第6話 vs.スライム
押し寄せる人波の強勢に、自分からスライムに近づくのが困難だった俺は、高くジャンプした。
斜めに跳んだ俺は崖の壁面を蹴り、前方から迫ってきていたスライムの背後に着地する。
そこでは最も先頭にいて、難を逃れた兵士たちが道に転がる赤子と化した兵士たちを避けつつ、スライムを槍や剣で突き刺したり斬ったりしていた。
しかし、スライムの移動速度が遅いとは言え大量の赤子に道を塞がれ、数名しかスライムに追いすがれていない。
そのうちのひとりの武器も今、スライムに飲み込まれ手放すことになってしまっていた。
突然、降ってきた俺に彼らは驚いた様子を見せた。
この変身後の姿も珍しいだろうしな。
俺の異様に気圧されてか、彼らは場所を空けてくれた。
「行くぞ……」
俺はスライムに飲み込まれないよう慎重に、正拳突きを放ってみた。
パンチは、ずにゅん、とスライムの中に潜り込んだ。
素早く引き戻そうとしたがスライムが腕にくっついてきて無理だった。
多少、力を入れると引き抜けたが、変身してパワーがあるおかげだ。生身の兵士では大変だろう。
俺のパンチで少しスライムの細胞が死んだようで、じゅわあっと音がして、蒸気を上げて溶けて消えたが、ほんの僅かだ。
やはり相性が悪いな。
次に、俺はリヴィオから借り受けた剣を鞘から引き抜き、薙いでみた。
スライムが割れると、じゅわあああっと音がする。
刃先から50センチ程度を使って斬ったが、勢い良く薙いだおかげか、刃はあまりスライムに囚われることもなかった。
だが、それでも細胞のごく一部だ。
倒すにはこれを何万回もやらなければいけないんじゃないか?
これじゃダメだな。
剣を鞘に戻そうとして、刃こぼれがあるのに気付く。前にもあったっけ?
俺は鞘に戻した剣を、道の端に放り投げた。
次は本命、紅いクリスタルだ。
ドラゴンの紅いクリスタルということは、強力な炎の攻撃ができるのだろうか。期待してしまう。
俺は、ベルトにセットしていた蒼いクリスタルとそのクリスタルを入れ替え、レバーを下げた。
『ドラゴンクリスタル』
ベルトからそう音声が発せられると、クリスタルが紅く光り輝き、黄金色の輝きが全身を包み込んだ。
輝きが収まると、マスクの眼がクリスタルと同じ紅色の光を放ち、次第に消えた。
どうやら、眼の色が蒼から紅に変わったようだ。
うう、早く鏡が見たいなぁ。
実は今朝方、俺はひとりキャンプ地から離れ、変身して色々と試してみていた。
レバーによる必殺技は何種類もあるわけではなく、一種類だけのようだ。残念。
てかキックグレネードって、どう考えても爆発するの余計なんだけど。
でも自分が観てきた変身ヒーローものの、敵の怪人を倒したら爆発するってとこが願望として反映されたんだろうなぁ。
爆発してほしい、って気持ちはあるし。
ドラゴンの背中に乗ってるときに爆発しないで欲しかったけど。肉片も飛び散らないで欲しかったけど。
また、重要なことがわかった。
ベルトを出現させた状態で「説明」という単語を用いて尋ねれば、その内容について知っていれば簡単なことなら教えてくれるのだ。
その際は、最初に変身したときのように、脳内に渋くカッコイイ男の声がする。
男の声というか、これきっと堤○一ボイスだ。
俺の願望が反映されたらしい。すごい嬉しい。
まぁ「説明」って単語を用いることこそ説明しとけよってカルボのヤツには思ったけど。
紅いクリスタルも調べたかったが、軍の撤退が決まり、その準備の手伝いなんかをしていたら時間がなくて、使うのはこれがぶっつけ本番なのだ。
でもスライムに襲われるってわかってたら、紅いクリスタルの使い方だけでも聞いとけばよかったな。
そう思いつつ、俺はベルトにその使い方を尋ねた。
すると、頭の中で声がした。
――願えば、炎を出せる――
――使い方は、工夫次第――
――レバーを倒すと炎の剣を呼び出せる――
成程、紅いクリスタルだから予想はしてたけど、やっぱり炎が出せるのか。
必殺技の炎の剣は、ワクワクしちゃうなぁ。
ちなみに、細かく説明しろと言ってもイイ声で、
――不明だ――
と返答されて、わからない。
ベルトに知能は無いようで、質問に対し機械的に答えているのだろう。
「よしっ。とりあえず炎よ、出ろっ!」
腕を前方へ伸ばし、掌から炎が出るように願うと、それに応じて炎が吹き出た。
「おおっ! 出た」
手から炎が出てるけど、あまり熱く感じないな。
使い方は工夫次第って言ってたな。ふーむ。
俺は両手を前に突き出し、炎よ出ろと願ってみる。
すると、願い通りにスライム目掛けて、両手から火炎が放射された。
「更に広範囲っ!」
俺の願いを反映し、炎はスライムの広い範囲を焼き焦がす。
おおっ、イケそうだ。
そう思ったのだが。
炎の熱で蒸発する部分もあるのだが、熱がそこまで至らない部分が硬化してしまい、炎を阻害して内部を焼くに至らない。
やがて硬くなった表面は剥がれ落ちるのだが、時間がかかる。
斬りまくったほうがいいかも知れなかった。
なんてこった。
この紅いクリスタルなら通用すると思ってたのに。
工夫次第でなんとかなるのか?どうすりゃいいんだ?
