第57話 vs.ヘルハウンド
黒い塊たちにのしかかられ、身体のあちこちから激しい痛みが生じている。
「ああああっ! ぎぃぁああがああッ!」
これは、きっとヘルハウンドだ。そして、無音移動の魔法を使えるに違いない。くそっ、道理で森にヘルハウンドがいるって聞いてたのに、気配がしないから変だと思った。
「ぐぅううぁあぁァァアアーーッ!」
マスクの中で苦痛に顔を歪めながら、なんとかベルトのクリスタルを『ゾンビクリスタル』に入れ替え、レバーを下げる。
「吹っ飛べ……ッ!」
俺の願望が反映され、ヘルハウンドたちは弾き飛ばされたようで、輝きが収まって周囲を見ると、少し離れた位置から奴等は俺を取り囲んで警戒している様子が見えた。
「おお、痛みが消えた!」
すぐ役立ったな、ゾンビクリスタル。
身体を見ると、堅い装甲部分やラバーっぽい部分に噛み傷が付いているが、ブランワーグのときと違って、ラバーっぽい部分に穴は開いていなかった。よかった。
周りを見渡すと、数十匹のヘルハウンドが姿を現している。結構いるな。一匹一匹が大きな体をしていて、燃えるような赤い眼を闇夜に輝かせ、牙をむき出して唸っている奴も多い。
「よくも痛い思いをさせてくれたなぁ……。よおし、来いやぁ。噛まれても平気なら、キャインキャイン泣かせちゃる……!」
そう言って立ち上がり、ファイティングポーズを取ろうとして、脚がグラついた。うっ、痛みがないといっても損傷はあるようだ。痛覚を無くして戦うのは、致命的なダメージを負うデメリットになるかも知れない。
「だったら……!」
俺はその場で飛び上がり、7~8メートル上の木の枝に着地した。
「所詮は犬っころ! 登ってはこれまい!」
さぁて、これからどうするか考えるかね。枝に腰掛け、そうして思案し始めて少しした頃、背中に何かがぶつかってきた感覚がする。
「ぃいッ!?」
振り向くと、ヘルハウンドが背中に噛み付いていた。登ってこれたのかよ!
更に何匹かが木の幹の裏手から現れた。鋭い爪を木の幹に立てて移動している。徐々に俺へと迫ってくる。
だが、慌てない。さっき急に襲われて酷く慌てた俺は、今度は冷静に的確な判断をしようと心掛けていたところだった。
まずは背中のヘルハウンドを確認し、有効な攻撃方法を模索する。すぐに答えは出た。肘打ちだ。それを顔面に叩き込むと、ギャイン! と悲鳴を上げて木から落下し、地上に叩きつけられ再びギャイン! と鳴いた。
別のヘルハウンドたちも迫ってきていたが、どうせ今は痛覚が無い。慌てずにドラゴンクリスタルを出現させ、入れ替え、モードシフトする。
『ドラゴンクリスタル』
入れ替えて外したクリスタルは、モードシフトするとわざわざ消えろと念じなくても手元から自動で消えてくれて、地味に便利だ。
輝いている最中に一匹飛びかかってきて弾かれたようで、ギャヴッ!と声がした。モードシフトが終わると、おそらくソイツが地面に落ちたのだろう音が下から聞こえたが、下は確認せず、迫り来るヘルハウンドたちに炎を浴びせかける。
「……っ! コイツラも炎耐性あるのか!」
炎を浴びても怯まずに向かってくるので驚いた。黒い毛並みも無事のようだ。黒くてよくわからないが。
「くそっ!」
接近し、2匹のヘルハウンドが時間差で飛びかかってくる。そのうちの1匹を殴り、もう1匹を足蹴にしたが、木の枝に腰掛けながらだったので威力が足りず、のしかかられて倒れ、木からズリ落ちてしまった。
ともに落下する2匹のヘルハウンドを蹴り飛ばして体勢を整えようとしたが、その前に奴等が俺を足蹴にして、1匹は木の幹へ、もう一匹は少し離れた地面へと着地した。俺もなんとか体勢を整え、ドスンと足裏から地面に着地する。
「ふうっ」
先程、攻撃された脚が痛む。それにマジで体力的にしんどい。フランケンシュタインだって相手にしなくちゃなんないってのに、コイツラ全員なんて相手にしてらんないぞ……。かといって逃げきれるかどうか……。
無音移動の不意打ちが厄介だ。また背後を取られないように、少し開けた場所に移動するか。だけど、そんなところで一斉に襲われたら、今度こそ逃げられずにやられてしまうかも知れない。
ベルトのクリスタルを事前に入れ替えておいて、いざとなったらモードシフトするという手もあるが、危険だな。暫くの間クリスタルを外したままでいると自動的に変身が解けてしまうし、外している間はそのクリスタルの能力が使えなくなってしまう。ヘルハウンドたちも学習し、モードシフト直後や、モードシフトさせないように妨害してくるかも知れない。そもそもモードシフトしても怯まずに数でどんどん来られたらヤバそうだ。
最初、いきなり襲われたけど、あれ普通だったらひとたまりもなかっただろうな。もし皆で森に入っていたらと思うと、ぞっとする。
