第62話 理由
ガラードが、ラファエルを負かした……? アイツ、そんなに強かったのか……。
「ヌァア! あのときは奴が対ヴァンパイア戦での対策をあれほど講じておったからだ! 吾輩は負けを認めてはおらん。次は勝つ! ……ヌ?」
そう怒鳴ったラファエルは、眉間にしわを寄せるリヴィオの様子を見て、シャープな顎を擦りつつ問い掛ける。
「なんだ? リヴィオといったな、貴様、あの男と知り合いであったのか?」
「ああ……。私ももう縁を切ったのだがな……。ロゴーも、殺されかけたのだ」
「ほう……クロクィヴァが……。リヴィオよ、詳しく聞いてもよいか?」
「……わかった。その代わり、そちらの話も聞かせて欲しい」
そうしてリヴィオはガラードとの経緯を語って聞かせた。
アンバレイ家の再興の為、父親が魔石の採掘権を譲渡する代わりに取り付けた自分の縁談の相手がガラード・フールバレイであったことや、ヤツが自分を検分しに来た際、文句を言った俺が殺されかけたことなどを。
「……馬鹿な真似をしたものだな、貴様の父親は」
「私も、まったくそう思います!」
ルーシアが賛同し、力強く頷いた。
「ああ、その通りだ……。父様の願いに応えなければという想いに囚われなくなった今にして思えばな……。縁談の話など、向こう次第でいくらでも突っぱねられる。あちらにして見れば、会ってみて器量が良ければ側妻にしてやろうくらいに思っていたのだろう」
「そのことではない。貴様にとっては望まぬ相手だったのだろう?」
「……ああ。そう思ったのは実際に会ってからだがな……」
「そのような相手を、家の再興なぞの為に娘の婚約者にすることを言っておる。吾輩ならば、愛する家族にそんなことは決してさせん」
「……父様は、無念だったのだ……。無念だったのだよ……」
「……優しい娘だな、貴様は……」
ふたりの会話は聞いていたルーシアは顔を伏せると、「お人好しが過ぎるんですよ……」とつぶやいていた。
それから、今度はラファエルたちがガラードとの話をしてくれた。
かつて、コンスタンティア・シュタインバレイ博士は自身が立ち上げた研究所に、貴族である自分の家からだけでなくフールバレイ家からも人工魔晶石を開発、生産する為の出資を受けていたという。
将来的に人工魔晶石によって得られた利益の一部がフールバレイ家の懐に入る。そういう契約がなされていたのだが。
「でも……フールバレイ家の狙いは人工魔晶石の製造法や、研究所の研究成果全てだったの……。研究員にスパイもいたし……」
研究所は人工魔晶石の開発に成功したが、その作製にはコンスタンティアの独自魔法が必要だった。その会得は他の者には困難で、1年半経っても誰にも使うことが出来なかった。
その間に、人工魔晶石は時間が掛かるが高い魔力を有したものが作製できるようになった。これは、魔石の採掘ではなかなか発見できないレベルの魔力を持つ魔石だった。
更に、コンスタンティアは風を操るのとは別の飛行魔法をも会得していた上に、研究所では人造人間の研究までもが形になりかけていた。
「その為、コンスタンティアの能力とその成果を欲したガラード・フールバレイは、吾輩と恋仲だったコンスタンティアを妻にし、フールバレイ家に取り込もうと企ておった。まァ当然、阻止してやったがな」
「その結果が、今の状態……」
フールバレイ家と対立したラファエルは、ガラードとの死闘に破れ、コンスタンティアとともに都市アグレインからなんとか脱出し、ここに拠点を構えたのだそうだ。
すると、話を聞いていたリヴィオが何かに気付いたように顔を上げた。
「……そうか。だから、この場所に住んでいるのか。ここならばゾンビが行く手を阻み、ヘルハウンドを従わせて守らせることが出来る……。ここの情報は街で噂話を聞いてきたルーシアから知ったのだが、お前たちは意図的に自分たちの居場所の情報を流し、フールバレイ家を迎え撃とうとしているのではないか?」
「ほう……よくわかったな。その通りだ。コンスタンティアの実家のシュタインバレイ家がフールバレイ家を監視しておってな。奴らが動けば挟撃する手筈になっておる。上手くすれば奴らの研究所などでの悪事をこの国に証明できるかも知れぬしな」
彼らは、半年ほど前からここで待ち構えているのだという。俺だったら、自分を殺しに来る敵を待つ日々は嫌だな……。
