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変身ヒーローin異世界  作者: 鯨尚人
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第64話 vs.ジャイアントスパイダー

「うッ!?」


 巨大蜘蛛から放たれた糸をすんでの所で回避したと思ったエステルだったが、長い右耳に掠めて糸が僅かに付いてしまった。


「いっ……ッ……!」


 背後の地面に落ちた糸に耳が引っ張られ、エステルは後ろに大きくバランスを崩す。素速くダガーで耳の糸を切り裂いている間に、2射目の糸が蜘蛛から放たれ、それをなんとかダガーで受けながら躱した為に、刃の大部分が糸で覆われてしまった。

 それでも尖った先端で突けばある程度は有効だろうが、非力な自分では致命傷は無理だと、ダガーを投げつける。

 蜘蛛はそれを糸を放って失速させ、前足で払い除けた。


 エステルは考える。

 パラシュートはリュックの上部にあり、紐を引っ張ればすぐに出てくる仕掛けにしてある。しかし、道の両側は崖なのだが、どちらも垂直な崖というわけではない。飛び降りればパラシュートで減速する前に岩壁や地面にぶつかり、大怪我をしてしまいそうだった。

 巨大蜘蛛を戦って倒すのは難しい。

 少し崖を下れば、飛び降りても障害物がなさそうな箇所があった。急いで行くには危険だが、そこまでなんとか逃げ切れれば……。


 頭の中で地形を思い出し、下り方をシミュレーションしながら、固く結んだ命綱の結び目をほどこうと指に力を入れながら後退する。

 鮮やかな黄色の体をした巨大蜘蛛は、慌てるでもなくじりじりとそれを追いかけてきた。やがて、先程までと同じ距離を詰めると、再び下顎から糸を放ってくる。

 だが、放つ前の僅かな音を感知し、エステルはそれを躱す。二度、三度と躱したところで攻撃が止んだ。3回連続が限界のようだ。


「うぅ……くうぅう……っ!」


 唸り声を上げるエステル。固く結びすぎたロープがほどけなかった。ダガーを捨てたのは失敗だったか。リュックにはナイフが入っているが、いきなり距離を詰めてきた巨大蜘蛛に、取り出している余裕はとてもなかった。


 エステルは逃げながら、大きな失敗を2つもしたと後悔した。命綱を切っておけばよかったことと、3回攻撃の後に弓矢で攻撃出来ただろうこと。 腹や頭に命中させれば、倒せたかも知れない。

 死の危険がこんな形で身近に訪れたことに、彼女は助かることを強く願った。


 ロープが切れず、弓矢を再び手にしたが、攻撃は間に合いそうにない。道半ばで捕まればまず殺される。エステルは崖を降りることを決断した。

 登ってきたほうとは逆側の崖へ、急斜面を滑りながら下る。風魔法で降りる速度を弱めようにも、エステルがそれを使えるのは手からだけだったので、弓矢で塞がっていて使えないことをさっそく後悔した。身体をコントロール出来たのは最初の少しだけで、腕やお尻などを岩壁へ打ち付けながら落下し、約10メートル下でロープが伸び切って停止した。


「く、蜘蛛は……!?」


 苦痛に顔を歪めながら、身体の向きを反転させて上を見上げると、壁面を降りてこようとしている蜘蛛が視界に入った。素速く弓矢を構え、2本同時に射掛ける。先程のように3本撃たなかったのは、近くではないとそこまでコントロールに自信がない為だ。

 蜘蛛はさっと崖上に身を隠し、それを躱した。


「…………」


 暫くして、再び蜘蛛が顔を覗かせる。そこにまた矢を放つ。再び身を隠す蜘蛛。

 崖上の蜘蛛の動きに耳を傾けつつ、エステルは下に視界を移した。ロープをほどいてパラシュートを使って落ちるべきだろうか。見た感じ、あちこちぶつかって死んでしまうかも知れなそうだった。

 だったら蜘蛛を倒し、ロープを登るのが一番よさそうだ。


「風よ……」


 風魔法を矢に乗せる準備を整える。目を閉じ、兄との練習を思い出しながら。

 そうしているうちに、上で蠢く音が聴こえてきた。蜘蛛が回り込もうと移動しているようだった。

 崖上の道を右に7メートルほど行ったところで音が止まったので、そちらに弓矢を構える。


「お兄ちゃん……っ!」


 たったひとりの家族、最愛の兄を呼ぶ言葉を思わず口にする。

 崖上の蜘蛛がこちら側に移動してきた音を捉え、頭を出しそうな瞬間を狙って、1本の矢を射掛けた。

 頭を出した蜘蛛は矢に気付き、すぐに体を引っ込めたが、風魔法の乗った矢は、それを追尾する。


「ギギィイッ!」


 悲鳴を発し、崖の上でバタバタと激しく動く音が聴こえる。かなりの痛手を与えたようだった。

 だが、それは怒りを買った。


 エステルが腰に巻いた命綱のように、尻から糸を引いた蜘蛛がそれを利用し、飛び降りてくる。岩壁を何度か蹴りながら、重力を利用して降りてくる動きに翻弄され、放った最初の矢は外れ、2度目に射掛けた2本の矢は、下顎の糸を続けざまに2度放った蜘蛛に撃ち落とされてしまう。更に3度目の糸をエステルへと飛ばしてきたが、それは逆に矢を放って撃ち落とした。


(ここだ……!)


