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変身ヒーローin異世界  作者: 鯨尚人
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第44話 火事

 建物の向こうから見える煙の量は多い。何軒も燃えているんじゃないだろうか。

 そこいらの建物から、杖を持った魔法使いだろう人々が急いで現場の方へと向かっていく。


「俺も行くよ! 何か出来るかも知れない!」


 そう言って駆け出すと、リヴィオにルーシア、ゴドゥにトアンも付いて来た。


「うわあ、やっぱり緋衣亭だぁ!」


 現場に到着すると、誰かのそんな声が聞こえた。この都市で一番古くからある老舗の宿なのだという。

 3階建ての大きな木造建築の古い建物で、1階の食堂から火が上がったらしい。その辺りからは、激しい炎と煙が見て取れた。

 2階と3階のあちこちの部屋の窓から、残っている人々が助けを求めたり、荷物を外に放り投げたりしている。


「客室は全部見た! 残ってるのは窓から顔を出してる人だけだ!」


 3階の一番端の部屋の窓から大男がそう叫ぶと、建物から少し離れた路上から、メイド服を着た若い女性が大声で返事をした。


「女将さんに大きな外傷は無いそうですー!」


 その女性の横には、ふっくらとした体格の中年女性が横たわっている。あれがきっとこの宿の女将さんなのだろう。その女将に、ふたりの魔法使いが杖を差し向けて治癒魔法を施していた。


 燃える建物近くの路上には、様々な人々がいる。

 放り投げられた荷物を受け取ったり拾ったりして一箇所に集めている人たちや、水魔法で炎を鎮火しようとしている水魔法使いたち。路上の石畳を剥がしてそこの土や砂を被せて火を消そうとしている土魔法使いの集団に、どこかから駆け付けてきて、そこに加わる魔法使いたち。近くの井戸からバケツリレーならぬ桶リレーを始めようとしている人々の姿もある。そんな中、燃える建物のすぐ近くまで行って、布団が緩まないように四隅を持ち上げた大人たちが現れた。


「いいぞ! 飛び降りろ!」


 その声を受けて、2階で助けを求めていた女性が布団へと飛び降りる。無事に降りれたようだ。布団を持つ大人たちは、今度は3階の小さな女の子のいる窓の下へと移動し、飛び降りるように促す。その子も母親もその横にいて、何度も呼びかけている。


「こわいよう! むりだよう!」


 しかし、いやいやをして女の子は飛び降りれずにいた。


「俺、ちょっと行ってくる!」

「ああ。気を付けろよ! ロゴー」

「ゴロー様、お気を付けて!」


 距離を空けて見守る群衆の中から飛び出して建物に近づくと、炎で顔に熱さを感じた。


「変身!」


 駆ける俺の全身を黄金の輝きが包み込み、変身した姿が浮かび上がる。人々はその様子に少しどよめきを起こしたが、こんな状況だからそう騒がれることはなかった。

 だが、俺がジャンプして女の子のいる3階の窓に飛び付くと、流石に大きなどよめきが耳に飛び込んできた。


「もう大丈夫。俺が抱えて降りるよ」


 突然、現れた俺にびっくりまなこの女の子は無言のまま、こくこくと頷く。

 その女の子を抱きかかえ、布団は体勢を崩して逆に危なそうだからどけてもらって、飛び降りた。重力で加速し迫る地面、着地の衝撃。上手く降りれてよかった。

 お母さんがすぐさま駆け寄り、女の子に小さな身体を抱き締める。


「ありがとう! くろよろいさん!」


 お母さんの肩から顔を出し、お礼を言う女の子の顔は笑顔だ。


「ありがとうございます! ありがとうございます……!」


 続いてそう言った母親の表情には、安堵の色と涙が浮かんでいた。


 他の窓際にいる残った人たちは、たぶん自力で布団に飛び降りれるだろう。

 消火活動は、圧倒的な炎の前にあまり効果を成していない。しかし、それでも消すしかないのだろう。水魔法を使える者たちは、やがて周りの建物に炎が燃え移らないように、そちらに魔法を使い始めた。


