第68話 いっしょにつれてって
菜結の治癒魔法により指の怪我が完治したエステルは、レンヴァント国の首都、都市レンヴァント方面へと向かう乗合馬車に乗り込んだ。
先程、菜結とペネロペには別れを告げてきたので、見送りはない。
都市レンヴァントまでは、2週間かかる長旅だ。直通の乗合馬車が存在しない為、街々を点々としながら向かっていく。
3時間ほど馬車に揺られていただろうか、乗客10名ほどの幌馬車の奥の毛布が蠢き、中から小さな女の子が現れた。
「なっ、なっ……! ナユちゃん!」
まさかの菜結の登場に、呆然とするエステル。
菜結はいつもの服とは違う、継ぎ接ぎだらけのワンピースを着ていた。ペネロペが友人から譲り受けたもので、それにまた継ぎ接ぎをしたり、刺繍を施したり、一部に柄の入った布を接ぎ合わせたりして、お洒落であまり見窄らしくは見えず、エステルは感心した。
「えずでるおええぢゃ……きぼぢわるぃ……」
菜結はそんなワンピースをひらひらとさせながら、揺れる馬車の中をよろよろとエステルの元へとやってきて、その身体に倒れ込んだ。
「ど……だ、大丈夫? どうしてここに……」
「よっちゃったの……う、うう……。でもね、あのね……よっちゃったけどね……なゆも、いっしょにつれてって……」
「だ、だめだよ!? こんな旅に連れてなんていけないよ」
「でも……えすてるおねえちゃんのおはなしきいて……おにいちゃんはきっと……ついていきたかったっておもったの……。だがら、おにいぢゃんのかわりに……うぷ……なゆがついでって、えすてるおねえちゃんのてだすけ、する……!」
「な、な……ナユちゃん……!」
兄の意志を継いで兄に会いに行くのではなく自分を選んだ菜結に、エステルは鳥肌を立てて感動した。
菜結の頭をふとももの上に乗せると、艶やかな黒髪を撫で擦る。以前、吾郎にそうしたように。先日、ペネロペがそうしていたように。
一人称を変えている途中なのか、興奮したり余裕がなくなると、わたしからなゆになるのをかわいく思い、慈しみながら。
「……ペネロペには、内緒で来たんだよね……」
「ううん……ちゃんと、はなしてきたよー……」
「ええっ? 反対されなかったの?」
「これ…………おてがみ」
菜結はか細い声でそう囁くと、ワンピースのポケットからペネロペの手紙を取り出し、エステルに手渡した。
手紙は要約すると、こんな感じに書かれていた。
冒険者ギルドの支部長が空飛ぶ少女の目撃情報にそっくりな少女がエステルとともにギルドに来ていたことを知り、先日、菜結を尋ねて家にやってきたこと。
支部長は信頼できると思われたし、隠して後にバレては不和が生まれるので、空を飛べることだけは伝えたこと。
冒険者たちにも菜結の存在は知れ渡っていて、万が一ということもあるので、菜結をエステルに預けることにしたこと。
申し訳ないが、都市レンヴァントに行って石化を治す秘薬のことを調べたら連れ帰ってきて欲しいこと。
その間に、都市アグレインまでの必要な旅費を工面するということ。
勝手ですまないということ。
「…………そうだったんだ……」
「うん……。おねがい……えすてるおねえちゃん。いっしょにつれてって……!」
重たげに身体を起こすと、正座をして頭を下げ、そう懇願する菜結。
「そ、そういうことなら……」
「よかったっ……!」
実は本当のところは違っていて、ペネロペは反対していたのだが菜結がエステルに付いていくと頑として譲らなかった為、都市アグレインで秘薬を調べて戻ってくるという条件付きでペネロペが妥協した結果であった。
菜結の身が万が一、危険になるということはあるし、こうすればエステルがまた無茶をしないで済むという思惑もあった。
「ところで、乗車賃は払ってあるの?」
「ししょーがくすりわたしてたー。ぺねろぺのくすりならいいぞーって」
「そっかぁ」
「おかねももってきたけど、くすりまだもってるー。けど、こーしょーはなゆじゃなくて、えすてるにまかせなーゆってた」
「わたしか~」
上手く出来るかなぁと苦笑するエステル。
だが、菜結が小さかったこともあり、ペネロペの治癒と痛み止めの薬と睡眠薬は、却って喜ばれるほどだった。
かくして、ふたりで都市レンヴァントへ向かったのだが――。
「うう~~ん……きぼちわるい~……」
菜結は吾郎と同じように、何日間かは酷い馬車酔いに悩まされることとなった。
「ゴローも酔ってたから、親に似ちゃったのかなぁ」
「……たぶん、おにいちゃんもそういういでんしなんだとおもう……」
「いでんし?」
旅の間、エステルは菜結から様々な未知のことを教えてもらった。
その中には空を飛ぶ為の重力などの知識も含まれていて、自分は長寿なのでいつか飛べる日が来るかも知れないと、エステルは小さく胸を踊らせる。
だが、まずは魔力を上げることと、風魔法のコントロールに力を入れることにした。
魔法にもよるが、野球などのスポーツと同じような感覚で、上手くなることが出来る。
