第56話 vs.フランケンシュタイン
やっぱりフランケンシュタインだったか。
猫背の、がっしりとした体躯の大男だ。背筋を伸ばせば、2メートル半はあるんじゃないだろうか。シャツの胸元が大きく開いていて、その胸には赤く輝く巨大な宝石が埋め込まれている。
「彼も、闘技大会に参加されるのですか? 人造人間とおっしゃっていましたが……一般参加枠で?」
ルーシアが問い掛ける。自身も参加するので気になったのだろう。
闘技大会は、国とその貴族の代表だけではなく、一般からの参加も可能なのだ。といっても一般参加の場合は予選を勝ち抜いて少ない出場者枠に入らなければならないが。
「いいえ……。貴族の代表として出るの……」
「貴族の、ですか? ですが、ラファエル様は本物の貴族ではないのですよね?」
「コンスタンティアは内縁の妻なのだ。魔人の吾輩では、人の国では夫婦とは正式には認められぬからな」
「ええ……。貴族なのは私よ……。家名はシュタインバレイ」
「コンスタンティアは科学にも魔法にも造詣が深く、自ら体系化した知識も多く発表しておる。あの人造人間もコンスタンティア博士の作品だ。研究には金がかかるからな、我が妻となっても貴族の家名は捨てておらんのだ」
そうだったのか。しかし、人造人間でも出場が認められるのか? そう訊ねると、「割とゆるゆるよ……」とのことだった。
「……もういいかしら……戦いを始めても……」
コンスタンティアの言葉に、自分との戦いに勝利したのにとラファエルや仲間たちが抗議したが、ゆっくりと首を横に振るばかりだった。
「済まんな、クロクィヴァよ。吾輩には止められん」
コンスタンティア、最初は主人を立ててる感じだったけど、実際はラファエルが尻に敷かれてるんかね。
「仕方ないな……。皆、離れててくれ」
皆が、俺とフランケンシュタインから距離を取る。離れ際にラファエルが助言をくれた。
「その大男の弱点は胸の魔晶石だ。全力でやらんと死ぬぞ」
あー、やっぱりあれが弱点か。そんで、やっぱりこれが魔晶石だったか。
魔晶石というのは魔石の一種で、トリア村の鉱山にもあったものだが、コンスタンティアはさっきベルナ・ルナが欲しがる魔晶石を作っているのは自分だと言っていた。つまり、オークションにかけられて競り合いになるほどの強力な魔晶石を、人工的に作り出すことが出来るということなのだろう。
フランケンシュタインの胸の大きな魔晶石も、彼女が作ったものなのだろうな。
「ロッ、ロゴー……! いざとなったら降参しろ! いいな!?」
リヴィオが心配そうに呼びかける。うん、そうするよ。俺は頷いて応えた。
「無駄だ、娘よ……。そういう加減はまだ奴には出来ん」
マジか。
「なっ……!」
「じゃあ……はじめ……」
面倒なことになりそうだと思ったのか、リヴィオが驚きの声を上げた後、コンスタンティアが開始の合図を出した。フランケンシュタインはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。俺は正直、必殺技使いすぎてもうしんどい。でも、全力でやらないと死ぬらしい。
中級治癒ポーションがあるって言ってたな。初級治癒魔法でも治るかも知れないけど、燃やせば片が付くんじゃないか?
そう思い、ドラゴンクリスタルでモードシフトした状態だった俺は、両手から炎を発生させてフランケンシュタインに放った。
「ウォオオ……ォ……!」
炎に包まれ、低音の叫び声を上げるフランケンシュタイン。魔晶石の為か、服の上からでも七色に光る血管のようなものが全身に浮かび上がった。
彼にどれほどの知能があるのか、感情や痛覚はどうなのかとかはわからないが、申し訳なく感じてしまうな。
しかし、最初は炎を嫌がる素振りを見せていた彼だったが、少しすると平然と炎を浴びながらこちらに歩み寄ってきた。
炎の放出を止めて彼の身体を見ると、驚いたことにどこも燃えていない。服も髪の毛も、そのままだった。
「ソイツには炎耐性がある! その程度では効かんぞ!」
ラファエルのアドバイスが飛んできた。
「服にもかよ!?」
「そういえば、装備品に耐性効果を付与させる魔法を発表した者の名が、たしかコンスタンティアだったような……」
ディアスがそう発する声が、耳に届いてくる。「うん、私……」と彼女が肯定する声も。
「おいっ! あの胸の魔晶石、ぶっ壊してもいいんだろ!?」
「……壊し――」
「無論だ!」
何かを言おうとしたコンスタンティアに、ラファエルが言葉を被せる。それでコンスタンティアは口を噤んだので、了承と受け取った。
「よし……っ!」
『ブレイズブレイド』
炎の剣を出現させる。これも必殺技扱いなので、体力を削る。だが、技によって減りが違うようで、強力な技を使ったときほどではない。今の自分にはしんどいが。
空中に現れた炎の剣を掴み取り、フランケンシュタインへと斬りかかると、彼は腕でそれを受けた。服は切れたが、驚いたことに腕は無傷だ。剣が当たった部分から七色の光が彼の全身へと輝きを弱めながら走っていく。胸の辺りで消えたそれは体内を巡る魔晶石の力のようだ。それで無傷なのだろうか。
野太い腕をぶんぶんと振り回して、彼は俺を捉えようとする。腕の動きは速いが、移動速度は遅い。バックステップで攻撃を交わし、何度か腕を斬りつけたが、やはり無傷のようだった。
