第45話 救出
ゴドゥとトアンが群衆を静めてくれて少しすると、ブレイズドラゴンが戻ってきた。消えるように支持すると、一声鳴いて燃え尽きるように消えていく。
この炎の竜、最初は戻ってきて勝手に炎の剣に戻っていたが、今はちゃんと指示を待つようになった。賢くなっているようだ。元々カッコイイ見た目だったので好きだったが、愛着も湧いてきて可愛くも思えてきた。
炎の竜が消えると、竜が見てきたものの情報が頭の中に入ってくる。1階の廊下の客室はすべて確認の為かドアが開いているが、従業員用と刻まれた金属のプレートの下げられた一部屋だけは開いていない。竜はそれを開けて中を確認はしなかった。命令すれば出来たのだろうか。それともう一箇所、激しく燃え盛る食堂の奥の倉庫の扉も閉まったままだった。
人がいるとすれば、そのどちらかだ。
俺は意を決して、再び燃える建物の中へと飛び込んだ。長くは耐えられない。時間との勝負だ。……あれ? さっきより熱くないぞ。
どうやら、『ドラゴンクリスタル』には熱への耐性があったようだ。そういや、炎の剣も持ててたっけ。なんか熱くない不思議な剣なのかと思ってた。そうなのかも知れないけど。
なぜそうなのかもと思うかというと、先程よりは熱くないが、それでも熱いし痛いし苦しいのだ。だが、心が折れて逃げ出したくなるほどではなくなっている。
煙で不明瞭な視界の中、まずは従業員用の部屋へと向かった。もし生き延びているとすれば、そちらだろうと思われたので。煙と炎の中を炎の竜が見てきた記憶を頼りにまっすぐにそこへ駆け、ドアを開く。だが、誰もいない。
「じゃあ倉庫のほうか…?」
食堂の手前へと移動し、炎の海に踏み込む。
直接、炎に触れ続けると、かなりキツイな。手だけはあまり熱を感じないが。ああ、だから炎の剣が持てるのか。
奥の倉庫へ急ぎ、ドアを開く。うわ、食材すごい燃えてる! 人は……いない。だが、更に奥にドアがあった。熱さで辛かった為、それを確認すると、すぐに煙が立ち籠める炎に包まれた倉庫の中をそこへ向かい、そして、それを勢いよく開け放つ。
「うわああぁ!?」
中から炎が吹き出してきて、身体に浴びた。驚いて後ずさった扉の向こう、女の子の姿が目に飛び込んでくる。
生きている。15歳くらいだろうか、ポニーテールの女の子が、球状の魔法壁を作って炎と煙と熱とを防いでいた。
その部屋は、冷蔵倉庫のようだった。魚やエビ、お酒と思われる大きな樽などが置かれている。
炎を浴びて気付いたのだが、多分、俺はバックドラフトというやつを引き起こしてしまったのだろう。室内の酸素は先程までは魔法壁の中くらいにしかなく、炎もこんなに燃え盛ってはいなかったと思われる。
そのせいで女の子の魔法壁が壊れなくてよかった……。
「う、うぅ…………」
「大丈夫か!?」
「なんとか……でも、もう限界近い……。あ、貴方は平気なの……!?」
「あんまり平気じゃないけど平気だ。その魔法壁、張ったまま移動って出来るか?」
「むり……」
……マズイぞ。どうしたら助けられるんだろう。
炎の海を連れ出せば大火傷を負ってしまうだろう。全身に火傷を負ってしまって助かるんだろうか。初級の治癒魔法を使える者たちは外にいたが……。
それに、建物内の温度が、『ドラゴンクリスタル』のおかげだろう、なんとなく感覚でわかるのだが、数百度、いや、千度越えてるかも知れない高温状態なのだ。そんな中で平気なのだろうか。
「ど、どうやって助けたらいい!?」
「……連れ出して」
「だけど、大火傷しちまうぞ」
「他に方法がないよ……。それに私、もう持たない……」
建物だって、木造の木々が嫌な音を鳴らし、崩れ落ちてきそうな兆候を感じさせ、今にも崩れてきてもおかしくないような状態だ。
だけど、本当にそれでいいのだろうか。死んでしまわないだろうか。
何か、何か手は……。……あ。
「なあ! 大火傷するのと、石化するのどっちがいい!?」
「え……?」
「石化は元に戻る! でもこの火事だ。崩れた建物にぶつかったりして割れてしまうかも知れない危険はある!」
どこかの柱の折れる音が大きくなって聞こえてくる。もう一刻の猶予もないかも知れない。
「…………せ、石化」
「いいんだな!?」
「う、うん!」
『メデューサクリスタル』
ベルトにそのクリスタルをセットしてレバーを下げると、そう音声が鳴り響き、クリスタルが紫色に発光した。黄金の輝きが全身を包み、やがて収まると頭部の眼がクリスタルと同じ色に輝き、消える。
すぐにレバーを2回下げる。そうしながら、ドラゴンクリスタルの恩恵が失われた為に、体感温度がぐんと上がっていくのを感じる。
『ヘビーブロッサム』
黒い光に包まれた何匹もの蛇が地面から生えるように出現し、女の子へと向かう。だが、女の子のそばに出現した数匹は彼女の魔法壁に弾かれてしまう。
効かないのか!?
