第72話 猛毒
「ううぅ……ッ!?」
呼吸も乱れ、息が苦しい。
これは、毒か。俺は本当に毒を盛られたってのか。
闘技大会出場者は本選の前日まで秘匿されている。だが、城でお姫様に出場を頼まれたときのあの場には多くの人がいたから、噂になっているんだろう。
「クロキヴァさん!?」
さっき助けた男の声だろうか。野太い声が耳に届いた。続いて女性が俺が呼ぶ声も聴こえる。
俺は荒い呼吸をしながら麻痺した身体を動かし、なんとか立ち上がった。リヴィオや皆が気掛かりだった。
痙攣でガクガクする身体が倒れないようにバランスを取りながら、リヴィオたちのほうを見ると、彼女はこちらを向いていた。
「リヴィォ……! 今は敵を見……!」
くそっ、思うように声を張り上げることが出来ない。
だが、リヴィオも弓で矢を放った後の僅かの間にこちらを向いただけだったようで、アックスビーク側へと視線を戻すと、長弓であるロングボウを捨て、ロングソードを抜き放った。
「ぐ……ぐぅう……ッ!」
嫌な汗が大量に吹き出ているのを感じる。悪寒が酷い。リヴィオの元に駆け付けたいが、走るのもままならない。体調はさっき倒れたときより悪化していた。
俺、死ぬのか……? こんな間抜けな人生の終わりかたをするのか……? どうすりゃいい……。
変身を解除するのは危険だろう。石化のときは治ったが、あれは変身後に攻撃を受けたものだし、石化しきっていなかったことが攻撃の成立とみなされなかったからか、変身の解除と一緒に石化の状態も解除されたのだろうと思う。だけど、毒は変身前に食べた果実のせいだから、おそらく消えて無くなることはない。それどころか、もしも変身によって毒があまり効かない状態になっていた場合、変身を解いたらすぐに死んでしまうかも知れない。
部隊の顔合わせの際、魔法使いの中に初級浄化魔法を使えると自己紹介していた者がいたが、おそらく致死性のこの毒は初級浄化魔法では治せないだろう。
可能性のある手段も思い付いたのだが、今は使いたくない。
そうして思考を巡らせているうちに、リヴィオたち3名の元へアックスビークが辿り着いていた。
その鈍く発光する斧のようなクチバシの刃が、予備動作なくストーンゴーレムへと勢いよく下ろされる。体をガードする姿勢を取っていたゴーレムの左腕が切断された。
その隙にロングボウを持った2人が矢を射掛け、リヴィオはそのすぐ後にゴーレムの脇から飛び出して、ダチョウのように伸びたアックスビークの首を斬り付けた。
「――ッ! 硬い……!」
だが、致命傷には至らなかった。これが魔剣だったなら、決着がついていただろう。
「クロキヴァさん、後ろ! 危ねぇ!」
その光景を見つつよろよろと歩いていると、さっきの男の警告が飛んできた。それから、俺の背後から足音が迫ってくるのが聴こえてくる。痙攣する足でそちらを振り返り、その勢いで蹈鞴を踏みつつ見てみると、最初の遠距離攻撃のときに仕留めきれていなかったアックスビークが起き上がってきたのだろう、凄い勢いで俺へと突進してきた。
息切れで酸素が足りていなさそうな頭で考える。今、『メデューサクリスタル』を解除したくはない。リヴィオたちを守るストーンゴーレムがただの石になってしまうからだ。だが、肉弾戦は危険だ。
考えが纏まらないうちに、アックスビークはもうそこまで迫ってきていた。気圧された俺は、レバーを下げてしまう。
『ヘビーブロッサム』
思わずそうしてしまったが、今なら俺の前で止まるか俺にぶつかって止まるであろうアックスビークにこの必殺技が成功する可能性は高いだろう。あとは俺がなんとかヤツのクチバシの一撃を避けれれば――。
だが、麻痺した身体は上手く動かず、蹌踉めく俺の胸の装甲へと、突進してきた勢いも相まったその一撃を浴びてしまった。
「ぐあああッ!」
立っているのがやっとだった俺の膝はがくりと折れ、地面を転がった。だが、そのおかげで装甲が抉れただけで済んだ。抉れたことと高熱によって、焼けるような痛みの合わさった激痛に襲われたが。
「うああぁ……! あがああ……! ぐぅう……くそう……!」
『ヘビーブロッサム』によって出現した黒く光る蛇たちは、気付いたアックスビークが取り囲まれないよう少し移動した為にそうやって攻撃することが出来ず、追いすがったところを大きな爪の付いた足の蹴りで返り討ちにされてしまった。
そうして、こちらへと振り返るアックスビーク。次は俺だ。
痙攣する足でなんとか立ち上がろうとする俺を、ヤツが見下ろしている。矢が飛んできてその臀部に突き刺さったようだが、ヤツは俺から目を片時も離さずに近付いてきた。
必殺技使うとクリスタルが輝くからな……。蛇を喚び出したと気付かれて警戒されてるのか……。だけど――。
「おかげで……いいアイディアが思い付いたよ」
