第49話 三度現る
アンバレイ家の、広くはないが手入れの行き届いた庭。そこに俺の特訓の為、ルーシアとフリアデリケとで集まっていた。地植えされた金木犀が短い開花の時期を迎えていて、辺りには甘くて強い香りが漂う。
この香り、俺は好きなのだが、そういえば幼い妹はちょっと苦手だと言っていたなぁ……。
「慣れてきましたか?」
「いえ、まだ全然……」
杖を掲げ、そこに篭められた魔法を発動しているルーシアが問いかけてくる。杖は坑道でメデューサが持っていたもので、回収したディアスから借り受けてきたものだ。周囲の生物の身体の動かしかたを変えてしまう魔法が篭められていて、それに慣れる為の特訓中なのだ。
「慣れるどころか気持ち悪くなってきた……」
「わ、私もれす~……」
隣には青い顔をしたフリアデリケ。ついでだからと一緒に特訓させられている。
「あ、片目を瞑ろうとすると、反対の目が閉じられるぞ」
「あははは、おもしろい~」
「大体が、動かそうとする方向と逆に動きますが、瞼は左右逆ですね。色々試してみてください」
数分前は、こんな感じに楽しんでいたのだが。
「うーん、攻撃されて必死になったほうが慣れますかねぇ」
「え?」
ルーシアがどこからともなく布の巻かれた細くて短い木棒を出してきて、俺を叩いてきた。
「あ痛! いたっ。ちょ、ルーシアさん、痛い!」
「頑張って避けてください。反撃してもいいですよ」
「そんな、こと、痛! 言われたって。身体が、上手くう痛!」
「大丈夫、痣になったりしたら初級治癒魔法を掛けて貰いに行きましょう。お金ならあります。ゴロー様が稼いでくださったお金が。だから大丈夫です!」
「そういう問題じゃ、ひぃ! やめ、やめぇ……!」
「ルーシアお姉ちゃんは、特訓の際は容赦ないんですよ……」
しかし、その甲斐あって一日でだいぶ動けるようになったのだった。
そして、その日の夕食後、家の皆で食卓を囲んで食後のデザートを食べながら歓談していたときのこと。
「私も、闘技大会に参加するぞ!」
リヴィオが立ち上がり、俺たちにそう宣言した。
そういえば、貴族の家からひとり出せるんだっけ。
真剣な表情のリヴィオは、ルーシアに反対されることも覚悟の上で言っている、そんな感じがする。
「でも、殺しも有りだって言ってたから、危険だろ? リヴィオが無理に出なくてもさ……」
「おまえが国の為に出るというのだ。私も、例え勝利できなくても何かしら役に立つのではないかと考えてな。上級治癒魔術師もいる。即死するような怪我でも負わない限り、平気だ」
「う~ん……。でもなぁ。今はまだ、魔剣だってないじゃないか」
「それは、気掛かりだが……。一ヶ月以上経っているのだがな……。だが、例えロンドヴァルがなくとも出るつもりだぞ!」
「ダメです」
口を付けた紅茶のカップを静かに受け皿へと戻したルーシアが反対する。
「ルーシアはそう言うと思っていたが……。私とて、考えた末での結論だ。譲るつもりはないぞ」
「ダメです。私とて、譲るつもりはありません」
「お、お姉ちゃん……。リヴィオ様……」
ふたりをハラハラしながら見守るフリアデリケ。
「ルーシアが譲らなくとも、私は勝手に出るぞ!」
「なりません。なぜなら、もう私がエントリー済みだからです」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
「ええ~~~~~~~~っ!?」
ルーシアを除く俺たち3人の叫び声が屋敷に響く。
彼女は静かに食後のミルクチョコレートを嗜んでいた。
その日は、更に驚いたことがあった。
就寝前、ベッドに横になった俺の頭上に、アイツが現れたのである。
「やあ」
俺の頭の上に、白い湯気を立ち上らせるカルボナーラのパスタの皿が浮かんでいる。ねぇこれ、傾いて中身が落ちてきたりしないよね? 火傷しそうなんだけど……。
「……これって夢?」
「キミはまだ寝てないよー」
「だよな……。ひさしぶりだな。もう会えないと思ってたよ」
「寿命が尽きる前に、最後にキミがあれからどうしてたのか見たくなってねぇ。頭の中、見せてくれるかなぁ?」
「俺を最後に? 光栄だな。……ん」
冗談を言って、瞼を閉じて顎を少し上げる。了承の意図が伝わったのだろう、カルボが俺に近付いてきたのが、瞼の上に落ちる影でわかった。
