第46話 リヴィオの初恋
私は、恋をしたことがなかった。
私、リヴィオ・アンバレイは、幼い頃から男勝りに育てられてきたからか、可愛い女の子の格好に憧れるということはあっても、男というのは手本のような、こういうふうに振る舞うべきと教えられた対象であって、心がときめく対象ではなかったのだ。
並の男よりも遥かに強い女性である、ルーシアという存在がいたのも大きいだろう。男性の力強さに憧れることはあっても、恋心を覚えたことはなかった。
貴族社会に生きてきて、少なからず人の汚さや醜さを見てきたというのもあったのかも知れない。
だが、ここ最近の心が浮つくこの感じ……。嬉しかったり、なんでもないときに苦しくなったりするこの感覚……。これは、恋なのではないだろうか。
黒木場吾郎。ロゴー。
恥ずかしいところを色々見られたり、自分や家庭のことを打ち明けたりしたからだろうか、私はいつのまにか、彼にすっかり心を開いていたように思う。いや、そこにはロゴーの人柄もあったのだろう。
ガラード・フールバレイとの婚約を破棄すると決め、エステルがゴローの二人目の妻にしてくれなどと言い出してから、私は彼のことを意識し始めたような気がする。
エステルは、あまり本気でああ言ったのではなかったんじゃないかと思っているが。多分、もう会えない。お互いにそう思っていただろうから。
変身したロゴーは、驚異的な強さを誇る。
そして、その力を正しいことの為に使おうとする。私はそれが好きだ。
変身ヒーローというものの生き方については、自分を大切にしてほしいとは思うが、そう生きたいのであれば、尊重しようと思う。
そんなふうに、彼の生き方を受け入れようとしている自分に気付いて、彼を伴侶として考えていることを自覚してしまう。
ロゴーは私のことをどうとも思っていないかも知れないと考えると、胸が苦しくなる。
ああ、恋煩いとか、恋の病とか、なぜネガティブなイメージを使うのか、体験するとわかってしまう。
浮ついて、苦しくて、嬉しくて。
もう間違いない。
私は、恋をしてしまったのだ。
――――主人公視点――――
あれから、7日が過ぎた。
俺はアンバレイ家を貴族として存続させる為、忙しい日々を送っている。
まず、サスペンション付きの馬車やコンテナ輸送の件で、工房や商会ギルドと相談しながら、馬車やコンテナの試作、コンテナ馬車の設計などを手伝っている。
コンテナ船やコンテナ用のクレーンの設計は、他所の工房と協力して行うことになった。コンテナや、その中の荷物を運ぶ為のフォークリフトの存在も思い出したので、そちらも提案し、設計してもらっている。
それと、その計画が上手く行かなかったときに備え、スゴロクや、トランプゲームの中でこの世界には無いかと思われるゲームのルールの小冊子を作る為の原稿も書いている。
俺はこの世界での言語は読み書きも出来たのだが、字は書き慣れていなかった為に下手くそだった。なので、原稿の文字はアンバレイ家で一番綺麗な字を書けるリヴィオが清書することになった。
絵は、俺が描いている。前の世界のアニメや漫画のデフォルメ絵が、リヴィオたちには新鮮に見えるそうで、おもしろいし可愛いと。あまり上手くはないが、なんだか小学校の時分にカードゲームの絵を自作したりしたことなんかを思い出して、ちょっと楽しい。
ある程度まで出来たら、商業ギルドに持ち込むつもりだ。ギルドを経由して出版すると上前を撥ねられるが、印刷所や、商店に置いて貰う交渉を省くことが出来る。どうせこれだけでは査定に合格できるほどはとても稼げないし、サス付きの馬車と合わせて、査定の評価を得るのが優先事項だ。
そうそう、フリアデリケの提案していた、『ルーシアお姉ちゃん玉の輿大作戦』は即座にルーシアに却下され、その後は聞く耳も持たれなかった。
彼女はリヴィオのそばで人生を送っていきたいそうで、もしガラード・フールバレイの元へ嫁入りしていた場合でも、出来る限りの手段を用い、叶うならば付いていくつもりだったらしい。
さて、本日は溜まったミルクチョコレートを、貴族の家を訪ね歩いて売りに行く日だ。
貴族の元へ行くのにいつもの格好じゃあ訝しがられるだろうということで、俺は貴族が着るような、フォーマルな洋服に身を包んでいた。
服はリヴィオの父親のものなのだが、これがなかなか格好いい。
前の世界での、現代のゴシック風な衣装で、多少、金色の装飾や襟から胸元にかけてのフリルが華美だが、黒が基調になったタイトめな装いだ。ロングブーツもいい感じだし、ロングコートはバサッと翻して遊びたくなる。実際、ちょっとやってみた。高そうなので傷めないよう、軽めにだけど。
