第59話 ミッドナイトティー
「――――あれ? ここは……」
気付くと、俺は真紅のソファの上に寝かされていた。確か、フランケンシュタインと戦って勝ったと思ったんだけど。
「目ェ覚めたか、兄ちゃん」
傍らにはベルナ・ルナがいて、ほっとしたような表情を覗かせている。
「ここは……館の中か。俺、気を失っちゃったのか」
「ああ。力を使い果たしたんだろうさ」
辺りを見回すと、広い部屋にフランケンシュタイン以外の皆が揃っていて、俺が起きたからだろう、全員の視線が俺に向いていた。何人かの声掛けに答え、改めて周囲を見る。
ここは客間だろうか、絵画や彫像、薔薇の生けられた花瓶などの装飾品もさることながら、俺の寝ていたソファやテーブル、カーテンなどの家具や、窓枠や扉や天井の模様など、家の造りにまで意匠が凝らされているものばかりだった。さぞお金がかかってるんだろうな……。
精緻な刺繍の施されたカーテンの掛けられた窓を見ると、まだ外は暗かった。そばに寄ってきたリヴィオに俺は尋ねる。
「俺、どれくらい寝てた?」
「15分くらいだ。おつかれさま、ロゴー」
「ああ、ありがとう。そうなのか……。その割には体力が戻ってるな……?」
首を傾げる。力を使い果たして倒れたハズなのに、ゾンビ戦を終えたときくらいには体力が回復しているような……。
「ラファエルがエナジーを分けてくれたんだ」
「それでか。アイツ、そんなことも出来るのか」
部屋を見回してラファエルを探すと、彼は椅子の上で膝を抱えたコンスタンティアと何やら揉めている。
「だから、自分から決闘を言い出したのだから、仕方なかろう!?」
「だけど……あそこまでしなくたって……」
「気持ちはわかるがな……。済んだことだ。恨みを引き摺るなよ?」
「わかってる……けど……」
深く溜息を吐くラファエル。俺は彼らの元へ行って、エナジーを分けてくれた礼を述べた。
「決闘を汚したせめてもの詫びだ。礼など不要だ」
「ぶすぅ……」
膝を抱えたコンスタンティアが恨みがましい顔つきをして、こちらを睨んでいる。
「……フランケンシュタインの石化なら、治せるけど?」
「本当っ……!?」
彼女は勢いよく椅子の上に立ち上がった。
ああ、やっぱりそのことだったか。戦闘で館にも損壊が出てたから、何かいい調度品でも壊しちゃったかとも思ってたのだけど。
さっそく玄関で石化しているフランケンシュタインをコンスタンティアとふたりで治しに向かう。
「あ、あれ!? 壊れた門と塀が直ってる。ええっ、館の壁も!? なんで?」
「主人の力よ……。ヴァンパイアには物質生成能力があるの……。作れるものは限られてるけど……」
マジか……。アイツ、色々出来るな……。
ディアスがヴァンパイアの様式美に興味があると言ってたけど、その能力で屋根が黒色だったりする美術様式が代々培われていったのかな。
そんなことを考えながらフランケンシュタインのそばへ行き、石になった彼を見上げる。
「……なぁ。石化が解けたらまた襲ってこない? 大丈夫?」
「負けたこと、理解できてると思う……。けど、その可能性も否定できない……」
「…………」
結果は大丈夫でした。
『ヘビーレリーズ』を使用し、白い光に包まれた一匹の蛇が噛み付いて石化を解除すると、フランケンシュタインは辺りを見回したあと、項垂れた。
改めて近くで彼の顔を見ると、頭部のツギハギや緑色をした彫りの深い顔は不気味だが、しょんぼりしているとどこか愛嬌を感じられるな。
「しかし、人造人間なんて凄いな。ボルトみたいの付いてるけど、身体に機械が使われてたり……?」
「いいえ……。ボルトは骨格よ。殆どは魔法による人工細胞……。それを魔法で知能を加えた魔晶石を脳の部分に埋め込んで、動かしているの……」
「へぇえ……。コンスタンティアは科学にも造詣が深いってラファエルが言ってたから、機械も使われてるのかと思った」