「でも、来ないのよね……。来るのは、魔物のヴァンパイア討伐の依頼をされた冒険者ばかりで……。依頼主も、大元はフールバレイ家だと思うのだけど、あいだに何人も挟んでるみたいで……」
ふぅ……とコンスタンティアが溜息を吐く。
「貴方たちのことも最初は主人を殺しに来た冒険者かと思ったわ……。でも観察してて、違うみたいだったから……」
「だからといって、迂闊に近付いたのは感心せんな。そこの見知った鍛冶師やメイドの子供も、お前を油断させ捕まえる為の罠かも知れんだろう?」
「そんな風には見えなかったけど……。今までそんなこともなかったし……」
「手段を変えてこないとも限らぬだろう」
「むー……。でも、そうね……。心配してくれてありがとう……ごめんなさい……」
「ヌ、ヌゥ……。わかればよいのだ」
ラファエルは照れたようで視線を逸らした。顔がちょっと赤い。
「……あなたにも、謝っておくわ……ゴロー……」
「ん? 決闘のことか?」
「ええ……。私、貴方なら多分死なないと思ってフランケンと決闘させたけど、よくなかったわね……。あなたの力を見て、研究者としての気持ちが昂ってしまったの……。それに、魔人である主人と一緒にいるせいで、倫理観が緩くなっているのかも……。ごめんなさい……」
頭を下げるコンスタンティアの薄い銀色の髪が、重力でさらさらと身に纏った白衣を滑り、肩から流れ落ちていく。
「お詫びも貰ったし、もういいよ。それに――」
「……?」
それに、ずっと敵を待つ日々が辛く、鬱憤が溜まってたのかも知れない。
でも、こんなことを言ったらルーシアにお人好しだと怒られそうだし、自分でもそう思うな。
「……それに、決闘を受けることにしたのは俺だしな」
「……ありがとう……」
口元を綻ばせるコンスタンティア。美しくも可愛らしい人妻だ。
しかしこの人、年齢不詳だな……。20代にも30代にも見えるし、もしかしたら40代かも知れない。聞いてみたいけど、流石に聞きづらいのでやめておいた。ルーシアたちに怒られそうだし。
ところで、俺が貰った空飛ぶマント。あれは、ガラードと死闘をした際に奴をひとりでおびき寄せるのに使ったらしい。
といっても、マントの作製には時間が掛かり、ガラードに渡す際には小さな布を浮かす程度しか完成していなかったので、偽のマントを用意したのだそうだが。
空飛ぶマントの素材はラファエルの物質生成能力によるもので、コンスタンティアの魔法と親和性の高い物質を作るのには苦労したのだという。
「フールバレイの奴らがここに来ぬのは、まァ罠だと警戒しておるのだろうが、コンスタンティアのことをそう簡単に諦めるとは思えん……。今は闘技大会が近いからそちらを優先して、派手な動きを見せぬのであろう」
「大会でも……私たちが勝つわ……」
コンスタンティアは目に角を立てて、胸元で拳を握り込んだ。
「あなたにも負けない……。大会でのフランケンはもっと強いわ……。石化の対策もする……」
続けてそう宣言し、今度はこちらに鋭い目つきを向けてくる。
これは、恐ろしい相手に事前情報を与えてしまったな……。
「俺も負けられないから、頑張るよ」
「ゴロー様も、もっと強くなりますよ……!」
声に振り向くと、ルーシアも胸の前で握り拳を作って訴えていた。隣ではフリアデリケもおんなじポーズをしている。
闘技大会までは、あと約二週間。そうだな、強くなって優勝しなくては。特訓は厳しいけどかなり順調だったから、少し楽観視してたところがあったからな。俺もここでフランケンシュタインと戦えて、ガラード・フールバレイのことを知れてよかった。気を引き締めよう。
ところで、ガラードって歳は幾つなんだろう。厳つい顔に短い顎髭を生やしていて、よくわからなかったんだよな。リヴィオと婚約するくらいだし結構若いのかと思ってたけど、ラファエルと争ったという話だしな。
なので、リヴィオに尋ねてみた。
「確か……37だな」
そう聞いて改めて思い返してみると、そんな感じがするな。
417歳のラファエルは、「若造めが……!」と眉間に怒りを露わにしていた。
お茶の時間は、それからも長らく続いた。
ラファエルとディアスはヴァンパイアの様式美など美術の話で盛り上がり、部屋のあちこちを移動しては装飾品などについて語っていた。初めは興味深そうに聞いていたリヴィオ、ルーシア、フリアデリケのアンバレイ家の面々だったが、マニアックすぎたのか途中でうんざりとした様子で抜け出し、ラファエルは他の物をディアスに見せる為、ふたりで部屋から抜け出していた。