 攻撃が打ち止めになった蜘蛛目掛け、3本番つがえた矢を放つ。だが、数メートル横にいた蜘蛛は地面を蹴って下に降り、矢を回避してしまった。そうして、下から近付いてくる。

 身体を捻り、目が眩みそうな崖下側にいる蜘蛛に向かって弓矢を構え、再び3本、射出する。


 巨大蜘蛛は、逃げずに向かってきた。

 3本の矢が頭部の奥に脳がありそうな上部中央と、横に8つ並んだ目の、中央の大きな2つの目玉の1つと、その横の小さな目玉に突き刺さる。だが、蜘蛛の動きは止まることはなかった。そのままエステルへと向かい、その脚へと左右に開閉する上顎の先端に1つずつ付いた毒牙で襲いかかる。


「やっ……! 嫌ぁあ……!」


 脚を暴れさせ、蜘蛛の足や頭を蹴り、それを拒む。その攻撃を嫌がった蜘蛛は、エステルの頭のほうから攻撃しようと、壁を回り込んだ。


 巨大蜘蛛、ジャイアントスパイダーの岩壁での弱点は、その壁を歩く為の足だった。6本の足の先にはそれぞれ2本の爪と、爪の間には粘着液の付いた毛があり、これらと糸によって岩壁での体重を支えている。

 その為には常に5本の足が壁面に接触していなくてはならず、1本でも欠ければ岩壁に爪を使って掴まるなどして支えるところがない限り、歩くことは出来ない。1本くらいの欠損であれば、崖を怪我なく降りることは出来るが。


 エステルはこの足を狙えばよかったのだが、それはわからなかった。回り込んできた巨大蜘蛛の頭を、弓で叩いて毒牙を妨害する。なぜ蜘蛛は足を使って攻撃して来ないのだろうと脳裏によぎらせながら。

 弓を持たない片手では、ロープの結び目に鉄で出来た矢のやじりを突っ込み、懸命にほどこうと力を込めた。


 なかなか毒牙を刺すことが出来ず、蜘蛛はとうとう痺れを切らして、1本の足を使い始める。弓がその爪によって掴まれた。


「くぅ……っ!」


 力を込めても、弓は蜘蛛の爪から離れない。それどころか、強い力で手から奪い取られてしまった。

 そこに、巨大蜘蛛の油断が生まれた。エステルは弓の離れた手でロープを掴んでバランスを取りつつ、下半身を持ち上げて脚を思いっ切り突き出した。

 狙いは頭部に刺さった矢の後ろ側。釘を打ち込むように蹴りによって深く突き入れられた矢は、蜘蛛の脳へと達した。


「ギィイィ……! ギギィ……ッ!」


 暴れた巨大蜘蛛が、エステルへ伸し掛かるように落ちてくる。


「きゃああぁッ!?」


 その爪が、ロープを掴んだ。その上顎が、彼女の指を捉えた。

 蜘蛛の断末魔のような嫌な叫び声が、耳元に響く。

 エステルの身体にも掴まっていた巨大蜘蛛だったが、やがて力を失い、落下していく。体を何度も岩壁に打ち付け、2本の足がもげるのがエステルの目に映った。やがて、岩山の下の地面にまで転がり落ちた体は、そこに叩きつけられて動かなくなった。


「……うぅう……! うぅああ……! 指がぁあ……!」


 エステルは、自分の指を見てショックを受けた。右手の人差し指が無かったのだ。大量の血も溢れ出ている。

 だが、呆然としている場合でも、痛がっている場合でもなかった。嫌な音を立てて、ロープが切れそうになっていたのだ。

 切れ目より上の部分を左手で掴んだが片手では体重を支えられず、人差し指の無い右手でも掴むが血で滑ってしまい、エステルも落下した。


 壁側に身体を向けていた彼女は、岩への激突を回避するべく、思い切り壁を蹴って距離を稼いだ。そして、紐を引いてリュックのパラシュートを開く。そうしながら風魔法を壁方向に向かって放ち、更に距離を稼ごうとしたが、無くした指の痛みに集中を欠き、殆ど意味を為さなかった。

