第53話 選択
やばい……! やばいやばい!
ゾンビたちが迫ってきている。
慌てて墓石と地面の中に埋まってしまった右脚を引き抜こうとするが、砕けた墓石が地面と脚の隙間に崩れて潜り込んでしまっていて、引き出せない。
「ロゴーー!」
「ゴロー様!」
「ゴロー!」
「兄ちゃん!」
離れたところに居る皆の声を耳に入れながら、思い切り脚を踏ん張る。
「くっ……! なんだよこれ、重い……!」
墓石と地面は上に盛り上がるが、脚は引き出せない。そうしているうちに、後ろからゾンビに肩を捕まれ、噛み付かれた。
「痛っ……!」
噛み付かれたのは装甲部分なのに痛覚があるのは、俺の変身ヒーローの願望というかイメージというか、そういうもののせいなのだろうな。強い痛みではないが、かなり顎の力があるようだ。厚手のラバーのような部分を噛み付かれたらかなり痛そうだ。
そう危機感を持ちながら、腰を回して後ろのゾンビにエルボーを浴びせる。ボディを破壊した感じがしたが、ゾンビは食い付いたまま離れない。他のゾンビたちも、すぐそばまで迫ってきていた。
ど、どうする!?
とっさに『ドラゴンクリスタル』を掌に出現させる。炎の剣の必殺技で敵を――だけど、間に合うのか?
そんな不安を抱えつつ、ベルトのクリスタルを取り出そうとしようとしていると、何体ものゾンビたちが俺に群がってきて、身体のあちこちに食い付いてきた。
「うあああああッ!」
やっぱり、ラバーのような部分はかなり痛い! 二の腕とふとももに強い痛みが走る。走り続ける!
他の箇所にも痛みが続き、しっかりとした意識を保てない中で、思考した。更に迫ってくる大量のゾンビたちに群がられた中で、空中に浮かぶ炎の剣が掴めるか? 必殺技で腕を振るえるか? 無理じゃないか……? ダメならどうする。どうすりゃいい……!?
「ロゴーーーーッ!」
先程よりも大きな、憂わしげな声。悪い、またドジしちまった。
こうなったら、掌からの炎で自分の全身を焼くか。そうしてゾンビが離れたところで炎の剣の必殺技を使えば……。
痛みに耐えながら、ベルトのクリスタルを入れ替えようと手を伸ばし、視界に映る埋まった右脚を見て、はたと気付く。
待て。もう選択ミスは許されない。失敗すれば、痛みで失神したり、ラバーのような部分を噛み千切られて、俺もゾンビにされてしまうかも知れない。
炎で自分を焼いて、ゾンビが本当に離れるのか? 大体、それじゃ脚は抜けないままじゃないか。なら、炎の剣の必殺技で足元を斬って……。いや、切れ目が入るだけで抜けないんじゃ……。そもそも必殺技が出来るかどうか……。必殺技…………。
――ああ、そうか。
思考が、行き着いた。
そのときにはもう、大量のゾンビに俺の身体は覆い隠されているような状態だった。それでも更にゾンビたちが群がってきて、俺に届かないゾンビが他のゾンビを押し、俺に圧力をかけてくる。気持ちの悪い呻き声を発しながら。
アイディアを、実行する。クリスタルは入れ替えず、もう一度レバーを下げた。
『キックグレネード』
音声が鳴り、右脚の埋まった隙間から、蒼い輝きが漏れ出しているのが、ゾンビたちの身体の隙間から見える。
「うおおおおあああ!」
渾身の力を込めて、引き抜けない脚をそれでも出来る限り上げ、そして踏み下ろした。輝く右脚の周囲に衝撃波が発せられ、土と砕けた墓石とゾンビたちが吹っ飛ぶ。背中にいる2体のゾンビは飛ばされなかったが、狙い通りだ。
『ドラゴンクリスタル』
『ブレイズブレイド』
『ブレイズフォース』
すぐさまクリスタルを入れ替えて炎の剣を出し、必殺技を発動した。この技はリーチの長い強力な炎の剣の一撃だ。だったら――。
「一回転しても『一撃』だろッ!?」
2体のゾンビを背負ったまま、斬撃が一回転するように、再び周囲から迫ってくるゾンビの群れに必殺技を浴びせた。近くにいるすべてのゾンビの上半身や首が真っ二つになり、重力に引かれ、落ちていく。
背中のゾンビのうちの1体が回転によって剥がれ落ちたので、そいつの頭に蹴りを入れ、肩に噛み付いているもう1体の頭に炎の剣を叩き込んでトドメを刺すと、俺は仲間の皆の元へ戻るべく、少し離れた墓石に目を付け、再びゾンビたちが集まってくる前にそこへ跳躍した。
