第67話 魔法の理の一部
「なゆもいくっ!」
その日の夜。
レンヴァント国の首都、都市レンヴァントに石化を治す秘薬があるということで、エステルがそこへ向かうと告げると、菜結がそう言い出した。
「ええっ。すごく遠いんだよ? ナユちゃんはお兄ちゃんに会いたいでしょ?」
「あとでいい!」
「えええっ!?」
「ダメだよ、ナユ。アンタみたいな子供、連れてけやしないよ」
「ししょー、どうして!?」
「どうしてって……。何かあったらどうするんだい。エステルだって、お前の兄に顔向け出来なくなっちまうよ」
「じこせきにんっ!」
「まぁた難しい言葉を……。ナユ、あんたがそう思ってても責任は大人がおっかぶっちまうもんなんだ」
「ううぅ……。でも、えすてるおねえちゃん、ひとりにするのしんぱい」
「うっ!」
年端も行かない子にそう言われ、ダメージを受けるエステル。
「だ、大丈夫……。今後は反省を生かしますので……」
先程、菜結に治癒魔法を掛けて貰って、半分ほど戻った自分の人差し指を見ながら、しょんぼりする。
「ナユ、アンタがついていったって、心配の種が増えるだけさね」
「でも……でも……」
「ナユちゃん。わたし、石化を治す薬が本当にあるのか、あったらいくらくらいするのか、調べに行くだけだから。大丈夫だよ」
「そのあとは?」
「え、そのあとは……。薬があったらどうにかお金を工面するか、高すぎて無理だったり、薬が無かったりしたら、またどこかへ行くつもりだけど……」
「……またあぶないことする?」
「……こ、今度はもっと気を付けるから……」
「しんぱい」
「うぅ……」
結局、ペネロペに説得されて菜結は納得したのか、それでその話は終わりになった。
エステルは最初、菜結を吾郎の元へ連れて行こうと思っていたのだが、菜結との別れを惜しむペネロペとすぐに引き離すのは可哀想で、菜結のことはペネロペに任せ、自分は都市レンヴァントに行くことにしたのだった。
それから、エステルは菜結が齎した魔法の理を教えて貰うことになった。
ランプに淡く照らされた居間で、小さなソファに3人で座っている。菜結は真ん中だ。菜結は「まほーこーざ」をやりたがったが、菜結の話を理解するには時間が掛かると、ペネロペはメモを取り出して語り始めた。
「魔法ってぇのは、実際に見ることで、脳内にその魔法のぷろぐらむってのが出来て、ある程度、進む。こいつが完成すると、魔法が発動できるようになる」
「なるー」
菜結が可愛らしくペネロペの言葉尻を後追いする。
「このある程度ってのは、見た人間の、その魔法に関連する知識の量による。そんでもって、普通、魔法ってぇのは見本を見せて貰って、あとはどうやって発動してるかとか、コントロールの仕方だとか、感覚だとかを聞いて、自分でも出来るように練習するわけだ」
「わけだー」
「うん」
「それも、ぷろぐらむを進める上で間違いじゃない。だけど、効率が悪いんさ。それよりも、イメージが大事なんだ」
「んだー」
「頭の中で、その魔法を使ってるところを繰り返し想像するのさ。そのほうがぷろぐらむが進む。更に、魔力を放出しながらそれを行えば、ただ想像するよりも、ずっと進む」
「むー」
「なるほど~……」
「他にも、その魔法を見せて貰ったりして、見るごとにでも進む。繰り返し見るほど、進みは悪くなるがね。また、例えばファイアボールなら、ただ飛ばしているところを見るよりも、何か対象に命中させてどうなるか見たほうが進む。その対象も、同じものだと繰り返す分、進みが悪くなる。違うものの場合、違いが大きいほど、進む」
「へぇ~……。わぁ、なんか、わくわくしてきた」
「ふふふ、そうだろう。ぷろぐらむの短いものなら、会得も早くなる。ナユ」
「んっ」
菜結はペネロペが手作りした布製の鞄から、透明の星型の魔石の付いたシンプルな魔法の杖を取り出すと、ボッと火の玉を出した。
「わぁ、ファイアボール……」
「ナユはたった15日で使えるようになっちまった。だけどねぇ、前も言ったけど、ぷろぐらむを進めて完成を早めるには、やっぱりそれに関する知識の量ってのが重要なのさ。ナユの場合は、火が酸素で燃焼するとかって知識があったのが大きい」
