第71話 vs.アックスビーク
そんなことを考えていると、魔術師が駆け寄ってきた。昨日からやけに俺に話しかけてくるアンネリースという女の子だ。
俺と同じ黒髪のロングで、今日も大胆に胸元の開いた衣装を着ている。
「もうすぐ戦闘ですねっ。がんばりましょう!」
気合のポーズを見せる彼女の両腕が、挟み込んだ胸を強調する。
ぐぅっ……! 彼女が真っ直ぐこちらを見ている為に、目線を下げないように我慢だ。
先程、「少し独りにしてくれ……」と項垂れながら先を歩いていったリヴィオが気になって見てみると、振り返ってこちらをうかがっていた。俺の視線に気付くと、すぐに顔を逸らす。
う~ん……。意識して欲しい、リヴィオにそう言われて正直、少し浮かれている自分を自覚していたけど、それは女の子として見て欲しいってだけで深い意味はないのかも知れないと今、気付いた。
俺がおっぱいに意識を向けるかどうか確認したのかも知れない。
そして、少しがっかりする自分も自覚する。
「クロキヴァさん。戦いの前に、これどうぞ。効きますよ」
香水か何かのいい匂いがする身体を近付け、女の子は小声で俺に丸い一口サイズの青紫の果実を手渡してきた。彼女は自分でもそれをひとつ口に放り込むと、「ん~~っ」と目をつぶって小さく声を上げる。
「これ、魔法の果実なんです。一時的に力を強化してくれるんですよ!」
「へぇ~……」
俺も食べてみると、酸味が強烈に広がった。
「くぅ~~っ!」
「酸っぱいけど目が覚めますよね」
「あ、ああ……」
「ロッ……ロゴー!? 何か貰って食べたのかっ!?」
「え?」
そんな話をしていると、リヴィオがずんずんと詰め寄ってくる。
「あ、ああ……。魔法の果実を……」
「おかしな物を貰うな。毒でも入っていたらどうする!」
「やだなぁ、大丈夫ですよー、私も食べましたしっ」
魔術師の女の子がそう弁明するが、リヴィオは真っ直ぐ俺から視線を外さない。やがて、心配そうに表情を変化させた。
「闘技大会も近い。誰が狙っているとも限らないんだ。気を付けてくれ……」
「あ、ああ……わかったよ」
リヴィオに頷いた俺に、今度は別の人物が近付いてくる。この部隊の隊長を務めているディップ・アルバーンという、金髪で小柄の青年だ。彼はアグレイン軍のリヴィオの隊の副隊長をしていたそうで、優秀な彼のおかげで助かっていたとリヴィオは言っていた。
俺も見たような覚えはあるのだが、どうも思い出せない。副隊長ならもう少し印象に残っていてもよさそうなものだけど、普段から彼は深くフードを被っているのだ。
15の頃から冒険者をやっていて今26歳だという彼は、冒険者としてはまだ駆け出しのリヴィオよりずっと経験値が高い。それ故に、今回は隊長に任命されていた。
「黒き魔装戦士殿。そろそろ変身しておいて貰えますか。貴方の変身は目立ちますから」
「ああ、はい。わかりました」
皆がアックスビークに遠距離攻撃を仕掛けた後でもいいかと思っていたが、隊長が言うならと『ゴブリンクリスタル』をセットして変身した。
そうしたのは、対アックスビーク戦においては、この必殺技の『ゴブリンアックス』が一番いいと考えてのことだった。
他の戦術では、例えばアックスビークは熱に耐性があるそうなので『ドラゴンクリスタル』の炎の竜は効かなそうだし、そもそも矢や魔法の飛び交う中で敵に向かわせれば味方にやられたり返り討ちに遭ったりするかも知れない。それでいざというとき炎の剣の必殺技が使えなくなってしまうのは困る。『メデューサクリスタル』の石化攻撃も射程があまり長くないので足が速いアックスビークには避けられてしまいそうだし、『コボルトクリスタル』の超音波攻撃の隙に矢などで攻撃して貰おうにも、あれは味方をも苦しめてしまう。
近距離攻撃をしようにも、矢や魔法の飛び交う中を突っ込むわけには行かない。
そんなわけで、正直『ゴブリンアックス』は強力な必殺技とは言えないが、他にいい手段が思い付かなかったのだった。
それから暫くすると、先行していたエルフがアックスビークの群れを発見した。
基本的に肉食のアックスビークは特定のものしか野菜を口にしない。そういう野菜もこの辺にはないようで、ミミズやモグラなどを食べる為に畑を掘って荒らしている最中だった。
俺たちは奴らに気付かれないように横に大きく展開しつつ近付いていく。木陰に身を潜め、麦のように背の高めの作物に身をかがめ、俺は配置に就いた。
あまり背の高くない作物のほうに行った人々がほふく前進で配置に就くのと、魔術師の一人が雷の魔法を使う為にアックスビークの上空に黒雲を発生させるのを、少しのあいだ待つ。
そうしてから、隊長のディップが上空に1本の矢を放った。その合図と同時に、遠距離から一斉にアックスビークへ攻撃を始める。
10匹ほどのアックスビークたちは突然のことに惑乱したようで、周囲をバタバタと走り回る。矢や氷の槍、空から振る雷の攻撃を受け、数匹が地面に倒れた。
