第61話 お詫びとお礼
ソファに腰掛けているリヴィオと目が合った。こっちはまだ変身しているので、向こうからはよくわからないだろうけど。
幼さをその顔に残す彼女は、座っている為に立っている俺を上目遣いで見上げている。その様子は幼さを増して、より可愛らしく映った。
自分のこの気持ちは、確かに他の女性への好意とは違うようだ。そう自覚したときだった、もうひとりの女性の顔が浮かんできたのは。
それは、エステルだった。
彼女と別れたあの日、早朝の乗合馬車乗り場で、暇に飽かして彼女のことを考えていたとき。あのときの気持ちや、頬へキスされたときの気持ち……。それが、リヴィオへ抱く好意と似ているような気がした。同じものなのかも知れない。
そのエステルへ抱いた感情は、今も消えずに残っている。俺は、エステルのことも好きなのだろうか……。
俺には、この世界に来る前から好きな子はいた。その子には彼氏が出来てしまったので早く忘れたかったのだが、なかなかそうは出来ず、そのまま前の世界に戻れなくなった。
そして、以前とは大きく異なる新たなこの世界で変化に対応しているうちに、いつのまにかその気持ちはすっかりどこかへ消えてなくなっていた。
その子への気持ちと、リヴィオやエステルへの気持ちが同じかと言われると、どうなんだろう……。
独占欲や、庇護欲という単語が浮かぶ。リヴィオへの気持ちが独占欲なら、それって浅ましくないか?
う~ん……。難しく考えたところで、正直よくわからない。自然にまかせよう。
今は闘技大会前で大変で、恋愛をする余裕もないしな。
気持ちを切り替え、変身を解除する。
それから俺は、ジーンズのポケットからミルクチョコレートを取り出して、フランケンシュタインの元へと向かった。
応急処置により左腕が上がるようになった彼は、ローデングリーンのソファの端っこに巨体を縮こませて腰掛け、紅茶を啜っている。先程、端っこに腰掛けるのを見た時は、ソファが体重でひっくり返らないかと心配になるほどだった。
「なあ、甘いもの好きなんだって? これ、ミルクチョコレートなんだけど、食べるか?」
「……チョコレート……?」
うお、しゃべった。話せたのか。
「砂糖を使った菓子なんだ。甘くて美味いぞ」
「……オレ、食ベタイ……。デモ、知ラナイ人カラ物モラウ、ダメ」
「そ、そうか……」
そこへ、コンスタンティアが歩み寄ってきた。フランケンシュタインはソファに座って猫背を丸めていても、彼女よりも背が高い。手を挙げた彼女は、その頭上にある短い黒髪を撫でながら褒めた。
「えらいえらい……食べていいわよ……。私もそのちょこれーとっていうの、食べてみたいな……」
俺を見つめるそのオッドアイには期待の色が表れているように見えた。
「ああ、うん」
腰のベルトを出現させ、異空間かどこかに収納されているミルクチョコレートを出現させる。残りは丁度2つあった。それをコンスタンティアとラファエルに手渡す。
「ウマァイ……!」
おお、チョコを口にしたフランケンシュタインの目尻が吃驚するくらい下がって、すんごいにこにこ顔になった。その様子に、コンスタンティアも「こんな顔、初めて見た……」と驚いている。
「砂糖を使った菓子か……! このようなもの、400年余り生きてきたが初めて食した」
「溶けるわ……」
「ああ、溶けるな。血のように美味いではないか……」
「心も溶けるわ……」
ふたりにも喜んで貰えたようだ。
そうして、彼らがミルクチョコレートを堪能した後、コンスタンティアが約束の魔晶石を持ってきた。
フランケンシュタインの胸に取り付けられたものに比べたら小さな魔晶石であったが、ベルナ・ルナは興奮した面持ちだ。
「これ……魔力凄ェよ!? こないだのオークションのやつよりずっと……」
「それは、とっておき……」
「ホ、ホントにいいのかい!? だってこれ、売ったら凄い額になるんじゃァ……」
「決闘を汚したお詫び……。みるくちょこれーとも美味しかったし、得るものも多かったから……」
「そ、そっかァ。じゃあ、有難く……」
魔晶石を受け取ったベルナ・ルナはこちらを振り向き、「兄ちゃんのおかげだな!」と気持ちのいい笑顔を見せた。
それから、コンスタンティアがこちらにやってきて、俺に凝った装飾の短剣を差し出してきた。深緑色の石が柄の部分に嵌め込まれている。
「あげる……」
「いいのか? これって……もしかして魔剣?」
「そう……。でも、大会では使わないで……」
「ほうぅ、よい物をくれてやるのだな。それは特別製だぞ」
「へぇ……?」
ラファエルの話によると、魔剣には大きく分けて2つのタイプがあるのだそうだ。
1つはリヴィオのロンドヴァルのように、剣に魔力が篭められているタイプのもの。このタイプは、鍛冶師の腕などによるが、魔力の流出が抑えられているために、常に一定の力を発揮できるという。
