第58話 限界ギリギリ
「あっ、戻ってきました! ゴロー様~っ!」
館の周りに塀があるので、吹っ飛ばされた塀のある館の側面から回り込んで、門の前に姿を現した俺を見つけたフリアデリケが、笑顔を向けて大きく手を振ってくれている。
それで、俺が飛ばされた側面を見ていた皆も、こちらを見向いた。
「よかった……ロゴー」
リヴィオが小走りに駆け寄ってきて、俺の身体を見回す。
「傷だらけじゃないか……」
ヘルハウンドに噛み付かれたところ、傷が出来てるんだよな。変身し直せば治るけど。
「それにその眼……。新しいクリスタルを手に入れたのだな」
「ああ、ちょっとヘルハウンドとやり合って、それでクリスタルも手に入ったんだ。ところで、メッセージは届いてたか?」
「届いた。私たちが助けに行かないよう、案じてくれたんだろう? 実はその前に、行こうとしてヴァンパイアに止められたのだがな」
「へぇ……」
「ヘルハウンドは危険だから、奴等に命令できる自分が様子を見てきてやると言ってな。身体の一部を蝙蝠にして、お前の様子を見ていたようだ」
「そうだったのか。気が付かなかったよ」
少し離れたところにいるヴァンパイアのラファエルを見ると、確かに、飛んできた一匹の蝙蝠が彼の身体と一体になったように眼に映った。
「ヘルハウンドたちを止める必要がなかったと言っていたから、無事だとは思ったが……」
安堵したような不安そうな表情で、リヴィオが俺の胸の装甲の傷を指先でそっと触る。
「……まだ、やれるか?」
「ああ。出来るならもう終わりにしたいけどな」
お姫様との約束もある。大会に出場できなくなるのは避けたい。
魔晶石はまたの機会でもいいと思った。暫くすればスプリング付き馬車やコンテナなどの収入で、購入するお金も貯まるだろうし。
「いや、それは彼らが許さないようだ……」
「そうか……」
俯いてそう言ったリヴィオの肩をぽんと叩いて、フランケンシュタインの元へ向かう。
すると、ベルナ・ルナが申し訳なさそうにこちらに歩み寄ってきた。
「すまねぇ、兄ちゃん……。コンスタンティアさんたちにもう一度やめるように頼んでみたけど、ダメだった……。逃げようにも、ゾンビやヘルハウンドがいるしさ……。いざとなったら、アタイが借金してでも中級治癒ポーション買うからさ。それ以上の大怪我だけはしないでくれよ……!」
「いや……元々は俺も軽率だったからさ。ラファエルは好戦的だって聞いてたのに」
「だけどさァ、コンスタンティアさんまで……。こんなことになるなんてよォ……」
よく見ると、彼女の鳶色の瞳に涙が溜まっていたので驚いた。意外だったが、こうなってしまったことで動揺しているんだろうか。
「……どうせ大会になったら殺しも有りなんだからさ。例えこれから俺がどうなろうと、ベルナ・ルナは気にしなくていい」
しおらしくなった彼女の、薄黄色のポニーテールの頭をぽんぽんして、俺は再びフランケンシュタインの元へ歩を進める。
フランケンシュタインは、後ろを向いて立っていた。その隣に佇むコンスタンティアに、なぜそうしているのか、俺は推測を口にする。
「後ろを向いてるのは、そうしないと視界に入った俺を攻撃しちゃうんだろ?」
「ええ……」
「ひとつ確認しときたいんだけど、中級治癒ポーションってのは、中級治癒魔法と同等の効果なんだよな?」
「そうよ……。だから、腕や脚なら潰されても平気……。引き千切られるとアウトだけど……。指でも千切れると治らないから気を付けて……。お金ないなら譲れないけど……」
「……足りなかったら借用書でも宜しいでしょうか……?」
「オッケー……」
「そりゃ有り難い。まぁ、つってもなぁ……。とんでもない怪力だからな、内蔵や頭を潰されたりしたら死ぬよなぁ……」
「そうね……。もしそうなったらごめんなさい……。攻撃を受けたあと、動かないようにすれば彼は戦闘を終了するわ……」
成程。でもそれじゃあ魔晶石は手に入らないし、一発貰っちまうことになるな。でも、いざってときはそうしよう。
「……ん? あのさ、人造人間が闘技大会に参加できるのか聞いたとき、ゆるゆるって言ってたけど、もしかして対戦相手が降参しても、動かなくなるまで攻撃してオッケーだった……?」
「ええ……。オッケーだったわ……」
マジか。そこは参加禁止にしとこうよ……。
「疲れておるようだが、今のソイツに勝てないようでは優勝は無理だぞ、クロクィヴァよ」
「……コイツ、もっと強くなるのか」
「そうだ。それに、ソイツだけではないぞ。なにせ優勝すれば莫大な富にも力にもなる魔石の採掘権だ。どんな強者が揃うか、吾輩も楽しみである」
ラファエルは嬉しそうに牙を覗かせてニタリとした。
「アンタは出ないのか? ……あ、そうか。太陽の光が苦手なのか」
「そういうことだ。まァ、吾輩は衆人環視の中で闘うなど、御免だがな」
「そっか」
「では、そろそろ戦闘を再開するがいい」
「ああ。いつでもいいぞ」
「じゃあ、行くわ……。フランケン……もういいわよ……」
フランケンシュタインがゆっくりと振り向き、俺の姿を見つけると哮り声を発して、緩慢な動作でこちらへと駆けてくる。
『メデューサクリスタル』