俺はもう一度『ヘビーブロッサム』を発動する。そして、すぐにしゃがみ込んだ体勢から思い切り上空へと飛び上がった。
普段の俺のジャンプ力は約30メートルで、それより少ないが20メートルくらいは跳躍できていると思う。
アックスビークは俺を見上げ、足元の注意が疎かになる。周囲を黒く光る蛇たちが取り囲んだ。ようやく気付いたアックスビークが足蹴りで数匹を倒したところで、1匹の蛇が噛み付いた様子が上空から見えた。
スリーポイントランディングで着地したときには、アックスビークは半分ほど石化していた。
「やっ……た……!」
だが、先程より体調は悪化している。リヴィオたちも気掛かりだ。
「やりましたね、クロキヴァさん!」
駆け付けてきてくれた先程の男の言葉に返答する余裕もなく、俺は立ち上がって千鳥足でリヴィオたちのほうへ向かう。
そこではまだ戦闘が継続中で、ストーンゴーレムは砕けて石になってしまっていた。アックスビークの高熱の刃で襲われるリヴィオの様子が目に映る。彼女はなんとか剣の腹で受け流したが、その表面がドロリと溶けた。
『ヴァンパイアクリスタル』
ストーンゴーレムが石に戻って役目を終えていたので、俺はすぐに赤紫色に輝くそのクリスタルにモードシフトした。そして、その能力である自己修復を発動する。速度は遅く体力も消耗するが、コイツなら毒を消せるかも知れない。
そう願いつつ、レバーを3度倒した。
『ヴァンパイアブラッド』
自分の血を消費し、一定時間パワーアップするこの必殺技なら、麻痺と痙攣でままならない身体が動くのではないか。その予想は当たっていた。みなぎってきた力にだいぶ身体が動くようになり、よろよろと歩いていた俺は駆け出し始めた。
「うおぁああーッ!」
アックスビークの注意をこちらへ引き付けるべく、雄叫びを上げる。
必殺技のあいだ、俺の身体はうっすらと紅く発光し、マスクの眼は赤紫色に輝き続ける。そんな目立つ俺を見たアックスビークはリヴィオへの攻撃の手を止め、戸惑っているようにも見えた。
そうしているうちにヤツへと近付いた俺は、慎重に間合いに入り、ノーモーションで放ってきたクチバシの斧を構えていた右フックで弾き飛ばして、左アッパーをその顎に叩き込む。更に胸に浅く突き刺さっていた矢を右手で押し込んだ。
「ヴュギュウゥッ!」
苦しそうで不快に感じる断末魔を上げ、アックスビークは横倒しになった。残りは1匹。
「ロゴー、ありがとう……!」
「ああ!」
声を掛けてきたリヴィオの様子を見て怪我がなさそうなことにほっとする。そして、パワーアップしているうちに最後の一匹の元へと駆けた。
何人かの隊員が倒れている。くそっ、毒入り果実なんて食ってるからだ……!
悔やみつつ、その思いを乗せた雄叫びを上げるが、アックスビークはこちらを一瞥しただけだった。
俺は手近な野菜を畑から引っこ抜き、その白菜のような野菜をアックスビーク目掛けて投げ付ける。麻痺と痙攣は残っているので、味方に当たらないように気を付けながら。
そのために狙いは外れ、野菜はアックスビークの後方を通り抜けてしまった。地面に落ちて鈍い音を立てたので、アックスビークはその音に反応して少しだけそちらを向いたので、その分だけは気を逸らせたが。
叫びつつ接近すると、ある程度まで接近したところでこちらに注意を引き付けることが出来た。その隙に槍を持った男がアックスビークの後ろ側に回り込み、攻撃を仕掛ける。避けられたが、アックスビークは俺と男のどちらを向いていいか迷っているようだった。
それで、距離を取ろうとしたのだろう。その場を離れるアックスビークを、俺は全力で追い掛けた。身の危険を感じたのか、ヤツは逃げ続け、畑を追い回す形となった。
「ちょ……待てこの……! 待てって……! まって……」
毒で荒くなった呼吸を更にぜぇぜぇと荒げ、俺はなんとかアックスビークに追いすがり、その羽を掴んだ。
「ぐっ……!」
そこで強力な足蹴を食らってしまうが、手を離さなかった俺はその威力で羽を掴んだまま宙に浮いた。
「こ……んのッ!」
羽を引っ張りつつ、身体を横向きにし、引き寄せたアックスビークの後頭部へと延髄斬りを見舞う。固い頭骨が砕ける感触があった。
「ヴュヴィィイ!」
不快な叫声を上げ、アックスビークは大地に沈む。
これで討伐は終了だ。遠くで皆の歓声が聴こえる。こちらへと笑顔で手を上げたり振ったりしている様子が見える。俺も手を上げてそれに応えていると、パワーアップの効果が切れた。
皆の元へと戻ると、体調は悪化していた。無理をしたせいかとも思ったが、パワーアップをやめても悪化していくので、やはり『ヴァンパイアクリスタル』の自己修復では毒は消せないのだろうか……。
部隊の魔法使いに初級浄化魔法を掛けて貰ったが、やはり効果はなかった。