その墓石の周辺にもゾンビがいたが、奴らの腕が届く前に、仲間の元へと再び跳躍する。
「ロゴー!」
「ただいま。いや~、ヤバかった……」
「無茶をするなっ」
「えっ!? リヴィオ?」
眉を悲しそうに寄せたリヴィオが取り縋ってきて、驚いた。
「あ、ああ……。ごめん……」
そんなに心配させちまってたのか……。浅慮な行動を反省し、少し悄気ながら、今後を考える。
元気なときにはよくわからなかったが、必殺技は使う度に体力を少しずつ削るようだ。それも、感覚的には連続で使う間隔が短いほど、体力の減りが大きいような気がする。
今までになく短時間で多く必殺技を使ったので、さっきの二度目のキックグレネードからだいぶこたえてきていた。
「皆、悪い。ちょっと休ませてくれ。それと、今夜はヴァンパイアに会うのは諦めよう」
皆がそれに賛同してくれた。今宵は無理をせず、ゾンビの数を出来るだけ減らすことにしようと決め、再び墓地から離れようとしたとき、空から不思議な音色が鳴り響いた。
「なんだ?」
音の鳴るほう、消えかけたディアスの光の粒の魔法に彩られた夜空に浮かぶ三日月に重なるように、白いドレスのようなものを纏った、薄い銀色の髪の女性が宙に浮かんでいる。
そして、その音色を聞いたゾンビたちが、動かなくなっていった。
「何者だ!? 飛行魔法とは……しかも、普通と違う……?」
ディアスが動揺している。空を飛ぶ魔法を見たのは初めてだが、あれが普通ではないのか?
「お迎えだといいねェ……。おおーーい! コンスタンティアさーん!」
どうやらベルナ・ルナが知る人物のようだ。彼女が大声で手を振ると、コンスタンティアと呼ばれた女性がゆっくりとこちらに飛んでくる。
「やはり風の魔法で飛んでいるのではないな……。身体も服も動かなすぎる……。なんだ、あれは?」
「へぇ、風魔法だとそうなのか。重力でも操ってんのかな?」
「じゅうりょく?」
あ、この世界に重力の概念はないのか。
「ディアス、その説明は後で。ベルナ・ルナ、あの女性がヴァンパイアなのか?」
「いんや。あの人はヴァンパイアの奥さんさ」
奥さんいるのか。
その奥さんは、ふよふよと俺たちのそばまでやってくると、なんだか気怠げに言葉を紡いだ。
「ゾンビたちを全滅されたら困るわ……。要件なら聞くから、こっちに来て……」
年齢のよくわからない、綺麗な女性だ。オッドアイで左が金色、右が淡い緑色をしている。かなり長い睫毛も印象的だった。それに、白いドレスかと思っていたものは、実際には白いワンピースに白衣という姿だった。
「ひ、ひぃい~……」
墓場に入り、動かなくなったゾンビたちの中を進んでいく。道にいるゾンビのすぐ脇を通り抜けながら、フリアデリケが小さな悲鳴を上げた。
墓場を抜け、森の中の小道を暫く進む。すると、立派な洋館が姿を現した。屋根の色が真っ黒で、なんていうか、いかにもヴァンパイアが住んでそうなデザインの家だ。
「ほおぉ……」
興味深そうにディアスがそれを見上げる。目の色が、楽しそうだ。
堀に囲まれた屋敷の門を皆が潜った頃、十数メートル奥の玄関前に着地するコンスタンティア。すると、黒く塗られた扉が開け放たれ、もう一人の人物が姿を現した。
もう、間違いなくヴァンパイアだ。見た目は40代くらいに見える長身の男性で、犬歯が牙になっていて、ドラキュラっぽい格好をしている。白いシャツに亜麻色のジャボというひだの付いた胸飾りをしていて、黒のベストにズボンにマント。そして、マントの裏地は真紅だ。
「ヴァッハハハーー! ようこそ、吾輩の館へ! 我が名はラファエル・フォン・グランキャッスル3世。魔人、ヴァンパイアにして伯爵だ。貴様ら、随分と騒がしくしておったな。ゾンビどもを蹴散らし、この館に向かおうとして実現できそうな者どもなど初めてのことだ、歓迎するぞ! ヴァアッハッハハーー!」
「伯爵っていうのは、箔を付けたくてそう言ってるだけだから……。税金、取り立てないでね……」
「なぁッ!? コンスタンティアよ、そんなこと今言わんでよかろう!?」
……残念な感じだ。あ、隣にいるディアスの瞳の輝きが曇ってる。