コンスタンティアとベルナ・ルナは魔石や魔道具の話をしていたが、そこにアンバレイ家の面々も加わり、次第にここでの暮らしや食事など、日常的な話に変化していく。
俺はフランケンとともにソファに腰掛けながら、それらの様子を眺めていたが、疲れもあってかいつのまにか眠りに落ちていた。
部屋の壁に掛けられた古時計が、朝の5時を告げる重い音色を部屋に鳴り響かせ、それで目を覚ました俺へ、いつのまにか体温を感じそうな距離で隣に座っていたリヴィオが、「おはようだ」と穏やかな微笑みを向けてきた。
部屋を見ると、いつのまにやらラファエルとディアスも戻ってきている。
「ああ、おはよ……ふああ……」
「ふふっ。お疲れ様だな」
「ああ、もっと寝てたい……」
「もうすぐ夜明けだ、そうしたらヴァンパイアは眠りに就くだろうから……」
「ああ、そっか。帰んなきゃな。ふぁ~ああ……」
もう一度、大あくびをする俺を見て、リヴィオは笑い声を零す。
「ところで、ロゴー。その、だな……。う、嬉しかったぞ。ラファエルから血を吸われるのを庇ってくれて……」
「んあ……!? あ、ああ……」
リヴィオはそう礼を述べた後、赤らめた頬のまま色を正し、こちらを見つめて言葉を続けた。
「でも、ルーシアたちは褒めていたが、あのような危険は真似はもうやめてくれ」
「…………なるべく、しないように努力するよ」
歯切れの悪い俺の返事に、彼女は首を傾げる。
「ベルナ・ルナが持っていた浄化ポーションがあれば、感染してヴァンパイアになることはないのだぞ? お金ならケチらずともこれからも入ってくるではないか。それに、さっき聞いたのだがコンスタンティアは中級浄化魔法を使えるそうだ。それでヴァンパイア化を防いでいるらしい」
「へぇ……」
最後のは初めて聞いたけど、他はわかってる。わかってるんだけど、そういう理由じゃないんだ。だから、もしまたああいう状況になったとき、絶対にやらないと言い切るのは難しい。ラファエルは好戦的だと聞いていたのに軽率な行動を取ったとは思うけど、言葉で待たせて代替案を出しただけだしな……。でも、そういう考えがいつか命取りになるのかも知れない。
「ロゴー……。約束して欲しい。心配したんだぞ」
「……ごめんな、心配かけて……。その……ああもう、正直に言うよ」
リヴィオと見つめ合い、俺は片手を彼女の肩に置いた。赤い瞳が少し、見開かれる。
「やらないって保証は出来ない。だからまたああいうことがあったら、今度はリヴィオが断って欲しい」
「えっ……?」
リヴィオが目を丸くする。
「な、なぜだ……?」
「考えたけど、よくわからない……」
「そ、そう……なのか……」
リヴィオは理由を推測したのか、頬を赤くしていた。俺も恥ずかしくなってしまって、顔が熱い。
身体が触れ合いそうな距離でふたりしてそっぽを向いていると、ベルナ・ルナが紅茶を呷って、行儀悪く座っていた椅子から立ち上がり、窓の外の空を仰ぎながら告げた。
「じゃあ、そろそろ夜明けだからさ、お暇するよ」
「泊まっていってもいいけど……」
「いやぁ、そう言ってくれるのは有り難いけど、仕事もあるしさ」
さみしそうにするコンスタンティアをルーシアがハグしていた。いつのまにか随分仲良くなっていたようだ。
帰り際、館の家人は3人とも玄関まで見送りに出てきた。
「また来い。お前たちならば歓迎だ」
「チョコレート……アリガトウ……」
「また遊びに来て……。それと、これ……」
銀のベルを手渡してくるコンスタンティア。
「あなたたち皆で使って……。他の人には渡しちゃダメ……。これは、帰り道のゾンビたちを一時的に停止させる魔道具よ……」
「ああ、これでゾンビの動きを止めてたのか」
「ええ……。でも、普通のゾンビには効かないわ……。あそこのゾンビたちには、私のポーションを効かせてあるの……」
「へぇえ……」
飛行魔法で空からジョウロを使ってゾンビにポーションを撒いているコンスタンティアの画を想像すると、可笑しいな。
「落ち着いたら、また遊びに来ます」
「うれしい……」
別れ際、ルーシアとコンスタンティアのふたりは手を取り合っていた。
その後、館の3人に別れを告げ、廃村であるアディット村へと着いた頃には、朝日が眩しく一日の始まりを訴えていた。