「さんそ?」
「空気には酸素ってもんが含まれてるんだそうだ」
「へぇえ……。ナユちゃん、5歳なのに賢いよねぇ」
「『子どもネイチャー』ってほんにのってたー」
好奇心旺盛な菜結は、父から買い与えられた子供向けの科学や医学の本などが好きだった。
菜結は父親と二人暮らしだったが、父は仕事で家を空けることが多かった為、よくそれらを読んで過ごしていた。
新しい知識を得ることは楽しく、菜結の知識欲を高め、記憶力のいい菜結はどんどん本の内容を覚えていった。
「あたしもその本、見てみたかったねぇ」
「もってきていいの、これだけだったのー」
そう言って、菜結は鞄からミニカーを取り出した。ト○カだ。それはサン○オのマ○メ○ディとコラボしたもので、吾郎が唯一、菜結にプレゼントしたものだった。
「へぇ~。かわいいね。車?」
「うん」
「馬車の車じゃないよ。自動車っていうそうだ。本物は、馬なしで人がそれを操るんだそうだ」
「そうかなーって思ったよ。なんだか凄いことばっかりで驚かなくなってきた」
笑顔を見せるエステルに、ペネロペもしわを増やす。
「ふふ、そうかい」
「でも、知識が重要ってどれくらいなのかな? 半分くらいぷろぐらむ進む感じ?」
「そりゃあ、ものによるだろうね。半分の場合もあれば、いきなり使えるようにだってなるかも知れない。こりゃあ例えだけど、ナユのファイアボールの場合、ここから都市アグレインまで行くところを、いきなり徒歩一日くらいの距離からスタートって感じじゃないかねぇ……。それくらい大きく違うらしい」
「そっか~。因みに、さっき説明して貰ったやりかただとどうなるの?」
「これも例えだけど、今までは都市アグレインまで徒歩で行ってたのを、馬車で行くって感じじゃないかね」
「そうか……。だけど、ぷろぐらむのことを知ってると知ってないじゃ大違いだよ」
「ああ、そうさ。今までは努力した末に諦める者も多かったが、ぷろぐらむが僅かでも進んでいて、いつか使えるようになることを知っていれば、話は別さね」
「だよね、だよね!」
自分も菜結のように空を飛べるようになれるかも知れない。エステルの胸はドキドキと踊った。
「まぁ、魔法によっちゃあぷろぐらむが長すぎたり進みが悪くて一生使えないなんてこともあるかも知れないし、発動に必要な魔力が足りないだとか、発動できるようになってからのコントロールとかは別だがね」
「そっかー……」
ちょっと落ち込むエステル。空を飛ぶのは難しいかも知れない。
それに、矢を風魔法で操るのは、やっぱり自分のコントロールの問題のようだ。いっそ、矢を自在に飛ばす風魔法を作ったほうが早いかもと考え、独自魔法の場合はどうなのか聞いてみる。
「独自魔法の場合は、こういう魔法が使いたいーっていう具体的なイメージが大事なんだそうだ。魔法を想像すればぷろぐらむはちょっとは進むが、漠然としたイメージだと形を保てず、いずれ消える。ああ、あと独自魔法に限った話じゃないが、風化してもぷろぐらむは崩れていくそうだ」
「へー……。やっぱり普通の魔法より難しいんだ?」
「一般的にゃそう言っていいだろうね。例えるなら、既存の魔法は見ることによって、もうそのぷろぐらむの本は手に入ってるんだ。そいつを書き写せば使えるようになる。独自魔法には本はなくて、自分で本を書くって感じかね」
「なるほど~……」
その後は、魔力量も使うだけじゃなくイメージでも増やせるということを教えて貰った。だが、そこそこ魔力量が多いなら、丸一日イメージしているより一日分の魔力を使ったほうが効率はいいそうだ。といってもほんのちょっとずつしか上がらないそうだが。
そうして、ふとペネロペを見つける目線を下げると、菜結がペネロペの膝ですやすやと眠りに落ちていた。
「あ、ナユちゃん寝てる」
「子供はもう寝る時間さね」
そう言って、骨と血管の上に濡れた布を被せたような皺の入った手で、優しく菜結の頭を撫でて慈しみ、穏やかな表情見せるペネロペの横顔を、エステルはじっと眺めていた。




