第76話 vs.ミストローパー
「リヴィオ! 今、助ける!」
「き、気を付けろ! お前でも、私のように捕まっだら逃げられないがもじれんっ」
涙声に驚いた。リヴィオ、泣いてたのか……。よく見ると、頬が濡れている。
「ぐぅう……ギザマァああ……ッ!?」
ディップが起き上がろうとしてふらつき、地面に両手を付く。俺はヤツが殴り飛ばしたときに落とした剣を拾い上げ、濃霧の中へと放った。
「手加減はしたけど、脳が揺れたみたいだな。逃げるなよ、次は足を折るぞ」
「な、なぜまだ動ける……。毒はどうした!?」
「治した」
「……ふ、ふざけた人達だ……。あなたも、リヴィオ隊長も……! よくもこの私を――」
「もう黙ってろ。折るぞ」
「ぐっ……!」
俺の怒気が口調から伝わり本気だと思ったのだろう。大人しくなった。コイツのことは後でいい。部隊の皆もそのうちこっちに来るだろうし。
リヴィオを助ける為には、炎の剣の必殺技がいいか。そう考えモードシフトしようとしたところで、ミストローパーがリヴィオの身体をゆっくりと持ち上げ始めた。
「ぅうっ!?」
「……ヤバイ!」
地面に叩き付ける気か!?
俺は炎の剣を使える『ドラゴンクリスタル』ではなく、『ヴァンパイアクリスタル』に変更してモードシフトしながら、リヴィオが叩き付けられそうな位置へと駆ける。モードシフトが完了した頃には、リヴィオは4本の触手によって高々と持ち上げられてしまっていた。俺は、すぐにレバーを2回下げる。
『クリエイト』
物質生成の技だ。これでクッションを作る!
1秒ほどマスクの中で目を閉じ、大量の綿をイメージした。そして、リヴィオの身体が叩き付けられそうな辺りにその綿が生み出されるのを想像し、両手を突き出す。掌から湧き出してきた沢山の白い光がその場へと広がり、光が膨らむと大体想像通りの大きさの、3メートル四方で高さ1メートルくらいの綿の塊が出現した。
「きゃああっ!」
女性らしい悲鳴を上げたリヴィオが、勢いよく背中から綿の中へと埋まる。すぐにそこへ駆け付けた。
「平気か、リヴィオ!」
「あ、ああ……っ」
リヴィオは大丈夫そうだった。手から出血が見られたが。
『クリエイト』もあれから練習し、上達していた。感覚的な部分が多く、スポーツが上手くなるのと同じような感じだ。まだまだ複雑なものを上手く作ることは出来ないが。
しかし、物質生成は生成する物によって体力の減りが異なるのだが、綿とは言え量が多かったから、体力を結構使ったな。
「くうっ……うあっ……。す、すまない……ロゴー」
近くで見るリヴィオは身体が触手に締め付けられていて、涙目で苦悶の表情を浮かべており、遠くから見てても頭の隅で思っていたのだが、これ、いやらしいな。
そんなことを思いながら1本引き剥がせたところで、再びリヴィオの身体が持ち上げられた。
「しまった……!」
すぐにリヴィオの身体を掴もうと腕を伸ばしたが、間に合わない。
「うっ……わぁあ……!」
今度はリヴィオの身体を振り回し始めるミストローパー。放り投げる気か。走って追いかけて『クリエイト』じゃ間に合わなそうだ。追い付けるか? 『ヴァンパイアブラッド』でパワーアップすれば追い付けるかも知れないが、一定時間のパワーアップの間にヤツを倒せなければ、すでにさっき使ってしまっているから、間を空けずに2回使ったことによって貧血になって戦うどころじゃなくなっちまう。
「あっ、そうだ」
手に入れたばかりの『アックスビーククリスタル』に、走る速度がアップする能力があった。俺は素速くそれにモードシフトする。
「わああぁぁああーーっ!」
何回か横に振り回されたリヴィオが叫び声を上げ、遠心力で飛んでいく。それを畑の凹凸に足を取られないよう気を付けながら、出来うる限りの全力で追い掛けた。
走る速度が遅くて追い付けなかったらどうしようかと思ったが、予想より速い……! なんとか間に合うか!? 一度でも転べば、きっと間に合わない。
「ぅおっ!?」
上を見て下を見てを繰り返し、慣れない速度で走るのは無理があった。足を取られ、前のめりになる。
「……っ!」
だが、ルーシアとの特訓が役に立った。素速く立ち上がる特訓をしていた俺は、前転をして起き上がる。
そして、駆ける、駆ける。
「間に合えぇえーーッ!」
