第63話 彼女の冒険
まとめサイトに載せて頂いたりしたおかげで沢山の方に読んで頂けて、感謝しております。ありがとうございます。
紹介文にあった女子向けは期待しないでください……。それと、出来れば初めのほうも読んで頂けたら嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。
(2017.1.3記)
時は遡り、エステルが黒木場吾郎に別れを告げて数日後――。
「うあ~~。やっぱりゴローに付いて来て貰えばよかったかなぁ~」
ここ数日間、長時間乗っている乗合馬車に揺られながら、エステルは頭を抱えて不安を吐露していた。
兄を救うべく必死だったときは、吾郎たちがいたこともあって兄を助けたい心が恐怖に勝っていた為に影を潜めていたが、彼女は臆病なのだ。
気持ちの勢いに任せて旅立つべく馬車に乗り込んだが、その後はすることもなく馬車に揺られている間に気持ちも落ち着いてきて、一人あれこれとこの先の長きに亘るであろう旅路のことや、その危険性などを考えているうちに、不安と憂鬱の芽が吹き出していた。
「いやいや、やっぱりダメだよね……。そう思ったから、断ったんだもん」
深い溜め息を吐いたところで、目的地が見えてきたことを他の乗客たちの会話で知る。顔を上げ、馬車の向かう先を見てみると、遠くに土魔法で作ったらしい壁が見えた。レンヴァント国の中でアグレイン国に最も近い街、トラストブルグを囲む土の防壁である。
エステルの最初の目的地はこの街の近くの岩山だ。そこの頂上付近に咲くという、石化を癒やす花の噂を確かめにやってきた。
(でも、ほぼ確実に嘘だろうけど……)
いかにもありがちな作り話だよね、と頭の中では思っているのだが、僅かでも兄を救う可能性がある限り、確かめざるを得ない。
馬車が街の中に入ると、エステルは顔をしかめた。街中は、茹だるような溽暑だった。
「あっづー……。もう秋なのに夏に戻ったみたい……」
隣国アグレインとそんなに離れていないのにも関わらず、レンヴァント国は湿度が高い。特に壁に囲まれ風通しの悪いこの街では、それが顕著だ。
馬車を下りたエステルは、湿った空気を掻き分けていくような気分で歩を進め、冒険者ギルドの門を潜った。氷の魔法が効いたギルド内は、冒険者たちで賑わっている。
黒髪をポニーテールで纏めた、人の良さそうな受付嬢の元へ向かうと、朗らかな笑顔に出迎えられた。
「いらっしゃいませ。あら、可愛らしいエルフさんですね」
「い、いやぁ、そんな……」
「貴方のような子がもっといてくれたらいいんですけどねぇ。ここは男ばっかりでむさくるしくって。それで、今日はどんなご用事でしょう?」
安価な情報料を支払い、岩山とそこまでの道のり、それら周辺の魔物について教えて貰う。岩山までは冒険者を護衛に付けようかと考えていたが、聞いた情報を元に受付嬢と相談の末、馬を借りて一人で行くことにした。
馬の速度と自分の耳があれば、大丈夫だろう。
「ところで、どうしてあんなところに? 何もありませんよ?」
「えっ、ええっと……あはは、ちょっと調査に……」
石化の花を取りに行くと言ったら笑われてるか呆れられそうで、エステルは黙っていた。しかし、その調査に行くというのは本当だから、嘘ではない。
「そうですか、お気を付けて」
受付嬢は依頼に関わることかと、それ以上は追求しなかった。
用事を済ませて入り口の扉に手を掛け、外の暑さに出るのをためらったエステルだったが、大きく息を吐くと、熅れる外へと足を踏み出した。
「うわぁ~~……。登れるの、ここ……?」
馬で岩山の麓までやって来て仰ぎ見つつ、エステルはそう呟く。
一般に、非力なエルフである彼女では、登るにはかなり大変そうだった。早朝から登ったとしても、夜までに頂上に着けるかどうかも怪しい。
