第70話 ルーシアの入れ知恵
時は進み――
闘技大会開催まで、残り数日。
アンバレイ家の屋敷のリヴィオの部屋では、リヴィオ、ルーシア、フリアデリケの3人が揃っていた。
その日は吾郎が特訓の疲れを取る為に早めに就寝した為、いい機会だとルーシアが皆を集めたのだ。そして、彼女は出し抜けにリヴィオに問いただした。
「リヴィオ様は、ゴロー様がお好きになられたのですね?」
「ごぼッ!? ごほっげほ……うぇほっ!?」
あまりに唐突な出来事にリヴィオは紅茶にむせ、テーブルを汚してしまう。
体面に座るルーシアは何事もなかったかのように流れるような動作でそれを布巾で拭きつつ謝罪する。隣ではフリアデリケが目を丸くしていた。
「ええっ!? そ、そうだったんですか!?」
「けほっこほっ……な、なぜ? どど、どうしてわかったんだ!?」
「その……見ていて丸わかりでしたので……」
「ま……丸わかり……!?」
「えええ、ルーシアお姉ちゃん、私、全然わかんなかったよ!?」
「全然? ふぅ……。フリアちゃんはリヴィオ様にお仕えする使用人としての心配りが足りませんね。ウチには使用人がふたりしかいないのですよ。アンバレイ家のメイドのお仕事だけしていればいいというわけではないのです」
「が、がーん……」
肩を落とすフリアデリケ。
リヴィオは真っ赤な顔で、ルーシアに問い掛ける。
「じ、じゃあロゴーももしや……」
「いえ、ゴロー様も気付いていないでしょう。長年お仕えしているから変化がよく感じられるのです」
「へ、変化とは……?」
「色々あります。まず、以前よりゴロー様を目で追うことが多くなりましたね。それでいて目は合わせないことが多々……。接している際、ぎこちない感じになるときも多々。顔を赤らめることも増えました。特訓後にお疲れのゴロー様をねぎらい、何かと世話を焼くことも多く……」
「も、もういい……。もういいです……」
耳まで真っ赤にして俯きながら、手でルーシアを制するリヴィオ。
「それと、これはフリアちゃんもなのですが、リヴィオ様がお人形遊びがお好きなことも存じております」
「…………はぇ?」
更に唐突な告白を受け、ぽかんと口を開けて顔を上げたリヴィオだったが、徐々に事態を把握していく。
「……え、嘘……。うぇえ……ええぇえ……!? なぁああァーーッ!?」
ルーシアとフリアデリケの顔を交互に見ているとフリアデリケが頷いたので彼女にも気付かれていたことを悟り、頭を抱えてリヴィオはもだえた。
「い、いつから……?」
「いつからと言いますか、ずっとやめてなかったのを知っていたといいますか……」
「私はここに勤めることになったときに、ルーシアお姉ちゃんから……」
「そ、それなら、なずぇええ? なぜ今になっでぇえ……?」
涙ぐみながら問い掛けるリヴィオ。
「それはですね、恋の作戦の為です!」
「こ、恋……の……!?」
「そうです、恋の作戦です! 失礼ながら、リヴィオ様には女性らしさが足りません。男っぽい口調で、スカートもほとんどお履きにならず、いつもパンツルックです。タイトなパンツを着用する機会が多く、身体のラインが出るのはよいとは思いますが、もっと女性らしい格好もするべきです」
この世界では女性が綺麗な大人っぽい身体のラインを出すことは、格好いいことであるという傾向が強い。色っぽさも当然あるのだが、パンツルックや戦時中、野営の際に穿いていたショートパンツの他にももっと大胆な格好はこの世界には沢山あるので、リヴィオはその点にはあまり恥ずかしさを感じてはいなかった。
「ええ~……だ、だがスカートは……恥ずかしいぞ……」
「リヴィオ様には急には無理かも知れません。そこは少しずつでよいのです。ですが、明日からせっかくゴロー様とふたりになれるのですから、お人形遊びをなさっているときのような、お嬢様口調で接してみてはどうでしょうか。いつもと違ったリヴィオ様にゴロー様もドキドキを感じずにはいられませんよ!」
闘技大会開催は近いのだが、まずは予選からなので吾郎やルーシアの出番は暫く先だ。なので、リヴィオと吾郎は明日から出発するアックスビークという魔物を討伐する為の部隊に参加していた。狙いはそのアックスビークのクリスタルだ。
ルーシアは独りで修行をしたいというので不参加なのだが、もしかしたら気を遣ったのかとリヴィオは思った。
「い、いや、お嬢様口調も恥ずかしいのだが……」
「お人形遊びなさっているときのリヴィオ様はとてもスムーズに使いこなしていらっしゃいましたから、大丈夫ですよ!」
「……う、うう……。そ、それで本当に、ロゴーは私を意識してくれるのだろうか……?」
「それはもう……! 絶対に素敵ですから!」
そうかなぁ……。そうフリアデリケは思ったが、鈍いと言われてしまっていたので黙っていた。
恋愛には疎いアンバレイ家の面々であった。
その後、メイドのふたりが部屋を出ていって、リヴィオは独り恥ずかしさに煩悶するのだった。
――――主人公視点――――
アグレイン国で最も大きい耕地面積を誇る西部の農場にアックスビークが出現し、畑や人に被害を出している。その討伐隊に俺とリヴィオが参加して2日目が過ぎていた。