「最初の頃は骨格の繋がった木製の稼働するものにしていたのだけれど、可動範囲も狭いし……」
「ああ、まぁそうだろうね」
機械や科学といっても、中世風のこの世界じゃあ以前の世界に比べたらやっぱりまだまだか。
「ねぇ……。貴方の力は本当に魔装……? 魔力を全く感じなかったわ……。魔装の内側に魔力が篭められているにしても、魔法で起こした事象に全く魔力の残滓が無いなんてことが有り得るの……? 私には何か……到底、理解が及ばないものに思えた……」
「…………」
薄い銀色をした睫毛の長さも印象的な、金色と淡緑色のオッドアイが、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
この人は流石、博士と呼ばれるだけあるな。
「実は俺にもわからないんだ。おそらく、超科学の産物だと思う」
「そう……。……貴方、もしかして宇宙人なの……?」
「えっ。いや、違うけど……。でも、別の世界から来たんだ」
「そうなのね…………」
コンスタンティアは残念そうに俯き、稍あって溜息を吐くと、顔を上げた。
「お茶にしましょうか……。フランケンもおいで……損傷したところ、応急処置してあげる……」
「ほう……! 旨いではないか……。吾輩よりも淹れるのが上手いかも知れん」
ラファエルは窓の桟にもたれ掛かりつつ、ルーシアの淹れた紅茶を口にして、感嘆した様子を見せた。
「私はこちらの貴族であらせられるリヴィオ様のメイドですからね。紅茶もそれなりに嗜んでおります。この茶葉を使ったのは初めてですが……」
「ほう、貴族に仕えていたのか。どこぞの商家の下働きかと思ったぞ。では、そちらの娘もそうか?」
ラファエルがルーシアと同じ格好をしたフリアデリケを見遣ると、彼女は緊張したのか噎せてしまう。
「ふえっ? けほっ、けほっ!」
「ええ、私の妹です」
「ぅフッ、フリアデリケと申します……っ!」
真紅のソファと調和した、ローデングリーンの色のソファから慌てて立ち上がり、がばっと深く頭を下げるフリアデリケ。
「まだ不慣れなようだな」
「ふふふ、可愛いでしょう?」
「吾輩は子供は好かん」
「あ……あのっ! お砂糖入りの紅茶が飲めるなんて思ってませんでした。とっても美味しいです……!」
「そうですね、私も砂糖入りなど、初めて口にしました」
「ヴァッハッハ! そうかそうか。この茶葉にも合うであろう? これも遠い異国から運ばれてくる高価なものなのだぞ」
へぇ~。確かに美味しいな。
周りを見回すと、やはり砂糖は貴重なものだからか、ディアスやリヴィオ、ベルナ・ルナも無言で紅茶と向き合い、楽しんでいるように見える。
「そうなのですか。茶葉も貴重なものなのですね……! ありがとうございます!」
「ふむ……。子供は好かんが、貴様は愛い奴だ。それに、将来は姉のような美人になるであろうな」
「え、ええ……!? そ、そんなぁ……」
赤くなって照れるフリアデリケが、とても微笑ましい。
先程まで決闘をしていたとは思えない和やかな空気の中に浸りつつ、砂糖入りの紅茶に視線を落としていると、ふと疑問が浮かんできた。
「なぁ、ラファエルの能力って、砂糖は作り出せるのか?」
「ヴァンパイアの物質生成能力では、食物を作り出すことは叶わん。残念ながらな」
「そうか。もしかしたら砂糖はラファエルが作ってるのかと思ったよ」
「クク……そう出来ればよいのだがな。そうしたら大儲けだ」
「噂によると……そのうち、この茶葉や砂糖も庶民の口に入るようになってくるらしいわよ……」
「あっ、それでしたら、ゴロー様のお考えになった、こんてなというもののおかげだそうですよ!」
「それは……なぁに……?」
「ええっとですね……!」
それから、コンテナでの運搬についてフリアデリケは説明をした。
「ん~? その、こんてなってのでホントにアタイら庶民も買えるようになんのかァ? 茶葉も砂糖も、保存は効くよなァ? 別に、こんてなってのじゃなくたって、運んでこれるだろ?」