ベルトも出現させ、鏡で見てみた。ふむ、これはこれで、よいですのう……。
満足したので、約束した時間には少し早いが、リヴィオの自室へと向かった。近くまで行くと扉が少し開いていて、中から声が漏れ聴こえてくる。
「クロキヴァ、キバ、ゴロー。クロキヴゴロー」
え? 俺の名前だ。リヴィオが俺の名前を口に出している。
中を覗いてみると、そこにはリヴィオしかいない。彼女は鏡の前で、俺の名前を呼ぶ練習をしていた。
「クロクィ、クロキバ! クロキバゴロー」
「えーと……リヴィオ?」
「クロキィわぁ!?」
「なんで俺の名前呼んで……?」
「うあ、こ、これはだな……。その、貴族の家に赴けば、私がアンバレイ家の主人なのだから、お前を紹介することもあると思ってな。それで、練習を……」
顔を紅潮させたリヴィオは、普段と違う可愛らしい格好をしていた。ゴスロリ風の衣装だ。白を基調としていてフリルが多く、膝上のスカートの下、白いタイツを穿いている。
髪がピンク色なので、白と合わせるとだいぶ可愛らしい感じになるなぁ。赤い瞳の色と相まって、お人形感がある。
「なんだか、いつもとだいぶイメージ違うけど、似合ってるな。俺の衣装に合わせたのか?」
「あ、ああ。い、一応な……。着たことはなかったんだが、い、いい機会かと思って……」
「へぇ……」
以前、リヴィオは自分の想いに囚われていたと言っていた。そこには、男勝りに生きろという父の願いもあったのだろう。そして、それに囚われなくなった今、憧れて密かに買っていた服を、この機会に着てみたって感じなのかな。
「リヴィオ、変わったな……。普段の格好もいいけど、そういうのも可愛いぞ」
「可愛ぃっ!?」
「あ、あー……うん……」
そ、そんな赤くならないでくれ、照れるから。
「あ、ありがとう……。ロゴーもその……似合ってる。か、かっこいい……ぞ……」
「ええ!?」
リヴィオからは、変身した姿をそう言って貰えたことはあったが、普段の見た目を褒められたのは初めてだ。
ううぅ、なんだか居ても立ってもいられない感じだ。
「そ、それに、ロゴーも変わったんじゃないか?」
「え、そうかな?」
「ああ……。変身ヒーローとしての道を、見定めたのか?」
「……ああ。自分なりの変身ヒーローで在ることにしたよ。……また、迷うこともあるかも知れないけど」
「そのときは、相談に乗るぞ」
「……ありがとうな、リヴィオ」
思えば、リヴィオに会えたことは俺にとって、とても幸運なことだったのかも知れない。
それから、リヴィオはガラード・フールバレイの家から手紙が届いたことを告げてきた。
実はトリア村から戻ってきて、3日後にはリヴィオはヤツ宛てに手紙を送っていたのだが、返事がなかなか帰って来なかったのだ。受け取って承知したということにして終わりにしたのだろうかと考えていたところだった。
「それで、なんて?」
「執事の代筆でな。一言、了承した、と」
「そうか……」
「ふふ、私のような小娘のことなど、どうでもよかったのかも知れんな。貴族相手だから、建前上、生死のかかった戦いに赴くということを告げに来ただけで。それさえ、何かのついでだったのかもな」
「それならいいんだけど、いや、リヴィオのことはどうでもよくないけどさ、まだ暫くは警戒だな」
危害を加えてくる可能性があるからと、一応、アンバレイ家は警戒体勢を取っている。俺も闘技大会に出場すると決めたので、得体の知れない俺の参加を嫌って、何者かが危害を加えてくるという可能性もあるので。今のところは、何も起きてはいない。このまま何事もなければいいのだが……。
「……どうでもよくない、か……嬉しいぞ」
俯いたリヴィオが頬を染めてそう呟き、口元をにっこりとさせている。なんだか、恥ずかしくなってきてしまった。
「あ、ああー、でも、婚約解消できてよかったな!」
「ああ……。正直、思っていた以上に重荷になっていたようだ。すっきりしたよ」
「そっかぁー。しかし、17で結婚か~。俺、19だけどまだ全然考えられないよ」
「ふふ、無茶ばかりするロゴーと結婚するには、覚悟が要るな」
「あはは、そうだな」
「…………結婚……」
「ん、どうした?」
「ああ、いや、気にするな!」
そう言って部屋を出ていった彼女がまた顔を赤らめていたようだったが、まさか自分との結婚を意識しているとは思えないし、よく意味がわからなかった。