「あははは。そっか~。大変だったねぇ。いやあ、やっぱりキミはおもしろいね」
「……そりゃどうも」
「でも……。あー、そっか……。まぁ、いいや」
「おい、そういう意味深なのやめてくれよ。もう会えないんだろ? 教えてくれ」
「えぇ? うーん。いやでも、もうすぐわかることだからね。先の楽しみにしててよ」
「……楽しみねぇ。いいことなのか?」
「そりゃあもう、キミにとっては嬉しいことさ」
ふーん、じゃあ、楽しみにしとくか。パワーアップフォームでも来たらいいなぁ。
「ところでさ、もし、もう一度会えたら聞きたいことがあったんだけど」
「エルトゥーリ・ブラン。エステルの兄のことでしょ?」
「流石、頭の中を読んだだけはあるな」
苦笑しながら上半身を起こして、宙に浮いたカルボと向かい合う。……美味しそうなヤツだ。
「悪いけど、キミに対する贖罪は済んでいるからね。これ以上、何かしてあげることは出来ないよ」
「そうか……」
「……でも、ひとつだけ教えてあげよう。あのとき、彼を助ける方法はあった。もう時間が経ってしまったので無理だけどね」
「マジか……」
そうだったのか……。気付けなかった。時間が経ったというのは、おそらく石化してからポーションが効くまでの時間が過ぎたということだろう。
「じゃあ、もう無理なのか……?」
カルボは答えなかった。その代わり、この世界と俺のことについて、少し語り始めた。
「魔法というのは、地球人類の願望を反映しただけじゃなくて、この世界の個の願望を叶える為に用意したものでもあるんだ。例えばねぇ、死んだ人を生き返られることだって、まったく不可能というわけじゃあない。そんな奇跡を起こすのはとてもとても難しいことだから、まだ誰も成功していないけどね」
「へぇ……」
「それでね、キミに関してはどうしようかと思ったんだよね。地球人は元々魔法を使えないけど、使えるようにするべきかどうすべきか……」
「どっちにしたんだ?」
「使えないようにしたよ」
がっくり。俺は肩を落とす。
「その代わり、変身ヒーローだからねぇ、個でなく群、自分でなく他者の願望を形にする力を宿したのさ」
「……クリスタルのことか」
「うん」
「じゃあ、やっぱり俺の力って魔法じゃあなかったんだな」
「キミはこの世界じゃあ、完全なイレギュラーだよ。あ、そうだ。キミ、他のクリスタルからでも変身できるようになって欲しいって思ってるじゃない? まだ出来てないことにびっくりだよー」
「え!? どうやるんだ?」
「クリスタルを5つ集めたら出来るようになるよ」
「マジでか……」
「クリスタルは、魔物を殺す以外にも手に入れる方法があるからね。1回きりのやつとかもあるよ」
「ど、どうすればいいんだ?」
「それは秘密。でもまあ近いうち、ひとつ手に入るんじゃないかな」
どういうことだろうか。さっき言ってた先の楽しみってやつか?
「ああ、そうそう。魔法は使えないって言ったけど、キミの予想通り、魔法の道具が発動できるように、ほんのちょっとキミにも魔力があるよ」
「やっぱりか。気が利くな」
「ふふーん」
あ、なんか湯気が増えた。ドヤるとそうなるの?
「ところで、話は変わるんだけどさ。俺、こないだ歴史の本を読んだんだけど、この世界っていきなりこんな風に作ったわけじゃなかったんだな」
「うん。いきなり大量に無数の個性を作る力もエネルギーもないからね。人が火を使い始めた辺りから、色々調整して作っていったんだ。だけど、進化しないわけでも、文明が発達しないわけでもないよ。現にキミは、文明を発展させたわけだし」
「そうみたいだな。俺はてっきりずっとこんな世界なのかと思ってたよ」
「まぁ、地球人類の願望を反映して、今くらいの状態がなるべく長く続くようにバランスを考えて作ってはいるんだけどね。キミという存在も誕生させたし、私はもう見れないし、いいかなあって」
「そ、そっか……」
「キミのこれから先が見れないのが残念だよ。それじゃあ、もう行くね」
「あ、待った!」
「家族のことなら、アフターケアしておいたよ」
「……お見通しだな。ありがとうな」
「うん。じゃあね。さようなら」
「ああ。さよならだ」
そうして、カルボの姿は消え去った。