(どうしよう……。冒険者ギルドで調査依頼を出してみようか。でも、笑われるだろうな。誰も引き受けてくれなさそうだし……。浮遊魔法でも使えればなぁ……)
エステルは一応、風魔法を使うことは出来る。と言っても少し強い風を起こせるくらいで、空を飛んだり兄のように放った矢を風魔法でコントロールすることは出来ない。岩山から滑落した際、少しは勢いが弱められるかも知れないといった程度だ。
「そういえば、アレなんて言ったっけ。ゴローが話してた……。ええと、ぱ、ぱ……? ぱらなんとか」
吾郎と雑談していた際に、エステルは彼のいた世界には気球などの空飛ぶ乗り物があると教えて貰っていた。そこから派生してスカイダイビングの話になり、その時に聞いたパラシュートのことを思い出していた。
「あれ作ろうかな……。それと、風魔法も練習しよう」
結局、名前は思い出せなかったが。
それから数日間は、材料を購入してパラシュート作りを安宿で行った。
この世界にも、パラシュートを発明した者はいた。実在した過去の変わり者の発明家が作ったもので、その発明家が様々な発明品を作って冒険するお話が絵本にもなっている。
エステルは布を縫い合わせながら、幼い頃、兄にその絵本を読み聞かせて貰ったときのことを思い出した。
「そういえば、あれも名前はなかったけど、ぱらなんとかだよね。確か、木材に麻が張ってあったっけ……」
兄との思い出は、沢山ありすぎて零れ落ちてしまう。エステルは兄を失ってから、思い出したことを忘れないようにと簡単にメモしていた。
彼女は臆病だった。
トリア村から都市アグレインに戻ったときも、一旦落ち着いてしまうと旅立つ決心が鈍りそうで、すぐに出発することにした。
メモに関しても、思い出を失いたくないという思いもあるが、こうしてメモを取り、それを読んで思い返すことでモチベーションを保たないと旅を続けられるか不安だった。
一生、兄のことは諦めきれないだろう。
しかし、旅を続けるかどうかというのはまた別の話で、思いを残しつつ、どこか言い訳をしながら罪悪感を抱えて暮らして行くかも知れないという恐れを持っていた。
時間があった為に馬車の中でそんなことまで考えてしまった自分に歎息を漏らし、エステルは黙々と作業を続けた。
その間に、エステルは冒険者ギルドに『石化を治癒する花の調査依頼』も出しておいた。自分で調査をするには、困難で危険も高いと思ったので思い切って。飛行魔法を使えるものはこの街にはいないそうだが、ドワーフのように力が強い種族などが引き受けてくれることを期待して。
冒険者の中には笑う者もいたが、エステルの事情を知り、同情する者も多かった。人の良さそうな受付嬢は、冒険者たちに依頼を受けるように働きかけてもくれていた。
「いやぁ、悪いけどそんな危険なこたぁ出来ねェよ」
「同情はするけどな……。石化を治す花なんて、あんなの俺が生まれた頃からある只の噂だよ。そんなもんに命を懸けるのは馬鹿のやることだ」
「……馬鹿なことだって、きっとよくわかってるんだと思いますよ……」
誰もに断られて、受付嬢は小さく息を吐いた。
「そういや支部長さんって風魔法の使い手だろ? 飛行魔法は使えねーの?」
「無理みたいです。10年前は飛べたらしいのですが、魔法の絨毯を火事で失くしてからは」
「そんなもんがあるんか。いいなぁ。俺もそれ欲しいわ~」
「絨毯があっても風魔法で高度な制御をせにゃならん。それが出来ぬのなら無理じゃのぅ」
そこへ丁度良くギルド支部長がやってきて、そう弁じた。白くて立派な髭をした、初老の男性だ。
「あ、支部長。今日もグッドルッキング・カイゼル髭ですね」
「ふふん、決まっておるじゃろう。海外の輸入品の良い油を使っておるからな。ところで、そんな話をしとるということは、見たのか?」