菜結の治癒魔法もそうなので、エステルがしたような大怪我を治療する機会は、菜結にとっても貴重だった。
道中、菜結の変わった話は『妹が兄から教わった虚実を織り交ぜた話』として、馬車旅で暇を持て余した乗客たちに受けが良く、その愛らしさも相まって菜結は乗客たちに可愛がられた。
そうして二週間が過ぎ、特に何事もなく都市レンヴァントに到着した。
「ふああ~……」
「これはまた……。都市アグレインとは違った感じだね……」
「でっかい! ひといっぱい!」
「そうだね~。はぐれないように手を繋ごっか」
「うん!」
レンヴァント国は、金色の旗を掲げる国家だ。首都の都市レンヴァントでは、小麦を意味したその色に外壁や屋根を塗る建物が点在し、独特の光景を見せていた。
貴族街や城だけに防壁のある都市アグレインと違い、かつて城郭都市だったここは、その名残をまだ色濃く残している。
魔法の発達によって城壁を破壊されるようになり、城壁周辺の敵を攻撃するのに有効な、上空から落雷を落とす魔法なども広まり、土魔法によって短期間に壁や堀や塹壕を作ることも出来るようになった為、都市を囲む城壁はこの世界では廃れ始めていた。
エステルと菜結は石化を治す秘薬を求め、まずは冒険者ギルドを尋ねてみた。噂を知る者は多かったが有力な情報は得られず、次にこのあちこちの商業ギルドを尋ねてみたが、どこへ行っても取り扱っておらず、話によるとこの国のどの研究機関の成果でもないらしい。秘匿している可能性はあるが、それは商業ギルドなどにおいても同じことだ。
「ふえ~~。手掛かりなしかあ」
ふたりは反物も扱う服屋の多く立ち並ぶ、お洒落な人々の行き来する区域のカフェのテラスで、絞った果実のジュースを飲んで休憩を取っていると、随分と奇抜な格好をした若い男が、菜結に声を掛けてきた。
「キミィ、いいね、いいね~!」
「……わ、わたし?」
「そそ、キミ! その服! そんなの初めてみたよ~! ちょっと、立って見せてくれないかい?」
「……ねぇちょっと。変なことしたら承知しないわよ」
エステルが弓を手に取って凄むと、男はテラスの斜め向かいの服屋を指差しながら、慌てて弁明する。
「ちょちょ、ボクは怪しいヤツじゃないよ! そこの店の店長さ。この子が着てる変わった服に惹かれてね、ちょっと見に来たんだけど凄く素敵だね。これ、どこで?」
「これは、もらったふくをししょーがしたてなおしたのー」
足の届かない椅子からぴょこんと降りて、ワンピースの裾を広げて見せる菜結。
「ほほお~~……。そうかぁ、成程……。このノスタルジックなヴィンテージウェア、これは貧しい庶民が継ぎ接ぎしたものだね? けれども、ただそれだけじゃあない……。厚みのある布地や多少ビビッドな色柄物、それと刺し子の幾何学模様……これらを計算されたバランスの上に効果的に配している。それが、あまり貧相にも見えなく感じさせるな……。刺し子の模様は……これはトラスト地方で見たことがあるぞ。くるみボタンにも使っていて、良いな……」
「なにいってるかわかんない……」
「ああ、ごめんごめん! いやあ~、驚いたよ! 貧しい庶民の知恵が生んだウェアに工夫を凝らし、素晴らしくお洒落なファッションになっている。トレンドになり得るものだ。是非、次回のレンヴァントコレクションに発表するボクの作品に取り入れたい。この服、買い取らせてくれないか?」
「かいとら? かうの?」
「うん。それなりの額は――」
「や、やだ!」
菜結はワンピースの広げた裾を抱きしめるように閉じると、椅子に座るエステルの後ろにたたっと駆けていって逃げ隠れた。
「ううっ、そこをなんとか……。それなりの額は出すからさ」
「ぜったい、やっ! ししょー、じかんかけてつくってくれたもん!」
「そ、そうか~……。そうだよねぇ……。うぐぐ……わかった、じゃあせめてよ~く見せてくれないかな。ジュース飲んでていいから。ねっ?」
菜結はその言葉に頷くと、自分の椅子に戻っていってバックジャンプして腰掛けた。そのそばにしゃがみ込み、まじまじと服を眺める男を冷たい目で眺めていたエステルだったが、その様子につい吹き出してしまう。
「あはは。ちょっと変態っぽいね」
「ぐっ……ぼ、ボクは芸術の為にだね……!」
「ごめんごめん」
男はその後、服を見せてくれるお礼にここの食事を奢るから、その代わり菜結の服をスケッチさせて欲しいと言い出し、菜結とエステルは了承した。
菜結は男の視線に気恥ずかしそうに身体をむずむずさせながら、ほうれんげ草入りのスープパスタに喜んでいる。
そんな様子や通りの人々を見ながら、エステルは所感を口にする。
「ここって変わった格好の人が多いよね~」
「この通りには、流行の最先端の人間が集まるからね」
「へ~……。流行……。じゃあさ、石化を治す秘薬が買える場所なんて……知らない、よね?」
スケッチをする手を止め、男は顔を上げた。
「ボクは、ね」