「工夫、説明!」
――不明だ――
だよなー。
……一点に集中してみるか。
スライム目掛け、炎を一点に収束させたイメージで放ってみる。
更に、力を込めて強い火力を放出するイメージを行うと実際に火力が上がり、先程より強力な炎が発せられた。
だが、やはり熱で硬化した部分が邪魔になる。広範囲に攻撃するより効果も薄かった。
「こうなったら仕方ない……ん?」
などとやっていたら、スライムがこちらに標的を変えた。
ぶにょんぶにょんと迫ってくる。
赤ん坊と化した兵士たちが地面に転がっていて邪魔だが、逃げる分には問題ないな。
と思ったら、そのうちのひとりに足を掴まれた。
「あばー。あびゅー」
見ると、筋肉隆々のゴツイおっさんのゴツイ右腕が俺の脚を掴んでいる。
ちょ、離せ!
振りほどこうとしたら、ゴツイ左腕も伸びてきて両手で掴んできた。
「や……ヤバ!」
俺はとっさに必殺技を使うため、レバーを下げた。
『ブレイズブレイド』
すると、俺の眼前に炎が現れた。
宙に浮かぶそれは広がり、炎の剣となる。
柄も鍔も、全体が燃えている。更に太陽の表面のように炎が剣全体から吹き出している。
手に取って大丈夫だろうかと頭をよぎったが、スライムが近くまで迫ってきていて確かめる余裕はなかった。
宙に浮かぶその剣を掴むと、ずっしりとした重さを感じた。
手に持つと熱かったが、握っていられないほどではない。
「うおぁああ!」
俺は、すぐ目の前まで近付いてきていたスライムに、両手で持った炎の剣を振り下ろす。
スライムの粘性に捕らわれることなく切れ目を入り、スライムの身体からは、じゅわあああっと今まで一番大きく蒸気が吹き上がった。
スライムの動きが止まる。怯んでいるのだろうか。
よし、この隙に足を掴んでいるおっさんの手を――って、しがみ付いとる!
剥がそうと屈もうとしたら、再びスライムが前進してきた。
「うわっ、うわあぁあ!」
俺はスライムの身体を斬りまくった。
広範囲の火炎放射よりも効率はいい。流石、必殺技だ。
だがこれでも、あと何千回斬ったら倒せるのかという感じだった。
そして、迫りくるスライムは俺の足にまで届いてしまった。
ばぶばぶおぎゃーの刑に処されてしまう?
