第43話 工房
商業ギルドでの話を終え、俺たちは鍛冶屋で書いて貰った紹介状と地図を頼りに、腕のいい主人がいるという工房へと向かった。
「さっき言ってたのって、ゴローが住んでたとこの技術なんだろー? おもしろいなー」
「トアンはああいうの好きなのか?」
「まあなー。なんか作ったりとか好きだし、どんな仕組みなのかとか知るのは楽しいさー」
にこにことした、もちもちほっぺのトアンの笑顔を見ていると、なんだかこっちも嬉しくなってくる。
それを、やはり微笑ましそうに見ていたリヴィオが尋ねた。
「トアンはどんなものを作るんだ?」
「色々作るぞー。木を掘って食器とか作ったり、服や小物入れやリュックとかも作るぞー。あとはー……えへへ、人形作りが得意なんさー」
ピクリ、とリヴィオが身体を揺らした。俺がリヴィオの顔を見ると、同じくリヴィオを見るルーシアの視線に気が付く。
あ、ルーシアもリヴィオが今でも人形遊びしてることを知ってるのかも。リヴィオとずっと同じ屋敷に住んでるんだもんなぁ。
「ど、どんな人形を作ってるんだ?」
「おー、リヴィオ、人形興味あるのかー? アタイのは、アグレイン人形とガーナッシュ人形の中間くらいの感じのさー。っつってもわかるかな?」
「知ってる。どっちも子供の頃に買って貰ったから……」
「そうか、そうかー。へへ、さすが貴族だなー。昔は高価だったから、知り合いの冒険者連中は、そんないい人形で遊んでなかったから知らなくてさー。でも、アタイは死んじゃった母さんが貴族にも人形を売ってるような人だったからさー」
「へぇ……」
「アタイのも、貴族に売れたことあるんだぞー。へへ、すごいだろ」
「ああ、凄いな。…………その……こ、今度見せてくれ」
勇気を出して言ったのだろう、リヴィオのその声は、ちょっと上擦っちゃった感じに発せられた。
「おー! いいぞいいぞ、好きなやつの反応とか見たいしなー」
「う……うぅ……」
小さな呻き声を上げて、リヴィオは少し赤らめた頬を俯いて隠す。ルーシアはすました顔で、それに言及することはなかった。
よく言えたな、偉いぞリヴィオ。
「でもトアンがそういうの好きだって、なんか意外だな。前に日がな一日、酒浸ってたいって言ってたよな?」
「そうやって酒浸りしながら手を動かすのが楽しいんさー。酔ってたまに手、切っちゃったりするけどなー」
「危ないなー」
などと俺も話しているうちに、目的地の大きな工房の前に辿り着く。だが、忙しくてとても一ヶ月で馬車を作る余裕はないと、断られてしまった。
「あちゃー。残念だったなー……。まぁ、ここは評判いいからしょうがないさー」
「そうなのですか。紹介されるだけあって、確かによさそうなところでした……。ふぅ……」
頬に手を当て、溜め息をつくルーシア。その所作で普段以上の艶めかしさを発している彼女を見て、トアンが耳打ちしてくる。
「なぁなぁ、あの人ってリヴィオんとこのメイドさんか? すげー色っぽい人だなー。それに、もしかして護衛もしてるのかー?」
「え、護衛? いや、してないと思うけど……。なんで?」
「いやー、歩きながら辺りを警戒してるし、位置取りもそんな感じだったからさー」
「ええ? 俺、全然気付かなかった」
「さり気なくやってるからなー。それに、そこまで警戒してるって感じでもなかったから。自然と身に付いてんのかなー」
ルーシアを見ると目が合って、艶然とした表情を向けられ、俺は笑い返した。
「仲が宜しいんですね。ゴロー様とトアンさんは」
「んー、まあなー」
にしし、とトアンも白い歯を覗かせる。
「ほんじゃあ、アタイのツテに行ってみっかー。同じ商業ギルドに入ってるのとなると、設計が得意なフーゴってのがいて、そいつんとこがいいかなー」
そんなわけで、トアンの案内で別の工房へ。そこにまた、見知った顔がいた。
首から手ぬぐいをひっかけた、立派な髭をたくわえた中年のドワーフ、ゴドゥが炉の前で鉄を打っていたのだ。
