第48話 査定
リズオール姫に貴族階級に存続してくれと言われてから、一ヶ月が過ぎた。今日はとうとう査定の日だ。
当初、無理かと思われたアンバレイ家の査定合格。しかし、サスペンション付きの馬車の試作品が完成し、アンバレイの名を伏せることで多くの貴族や商人から購入予約を得ることが出来た。フーゴたち職人の頑張りによって、ミ○四駆では断念したショックアブソーバーも搭載済みだ。まだ性能面では納得がいっていないが、これ以外でも後はフーゴたちがより良いものにしていってくれることだろう。
それで、アグレイン国の宰相からまず査定は大丈夫であろうとお墨付きを貰えたので、けっこう気楽なものだった……のだが。
「アイディア料の支払い期間が短い。これでは不合格だな」
ふたりの査定員のひとり、四角い片眼鏡をかけた小太りの中年男が冷たくそう言い放った。
サスペンションを使った馬車のアイディア料の支払いは、製品の販売を始めてから4ヶ月ということに決まっていた。短く思えるが、特許のないこの世界では契約者以外に真似されてしまうと、アイディア料の支払いの分、損をしてしまうのでこんなものらしい。
「なぜですか? 充分でしょう!?」
馬車などの製作を依頼した工房にて査定が行われていたので、その場にいたフーゴが口を挟むが、聞く耳を持たない。
「だったら、ウチが今期の不足している額を肩代わりします! いいですよね、工房長!」
「あ、ああ……」
熱り立つフーゴがそう提案したが、支払う能力のない貴族を合格にすることは出来ないと、通常の査定ならば問題にはならないことを言い出した。こりゃあ、完全に何者かの息がかかってるな……。
そこで、スゴロクやトランプのルールブックの成果もアピールしてみる。どちらも2週間で販売にまでこぎつけ、売上も好調で、トランプの新しいゲームが流行っていることは自分の耳にも入っていた。
「ほう……。あれは、貴殿が……。だが、それも大した金額にはならないだろうなぁ。ルールが知られてしまえばルールブックを買う必要もないわけだしな」
「だが、娯楽というものは生きる上で素晴らしいものだぞ。そこを評価して貰えないか?」
リヴィオの願いにも首を振る中年査定員。
他にも、闘技大会の開催中に有名な人たちが人狼を行って、それを観覧できるイベントも行われることに決まって告知もされたので、その提案者であることなどをアピールしてみたのだが……。
「申し訳ありませんが……」
もうひとりの女性査定員もぺこぺこと頭を下げるばかりで埒が明かない。
あとはもう、コンテナ関連の説明をするしかないのだが、一応これ、秘密にしてるんだよな。工房の中に入るとコンテナとか丸見えだけど。
女性査定員が物珍しそうにコンテナのそばにある風船のようなものを見ている。先程からあちこちきょろきょろと見回しているので、こういうところが珍しいのだろうか。そこに、フーゴが声をかけた。
「気になりますか? これも、アンバレイ家が持ち込んだアイディアなのですよ」
「へ、へぇ……。これは一体……?」
「衝撃を吸収する緩衝材です。積荷が壊れないように、間に入れるものです。触ってみますか? どうぞ」
笑顔で手渡される、巨大なソーセージのようなそれ。中に空気が入っていて弾力があり、受け取った女性査定員は、ぐにぐにと押して戻る感触を確かめた。
「もっと強く押しても平気ですよ」
「これ、なんなのですか?」
「この辺り、エークって豚みたいな魔物、いるでしょう? あれの腸です」
「ひゃあ!? ひ、ひえええ……」
女性査定員は綺麗な巻き毛をした、いかにも育ちがよさそうなお嬢様だったので、予想に違わず、驚いて緩衝材から手を離し、尻餅をついた。
この緩衝材は俺が思い付いて提案し、ソーセージを作ってる店や冒険者に話を聞いて回って、ゴムのような腸を持つその魔物がいたおかげで出来たものだった。
