第52話 怒りのルーシア
墓場から離れると、確かにゾンビたちは追ってこなくなった。
「うう~……。ううぅ~……」
「フリアちゃんどうしたの? ゾンビみたいな声出して……」
「怖かったよう~。鞭がゾンビで汚れちゃったよう~。もう使いたくないぃ~」
「よしよし。鞭にはゾンビじゃなくても血とかは付きますよ。我慢なさい」
「でも、だって、腐ったのがホラ、へばり付いてて~……」
「あとで洗えば大丈夫でしょう。村には井戸がありましたよ。なんならベルナ・ルナさんから浄化ポーションを買い取りましょう。ゴロー様が儲けてくださったお金があります」
俺の許可は取らないんですか。まぁいいけど。
「兄ちゃんって儲かってんのかい?」
「まぁ、そこそこ……」
「へぇ~、じゃあ割増料金で売ろうかねェ」
しししし、とベルナ・ルナが笑う。これは冗談だ。旅のあいだにわかったのだが、彼女はこんな風に相手との距離を縮めてくる。といっても、あまりこういった冗談を好まなそうなディアスやリヴィオには言わないのが、彼女の賢いところだ。
「ゴロー様は、乗ってきた馬車のさすぺんしょんや、旅の最中に遊んだおもしろいトランプゲームの本の作者だったりするのですよ」
自慢気に豊かな胸を逸らすルーシア。
「へぇえ~! 凄ェんだな、兄ちゃん! 大貧民とかスピード、おもしろいもんなァ。帰ったら鍛冶屋の連中にも教えてやりてェよ。そんでアイツラが慣れてくるまでにガッポリ稼いで……うししし」
悪い顔をしているなぁ。旅の途中でも、果物やチョコなどを賭けてトランプをしていた。
「と、まぁそりゃァ置いといて。どうすっかね、あのゾンビども」
「迂回できないというのならば、倒すしかないのではないか?」
「魔法使いのイケメン兄ちゃん、アンタのいう通りなんだけどさ。出来るかい? エンバーミングの腕がいいせいか、かなり古い死体までゾンビになっちまってたみたいに見えた。何百体相手すりゃいいかわかんねェよ……?」
「ゾンビというのは、昼間も出てくるのか?」
「数はだいぶ少なくなるねェ。だけど、今度はヘルハウンドたちが館の周りを守るようになる。肝心のヴァンパイアも寝てるしさ」
「ヘルハウンドというのは大きな犬だろう? そいつらを倒して、ヴァンパイアを起こせないのか?」
「犬ったって、ゾンビより危険だぜ? それに、そんなことをしてアイツの機嫌を損ねるような真似はしたくないねェ。何せ、こっちは頼み事に来てる立場だからさ」
「そうか……。ならば、やはり倒すしかないか……」
「いやァ、そうかもしんないけどさァ……」
暫しの沈黙の後、ふたりが俺を振り向いた。
「ゴローなら、全滅させることが出来るんじゃないか?」
「え? いや、う~~ん、どうだろう……」
「最も少ない危険で先に行く方法は、ゴローが敵を殲滅することだと思うのだが……」
「ま、待て! ロゴーは確かに強いがな、ゾンビだって侮れないんだぞ。扉を破壊して侵入してくるぐらいにはパワーもある。ロゴーひとりに任せるのは危険だ」
「心配するな、リヴィオ。何もひとりで戦わせようというのではない。基本的に俺たちは後方支援に回って、ゴローが危険になったら助けるという作戦ではあるが、もうひとり後方からメインで戦って貰う。フリアデリケにな」
「へ? 私……?」
「無理をせず、前に出過ぎずに鞭を振るえばそれでいい。先程の戦いを見ていたが、それでも随分な助けとなるハズだ」
「え、ええぇ~……」
フリアデリケは涙目で青い顔をしていたが、自分の役割を果たそうと懸命に自分を奮い立たせ、承諾した。偉い子だなぁ。
「どうしてもダメなら、私が代わりますからね、フリアちゃん」
「うん。ありがとう、ルーシアお姉ちゃん!」
そして、再びゾンビたちの元へ戻る俺たち。
ストーンゴーレムはバラバラにされてしまっていた。石は砕かれていないが、体を構成する聞いていた通り、ゾンビには結構パワーがあるようだ。気を付けないとな。
俺も、作戦を考えた。
まず、ストーンゴーレムを再び呼び出し、ゾンビたちを出来るだけ引き付けて貰う。次に『ドラゴンクリスタル』にモードシフトする。そうするとストーンゴーレムはただの石に戻ってしまうので、素速く炎の剣の必殺技で、ゴーレムが集めたゾンビたちを斬るのだ。その際は、なるべく頭部を狙うことにする。這って来られると、下にも注意を向けなくてはいけなくなって余計に大変になりそうなので。後は、これを繰り返すのだ。