ベルナ・ルナが首を傾げて、「そういえばそうですよね……」とフリアデリケまでもが不思議がり始めた。彼女はコンテナ事業についてよくわかっていなかったようだ。
ラファエルも、尖った顎に手を当て理由を思案する。その横でコンスタンティアが答えに気付いたようで、長い睫毛の瞳を見開く仕草を見せた。
「コストが……」
「ああ、待て待て! まだ言うな!」
「…………」
このふたり、仲良さそうだな。
それから、暫くシンキングタイムが続き――。
「ウヌゥ……ヒントをくれ」
「えっとね……フランケンシュタイン……」
「ふむ……」
そして、更に暫しの後――。
「ヌァア、わかったぞ! そこの大男のような怪力があれば、荷の積み下ろしのコストが安くなるのだ!」
「んん~? そりゃァそうだけど、なら、こんてなが必要なのはなんでなんだ?」
ベルナ・ルナの疑問に、ラファエルが「ふむ……そうだな、例えば……」と、顎を擦りながら暫し考え、口を開く。
「仮に、1個のこんてなの中身を1人の人間が積み下ろしするのに半日かかるとしよう。だが、そこの大男のような怪力やクレーンを使って、こんてなというデカい箱をそのまま船や馬車に移動できるのならば、数分で済む。人件費は大幅削減だ。雨風を凌げるから屋根がいらず船の上にそのまま積めるし、大きさや形を揃えてあるから並べやすく、箱だから重ねやすいしな。だから経費倒れになることなく、庶民にも買えるような値段設定に出来る。成程、画期的だ!」
「お、おお~……! そうかァ!」
「な……なるほどぉ……」
フリアデリケも納得した様子で、改めて砂糖の瓶を見つめた。ガラス瓶の中のグラニュー糖が、照明で煌めいている。
「今までは随分と高値だったから……助かるわ……。フランケンも好きだし……」
「甘いもの好きなんだ?」
「ええ……大好き……」
俺の問いにコンスタンティアが頷く。確かに、紅茶を啜るフランケンの口元には、笑顔が見えた。
「でもさァ、貴族の間でも貴重だったんだろ? 貴族だったら、どんだけ流通にコストがかかって高値になっても買うんじゃねェの?」
「ククク……貴族どもはプライドが高いものばかりだからな。あまりに法外な値を付けられては、足元を見られるのが我慢ならずに金など出さんだろうし、最悪、そんな値段で売りに来た者を殺してしまうような貴族にも心当たりがある……。蜂蜜などもあるしな。まァ、中には密かに法外な金額を支払って購入している者もいるのかも知れぬが」
「アイツラ、クッソ偉そうだよなァ~。あ、リヴィオやイケメン兄ちゃんは違うぞ!? ああっ、コンスタンティアさんもだ!」
イケメン兄ちゃんとはディアスのことだ。
そのディアスは慌てて否定するベルナ・ルナの様子が可笑しかったらしく、ちょっと紅茶を吹きかけていた。
「しかし……このようなことを考え付くとは。クロクィヴァよ、貴様は本当におもしろい男だな」
「いやぁ、まぁ……」
前の世界の知識があってこそだけど。
「人間に負けたのは二人目だけど、彼なら納得でしょう……?」
「なぁッ? コンスタンティアよ、それは聞き捨てならんぞ! 吾輩は敗北などしておらん!」
「いや、負けてたでしょ……。吾輩が不覚を取るとはって言ってたし……。不覚を取ったんでしょ……?」
「そ、そのようなことは……! つ、つい口を衝いて……。ふ、不覚というのは戦いの中でのことで……ヌ? ヌゥオアアアッ!?」
狼狽した様子のラファエルの胸の中心部が突然、赤紫色に輝いた。そして、そこから同じ色のクリスタルが出現し、彼の身体を出て浮遊している。
「なッ……!? な!? 吾輩の中から……!?」
少しして、クリスタルは回転しながらヒュンヒュンと風切音を発して飛んできて、俺が広げた掌にパシッと収まった。
これは……『ヴァンパイアクリスタル』か。