フーゴは転んだ女性審査員へと手を伸ばす。
「あははは、平気ですよ。浄化魔法は掛けてありますから」
「う、うう……」
人当たりのいい彼がこんな意地悪なことをするのを見たのは初めてだ。
「いいアイディアだと思いませんか? この国の宰相様が言うには、査定の合格は馬車だけで間違いないだろうとのことなのですよ。それなのにこれだけの実績がある貴族を落とされるのは、後々、何かと都合が悪くなられるんじゃないですか?」
笑顔の色を変えずにそう言うフーゴ。ちょっと恐ろしさを感じる。工房だって、客商売だ。それをやってきた人間って感じがした。
だけど、馬車が認められないからだけじゃない、これは、俺たちの為に怒ってくれているのだと感じた。
「あうう……。うう……。ですが、私にはどうすることも……」
「彼女が頷いたところで無駄だよ。この私が反対するのでね。どうせ、それだって大した額にはならんのだろう? 諦めることだ」
「確かに、それだけでは大きな額にはならないでしょうね。コンテナに積み込む荷物は材木や紐で固定する場合が多いですし。しかし、コンテナ関連全体で見ればいずれ莫大な金額になる……と言ったらどうします?」
素っ気ない態度の査定員の男へ、いつのまにか現れた執事風の格好をした男が問い掛けた。
商業ギルドのコンテナ関連の準備をともに進めている、丸い片メガネの30代くらいの細身の男性だった。
「なに……? 莫大な金になる? 莫迦なことを……。誰だ、お前は。こんてな、とはなんだ?」
「これは申し遅れました。私、バウムガルテン商業ギルドのコンテナ部門総括、グリースバッハと申します。コンテナというのは、そこに四角い鉄の箱があるでしょう? あれのことです。違うタイプもありますが」
グリースバッハって名前だったのか。いつも約束に遅れることもなかったし、知らなかった。
彼が指差すコンテナは完全に鉄製のもので、俺が最初に提案した中に木材を仕様したものではない。それも試作されているが、色々と試行錯誤していく予定だった。
「こんてな部門、だと……?」
丸メガネの彼は鞄から紙の束を取り出すと、それを工房に無造作に置かれていた机の上に広げる。そして、その中に記載されたひとつの数字を指差した。
「これを御覧ください。現在予定しているすべての準備が整い、一年間コンテナを用いた際に削減されたコストの見積もり金額がこれです」
「……なっ!? ば、莫迦を言え! その鉄の箱で、そんな金額になるわけがない!」
「その金額は、低く見積もったものです。なにせ、こちらも初めてのことですので……」
「巫山戯たことを言うな! 鉄の箱なんぞ、盗賊避けのつもりだろうが、こんなものは皆殺しにでも遭えばなんの役にも立たんぞ!」
「鉄だから盗賊避けに使えるとはあまり考えてはおりませんが、いずれ、このバウムガルテン商業ギルドのマークが記されたコンテナは、盗賊には襲われなくなるでしょうね。そのようにするつもりですので」
「与太話も大概にしろ。そのようなことが出来れば苦労はないわ!」
「投資の問題なのですよ。今でも我が商業ギルドに所属している商人が襲われれば損失はありましたが、ギルドがコンテナを貸し出すようになってそれが襲われれば、流通に関わっている我がギルドはより損失を受けることになります。ですが、コンテナが盗賊に襲われぬよう護衛を雇い、襲われれば討伐隊を出すようにすれば、いずれは盗賊からこのマークを避けるようになるでしょう。そうしたほうが、利益になるという判断です。初期投資は巨額になりますが、コンテナ輸送でコストが削減され、いずれ回収できるのですよ」
査定員の男は苛立ち、コンテナの元へ行ってそれをバンバンと叩いた。工房に騒音が響き渡る。