「なんじゃ、お主ら。お揃いで」
「ゴドゥ。ちょっとひさしぶり」
「おお、ちょっとひさしぶりじゃな。リヴィオも。そっちのメイドの姉ちゃんは初めてじゃな。今日はどうしたんじゃ?」
手を止めずに尋ねる彼の横には、作業着に身を包んだ杖を持った女の子が魔法の発動中だった。炉に炎系の魔法を掛けたようで、少し離れた位置にいるこちらまで、むわりと熱気が伝わってくる。ゴドゥの顔や首から滂沱たる汗が手ぬぐいに染みこんでいく。
先程より更に離れた位置からトアンが少し大きな声で事情を伝えると、ゴドゥは突然馬鹿でかい声を張り上げた。
「フーゴはおるかー!? 客じゃぞー!」
「うわっ、びっくりしたさー! 急に怒鳴るなよなっ」
「お、すまんすまん」
かなり広いの工房の作業場の奥辺り、まだフレームだけで幌の付いていない幌馬車の中から、「はーい」という声とともに小走りに真っ直ぐの金髪を真ん中で分けた可愛い小さな男の子が出てきて、こちらに駆けてくる。
「僕がフーゴです。どういったご用件でしょうか?」
あれ、よく見るとこの男の子、耳がちょっと尖ってるな。それに、少年ではあると思うのだが、思ったより幼い顔をしてないぞ。
「黒木場吾郎、ゴローでいいです。今日は依頼したいことがあって来ました。……ところで君は、もしかしてホビット?」
「はい、そうです。人間の男の子と間違われて幼く見られますけど、こう見えても15歳なんですよー」
人当たりのいい感じのフーゴ。彼を見ているリヴィオが、ときめいた顔をしている。
リヴィオは女の子らしい服装の小さな女の子が好きだとは聞いていたけど、半ズボンを穿いた彼でもいいらしい。
そんなフーゴに事情を説明すると、詳しい話をする前に工房長が呼ばれた。ここでは工房の全員が同じ商業ギルドに入っているので、工場長が工房として守秘義務の契約書にサインすることで、工房の全員に同じ効果が発揮されるのだそうだ。便利な魔法だなー。
「ワシはここのもんじゃないが、話を聞きたいんでサインさせて貰うぞ。トアン、お主もしておけぃ」
「そうだなー」
ふたりもサインを終え、俺たちは作業場に無造作に置かれていた長机を囲んだ。そして、俺は詳しい内容を伝え始める。
一ヶ月以内で、出来るだけ早くサスペンションを用いた馬車を作って欲しいことや、その間に出来るだけ多く馬車の購入予約を取って欲しいことや、コンテナのことなど……。
「おもしろいのう。乗り心地がよい馬車があったら確かに売れるわい」
「この、しょっくあぶそーばーっていうのはなんですか?」
「減衰装置だよ。これがバネがびよんびよんびよん……てなるのを、びよんびよん……にしてくれるんだ」
「へぇええ……」
フーゴが楽しそうに色々と聞いてくるので、俺も自分の知っていることを色々と話す。
彼は瞳をきらっきら輝かせながら、設計するのに燃えていた。
色んなことの細かいところは俺もよくわかっていないので、フーゴは自分からも色々とアイディアを出してくる。そこにゴドゥや工房長なども加わって、更に話に熱が入る。
皆で色んな意見を出し合うのは楽しかった。
ショックアブソーバーについてはサスペンションを作る際に調べたんだけど、結局、作るのは断念しちゃってミ◯四駆のサスには付けなかったんだよな。
そのやりたくてやれなかったことが叶うかも知れないことが、嬉しくてわくわくする。
他にも、工房の人たちを動員してコンテナなど色んなものを試作してみるという。俺もそこに設計や提案などで加わることとなった。忙しくなりそうだ。だけど、楽しい。
上手く行かずに色々問題も起きるかも知れないけど、形になって、査定も受かるといいな。
熱が入った話し合いも終わり、皆でお茶を飲んでくつろいでいると、外から男が叫ぶ声が聞こえてきた。
「火事だー! 助けてくれーー! 火事だーー!」
路上に出て確認すると、建物の影、数百メートル先で煙が上がっていた。




