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変身ヒーローin異世界  作者: 鯨尚人
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第73話 ディップ

 変身してるから浄化魔法が効かないってことはないだろう。以前、治癒魔法が効くか実験したことがあったのだが、それは効いたので。


 自己修復の能力では毒は消せずに、毒による身体の異変のみを修復しているのか、それとも消してはいるが毒の効果が出ているのか……。

 このまま毒の効果が続けば、いずれ死んでしまうかも知れない。


 人体には代謝や免疫機構があるが、この毒に対して効果があるのかわからないし、そもそもそれがあってもおそらく死ぬ毒を盛られている。

 普通は死ぬところを死ななかったおかげで、代謝が進むなどして毒が消えてくれればいいが……。


 多くの部隊員が集まってきて、横たわった俺を心配そうに見つめている。参ったな……。

 幸いなことに死者は出ていなかった。皆、斧のようなクチバシの高温の刃を避けることだけは気を付けていたようで、主に足蹴による負傷によって何名か重傷者は出ていたが、初級治癒魔法や中級治癒ポーションによって命は取り留められるだろうとのことだった。


「よかった……」


 そう呟いて胸を撫で下ろした仰向けの俺の眼に映る青空が、心配そうな表情で覗き込む美人によって半分ほどになった。それは、リヴィオだった。

 自分のこの有様に、マスクの下で苦い笑みを浮かべたが、向こうには苦笑した声しか届かない。ニュアンスは伝わったかな……。


「ロゴー……。お前は……また無茶をして……」

「……目の前で誰かが死ぬのは嫌なんだよ……」

「私たちだって、覚悟してここにいるんだぞ」


 涙目になった彼女の、小さく鼻をすする音が聞こえた。


「おい、隊長がいないぞ」

「本当だ」

「あっ、あそこ!」


 女魔術が伸ばした腕、紺色のローブがずり落ちて露わになった生白い腕が指し示す先を、俺も首を持ち上げて見てみるがよく見えない。

 見晴らしのいい農地であっても、流石に無理か……。


「何してるんだ……。あっ、あの女!」

「隊長はあの女を追いかけてるんだ!」


 リヴィオに尋ねると、あの女とは俺に毒を盛った女のことだった。

 それから、彼女は皆に告げる。


「誰か、私の頼みを聞いてくれ! ロゴーを助けたい! 毒を浄化できるところまで馬を飛ばして運んで欲しい。私がやりたいが、やることが出来た。だから、誰かに頼みたいんだ。もし都市アグレインまで戻らなければならないのなら不眠不休になると思うが、高額の報酬を出す! 誰か頼めないか!?」

「……俺がやろう。金なんざいい。クロキヴァさんにはさっき命を救われた」


 名乗り出たのは、胸当てが焼き切られそうな間一髪のところを俺が助けた大男だった。


「いや、俺がやる。イーサー、お前じゃあ図体がでかくて馬にゃ負担だろう。俺のほうがいい」

「う、じゃあ頼めるか。報酬は……」

「要らねぇよ。任せとけって」


 役目を代わった中肉中背の弓を持った男が、鉄のプレートメイルを脱ぎ始めた。何かと思ったが、俺を運ぶのに軽量化するつもりかな。

 その男の手を取り、リヴィオは熱心に頼み込んだ。

 昨日、宿を取った村で浄化できなければ、馬を乗り換え都市まで行って城の者に上の者へと伝えて貰えれば、きっと上級浄化魔術師が治してくれるハズだ、などと説明もして。


 そして、再び皆に口を開く。


「じゃあ、何人かでロゴーを運び、残りは私とともに来てくれないか。ヤツらを追う。これにも高い報酬を出そう。あ、ロゴーを運んでくれた者にも出すぞ!」

「おれァ要らねぇよ。クロキヴァさんにおれも助けられた身だ」

「あ、あたしは、その……入り用で……」

「その辺は後にしよう。急いで追いたい。ロゴーを後から追い掛けたいしな」

「おい、リヴィオ、無茶するなよ……!」

「ああ。死ぬなよ、ロゴー……!」


 もしも、このまま毒が消えなければ、都市アグレインまではとても保ちそうにない。だが、それは言わなかった。


 イーサーと呼ばれた大男に担ぎ上げた俺は、遠ざかるリヴィオたちの背中を、苦痛に耐えながら眺めていた。俺と俺を運ぶ者、重傷者とその手当てをしている者以外は、全員リヴィオと行動をともにしているようだった。





 ロングボウを構えたディップ・アルバーンが、遠くに見える女の影へと狙いを定める。既にその背には1本の矢が突き刺さり肺を破っていたが、尚も遠ざかる彼女、吾郎に毒を盛ったアンネリース目掛けて矢を放った。


「仕留めたか……」


 2本目の矢が背中に刺さり、くずおれるアンネリースを注視しながら、ディップは息をついた。

 そこへ、リヴィオたちが駆け付けてくる。


「ああ、リヴィオ殿。賊は退治しておきました」

「…………」


 リヴィオはディップの喉元にロングソードを突き付ける。ともに来た者たちは楕円形に広がり、弓や魔法を使えるものは、彼に向けて構えを取った。1人、初級治癒魔法を使える魔法使いだけはアンネリースの元へと向かっていく。


