第55話 闇夜の攻防
殺す気でやらなきゃいけなくなる――。そう確認した後、数メートルの距離を一気に飛びかかろうと思っていたが、そういえばひとつ、殺さずに済む公算が高そうな技があったのを思い出した。またうっかりするところだった。
なので、俺はそちらを選択することにした。メデューサクリスタルの石化の技『ヘビーブロッサム』だ。
しかし、この技は石化した相手が倒れ込んでバラバラに崩れる、というようなことがあるので、支えられなかったりすると殺しかねない。ラファエルなら平気かも知れないが。
『ヘビーブロッサム』
必殺技が発動し、ラファエルの足元に黒く輝く何匹もの蛇が地面から現れる。
「ククッ!? なんだこれは――!」
俺の技を見て楽しそうに笑うと、ラファエルが跳んだ。輝く蛇がその脚に噛み付こうと体を伸ばすが、ヤツの身体は形を変えてバラバラになり、散らばってその牙を回避する。沢山の蝙蝠へと姿を変えたのだ。
この石化の技、蛇が黒く光ってなければ闇夜では効果的だろうと思うんだけど。失敗だったか、残念だ。
ラファエルは4階建ての館の黒い屋根へと、元の姿で降り立つ。
俺もヤツを追いかけ、そこへと跳躍する。
「なっ……!」
下からコンスタンティアの驚いたような声が聞こえてきた。そりゃそうか。こんな厚い装甲纏ってる人間がこんなに高く跳んだら、そりゃびっくりするよな。
「うわっとと……!」
黒い屋根の上、ラファエルから5メートルほどの距離に着地したのだが、屋根の角度がかなり急で落っこちそうになった。明かり取りと通気の働きをする窓が付いた、屋根から突き出した小さな三角屋根が屋根の上にはいくつもあって、慌ててそのひとつにしがみつく。嫌な汗かいた……。
「ヴァアッハハハハ! なんなんだ、その力は! おもしろいなァ……実におもしろい! 貴様、一体何者だ?」
「……黒き魔装戦士クロキヴァ……って呼ばれてるよ」
「魔装……? まぁいい。クロクィヴァか、覚えたぞ。しかしいいのか? こんな足場の悪いところにのこのこやってきて」
「いや、距離を離されるとヤバそうだったから」
「下にいれば、じきに降りていったものを……。足場の悪いこの場所で、コイツをどう躱す?」
三日月の薄明かりしかなかった周囲が、急に明るく照らされた。ラファエルが胸の前で上向きにした掌から、青い放電現象を起こしたのだ。
こちらに突き出したヤツの掌から、放電が樹状に分岐し、前方に広がっていく。速い! 素速く横に飛んで、屋根から飛び降りる。しかし、逃げ切れずに数本の電撃が左脚に命中し、身体を駆け巡って全身に激痛が走った。
「うぎああ! 痛ってェエエ!」
空中でバランスを崩したが、なんとか体勢を立て直し、脚から地面へと着地する。
いや今の攻撃、普通は死んじゃうんじゃないの? 漫画とかでは死なないけどさ。変身してるおかげか、魔法抵抗力とかが働いているためなのか。
「ほう……。我が電撃の魔法を食らい、あの高さから降りても動けるか」
ラファエルが背中に大きな蝙蝠の羽を生やして、ゆっくりと降りてくる。そんなことも出来るのか。そして、再び掌を上向きにし、放電現象を起こすラファエル。
射程は7~8メートルってところだが、広範囲に広がる為にこの電撃を回避するのは難しい。魔法壁でも使えれば防げるかも知れないが。
俺は、すぐにストーンゴーレムを呼び出した。地面から大きな石が次々に出てきて、組み合わさり、ゴーレムへと形作っていく。
ラファエルがこちらに掌を突き出したのを見て、まだ上半身くらいしか形成しきれていないゴーレムの体の後ろへと、素速く丸まって身を隠した。
「あぶなっ!」
ゴーレムからはみ出していた脚を引っ込めた瞬間、その場所に放電による音とともに、雷撃が通り抜けた。他にもはみ出しているところはあったが、この攻撃は細かいコントロールは付けられないようだ。ギリギリ当たらずに済んだ。
ストーンゴーレムは地面から出てきていた石が止まった上に、動かなくなった。雷撃による損壊でやられてしまったようだ。
「ヴァッハハハハ! どうした!? 隠れていていいのか?」
「……よくないな」
「ならばどうする? 先程のように一時、身体を光に包んで我が電撃を耐え、近付いてみるか?」
「…………」
いや、多分そうやってモードシフトで攻撃を防ぐやりかたは通用しないだろうな。ヤツは近付かせてはくれないだろう。一気に距離を詰められなければ、広範囲の電撃攻撃を食らっちまうことになる。ああ、さっき数メートルの距離に近付いたときに、一気に距離を詰めて接近戦に持っていけばよかった。
「まぁ、そのままでいても同じだかな。次の雷撃で貴様を守る石は砕けるぞ?」
「だろう……な!」
俺はベルトのクリスタルを『ドラゴンクリスタル』に入れ替えてレバーを下げると、ゴーレムだった石のひとつを掴んでラファエルへ向かって飛び出した。