「こんなもので、そのような金額を出せるわけがない! 世迷言はやめろ! 私を謀るのは重罪だぞ!」
「貴方がわからないのも無理はありません。なにせ、貴方はまだあまり説明を聞いてはいませんが、説明を受けた我がギルドの役員たちでも、なかなか理解できずに反対の者も多かったのですからね」
「むうぅ……。ならば、説明して貰おう!」
「そうしたいのですが、機密に関わることですので、契約書にサインをして頂かなくてはなりません。ですがそれ以前に、契約を交わすということは、アンバレイ家の査定においてサスペンション付きの馬車などの数々の成果に不当な評価を下すことで、我々のギルドの機密をアグレインという国家が得た……。のちにそう糾弾される覚悟があるということだとご理解頂きたい。私のこの言葉は、バウムガルテン商業ギルド役員の総意でもあります」
「ぐ……ぐぅうう……!」
興奮する査定員の男とは逆に、グリースバッハは至極冷静に言葉を紡いだ。苦虫を噛み潰したような表情を見せる、査定員の男。
「ええい、そのような戯言を……! おのれぇ、たかが一商業ギルドが調子に乗りおってぇえ……!」
「その一商業ギルドは、やがてこの国に大きな恩恵を齎すでしょう」
「もうよいわっ! おい、お前! 帰るぞ!」
「ひえっ!? はっ、はい!」
「待ってくださいっ!」
小太りの中年査定員の男は、呼び立てた女性査定員と工房の出入り口へと足早に向かったが、そこへホビットの小さな身体を両腕いっぱいに広げたフーゴが回り込んで立ち塞がる。
「査定は合格なのですよね!?」
「む、むぅうう……!」
「このままうやむやになさるおつもりですか!」
「ぐぬぅうう……!」
査定員の男は一度、ちらりとグリースバッハを振り返った。四角い片眼鏡がキラリと光を反射させる。グリースバッハの丸い片眼鏡は、俺の位置からだと光を反射して、ずっと光って見えている。
「合格だ!」
査定員の男は書類にサインを書き殴り、女性査定員に押し付ける。彼女もそれにサインをすると、リヴィオの元へ駆け寄り、それを手渡した。
「あの、すっ、すみませんでした……!」
彼女は深く頭を下げると、もう工房の出入り口の向こうに消えてしまった査定員の男を追いかけて走っていく。その姿も見えなくなり、ほんの少しの静寂の後、工房は歓喜に湧いた。
「うおおー! やったぜー!」
「ざまあみやがれってんだ!」
「よかったー! 私、どうなることかとー!」
「今夜は祝杯だな! おめでとう!」
工房の作業員たちが、次々に俺とリヴィオにおめでとうの声をかけてきてくれる。
「やりましたね……!」
フーゴが飛び跳ね、リヴィオとハイタッチを交わした。いつのまにか仲良くなっていたようだ。
俺はグリースバッハの元へ行き、礼を述べた。
「いいえ。礼を言うのは私共のほうですよ。私はね、ゴローさん。夢見ているんです。今は持ち馬車があって行動が制限されている個人の商人が、いずれ貸しコンテナ馬車に変えることで身一つで海を渡って、渡った先でコンテナ馬車を借りて、異国の珍しい品の数々を持ち込んでくるのを。いずれ、この国に殆ど入ってこなかったものが入ってくるようになることを。今までは経費倒れに終わって、庶民の口には殆ど入らなかった砂糖も、入りやすくなっていくでしょう」
「砂糖が……」
こういった改革には、既得権益との衝突もあるのだろう。出来るだけ今までの港湾労働者などをコンテナ事業にも採用して欲しいとお願いをしているが、それはあくまで俺個人の願いに過ぎない。商売とはそういうものだから仕方ないと思っているが、砂糖が庶民の口に入りやすくなっていくという見通しに慰められる気分になるのは、申し訳ないと思っている気持ちがあるからだろう。
査定も合格し、闘技大会まで後一ヶ月。一日ゆっくり休んだら、ルーシアによる特訓が始まる予定だ。




