第51話 vs.ゾンビ
「きゃあーーー! ルーシアお姉ちゃん~っ!」
「ぐぅぇっ。 フ、フリアぢゃん……首が、じまっで……」
ゾンビたちが土の中から這い上がり、立ち上がってこちらへと向かってくる。よく見えないが、かなりの数だ。
「なぁ、コイツらに噛み付かれたら自分もゾンビになっちまったりするのか!?」
「そうそう、気ィ付けてな、兄ちゃん! 噛まれたとこから腐ったりもすっからさ」
「こ、こわ~……」
「だから、ちょっといい浄化ポーション持ってきてるぜ。ゾンビ化も、腐るのも防げるやつさ~」
「えっ……。てことは、ゾンビいるの、知ってた?」
「あっ……。悪ィ、兄ちゃん。また言うの忘れてたわ」
「…………まぁ、いいけど」
まぁ、事前に聞いてたら嫌だな~って何度も憂鬱になってたかも知れないから、聞かなくてよかったかも。
そう思いながら、俺は『ゴブリンクリスタル』で変身した。
「おお~!? それが黒き魔装ってヤツか! 凄ェな、兄ちゃん!」
変身後の俺の姿に興味津々のようで、前に行ったり後ろに回ったりするベルナ・ルナに熱い視線を注がれる。
その彼女の手には、モーニングスターという武器が握られていた。鉄製の棒の先端に鉄球が取り付けてあり、そこに太く浅い棘がいくつも付いている。普通はもっと棘が細長いし、棒部分も木製のものがあるので、これは対ゾンビ用に持ってきたものだろう。木製じゃないのはゾンビの腐った身体が付くのを嫌がったのか、たまたまか。
「ロゴー! 数が多い! お前のクリスタルの為に手加減は出来そうにない!」
「ああ、安全を優先してくれ! 皆も! しっかし、かなりの数だな……」
「数百人規模の村だったと聞いていたが、村中の墓がここにあるようだな。村を追われることになったのは、ヘルハウンドという魔物によって数多くの死者が出たからと聞いているが、その為だろうか……」
「それもあるだろうが、昔から魔法による防腐処理が施されていたのだろうな。だからこんなにゾンビが多いのだ」
ディアスがそう弁ずると、銀の杖を掲げた。
「明かりを照らすぞ! 『スターダスト』!」
そして、魔法を発動させる。杖から空中に光の粒が散布されていって、周囲を照らした。
これ、確かオリジナルの魔法って言ってたっけ。オリジナルで便利な魔法を作り出せるというのは、実は相当凄いことらしい。他の者にも使いやすいものならば、国から報奨金が出たりするそうだ。ディアスのこれは、残念ながらそうではないそうだが。
でも、状況確認には仕方がないとは言え、ゾンビの姿はよく見えないほうがよかったなぁ。
映画やゲームで見るのと違い、本物がそこにいるというリアルさが恐いし、気持ち悪い。変身すると視力が増すから尚更よく見えるし、土から出てきたら異臭も増した。嗅覚はパワーアップしないようで、よかった……。
てか、ゾンビたちは事が済んだら、また土の中に戻るんだよなあ……。それを考えると、ちょっと笑えてしまうけど。
「きゃーーーーっ!」
姿がよく見えるようになって、フリアデリケが悲鳴を上げる。無理もない。ちょっとした悪夢だよ、これは。見える範囲で、30~40体のゾンビが蠢いている。気持ちの悪い恐ろしげな呻き声を上げている者も多い。それらが、俺たちにゆっくりと向かって来ていた。
フリアデリケは、姉のルーシアに戦いの手ほどきを受けてはいたが、実戦経験は殆ど無い。それが、いきなりこんな人体のグロいものを見せられたんじゃトラウマものだろう。俺だって、前の世界に居た頃にゾンビものを色々見ていなけりゃもっと狼狽してたと思う。
「こんな数、相手に出来ねェよ! 墓地からある程度離れりゃァ追ってこねェハズだから、突っ切ろうぜ!」
「こ……この中をですか?」
フリアデリケは声も身体も震わせて怯えている。
「迂回は出来ないのか?」
俺が尋ねると、夜の森に入ってヘルハウンドの群れに襲われるより、ゾンビたちのほうがずっとマシらしい。
村の周囲の森からは、確かに犬のような遠吠えが時折、聞こえてきている。ブランワーグ戦で大量出血したことを思い出し、恐怖が背中を這いずる。森の中じゃあ、皆を守ることも出来ないかも知れない。
「じゃあ、迂回せずにやるしかないか……!」
そうこうしているうちに、一体のゾンビが俺の目の前までやってきていた。そいつに拳を叩き込むと、腹部が抉れて内蔵が背面から飛び出し、俺の腕には固まった血やら肉片やらが付いた。
「う、うわあ~……」
気持ち悪っ。ディアス~、やっぱり暗いほうがよかったんじゃないかな~。
しかも、ゾンビはそれで倒せたわけではなく、俺に向かって両腕を広げて掴みかかってくる。