変身しててもそうなるのかはわからないけど、もしそうなってしまったら、せっかく変身ヒーローになれたのに酷い醜態を晒してしまうことになってしまう。それは嫌だ。
あげく、そのまま養分を吸われて死んでしまうかも知れない。
「うおあああ!」
恐怖に駆られた俺は、足にへばり付いたスライムとマッスル赤子おっさんの手を乱暴に振りほどいて、転がるように逃げた。
マッスル赤子おっさんは、その場でずにょんと前進するスライムに再び取り込まれたが、スライムが移動してその場から離れると、おぎゃーおぎゃーと泣きだした。
近くで寝転がっている赤子兵士たちも同様に取り込まれたり解放されたりしている。
フルフェイスの兜を被った男の兵士のおぎゃあああ、という籠もった声が聞こえる。
イケメンの男エルフはきゃっきゃと無邪気に笑い、髭面の老兵は取り込まれたショックかお漏らしをしているのが見えた。
俺は転がる赤子兵士たちを踏んづけないように注意しながら逃げた。
邪魔で困るな。
すると、赤子兵士と赤子兵士の間を跨いだところで、また足をぐっと掴む感触がした。
下を見ると、露出の少ない踊り子のような格好の、杖を持ったナイスバディな若い女性が、胎児のような格好をしてこちらを潤んだ瞳で見ている。
魔法使いだろうか。
出会ってすぐに、赤ちゃんプレイ。
そんな言葉が俺の脳裏に浮かんだが、すぐにかき消した。今はそんな場合ではない。
「ロゴ―! 平気か!」
巨大なスライムの向こう側、いつのまにか馬に乗ったリヴィオが近くまで来ていた。
「平気だ! 危ないから、下がってろ!」
あいつ……さっきまで赤子のようになるのが嫌で、青い顔して震えてたってのに。
いや、今もそうか。あんなになりながら、あいつは俺を放っておけないのか。
本当にお人好しだな。と、思ったのだが。
「そっ、そうしたいのだが、後ろからもう一匹のスライムが迫ってきててな。うあっ!?」
馬上でバランスを崩しそうになるリヴィオ。
後ろから押し寄せてきた人の波が馬にぶつかったのだ。
先頭のほうの人々が波に押されて、スライムへと突っ込んでしまう。
「うわあああ」
「うべぇええ」
「止まれ! 止まれって!」
「おぎゃああああ!」
赤子になった兵士が踏まれたのか、悲痛そうな泣き声を上げた。
俺は巨大なスライムのこっち側、つまり一番先頭にいて難を逃れた人々に向かって言う。
「アンタら、ずっと先へ走ってくれ! 急いで!」
道の先を指差して、そう声を張り上げると彼らはその声を受けて道の先へと進み始める。
「急いでくれ! ずっと先へ、早く! 必殺技を使ってみる!」
俺が急かすと軍勢の中で号令が飛び交い、どんどんと離れていった。よし。
スライムはなかなかの移動速度で俺に迫ってくるので、スライムの後ろから迫ってくる人の波よりも早い。
転がる赤子兵士たちをぶにょんぶにょんと乗り越え、スライムは後ろの人たちを徐々に引き離していく。
やがてスライムと俺は、他の人々と距離を取ることができた。
俺は、あの倒した敵が爆発するキックの必殺技を使うため、紅いクリスタルをと蒼いクリスタルを入れ替え、レバーを下げた。
すると、驚きの音声が流れたのだ。
『ゴロークリスタル』
…………え?
最初に変身するときにはクリスタルの名前の音声は流れないので、蒼いクリスタルの名前、初めて聞いたんだけど、ゴ、ゴロークリスタル?
だ……だs……いや、考えるな。そんなことはないっ!
自分の名前の入ったクリスタル、カッケェー。自分の名前が入るとか、マジパナイ。超ウケる。いや違った、ウケない。カッコイイ。
俺はクリスタルを入れ替え、蒼いクリスタルの形態に変身している間に、そう自分に言い聞かせた。
気を取り直そう。今は時間もない。
そして変身完了後、再びすぐにレバーを倒した。
『キックグレネード』
ベルトから必殺技の音声が流れ、変身した俺の足が熱く、蒼く輝く。
これで倒せるとはあまり思えない。
粘液の塊に飛び込むのはリスクがある。
だが、チンタラしていたら人の波に潰されたりして、死人が出てもおかしくない状況だ。
弱体化できれば光明が見える。
「効いてくれよ、頼む!」
俺は高々と跳び上がった。30メートルくらいだろうか。
そしてスライムの中心に目掛け、隕石のように落下する。
スライムの中心部に大穴が空いた。
光り輝くキックの必殺技による衝撃と衝撃波で。
俺から円形状に吹っ飛んだスライムの、キックを受けて死んだ部分の細胞が爆発を起こした。
視界一面、爆発で埋まる。
キックで吹っ飛ばしたおかげで爆風を浴びた程度で済んだ。
連鎖するように爆発が聞こえるのは、あちこちで死んだ細胞の固まりごとに爆発しているからか。
そして、爆発で吹っ飛ばされたスライムが、四方八方に飛び散っていった。
「あ」
飛び散ったスライムの塊のひとつが、馬上にいたリヴィオに直撃した。
大きめのやつだ。
その塊に上半身を包まれたリヴィオが落馬した。
怪我をしないか心配したが、上半身を包んだスライムがクッションになって助かったようだ。
俺も助かった。自分の失態で怪我をさせるところだった。
「おぎゃあ! おぎゃああ!」
……赤子にはさせてしまったけど。
遠目に、胎児のポーズで大泣きしながら大股を開いているリヴィオが見える。
嫁入り前の娘になんちゅうことをさせてしまったのか。
俺は心の中で詫びつつ、リヴィオが元に戻るまできちんと面倒みようと決意して、スライムへと意識を集中させるのだった。