 パラシュートは開き、減速を開始したところで岩壁に引っ掛かってしまう。強い振動が走って落下が止まり、パラシュートの布がビリビリと裂ける音を発していた。


「…………。嘘、じゃ、ないんだよね………」


 その音を耳に入れながら、エステルは身体の向きを反転させ、辺りの景色を眺めた。

 青い空と緑の草原。指が千切れていたが、汗ばむ頬を僅かな風が撫でてちょっと心地いい。

 死と引き換えだが、兄を諦められることに、どこか少しほっとした。


 ガクン、と身体が少し下へ落ちる。パラシュートの布が一度に大きく切れたようだった。

 もうすぐ落下すると、諦めて大きな青い瞳を閉じた彼女だったが、脳裏に吾郎やリヴィオや兄の顔などが浮かんできて、やはり最後まで足掻こうと決めた。


 フックを付けたロープはもう無かったが、まだ崖登り用にと多めに用意しておいたロープがある。左腕を肩のほうから精一杯、後ろ手に伸ばして、リュックに入ったロープを取り出して腰に結ぶと、3本束ねた矢にロープを巻きつけ、辺りの岩壁を探る。20メートルほど先にある、り出した崖の壁面に、矢の入りそうな隙間を見つけた。


 パラシュートの布の切れる音に焦りつつ、慎重に矢をつがえる。人差し指が千切れていて、いつものようには引けないが、この3本の矢もロープを巻きつけてある為に、いつものつがえ方ではなかった。

 矢を放ったと同時、パラシュートが切れて落下が始まる。矢は岩壁の隙間へと吸い込まれた。やじりが岩を捉えたようで、そこを支点に身体がそちらの岩壁へと向かっていく。壁面に叩きつけられたが、風魔法で今度は多少勢いを弱められた。


 しかし、そこで詰みだった。

 これ以上、彼女には崖から脱出する為の道具も力も残されてはいなかった。

 後は偶然、誰かの目に止まることがあれば……。遠くの地面からは、たぶん人がぶらさがっているとわかるだろう。


「でも、助けようとする人なんて、いないか……」


 自嘲気味に笑った後、地面に黒い塊が見えた。なんだろう、人だろうか……。上の方は赤い。

 不思議と、それが段々と近付いてきているように見えた。目の錯覚だろうか。極限状態で、幻覚でも見ているのだろうか。

 エステルは夢の中の出来事のようにぼんやりとそれを眺めていたが、やがて、それが小さな人の姿に見えて、はっと我に返った。


「え……え……? 嘘じゃなくて……!?」


 それは、箒に乗って空を飛ぶ小さな女の子だった。黒いワンピース姿で、大きな赤いリボンを頭に付けている。


(ひ、飛行魔法……。それも、箒で!? 風魔法じゃあない……。こんなの、絵本の中の魔女じゃない……)


「おねえちゃん、だいじょうぶ!?」


 腰まである艷やかなストレートの黒髪の少女だ。前髪は、眉の下辺りで切り揃えられている。黒い瞳はジト目だが、可愛らしい顔をしている。そんな女の子が宙に浮かびながら、エステルにそう声を掛けてきた。


「ゆ、夢見てるみたい……。ええっと……」

「たすけがいる?」

「う、うん……」

「のって!」


 女の子が横に寄せてきた箒に跨り、命綱をほどいて一緒に空を飛んだ。そうして、岩山の麓の地面へと降り立つ。


「あ、ありがとう……。すごい吃驚びっくりしてるんだけど、夢じゃない……よね?」

「……? ゆめじゃないです。げんじつ」

「う、うん。だよね……。あなた、一体……。ああ、ごめん。私から名乗るね」

「おねえちゃん、けがしてる。みせて」

「え、あ、う、うん……」


 女の子はエステルの失われた人差し指に向けて、シンプルだが先端に取り付けられた、星型に成形された無色透明の魔石が凝っている杖を鞄から取り出し、魔法を掛け始めた。

 初級魔法では、上顎に挟まれて千切れてしまった部分の傷が塞がる程度だ。だが、上顎の先端部分の毒牙に刺されていたら、今頃、生きてはいなかっただろう。

 そう思いながら治癒魔法が施されている部分を見ていると、なんと少しずつ指が再生してきていて、エステルの現実感はまた損なわれることとなった。


「えええ……!? う、嘘……!?」

「だから、げんじつだよ?」

「いや、でも……。上級治癒魔法!?」

「ううん、これはそういうのじゃないよ。わたしのつくった、ちゆまほー」

「……ええぇえ……」

「じょうきゅうちゆまほーにくらべて、ずっとなおるのがおそいから、みっかぐらいかかっちゃうけど、なおしていーい?」

「……う、うん……。お願いします……。ええと、なんてお礼を言ったらいいか……」


 エステルはあまりの出来事に状況を上手く飲み込めずにいた。まだ小さな5歳の女の子がこんなに凄い魔術を使えて、助けて貰えていることに。


「ホントにありがとうね……。えっと、私の名前はエステル・ブラン。あなたのお名前、教えてくれる?」

「わたし、なゆ。黒木場菜結」

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