「え? 何をですか?」
「なんじゃ、違うのか?」
「だから、何がなんです?」
「いやぁ、ならきっと見間違いか何かじゃ。気にせんでくれ」
支部長はそのことがエステルの耳に入ることを恐れ、誤魔化した。
「よ、よっしゃー! 登るぞぅ……!」
行きの道中は2人の冒険者に護衛に就いて貰い、岩山の麓までやってきたエステルは気を吐いた。
エステルの事情に同情した2人は励ましの言葉を贈り、帰路に就く。帰りの護衛は無しだ。
登山を開始したエステルの荷物は、出来るだけ軽装備にしてある。と言っても泊まりがけになる可能性も考慮した水や食料、もしも魔物に襲われた際の武器、命綱と崖登り用に用意したロープなど、なかなかに重い。
一般に、人間より身軽で木登りが得意なエルフだが、これだけの荷物があってはこの岩山を軽快には登れない。かと言ってそれらの荷物がなければ、岩の足場が崩れたりする危険性のあるこの山は登れない。
滑落に気を付けながら、高低差の高い段差を大股を広げて上がったり、よじ登ったりしながらエステルは進んでいった。
「うあぁああ~~……。怖すぎる……」
臆病なエステルではあるが、度胸はある。脅えながら、もうやめたいとも思うが、気持ちが折れることはなかった。それが、いいとは限らないが。
岩山といっても草木も所々に生えていて、ある程度登ったところでエステルは木に命綱を巻きつけた。ある程度進んでは、命綱を新しく繋げられるところに変更していく。
ふと下を覗くと、目が眩みそうになった。
「やっぱり、時間かかっちゃうなぁ……」
朝日が昇る前から出発してきたが、登頂する頃には日暮れ頃になりそうだ。暗くなってからでは花を探せないので、夜明けを待たなければならない。
だが、とにかく今は安全第一で進もうと、休憩を挟みながらマイペースで登っていき、昼過ぎになって一番の難所といえる大きな絶壁の前にやってきた。
フックの付いたロープを、崖上の岩場に何度が投げ込む。手応えがあったので思い切り体重をかけて引っ張り、大丈夫そうなのを確認して、崖を登り始める。そうして、飛び降りれないくらいの高さまで進んでところで、エステルの耳が何かの蠢く音を捉えた。
「え、ちょ、ちょ……! ウソ……!」
十数メートル向こうの岩陰から、体長2メートルはあろうかという黄色い巨大蜘蛛が姿を現し、崖にロープでぶら下がるエステルへと向かってくる。
「うわっ。いやあああ!」
ロープを急いで滑り降り、勢い余って尻餅を付き、臀部を岩の地面に打ち付けてしまう。
「いぎっ、いったぁああ……!」
しかし痛がってばかりもいられない。涙目になりながらリュックに取り付けた弓と矢筒の矢を手に取ると、巨大蜘蛛目掛けて射掛けた。
「う、嘘ー-!?」
だが、放った矢を蜘蛛は上顎から放った糸で撃ち落としてしまう。
「だったら……!」
エステルは兄エルトゥーリのように風魔法で矢の軌道は変えられない。だが兄仕込みの弓の腕前は、エルフの中でも上位だった。
5メートル程まで近付いてきた蜘蛛に、今度は3本同時に矢をつがえ、引き絞ったその手を離す。
「お願い……!」
2本の矢が糸に撃ち落とされたが、1本は蜘蛛の横に8つ並んだ目の1つに突き刺さった。
「浅い!?」
だが、目から奥の頭部へは矢は刺さらず、致命傷を与えるに至らない。
目前まで迫ってきた蜘蛛に、エステルは腰の皮鞘からダガーを引き抜いて対峙する。
こんなところに蜘蛛がいるなんて思わなかった。調査不足だ……。命綱は数メートル後ろの木に結んであり、一瞬それを切って逃げ出そうかと考えたが、足場の悪い岩山を急いで逃げ降りれるとは思えなかった。
「こんなところで死ぬなんて、冗談じゃない……!」
じりじりと距離を詰める巨大蜘蛛から、彼女へと糸が放たれた。