実際にやってみると、思っていた以上の効果があった。這ってくるゾンビはフリアデリケが俺の後ろをちょこまかと移動して鞭で倒してくれるので、かなり助けられている。
そうして、少しずつ墓地の奥に進んでいったとき、アクシデントが発生した。
「きゃああ!」
「――ッ!? フリアデリケ!」
悲鳴に振り返ると、フリアデリケの足元の地面からゾンビが上半身を這い出させ、彼女の足首を掴んでいた。
「うあああッ!」
ゾンビが更に這い出てきて、掴んだ脚に噛み付き、フリアデリケが悲痛な声を上げる。瞬間、その頭部に刃が疾走った。駆け付けたルーシアがロングソードを振るったのだ。自重を支える力を失い、グラリと傾くゾンビの頭。そして地面に崩れ落ち、動かなくなった。
「フリアちゃん!」
「フリア!」
リヴィオもフリアデリケの元へと駆け付ける。
「くううぅ……」
フリアデリケは顔を歪ませ、地面にへたり込んだ。
「ま、まさかお墓の前じゃなくって、通路の地面にもいるなんて……。ごめんなさい、フリアちゃん……! 私のミスです……!」
「いや、私も気付けなかった。ルーシアだけのせいじゃない……!」
「ふ、ふたりのせいじゃないです……。えへへ、これくらい平気です。すぐにお姉ちゃんがやっつけてくれたから。でも、脚を噛み千切られるかと思っちゃいました。こわかったあ……」
大粒の涙をぽろぽろ零しながら、フリアデリケは笑顔を見せた。
迫ってくるゾンビたちをストーンゴーレムに任せてばかりでそちらを見ていた俺は、ディアスに叱責される。
「ゴロー、気を抜くな! こっちは私に任せろ!」
そして、銀の杖を俺に掲げると、フリアデリケの元へ向かっていく。
「ルーシアさん、浄化ポーション! アタイが妹ちゃんの代わりやるよ!」
ルーシアにポーションを投げ渡すと、ベルナ・ルナは俺のそばに駆け寄ってきた。
「いえ……私がやります。ベルナ・ルナさんは下がっていてください……。ゴロー様はサポートを」
ルーシアが発した言葉は、今までに聞いたことのない冷たいトーンだった。
それを耳にしながら目前のゾンビたちを片付けて振り返ると同時に、黒のロングスカートのメイド姿のルーシアが俺の横を黒き一陣の風のように通り過ぎる。再び正面を向いてその姿を捉えようとする間に二度の斬撃音が鳴り、2体のゾンビが頭部を破壊されて倒れ始めていた。ルーシアは視界には入っているが、視線を合わせようとするともう次のゾンビへと移動していて、ゾンビたちの群がる中ではゾンビの影になって目で捉えるのは難しい。
「サポートったって……速すぎて間に合わないぞ……」
特訓の最中にも見せなかった、驚異的な力をルーシアが発揮している。しかし、こんな戦いかたは危険だ。そうじゃなかったら、彼女はとっくにそうしていたハズだし。リスクを取るほど、もしくはそれが見えなくなるほど、怒っているのだろう。
「ルーシアさん!」
俺が大声を上げると、幾度かの剣撃音のあと、ゾンビたちの群れの向こうからルーシアが身体が半分、上に出てきた。
「え?」
どういうことだ? と思ったが、すぐに気付く。墓の上に乗ったのだ。彼女は墓の上を何度か飛んで渡り、空中で身体を捻って体勢を整えると、俺の隣へと着地した。
「ふうっ。流石に危ないですね。あとはゴロー様にお任せします。ホラ、かなり纏まったでしょう?」
微笑みかけながら、汚れたエプロンを外してバサリと払いのけるように捨てるルーシア。
これは、チャンスだ。
「ルーシアさん、皆も急いでディアスの魔法壁の中へ!」
そう叫んで『ゴロークリスタル』にモードシフトすると、俺は高く飛び上がる。そして、レバーを引いた。
『キックグレネード』
そうして、蒼く輝く右脚で、夜空の流星のように光の尾を引きながら、ゾンビたちの群がる中心地へと必殺の蹴りを叩き込んだ。
その場にあった墓石が砕け散り、蹴りの命中したゾンビが爆発する。次々に誘爆するハズ。そう思った。
だが、それは浅はかだった。ゾンビたちは数体が爆発しただけで、他は爆発に巻き込まれても誘爆しなかったのだ。そうだ、脳のどこかを破壊しなくてはならないんだった。
ゾンビたちに囲まれた状態の俺は、そこから離脱する為に再び大ジャンプしたかったが、キックによって脚が墓石と地面に埋まり、すぐには抜けなくなってしまっていた。