今しがた馬で先行した調査隊によると、アックスビークの群れがいる地点に辿り着くまでにはまだ暫くかかるが、こちらに移動してきている可能性もある。少しずつ隊にも緊張感が増してきていた。
アックスビークというのは、見た目も大きさもダチョウのような魔物なのだが、柄を取った片刃の斧のようなクチバシを持っており、恐ろしいことにそのクチバシには本当の斧のように刃が付いており、しかもガン○ムに出てくるザ○の武器のヒート○ークのように刃の部分が高熱を帯び、鋼鉄の盾でも焼き切ってしまうという。
でもまあ、ドラゴンクリスタルの必殺技の炎の剣の一撃でもそうだけど、いくら高熱でもすぐに斬れるとは思えないので、何らかの作用が働いているんだろう。超高熱なら別なのかも知れないけど、そんな高熱だと色々弊害とか出そうに思う。
話を戻そう。他にもアックスビークは、人より速く走れて足裏による強力な蹴りは殺傷能力が高いという。そんなわけで、1対1ならともかく、群れをなして出現したこの魔物との戦闘は、遠距離攻撃が主体となる。
隊は20名ほどで、昨日までは馬や馬車で、現在はほとんどの者が徒歩で移動中だ。
馬を使って逃げつつ遠距離攻撃できればいいのだが、アックスビークは馬並みに速い。馬で畑を走って被害を出すわけにも行かないし、そもそも農作物と高低差が邪魔をする場所では馬は転倒したり大したスピードが出せなかったりするんじゃないだろうか。だが、アックスビークは大きな2本足でそういった場所でもかなりの速度で走ることが出来る。
そんなわけで、偵察や大怪我した者を運ぶ為や、何か緊急の用の為に数名だけが馬に乗っているが、畑に入れば置いていくことになる。
部隊の構成は、遠距離攻撃を行う弓使いがメインで約半数ほど。リヴィオもその中に含まれている。彼女は弓もそれなりに扱えるらしい。それから、同じく遠距離攻撃を担当する魔法使いが何名か。あとの者は、もしもアックスビークに詰め寄られた際、彼らの盾役となる。
俺もその一人に組み込まれていたのだが、俺の狙いはクリスタルだったので無理を言って自由にやらせて貰えることになった。この辺は、名が売れていてよかったと思う。
ところで、アックスビークは二ヶ月ほど前にも同じように西部の農場に出現しているのだが、今までそのようなことが起きた前例は無く、そもそもアックスビークの生息地とは距離がある為、人為的な可能性が疑われている。
他にも国のあちこちで不自然に魔物が出現していたので、闘技大会を開催させる為の脅しや損害目的ではないか。俺とリヴィオはそう考えていたのだが。
「だけど、大会の開催はもうとっくに決まってるよなぁ」
「開催が決まって魔物たちの出現が止まれば、ますますその為にやったのだろうとレンヴァントの者が疑われることになるわ……。ほ、他には、将来の戦争の為に更なる損害を与えておきたいなどといったところか……いや、ところだわ」
返事をしたのはリヴィオだ。昨日から、口調がおかしい。
理由を尋ねようかとも思ったのだが、リヴィオも婚約の件や男勝りに育てられた家の存続の問題から開放されて、女の子らしくしたくなったのかと思い、余計なことを言うのはやめておいた。
だが、ぎこちなくて顔も赤く、慣れてないだけじゃなくて明らかに無理をしているように見える。
「なぁリヴィオ、やっぱり気になってしょうがないから、聞いていいか……?」
「な、なに?」
「そのしゃべりかた、どうしたのかなーって……」
「うぅっ! そ、そ、それは…………」
「男らしくする必要はもうないから、女らしくしようってことか? 無理してるように見えるけど、そんな頑張らなくても、少しずつでいいんじゃないか?」
「む、無理してるように見えてた……の? へ、変か?」
ずっと無理し続けていたのか、綺麗な赤い瞳が涙目になってしまった。
ぶっちゃけ、その口調ちょっと気持ち悪いとは口が裂けても言えないな。
「いや、リヴィオがそうしたいってんならそれでいいと思うけど……」
「わ、私はロゴーに意識して欲しくて……ああ、いや、な、なんでもない!」
「へ……?」
え? 俺に意識して欲しいって聴こえたような……。だからあんな口調にしてたってのか? え、あれ? リヴィオって俺のことを……?
「あ、ああ! そうだ! ロゴーはその、どっちの話し方がいいと思う!?」
「前のほう」
混乱していたせいか、食い気味に答えてしまった。
「えっ……。だ、だけど……お嬢様口調のほうが、その、女性として魅力的に感じたりは……?」
「いやぁ、普段のリヴィオの男っぽい口調のほうが、ギャップがあって逆に引き立って感じるよ。まぁ、お嬢様口調に慣れてくれば別かもだけど……どうかな……」
慣れるのにすごく時間が掛かりそうな気もする。
「だが、ロゴーは前の口調のほうがいいのだろう?」
「ああ」
「そ、そうか……。…………そうか~~」
まるで立位体前屈をしているかのようにリヴィオが頭と両手を前に垂れるので、俺は噴き出しそうになるのを堪えた。
それから暫く、リヴィオの先程の言葉を頭の中で反芻していた。