「……これは、何の真似ですか?」

「何の真似か、自分でわかっているだろう」

「どういうことです?」

「なぜあの女を殺した?」

「あのような外道を、許しておけなかったのですよ。畑の外の馬を使われれば、逃げ切られてしまいますからね」

「だが、あの女は単独犯ではあるまい。殺せば雇い主もわからなくなる。お前は優秀だ。出来る限り捕らえようとするほうが、お前らしいと思うがな」

「……リヴィオさんは、私を疑っておられるようですね。だが、それは誤解です。私は本当に――」


 リヴィオはその瞳に静かな怒りを燃やし、突き付けた刃をディップの喉元に当てた。


「賊を追い掛けるにしても、動きが早すぎだ。アックスビークとの戦闘中に、既にお前は動いていたのだろう? 隊長であるお前は、全体を見渡せる最も後方に居たしな。それに、隊長を任されたお前が他の者に賊を任せず、戦闘中に自ら動くのも不自然だ。副隊長をやっていたときのお前は場を離れることを良しとしなかっただろう?」

「…………フフ、あなたは言ってましたね。お前に任せられるから自分が動けるのだと……。そんな私を、信用してはくれないのですか?」

「残念だがな……。誰か、この男のボディチェックをしてくれ。おそらく、魔笛を持っているハズだ」


 その言葉に、ディップの顔色を失う。


「な、なぜ……」

「アックスビークは群れを成す魔物で、ボスの言うことにはその身を投げ打ってでも忠実に従うという。前回は逃げ出したアックスビークたちが、なぜ今回はその身を危険に晒してまで襲いかかって来たのか気になってな。他の者たちにも確認したが、ボスらしい個体が命令している様子も見受けられなかった。それで、部隊内の魔力に敏感な者たちに聞いたんだ」

「……成程、それで私のほうから僅かに魔力を感じたと……」

「ああ。お前のほうを見た者もいた。顔の辺りは手で隠れていて、よくわからなかったそうだが。召喚した魔物を、魔笛で従わせていたんだろう?」


 そう会話しているうちに、部隊の男の一人がディップの身体を検査し、懐から長さ10センチ程度の魔力を帯びた横笛を見つけ出した。


「くっ……」

「それにもうひとつ、シャルル―コボルトの部隊参加を断ったそうだな。彼らなら、魔笛の音を聴けるからだろう?」


 シャルルーコボルトとは人型の犬のようなコボルト種の中において、人間に友好的な種族のことだ。人ほどではないが知能が高く、冒険者ギルドへの所属も許されていて、そこで募集のかけられたこの部隊にも申し込むことが出来ていた。


「そこまで……。あなたは、厄介な人だ……」


 ギリッ……と歯噛みする音をディップが発し、手に持ったロングボウを放り捨てると両腕を上げて笑い始めた。


「フフ。フフフ……ハハハ……! アハハハハ!」

「…………」

「アハハハ! ハハハハハ……!」

「誰か、この男を何かで縛って……。……っ!?」


 急に辺りに白い霧が立ち込め始め、それが一気に濃くなっていく。


「なんだ!?」


 誰かが叫んだ。

 リヴィオはディップの喉元に当てていた剣を彼の肩に突き刺そうとしたが、すんでのところで身体を捻って避けられた。そして、その影は霧の中に掻き消えてしまう。


「しまった……!」

「アハハハハ! 失敗しましたね! 首元にそんなものを突き付けても私を殺すことは出来ないでしょう! 黒幕がわからなくなってしまいますからねぇ。あなたが言ったんですよ!」


 声のするほうへと隊員たちの矢が射掛けられたが、命中した音は聞こえない。


「これは本来、あの女を逃がす為に用意したものだったんですけど……ね!」


 扇状に広がった隊員たちの近くからディップの声が聞こえてきて、すぐに斬撃音と悲鳴が続いた。


「ぐあぁッ!」

「きゃあ!」

「うわああっ! ちくしょう、足を斬られた……!」


 風魔法の使い手がいれば霧を晴らすことも出来たかも知れないが、それも予めディップが部隊の選考から弾いていた。


「暫くすれば毒で死ぬハズだったのに、クロキヴァさんが死なないから!」

「ぐうッ!?」

「アックスビークも、あまり時間をかけずに倒してしまうし」

「そこか!? くそっ、もういねぇ!」

「これじゃあ霧を発生させても、追い付かれて掴まれば私のことをバラされるかも知れない。それは困りますからねぇッ!」

「ぐおぁッ!?」

「ですから処分したのですけど、私がバレてしまっては意味がなかったですね。フフフ……!」

「いくら霧の中でも、俺たち全員を相手にするつもりか! 野郎、コケにしやがって!」


 それから、幾度かの悲鳴と叫び声と斬撃音がした後は、人々が周囲を警戒し見回す足音ばかりになった。他の者の足音に反応し、別の者も動く。それに反応し、更に別の者が動く。それが繰り返された。

 中には、近くに見えた仲間の影を攻撃しそうになる者もいた。


 やがて、それらも収束し、辺りが静かになってきた頃――。


「うわぁ!? アックスビークだあ!」


 霧の中にダチョウのような大きな鳥の影が2体現れ、隊員たちを襲い始めた。

 大混乱に陥った部隊に、リヴィオが声を張り上げる。


「全員、後退だ! 霧の外へ! 外へ退け!」


 皆が声に従い、濃霧から抜けるべく走った。畑のうねや作物に何人もが足を取られながら。





「……なぜ、あなたがここにいる……。まったく、厄介な人だ……」


 部隊が逃げた方向とは逆の前進した先。濃霧から抜け出てきたディップは、そこにひとり待ち受けていたリヴィオの存在に面食らったが、不敵に笑みを浮かべた。

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