ラファエルの後ろには館の壁がある為、ヤツは背中の蝙蝠の羽で、横に飛び上がって距離を離そうとする。
変身やモードシフトで全身が輝いているのは約3秒。その間にヤツへは、届かなかった。
なので、俺は手に持った石を、ラファエルがまさに突き出さんとしている腕へと投げ付けた。それによって、ヤツの電撃攻撃をリセットさせてしまう狙いだ。
「グウッ……!」
石は当たった。腕を逸れて、脇腹へと。
「狙いが逸れたようだなァ……!」
ラファエルは大きく口角を開け、牙を剥き出して笑顔を零した。そして、その腕から雷撃を迸らせる。少し上空から樹状に広がる雷撃の無数の枝が、俺に命中した。
「ぎあああがああああッ!」
激痛。普段、感じるものとは違うタイプの痛みが全身を駆け巡る。俺は立っていられず、膝を折った。身体から煙が噴いている。やっぱ普通は死ぬんじゃないの、これ。
離れたところから、仲間たちが俺の名を呼ぶ声が耳に届いた。
「ヴァアッハハハ! どうだ、降参するか?」
「いやぁ……まだだ」
『ブレイズブレイド』
ベルトのレバーを下げ、炎の剣を出現させる。
「ほう……! また変わったことを……! なんなんだそれは。燃えているではないか。熱くはないのか?」
「ああ……あんまり熱くない。俺以外が持つと、普通に熱いけどな……」
「ほおお……。今は熱に耐性がある状態になっておる、ということか?」
「ああ……」
ベルトのクリスタルとマスクの眼の色の変化を観察して、推測したようだ。馬鹿っぽいところもあるが、賢さもあるな。
「それで、どうするというのだ? それも投げ付けるのか?」
「どうかな……。行くぞ!」
俺は立ち上がり、ただ真っ直ぐにラファエルへ向かって全力で駆けた。
「図星だったか! 終わりだな!」
ラファエルが羽ばたき、後ろ向きに飛んで逃げる。掌を上向きにして、放電現象を起こしながら。
俺はレバーを下げた。
『ブレイズフォース』
炎の剣が重くなり、炎の勢いが増して明るく輝き、辺りを照らす。ラファエルの放電現象と合わせ、周囲はかなりの明るさになった。
「うおあああああッ!」
叫声を上げながら炎の剣を振りかぶり、数メートル上空のヤツの元へと飛び上がって近付く。ラファエルが上向きにしていた掌をこちらを向けようと動かすのを視界に捉えながら、俺はありったけの力で剣を振り下ろした。
「――何ッ!?」
炎の剣は大きくリーチを伸ばし、ラファエルを右肩から袈裟懸けに斬り裂いた。やったか!? だが、変だ。手応えが弱い。見ると、ラファエルの身体の斬った部分が何匹もの蝙蝠へと変わっていた。
――マズイ! おそらくあまりダメージにはなってない!
『ブレイズドラゴン』
空中を落下しながらレバーを2回下げ、炎の竜を呼び出す。
「ドラゴン、ヤツを燃やせ!」
着地し、命令を下しながら全身が蝙蝠になって拡散しつつあるラファエルの元へ俺自身も跳躍し、両手を突き出した。
「燃えろォオオオ!」
両の掌から、ありったけの炎をラファエルを包み込むように放出させる。蝙蝠化したラファエルを炎が包んだ。その炎の中へ炎の竜も飛び込み、ラファエルを燃やしていく。
「グァアアァアーーッ!」
焼かれ、元の身体に戻ったラファエルは悲鳴を上げて、煙を上げながら数メートルの距離を落下し身体の側面から地面に落ちた。
必殺技で体力をまた消耗した俺は、荒い息を吐きながらヤツの元へと行き、首根っこを掴んで拳を構える。
「降参するか?」
「……ぐッ……! グヌゥ……! グヌゥウウウウ……!」
ラファエルはそれに答えなかったが、がっくりと項垂れたので、手を放した。それで、ヴァンパイアとの戦いは終了した。
「吾輩がッ……不覚を取るとは……!」
悔しがるラファエルの横をすり抜け、皆が集まってくる。
「ロゴー!」
「ゴロー様~! すっ、凄い戦いでしたね! 私、びっくりしちゃいましたっ!」
「やりましたね、ゴロー様」
「ゴロー!」
「やったなァ、兄ちゃん! ホント凄ェ戦いだった! これで魔晶石も手に入ったよ~!」
「待って……。まだ魔晶石はあげられない……」
飛んできたのか、いつのまにかコンスタンティアが俺の背後にいて、そう告げてきた。
「どういうことだ、コンスタンティアよ。吾輩とクロクィヴァとの決闘を汚すつもりか」
「……魔晶石を作っているのは私……。私は許可した覚えはない……」
「いや、しかしだな……。そんな感じだっただろう!?」
「気が変わった……。私の人造人間に勝てたらあげる……」
コンスタンティアが振り返った向こう、俺がラファエルをキックグレネードで吹き飛ばして空けた壁の大穴から、大男がのっそりと現れた。
緑色の肌をしていて不気味な顔で、四角い頭部にはツギハギがあり、黒い短髪。身体のあちこちにボルトのようなものが刺さっている。
あれって……。
「彼も闘技大会に出るの……。紹介するわ……フランケンシュタインよ……」