そう思ったが、それから何匹かが弾かれた後、一匹がその障壁を通り抜けた。魔法じゃないからか、穴は空いていない。
女の子の白く細い脚に噛み付こうとして大きく開いた蛇の口内は紫色をしていて、花の蕾が一気に開いたように見えた。
「つっ……!」
噛み付いたその部分から黒い光が女の子の全身に広がって消える。すると石になった彼女の姿がそこに現れ、魔法壁は次第に消えていった。
「うおおああ……!」
熱い、痛い、熱い!
ドラゴンクリスタルにモードシフトして、再び耐熱効果を得ようと思ったのだが、辺りが大きな音を立てだして倒壊の予感を感じ、女の子を抱え上げ、急いで、だけど彼女の身体をどこかにぶつけたりしないよう注意しながら玄関へと向かった。
あまりの辛さに朦朧としてふらついてしまい、足を踏み出して踏ん張る。燃える木の床が抜けた。
「うわあっ!」
女の子は大丈夫だよな……? 焦った……。
突っ込んだ片足を引き抜くと、後ろから轟音。きっと建物が崩れる音だ。そう思った俺は、振り返らずに急いで玄関へと走る。
煙と土煙と炎と俺と石化した女の子を吐き出す玄関から飛び出すと、すぐに宿屋の1階部分が押し潰れた。危なかった……。
俺が女の子を抱えて出てきたと思ったのだろう、周囲の人々から喝采が上がる。だが、すぐに困惑したようなざわめきに変わった。
「ロゴー! それは……」
リヴィオとトアンとゴドゥ、それに群衆から抜け出し合流していたルーシアが俺の元に近寄ってくる。
「コ、コンチェッタちゃん!?」
その後ろから、宿の女将さんもこちらへと駆け寄ってきた。
「熱くなってると思うので、触らないでください。冷めたら元に戻しますから」
「えあ!? あ、ああ……。だ、大丈夫なのかい?」
俺も気になったので彼女の身体をチェックするが、どこも割れたりしてないようだ。
「大丈夫です」
メデューサ退治の帰り道で昆虫相手には使ったことあるけど、人間相手に石化させたのは実は初めてだった。けれど、異変がないなら平気だろう。
事実、時間が経ったあとに解除すると、無事、元に戻った。
成り行きをずっと見守っていた群衆から大きな歓声が沸き起こる。
「え……? 外……?」
「ああ、コンチェッタちゃん! ああ……! 無事でよかったよう!」
涙を流してコンチェッタを抱き締める女将さん。従業員たちがその周りを囲む。そんな光景を見ながら、俺は変身を解いた。
「ロゴーは、火傷とかしてないか? 大丈夫か?」
「あ、ああ。火傷は……してないみたいだな。変身してたおかげだ。でも正直、超ツラかったよ」
そう言って苦笑していると、トアンが「やったなー!」とハイタッチを求めてくる。それに応えて、手を打ち鳴らした。すると、ルーシアとゴドゥまでハイタッチを求めて手を掲げる。ふたりと済ませ、どうせならとリヴィオにも手を掲げると、人の目を気にしてか、恥ずかしそうにタッチされた。
その後、火事は消防団なども活躍し、燃え広がることなく鎮火された。
出火の原因は、女将さんがかまどの燃料にクズ魔石を焚べたつもりが、その中に爆発する魔石が混じっていたようで、その為に起きたようだ。
「建て直して、続けて欲しいです。わたしもお手伝いしますから」
「コ、コンチェッタちゃんがそう言ってくれるんなら……」
老舗の宿が潰れてしまったのは残念なことだが、女将さんなどの従業員は皆、無事だ。建物は変わっても、サービスは変わらずやっていけるだろう。
工房へと戻り、トアンたちとも別れを告げ、帰路に着く。夕暮れの中、貴族街へと続く緩やかな坂道を歩いていると、トアンが走ってやってきた。
「どうしたんだ?」
「すっかり忘れてたんさー! これ!」
小さな土瓶。中には蜂蜜が入っているという。
「ゴロー、アタイの荷物の中に、チョコこっそり入れててくれただろー? そのお礼さー」
「いいのか? 貴重なんだろ?」
「いいさー。皆で食べてよ」
俺が土瓶を受け取ると、ルーシアがトアンの両手を自身の両手で包み、握りしめた。
「ありがとうございます!」
「え、う、うん」
とても嬉しそうなルーシアに、トアンは面食らっていた。
次回「リヴィオの初恋」