もう1つは、魔石が嵌め込まれていて、使う際に魔力を発揮させて使うタイプのもの。このタイプは、使う毎に魔石の魔力が減っていく。そして、普通、魔石というものは一度に発揮できる魔力の量に限りがあるのだという。
しかし、このコンスタンティアの魔剣は違う。彼女が作った魔晶石が使用されたそれは、引き出せる魔力量に限界がない。一度に全部の魔力を引き出すことも出来るというものだった。
「マジか……。コンスタンティアさん……凄ェ……」
「そのようなものを作れるとは……」
ベルナ・ルナが口をあんぐりと開け、魔術師であるディアスも驚いている様子だった。よほど凄いことのようだ。
「……これ、よければルーシアさんに使わせてあげてもいいかな? 彼女も闘技大会に出場するんだけど……」
「えっ……。そうなの……」
「何? 只者ではないと思うておったが、貴様も出るのか」
「ええ。参加させて頂きます」
衆目を集めたルーシアがにこやかに微笑む。
「……いいわ……。その代わり、フランケンとの試合のときには使わないで……」
そんなわけで、ルーシアさんは魔剣を手に入れたのだった。
「吾輩からも、これをくれてやろう。血とちょこれいとの礼だ」
そう言ってラファエルが手渡してきたそれは、表は黒、裏は真紅の襟の大きなマントだった。
いや、ちょっと普段使いには派手じゃないでしょうか。ラファエルだったら似合うけどさ。
そんな俺の様子を見て取ったのだろう。ラファエルは吹き出すように笑った。
「ッククク……。貴様に着こなしを望んでいるのではないわ。それには魔法が篭められておる」
「……驚いたわ……。貴方こそ、そんなにいい物をあげるんじゃない……」
「えっ、そうなのか? 貰っちゃっていいのか?」
「よい。今宵は実に愉快であった。それに、貴様も我がヴァンパイアの力を手に入れたのだ。だからこれは、眷属への祝いのようなものでもある」
ああ、そうか。ラファエルがヴァンパイアクリスタルに力を取られて怒らなかったのは、血を吸うことで相手をヴァンパイアにしてしまう特性を持っていたからか。
「いやぁ、でも、クリスタルの力は同じものじゃあないと思うぞ。例えば、ヴァンパイアには再生能力があるけど、クリスタルのは自己修復能力って説明だったし。たぶん致命傷食らったら死んじまうと思うな」
「ふむ、そうか……。だが、物質想像や蝙蝠化は話を聞くに同じように思えたがな」
「ああ、それはそうかも……」
「ならば、受け取っておけ。違っていたところで、今更、やると言って出したものを引っ込めては格好がつかんしな」
「わかった、ありがとうな……。それで、これってどんな魔法が篭められてるんだ?」
「それにはコンスタンティアの飛行魔法が篭められておる。つまり、空飛ぶマントだ」
「えっ……」
「えええ~~!!」
叫んだのはルーシアとフリアデリケとベルナ・ルナだったろうか。旅のパーティの皆が、仰天した様子だった。
彼らが知る限り、空を飛ぶアイテムというのはないこともないのだが、風の魔法が篭められた魔道具を使って、その風を自分で操って飛ぶというもので、扱いがとても難しく、使うとしても風魔法に長けていて、いざというときは自分の魔法で不時着できる者くらいなのだという。
「うわァア~ッ! 凄ェの貰ったなー! アタイにも空飛ばさしてくれよォ、ガキんちょのときからの夢だったんだよォ」
特にベルナ・ルナは子供のように瞳をキラキラと輝かせ、飛び跳ねて燥いだ。
褐色の豊満なおっぱいが揺れて、思わず目が釘付けになってしまう。その様子を、リヴィオが見ていた。
「う……」
一瞬、目が合った彼女は、俺が視線を向けていたベルナ・ルナの胸へと目線を移動する。そうして暫く眺めてから、リヴィオは自分の胸に視線を落としていた。
「ゴ、ゴロー……! 私も、空を自由に飛びたいと子供の頃から思っていたのだ……!」
「えっ。あ、ああ……うん」
ディアスがリヴィオを見る俺の視界を塞ぎ、ド○○もんの歌のようなことを言ってくる。
「ヴァッハッハッハーー! それはまだこの世に2つとない貴重品であるぞ! 丁重に扱うがいい!」
「2つとないって……。本当に貰っていいのか?」
「よい! それの作製を依頼してきた者とは、絶縁したしな」
「ガラード・フールバレイ……。あの男もきっと、闘技大会に出るわね……」
「えっ」
聞き覚えのある人物の名がコンスタンティアの口から飛び出してきた。
聞き間違えではなかったか、視界の外でリヴィオがそれを確かめる。その声は、少し上擦っていた。
「ええ……。確かにそう言ったわ……。ガラード・フールバレイ、主人を負かしたもうひとりの人間よ……」