 そんなとき、女将さんと呼ばれていた女性が意識を取り戻した。3階から布団へと飛び降りて、彼女のそばで見守っていた大男の笑顔が見えた。


「よかった、気が付いたか!」

「うぅ……コンチェッタちゃんは?」

「大丈夫だ。あのは今日は休みだ」

「来てたのよ! お昼どきに顔を出して、忙しそうだから少し手伝うって……!」

「何!? だ、だけど食堂や厨房だって誰も残ってなかっただろ? やっぱり帰ったんじゃねぇのか!?」

「あの娘は黙ってそんなことしやしないよ! 倉庫や従業員の部屋は見たのかい!?」

「い、いや……誰もいねぇと思ってたから……」


 燃え盛る炎を見るふたり。もしまだ食堂の辺りにいるとしても、絶望的に見える。


「コンチェッタちゃんには氷の魔法がある。まだ生きてるかも知れない。助けに行かなきゃあ……」

「お、おい、阿呆! どう見たって無理だって!」

「だけど、この火事はあたしの不注意が原因なんだよ! それに、あの子の魔法のおかげでウチはやって来れたんだ! あたし一人どうなったって……」

「ばっ、馬鹿言うんじゃねぇ! 残される俺の身にもなってみやがれ!」

「うう……だけど、だけど……」

「に、逃げたときに怪我でもして、どっかで治療を受けてるとかかも知れねえだろ」

「……だったらいいんだけど……」

「倉庫と従業員部屋は1階ですか?」


 ふたりの会話に割って入ってそう声を掛けると、少し驚いた表情でふたりは肯定した。

 玄関は赤く、煙を吐いている。

 そこへ駆け出そうとした俺の腕を、リヴィオが飛び出してきて掴んだ。振り返ると、眉を八の字にした彼女の表情が目に飛び込んできて、ハッとしてしまう。


「いくらお前でも、建物が崩れてきて下敷きになったら……」

「死ぬかもな。でも、行かなきゃ後悔する」

「~~っ! 無理はするなよ! 気を付けろよ!」

「ああ……!」


 心配してくれてるんだな、ごめんな。

 下敷きになって圧死や、動けず熱で焼かれて死ぬのも怖いけど、煙も怖いな。変身したこの姿で煙が平気なのかどうかがわからない。

 だけど、助けられそうな力があるのに、それを使わないって選択肢は俺にはなかった。


 気合を入れ、玄関に飛び込む。炎は大丈夫だろうと思っていた。ドラゴンの炎よりは熱くないだろう、と。だが、炎どころか建物の中が熱い。ちょっと熱すぎるぞ、これ。その先の炎が燃え盛る中に飛び込んで、その中に居続けて捜索するのはかなり厳しいんじゃないか? 煙はけっこう大丈夫なようだが……。

 正直、ちょっと怖気づきながらも奥へ進むが、火の勢いが強すぎて……熱い! 痛い! 苦しい!


「だ、だめだ……!」


 俺は踵を返し、外へと飛び出した。


「ロゴー!」


 外では群衆の中から飛び出したままのリヴィオが待っていて、駆け寄ってきて俺の肩を抱きかかえた。


「熱ッ!」

「あ! だ、大丈夫か?」

「うう、平気だ。ロゴーは?」

「たぶん大丈夫だ。だけど、あそこに長くはいられそうにない」


 言いながら、俺は『ドラゴンクリスタル』を取り出すと、モードチェンジした。また、辺りが少しどよめく。


「ア、アンタ……!」


 女将さんが、俺に声を掛けてくる。


「やるだけやってみます」


 そう返事をして炎の剣を出現させ、それを炎の竜、『ブレイズドラゴン』に変化させると、命令を下した。


「1階の燃えてるところを探ってきてくれ! お前の炎で建物を燃やさないように気を付けてな!」


 炎の竜は咆哮を上げると、建物へと飛び込んでいく。

 すると、予想していなかったことが起きた。周囲の人々が俺を非難し始めたのだ。


「おい! 炎の魔法を使うなんて、何考えてんだ!」

「そうだそうだ! 燃え広がっちまうだろうが! 馬鹿か!」


 うええ、悪くないアイディアだと思ったのだけど。建物の中の見えないとこで使えばよかったか。

 群衆の非難が大きくなっていく。

 隣を見ると、リヴィオが俯き、拳を握りしめてぷるぷると震えていた。そして、バッと俺に向けて顔を上げると、縋るような表情で俺を見つめてくる。

 事情を話そうと口を開きかけたとき、トアンとゴドゥが群衆を抜け出し、こちらへ話しながら向かってきた。


「おい、トアン。お主さっき、ワシに急に怒鳴るなと言っておったなぁ」

「そうだなー。びっくりするからなー」

「ふん、そうしたらどうなるかのぅ」

「やってみっかー。せーのっ」


 ふたりは俺たちの手前までやってきて、くるりと群衆に向かって振り返る。そして、掛け声に合わせ――。


「やっかましーーーーいっ!」


 同時に大声を張り上げた。耳をつんざくような声に、俺とリヴィオは耳を塞ぎ、周囲の人々は静まり返る。


「誰があの炎の中に飛び込めるっちゅーんじゃ! どうせ誰も助けに行けんじゃろうが! この男はあの中に残っとるもんを助ける為にああしたんじゃ! そうじゃろう? ゴロー」

「あ、ああ……」


 群衆はざわついたが、それでもう非難の声を上げる者はいなかった。

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