バックジャンプで距離を離しつつ、俺はモードシフトして、すぐにストーンゴーレムを呼び出す。ゴーレムが完成したところで、そのそばにフランケンシュタインが迫っていたので、すぐさまレバーを下げた。
体力的にももう限界が近い。これが最後の必殺技になることを願って――。
『ヘビーブロッサム』
ゴーレムに攻撃を命じ、俺もフランケンシュタインのそばへ近付く。ヘビーブロッサムの蛇から注意が逸れるように、俺たちが目立つ作戦だ。
「ウォオオォォ!」
咆哮を上げると、フランケンシュタインが周囲に生えるように現れた黒く光る蛇たちを薙ぎ払う。防御力のあまりない蛇は、それだけで倒され、霧散してしまう。
バゴン、と大きな音がして、ストーンゴーレムの頭部が砕け散った。俺はその硬さに手が痛くなったものだが、殴ったフランケンシュタインは平気そうだ。
だが、ストーンゴーレムは頭部が砕かれても視覚は失うが動くことは出来る。フランケンシュタインが周囲の蛇の相手をしている隙を狙ったわけではないのだろうが、丁度そのタイミングで、ストーンゴーレムは彼に抱きついた。
足元には生き残った黒い蛇が一匹。それが大きく口を開いてフランケンシュタインの脚へと迫る。――行った! そう思ったのだが、あと残り2~3センチの距離で止まってしまう。
あっ! ゴーレムが尻尾踏んでる! すぐにゴーレムに足を上げるよう命じたのだが、遅かった。蛇もゴーレムも、フランケンシュタインに殴られてやられてしまった。
「なら、もう一度だ……!」
乱れた呼吸を整えながら、再びストーンゴーレムを作り出し、そしてレバーを下げる。『ヘビーブロッサム』の音声を耳にしながら、俺は蹌踉めいた。必殺技を発動する度に体力が減って、もうかなり限界なのだ。
「隙を見て組み付け、ゴーレム!」
今度はそう指示を出して、俺もフランケンシュタインの隙を突き、攻撃を加える。しかし、魔晶石の影響なのだろう、堅くてダメージになっていなさそうだった。魔晶石を狙いたくても、そこはしっかり片腕でガードされている。
しかも上手く組み付けたゴーレムを怪力で引き剥がし、そのまま振り回して周囲の蛇を蹴散らしてしまった。ゴーレムも投げ付けられ、塀を破壊し自身も砕けて動かなくなる。
荒い気息を整えつつ、思考を巡らせる。どうすりゃあいい……?
さっきは惜しかった。繰り返せば蛇に噛み付かせることは出来るだろうが、たぶんもう、あと1回が体力の限界だ。
自分の身を危険に晒すしかないか。頭や内蔵への直撃を防げば平気だろう。腕は折れてしまうかも知れないが……。
ストーンゴーレムを三度出現させ、レバーを下げる。体力が減って、ぐらりと意識が飛ぼうとした。消えかける意識とふらつく身体を、一歩前に出した足に力を入れて踏みとどまり、そのままフランケンシュタインへと歩を進める。
「蛇を守れ!」
ゴーレムにそう命令したが、盾になるだけではあまり上手くいく気がしなかった。
「……いや、魔晶石を狙え!」
フランケンシュタインが左腕で守る胸の大きな魔晶石を狙って、ゴーレムが拳を振るう。俺も思い切ってフランケンシュタインの懐へ入り、注意を引き付ける。
ストーンゴーレムはフランケンシュタインの左腕を一発だけ殴ったが、逆に胸部を殴られ、バガンッと大きな撃砕音を鳴り響かせてバラバラになった。
「うわ、失敗だったか……!」
そう思ったのだが、よく見るとフランケンシュタインの左腕のガードが下がっている。炎の剣の必殺技で穴が空き、キックグレネードで凹んだ腕は限界だったようだ。
「うおおあああ!」
注意を引き付ける意味でも、大声を上げて魔晶石を狙う。フランケンシュタインの右腕は、蛇たちに振るわれている。俺の右拳が魔晶石に届きそうになったとき、ガクンと身体が揺れた。
「ぐうッ……!?」
限界だと思われた左腕で、首根っこを掴まれたのだ。だが、これはチャンスだった。
「元々の狙いは……こっちだ……ッ!」
後ろ手に隠していた左手から、黒く輝く一匹の蛇をフランケンシュタインの腕へと差し出す。先程、彼の懐に飛び込んだときに確保しておいたのだ。
だが、そのタイミングで彼の左腕が限界を迎えたようで、ガクンと垂れ下がって蛇を回避してしまう。そして、ダラリと垂れ下がった腕を肩を回して鞭のように振るうと、蛇を叩き潰してしまった。
開放された俺はその隙に彼の胸の魔晶石に蹴りを入れたが、蹴り一発で砕けるものではなかった。
「くそッ!」
フランケンシュタインの回りにいた蛇たちも薙ぎ払われ、彼がこちらを向く。
もう一度必殺技を使えば、意識が飛んでぶっ倒れるだろう。だけど、ただ必殺技を使ったところで、薙ぎ払われて終わりだ。
朦朧とする意識の中、勝つ方法を考えるが、何も浮かばなかった。
迫り来るフランケンシュタインから距離を離そうとしてバランスを崩し、尻餅をついてしまう。
「終わり……か……」
そう呟いて見上げたフランケンシュタインは、黒い光に包まれていた。
「え……?」
見ると、バラバラになったストーンゴーレムの体の下の隙間から、一匹の黒い蛇が体を伸ばし、フランケンシュタインへと噛み付いていたのだ。
黒い光が消失すると、石になった彼の姿がそこに現れた。
「か…………勝った……」
俺はギリギリで、なんとか勝利を手にすることが出来た。




