。
「そんな顔、しないでくれよ。勝つ算段はついたから」
そう伝えてから、俺は恐る恐る彼女に手を伸ばす。だが、頭を撫でるのも子供扱いしているようで、頬を撫でるのも恋人のようで、自分の気持ちが伝わってしまうようで、でも撫でたくてリヴィオの傍で手を迷わせたあと、頭の右側面にぎこちない手を一度だけ滑らせた。
「……ロゴー、失敗は出来ないぞ」
「だ、大丈夫だ」
「どもってるぞ、本当に大丈夫か?」
「こ、これはそうじゃなくて……。本当に、大丈夫だから」
「そうか……。ロゴーはいつもなんとかしてしまうからな。凄い男だよ、お前は……」
俺の手を受け入れてくれたリヴィオは、まだ心配そうな表情を堪えた様子で俺を称え、小さく微笑みを湛えていた。