「うわっ! このッ!」
ボディに連続でパンチを叩き込む。そのうちの一撃がゾンビの背骨を破壊し、身体が折れ曲がるとふたつに千切れた。
「うわ、まだ生きてる!」
いや、死んでるのか? とにかく、まだ上半身も下半身も動いていた。
「頭を潰しな!」
隣でそう叫びながら、ベルナ・ルナがモーニングスターを目の前にゾンビの頭部に叩き込んでいる。
俺も、千切れて地面を這うゾンビの頭を踏み潰した。すると下半身も合わせて動かなくなった。千切れてるのに連動しているようだ。どういう原理だ。赤外線ででも繋がってるのか。
冗談だが、あながち冗談でもないような気がしながら、俺は目の前のゾンビたちの頭めがけて、飛び蹴りを浴びせていく。上手く潰せないで首が取れて飛んでいってしまうと倒せない。面倒な連中だ。
『ゴブリンアックス』
ベルトのレバーを下げて、ゴブリンクリスタルの必殺技を発動する。右手に1本、身体の周囲に宙に浮かんだ4本の原始的な片手斧が出現し、それをゾンビたちに投げ付けた。
この必殺技はこちらの意図を汲んでくれる。全部の斧を敵1体にぶつけたいときはそのように、複数の相手にぶつけたいときはそういう風に飛んでいってくれる。
前にいる4体のゾンビに斧が命中し、3体が倒れ、1体が腰を損壊させてまともに歩けなくなった。右手で投げた斧が命中したゾンビは頭部を砕いたことで倒したようだが、倒れた他の2体は立ち上がってくる。もう1体も頭部に斧を受けたのだが、たぶん動作に関係する脳のどこかを破壊しなくてはならないんだろう。
リヴィオたちのほうを見ると、彼女とルーシアはロングソードで戦っていた。ゾンビの頭部を攻撃して破壊するのだが、やはり脳のどこかを破壊しなければ頭がもげても動くので厄介だ。そこでふたりは、まず目を薙いで視界を奪い、それから戦っていた。成程。
フリアデリケはというと、あれだけ怖がっていたにも関わらず、革の鞭でゾンビたちの頭部を的確に捉え、どんどん吹き飛ばしていた。彼女のメイン武器は鞭なのだ。
ディアスは援護に光の矢を放ち、誰かが一斉に複数のゾンビに襲われないようにしているようだった。
しかし、数が多い。突っ切るどころか前に進める状況じゃない。奥からもどんどんゾンビがこちらに向かってきていて、このままでは数に押され、誰かやられてしまうかも知れない。
俺は『ドラゴンクリスタル』にモードシフトして、炎の剣を出し、更にレバーを1度倒して強力なリーチの長い一撃、『ブレイズフォース』で目の前にいる7体のゾンビを薙ぎ払った。
身長がまちまちなので、一撃で全員の頭部は狙えない。なので、胴体を真っ二つにする。動きは止められないが、それでも有効だろう。そう思っての攻撃だったのだが、上半身が這ってくる速度もそこそこあって、あまり効果的ではなかった。
「……しかも、臭っ。臭いっ」
焼けたゾンビの強烈な異臭が辺りに広がっていく。
気持ち悪いけど、炎の剣じゃなくて直接殴ったり蹴ったりしたほうがいいな。変身解除すれば綺麗になるから。
「ベルナ・ルナさん! これは突っ切れる数じゃあありません! 下がりましょう!」
「そうだねェ! こんなにいるなんて想定外だよ! うわッ!?」
ルーシアとの会話でよそ見をしてしまったせいか、地面を這いずってきた上半身だけのゾンビが、ベルナ・ルナの足首を掴んだ。
「このッ……やろッ!」
そのゾンビの頭をモーニングスターで叩き潰したのはいいが、そうしている間に他のゾンビが彼女のすぐ直前まで迫っている。
『メデューサクリスタル』
ベルトから渋くてカッコイイ音声が流れ、黄金色の輝きに全身を包みながら、俺はベルナ・ルナの目前にいるゾンビにタックルをかましてふっ飛ばした。パンチじゃあ止められない可能性があったので。
輝きが収まって、紫色にマスクの眼が夜の闇に発光し、消える。
「た、助かった、兄ちゃん!」
「ああ。先に逃げてくれ! ストーンゴーレムよ、いでよ!」
俺の願いに応じ、地面から多くの灰色の石の塊が現れ、それが人型を成していく。2メートルくらいの大きさのストーンゴーレムが、俺の目の前に姿を現した。
「ゾンビたちを食い止めろ!」
そう命令を下すと、ストーンゴーレムはその太い腕を振るって、迫ってきたゾンビたちを攻撃し始めた。
「出来れば、脳を狙え!」
そう伝えると、命令に従って、ゾンビの頭部に大きな拳を叩き込んだ。
やがて、沢山のゾンビたちに取り付かれ、組み付かれて、ストーンゴーレムの姿がゾンビたちでよく見えなくなっていく。
その様子を見ながら、俺たちは後退した。