雷の魔法は初めて見たけど、凄いな……。地面を雷撃が十数メートルほど走り、避けきれなかった4匹のアックスビークに命中していた。2匹はそのまま倒れ伏している。畑の作物にもけっこう被害が出たようだけど。
作物にはなるべく被害を出さないようにって言われていたけど、これもなるべくの内だと判断したんだろうな。
必殺技の発動が光って目立つ為に、皆の攻撃と同時にそれを発動させた俺も、遅ればせながら『ゴブリンアックス』で攻撃を仕掛けた。
俺の右手に出現した1本の石斧を渾身の力で1匹のアックスビーク目掛けて投げ付けると、身体の周囲に出現していた4本の石斧が連動して同じ方向に平行に飛んで行く。3本が命中したようで重く鈍い音が連続でこちらまで聴こえてきた。倒れ伏したが致命傷になっただろうか。
「来るぞ!」
誰かの叫び声が聴こえた。
前回はこれでアックスビークたちはバラバラに逃げ出した為、各個撃破したという話だったのだが、今回はこちらへと畑を踏み荒らしながら突進してくる。残りは4匹だ。
「う、嘘でしょ!? 逃げ出すんじゃないの!?」
「あ、アンタ盾役だろ! さっさと前に出ろよ!」
「んだとテメェ!」
「狼狽えるな! 役目を果たせ!」
隊長のディップの指示に、崩れかけそうだった統率が戻った。
離れたところにいる土魔法の使い手が、魔法で地面に落とし穴を作り始めているのが見える。この戦法は、アンネリースというさっきの魔術士から聞いて感心していたものだった。
土壁だと視界が塞がるし回り込まれることもあるが、穴ならば視界は塞がらず、落ちたり他に穴があったりしないかと敵の気を逸らすことが出来る。もしも出られない大きさの穴に落とせたなら、それで勝負アリだ。穴の幅が小さいと飛び越えられてしまうのは欠点だが。
アンネリースも土魔法が得意なので同じように魔法を使っているかと、さっと周りを見たが姿は見えなかった。かと言って、よく見回している余裕はない。
俺はそうしながらもベルトのレバーを倒し、再び『ゴブリンアックス』を発動させていた。周囲の斧はランダムで3~5本出現し、今回は3本だ。こちらへ向かって来ていたアックスビークへと右手の石斧を投げ付けると3本の斧が連動し――。
「うわっ!?」
実は背面にもう2本石斧があり、俺を避けて投げた方向へ水平に飛んでいった。予期せぬ出来事にぞわっと嫌な感覚がした。吃驚した……。あまり使ってないから知らなかったな……。
ともあれ、ランダムで5本、右手に1本の計6本の最大数の石斧がアックスビークへとブンブンと低音を響かせて回転しながら飛んでいく。その内の4本が命中すると、アックスビークはゆっくりとその場に崩れ落ちた。そこへ仲間たちの矢の追撃が入る。おそらくこれで決着だろう。
残りは3匹。
この必殺技は、攻撃が終了すればまた発動できるようになる。俺は倒れゆくアックスビークを見つつ、再び使用できるようになった必殺技を発動した。
危険そうなところをカバーしようと左右を見回すと、そうなりそうな左側の盾を持った大男はもうアックスビークと近すぎて、コントロールの付けにくいゴブリンアックスでは攻撃できない。
他に適当なアックスビークもいないので俺は攻撃をやめ、用意していたプランBへ移行、ベルトのクリスタルを『メデューサクリスタル』に入れ替えモードシフトした。
「出て来い、ゴーレム! リヴィオたちを守れ!」
自分の持ち場をストーンゴーレムに任せ、俺は先程の大男の元へと地面を蹴る。
その間に、大男の鋼鉄の盾が数秒のうちに焼き切れてしまう。そのさまに、俺はぞっとした。
アックスビークはその斧のような高熱の刃を帯びたクチバシを、首を後ろに引くという予備動作をせずに、いきなり素速く放ったのだ。
男はその衝撃を受け止めつつ、片手に持ったモーニングスターで反撃する。周囲の者たちの矢も飛び交うが、アックスビークは倒れない。耳をつんざく鳴き声を上げると、大男にその刃を浴びせんと迫った。
「うわッ。うおわああッ! 来るなあ!」
間一髪、男の胸当てが焼き切られる前に俺の拳がアックスビークの側頭部を捉えた。頭を殴り飛ばされたアックスビークは地面に横倒しになり、熱を帯びて山吹色にぼんやりと光っていたクチバシの刃がその輝きを消失させていった。どうやら倒したようだ。
残り、2匹。
「凄い……」
男の後ろにいた弓を持ったエルフの言葉が耳に届くが、今はそちらを見ている余裕はない。右側に残った2匹を確認すると、1匹は遠くで部隊員たちと既に接近戦に突入しており、もう一匹はリヴィオたち数名がいるほうへと向かっていた。先程は別のほうへ向かっていたのだが、矢を刺した相手に標的を変えたのだろうか。
先程のクチバシの攻撃を見た後だと、ストーンゴーレムでの守りは不安だ。
そちらに戻ろうと地面を蹴ったとき、身体に異変が生じた。いや、少し前からおかしかったような気もする。
「うッ……!? うああっ!?」
もんどり打って地面を転がり、仰向けに倒れた俺の身体には麻痺と痙攣が生じていた。