地面に落下するまで残り1メートル程度、両腕を伸ばしてダイブした俺の腕にリヴィオが収まった。それを掲げて着地の衝撃を自分の身体で受け止める。スライディングして頭も土にめり込んだが、大した痛みはなかった。
「……平気か?」
「ああ……ありがとう……」
間に合ってよかった……。
そういえば、ダチョウって地球では二足歩行で最速って言われてるんだったっけ。それに似たアックスビークも速いってことか。
「わっ!?」
地面に降ろしたリヴィオが抱きついてきた。怖かったんだろう。
「もう大丈夫だ……」
そう言って、ぽんぽんと彼女の背中を叩いたのだが。
「よかった……ロゴー……。心配したのだぞ……」
あっ、俺のほうか。
「ごめんな、リヴィオ。でもな、俺だって心配したんだぞ。一人で無茶をしないでくれよ……」
「……ごめん……なさい。反省する」
「あ、ああ」
ごめんなさいなんてリヴィオが謝ったのは初めてだ。それだけ、自省しているのだろう。
俺はゆっくり、ぽんぽんぽんと背中を叩いてやり、そっとリヴィオから離れた。
ミストローパーは、地面にくっつけた触手で体を引っ張ってこちらへと近付いてきている。アイツああやって移動するのか。
さて、どうするか。さっきリヴィオが言っていた通り、捕まって逃げられなくなったらヤバそうだ。接近戦は避けて、あの長い触手の間合いの外から攻撃するか。
「私も戦……うっ」
リヴィオが立ち上がろうとして、地面に膝を付いた。
「リヴィオ!?」
「うぅ……ヤツに養分をだいぶ吸われたようだ。すまん、力になれそうにない……」
アイツ、スライムみたいに養分を吸うのか。ますます捕まるとヤバそうだな。
俺は異空間かどこかに収納されているミルクチョコレートを3つ取り出してふらつくリヴィオに渡し、休んでいるように告げてから戦闘を開始した。
『ゴブリンクリスタル』
『ゴブリンアックス』
モードシフトして、すぐに必殺技を使う。威力も弱く、コントロールも手に持った斧以外は難しいこの必殺技だが、なんだかんだ言っても使えるんだよな……。
そう思いつつ、ミストローパーの触手の間合いの外から、石斧を思い切り投げ付ける。4つの斧がヤツ目掛けて飛んでいき、1つは外れてしまったが、3つがそのスライムのような体に命中した。
ぶよよよん。
「えっ?」
……跳ね返された。もしスライムだったなら、少なくとも一部は潰れていただろう。見た目は似ているが、スライムより固いようだ。
なら、どうする……。他に遠距離からの攻撃は……。
炎の竜は、触手にやられそうだ。石化の蛇はどうだ? 触手にやられるかも知れないが、いや、そもそもあれはある程度近づかなくてはいけない。ヤツの触手の間合いに入ってしまう。『コボルトクリスタル』の超音波攻撃はリヴィオがいるし、致命傷にはならない。
……いい手が思い付かない。気になっているさっきのアレを試してみるか。
俺は再び『アックスビーククリスタル』にモードシフトし、レバー2回の必殺技を発動した。
『トマホーク×トマホーク』
手斧で危険だということだけが判明しているこの技を発動してみると、キラキラと白い光が右手の辺りに集まってきて、片手斧が姿を現した。それを握り締め、裏返したりして観察するが、特に変わったところはないように見える。強いて挙げるとすれば、柄の先の刃の付いた金属が綺麗な銀色をしているというのと、片刃だが反対側も尖っていてデザインがカッコイイということくらいだ。
とりあえず、この斧ならミストローパーの体にダメージを与えられるだろう。そう考え、ヤツへと投げ付ける。風切音を発しながら、回転して向かっていく斧。すると、先程は何もしなかったミストローパーが今回は触手でそれを弾き飛ばした。放物線を描きながら、斧はくるくると俺たちから少し離れたところに落下する。そして、爆発した。
「えええーー!?」
「わぁあっ!?」
目を丸くしていた俺はリヴィオの悲鳴にハッとして、すぐに駆け寄って身体を使って盾となる。
そ、そうか、そういうことか……。トマホークってそういう斧があったよなーって思ってたけど、トマホークって名前のミサイルもあったな。それを掛けたってわけか。
カルボのヤツ、おもしろいと思って説明少なくしやがったな……。投げずに使ってたらどうなってたことか……。
リヴィオに怪我がないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろした。