「くそっ、やるしかないか……!」
『ブレイズフォース』
体力を消耗してしまうが、リーチの長い強力な一撃を放つ必殺技を使うことにした。
この技、最初はリーチが伸びるのは遠心力の為なのかと思っていたが、色々試してみたところ、どのくらい長くなるかはおそらく願望が反映されているというのが判明した。思えば、ベルトの説明でも『リーチの長い強力な炎の剣の一撃』と言っていたしな。だからといって、どこまでもリーチを伸ばせたりはしないが。
なので、突きでもリーチは伸びる。俺は、フランケンシュタインの胸の魔晶石を狙って、思い切り突きを放った。輝きを増した炎の刃が、グンと伸びて魔晶石を守るフランケンシュタインの両腕を貫く。だが、そこで止まってしまった。願望が反映されているとはいえ、勢いを止められては魔晶石までは届かない。
「ウォォオオ……!」
フランケンシュタインが低い声で叫ぶと、長さが元に戻り始めた炎の刃の突き刺さった両腕を持ち上げた。
「うわっ!」
強い力で、簡単に俺の手から炎の剣が離れてしまう。フランケンシュタインは、元のサイズに戻った炎の剣を片腕から引き抜くと、側面の森のほうへと投げ捨てた。
「なあっ!?」
炎の剣が、凄まじい速度で飛んでいく。森まで届く間に放物線を描いて、森の手前の木々の上空を越えた剣は、どこへ飛んでいったかまったく見えなくなってしまった。なんて怪力だ。
「まいったな……」
胸の魔晶石を破壊するにも、ガードが堅い。接近して破壊するのにも、あの腕の攻撃を受けると怪力でダメージがデカそうだ。なら――。
『メデューサクリスタル』
『ヘビーブロッサム』
バックステップして距離を空けた後、モードシフトして石化の必殺技を発動させる。人造人間にも効けばいいけど。
何匹もの黒く光る蛇がフランケンシュタインの周りの地面から現れる。だが彼が回転しながら振り回した腕に殴られて全滅してしまった。
「げっ! マジでか……」
先程のラファエルとの戦いを見ていて対処できたのだろうか。わからないが、また必殺技で消耗してしまった。荒い息をしながら俺は再びモードシフトする。もうこうなったらこれしかない。
『キックグレネード』
彼のガードを突破できることを願って、数歩の助走後に跳躍。胸の魔晶石目掛けて、蒼い流星になった。だが、いつもより脚の輝きも飛んでいく勢いも弱いような。体力が消耗しているせいか?
「ウオオオ……オオ……!」
俺の蹴りは、フランケンシュタインが両腕をバツの字に交差させたカードを崩すことが出来なかった。勢いが消えかけた右脚を掴まれ、片手で身体を振り回される。
「うっ、うわああッ! うわあああああーーッ!」
そして、先程の炎の剣のように投げ飛ばされてしまった。凄い勢いで屋敷の敷地の塀の上を越え、外の森の中を飛んでいく。うっ、嘘だろ!? 後ろ向きで飛んでいる為、視界に映る屋敷がどんどん遠くなり、闇夜に溶けて見えなくなった頃、俺は背中を木に打ち付け、その場に倒れ落ちた。
「ううぅ……どんだけ飛ばしてくれてんだよ……」
とんでもない怪力だ。身体を起こして座り込み、荒い息を整える。
そこへ、聞き覚えのあるヒュンヒュンという音が聞こえてきた。手を上げて、その正体をキャッチする。
「これは――」
灰色のクリスタルだった。今頃になって致命傷を与えたゾンビが倒れて、手に入ったんだろうか。それか、墓石の下にでも挟まってた?
「…………」
少し考え、さっそく使ってみることにした。フランケンシュタインに対して何か有効な手が得られるかも知れない。
モードシフトしてベルトに説明を求めるなどして得られた情報は、こうだった。
『ゾンビクリスタル』
・灰色のクリスタル。
・痛覚が無くなる。
・必殺技『ゾンビネーション』
死んだ生物をゾンビにする。
痛覚が無くなるのは使い所がありそうだけど、死者をゾンビにするのはどうかなぁ。一生使わないかもなぁ。
いずれにせよ、フランケンシュタインに有効そうではないかな。痛覚を無くして捨て身で彼の魔晶石を破壊しようとしても、吹っ飛ばされてしまう気がするし、下手すると中級ポーションでも治らない大怪我を負ってしまうかも知れない。
モードシフトで輝いている間の時間を利用する手も考えたが、やはり吹っ飛ばされたら同じだ。でも、相手の攻撃を弾けるかも知れないんだよな……。以前、変身中に坑道でエステルを抱きしめながら、ストーンゴーレムの拳を弾き返したことがあった。多分だが、これにも願望が反映されるんじゃないだろうか。
なので、上手く行けば攻撃を弾いてよろけたフランケンシュタインの隙を突く、なんてことが出来るのかも知れないが、輝いている状態も、無敵とは限らない。下手すると大ダメージだ。それに、光が消えた直後に攻撃を食らうかも知れない。光ってる間は視界が金色で周りが見えないし……。
フランケンシュタインと距離が離れたのをいいことに思案を続けていると、突然、右横から視界に真っ黒い塊が飛び込んできた。ビクリと身体を震わせている間に、右のふとももの厚手のラバー素材のような部分に、鋭い痛みが生じる。
――噛み付かれたっ!?
更に、すぐに視覚に次々と黒い塊が現れて、俺の身体に牙を剥いた。
「うぅああ! うわあああああッ!」