……リヴィオたち、俺を助けに来てないよな? ……耳を澄ませても、声など聴こえないが……。もしも、ヘルハウンドの無音魔法の影響で聴こえないとかだったら……。
怖くなってきた。すぐに確かめに行きたいが、群れを引き連れることになるのでこのまま仲間の元に行くのは危険だ。
――そうだ。あれを使おう。
『コボルトクリスタル』
焦げ茶色のクリスタルをセットし、モードシフトする。それから、再びレバーを下げた。
『コボルトハウルズ』
吠え声に、1つくらいの単語の意味を乗せて、遠くに届ける技だ。
俺は『来るな!』の意味を乗せて、まるで犬のように遠吠えをした。
「アオオォォオオオーーーン!」
これ、試してみたときは何キロも先まで届いたので、驚いた。これなら例えヘルハウンドの無音移動の魔法の影響があったとしても、たぶん届くだろう。
あまり体力も使わないので、更にもう1度レバーを下げて、『大丈夫だ』と伝えた。リヴィオならこれで状況を推測し、軽はずみな行動を取らないようにしてくれるだろう。
おや? 明らかにヘルハウンドたちの様子がおかしい。俺のことを怯えているようだ。
あんな大声で吠えたからか? それとも仲間に来るな、大丈夫だと伝えたことで、この局面をひとりで打開できる強さが俺にあると思ってビビってる? ……あ。そういやコボルトは人型の犬みたいな見た目をしていた。コボルトは犬種の中で最も強い存在って感じがするから、ヘルハウンドのDNAにコボルトは危険だ、と刻まれているとかなのだろうか。
理由はわからないが、怯えてくれている。包囲は解かれていないが。あと一押し、何かあれば逃げ出してくれるかも知れないな。
……レバー2回の超音波攻撃を使ってみるか? でも全体攻撃をしたせいで、群れが一気に襲ってきたりしたらマズイな……。あ、群れならリーダーがいるんじゃないか?
辺りを見回し、それらしいヘルハウンドを探すが、暗くてよくわからない。
『コボルトハウルズ』
『リーダーは!?』という意味を乗せ、もう一度吼えた。ヘルハウンドたちはビクビクしたり、後ろを振り向いたりしている。その頭の向きで、ボスらしい存在を見つけた。他の個体より一回り体が大きく、一番後ろにいる。
「……よし!」
俺は意を決して、ソイツの元へと地面を蹴った。怯えるヘルハウンドたちの横をすり抜け、真っ直ぐに。
「ヴォブ! ヴォオン!」
ソイツが吼えると、周りのヘルハウンドたちが攻撃を仕掛けてきた。やはりリーダーのようだ。
「邪魔だ!」
最初に飛びかかってきた1匹に右フックを、2匹目にフライング・ニーを入れて倒すと、レバーを2回下げる。『コボルトハウルズ』の音声が鳴り――。
「ウォオオオオオオーーーーン!」
周囲に超音波の乗った声を轟かせた。ギャインギャインというヘルハウンドたちの声がして、よろけたり伏せたりしている光景が薄闇の中で見える。
ヘルハウンドたちが怯んでいる隙に、リーダーと思われる個体まで辿り着いた俺は、その側頭部に蹴りを叩き込んだ。
「ギャブッ!」
声を上げると地面に横転して痙攣するソイツの首根っこを掴み、持ち上げて他のヘルハウンドたちに見せる。
「失せろ!」
コボルトハウルズで意味を乗せてはいなかったが、それでヘルハウンドたちは散っていった。
「ふぅう~……なんとかなったな……ん?」
先程、フライング・ニーで倒したヘルハウンドの辺りから、ヒュンヒュンという風切音とともに、黒いクリスタルが飛んできたので手に収める。ヘルハウンドクリスタルか。さっそく調べてみるか。
モードシフトしてベルトの説明を聞いてみたところ、次のような感じだった。
『ヘルハウンドクリスタル』
・夜目が効く。
・嗅覚が増す(コボルトクリスタルほどではない)
・必殺技『サイレントヘル』
無音で行動が出来る。
レバー2回でパーティ全体に効果付与。
レバー3回で周囲を一定時間、無音領域にする。
サイレントヘルってネーミングなのは、カルボの遊び心だろうな。場合によっては地獄になるかもだけど。
しかし、夜目が効くって説明だけど効いてないぞ。夜目、効けっ。
「わっ。眼が光った!」
クリスタルと同じ黒色であろう眼が黒く光ったかと思うと、辺りが真昼のように見える。うわ、凄いなこれ……。
ん? よく考えたら黒い光なんて存在しないんじゃ……。黒く光ってるように見えてるけど……。カルボの力でそういうふうに見えてるだけなのか、そういう物質を作ったのか……。わからないけど、ヘビーブロッサムでも黒い光に包まれた蛇が出てくるよな。あれ、光って目立たなければ、もっと使えそうなんだけど。
……目立つ、か。そうだな、その手があったか。




