第42話 ゴローのアイディア
「さすぺんしょん?」
リヴィオはきょとんと小首を傾げた。
フリアデリケとの散歩から戻ってきてすぐ、寝起きのネグリジェ姿のリヴィオを捕まえて、俺は自分のアイディアを話している。
「えーと、懸架装置って言えばわかるか?」
今度は反対側に首を傾げるリヴィオ。なんだか可愛い。
伝わらなかったので、俺は紙とペンを用意して貰って、サスペンションを取り付けた馬車を描いてみた。
実は、俺は高1くらいまでミ◯四駆にハマっていて、自分で改造を楽しんでいた。そのおかげで知識があったのだ。
「サスペンションてのは、乗り心地をよくしてくれたりする装置のことだよ」
「へぇ……。この、螺旋状のはなんだ?」
「バネだよ。これが馬車が揺れるのを緩和してくれるんだ」
「へえぇ……」
「リヴィオ、確実に納税できる見込みがあれば査定に受かるって言ってたよな。揺れが少ない馬車を作って売るのはどうだ? 一ヶ月以内に見本を作って注文を多く得られれば、充分に見込みがあるって思って貰えるんじゃないか?」
「確かに……。乗り心地の良い馬車があるというのなら、必ず売れるだろうな。だが、作れるのか?」
「俺には無理だよ。でも設計図を作って誰か作れる人のところへ持っていく。アイディア料として何割か貰う契約を交わすんだ。……それだと貰うお金少ないかな?」
「いや、売れるとわかっているものなら、大丈夫だと思う。たぶん」
「たぶんか……」
「だが、今までのアイディアの中で最も見込みがあるものだと思う。ありがとう、ロゴー」
面と向かってお礼を言われてしまうと照れるな。
それから朝食などを済ませ、簡単だが設計図を描いて、どこかの工房へとアイディアを持ち込む為に、リヴィオとルーシアと3人で玄関を後にした。
「じゃあまずは、このあいだ行った鍛冶屋へ行って相談してみましょう。いいところを紹介してくれるかも知れません」
ルーシアもいるのはこの為だった。その鍛冶屋とは長年、懇意にしているのだという。
鍛冶屋に到着すると、またガタイのいい赤いトサカ頭のおっさんに気さくに出迎えられた。あ、奥のほうにあの褐色肌のお色気姉ちゃん、ベルナ・ルナの姿が見える。こないだ寝坊助って聞いてたから、まだ寝ているかと思ってた。遠いけど、大汗をかいているらしいことが伺える。炉の近くはとても熱そうだ。
「ん? ああ、悪ぃなあんちゃん。今、ベルナ・ルナがやってるのはこないだ頼まれた剣じゃねぇんだ。あれはまだ素材が届いてなくってなぁ」
「ああ、いえ……」
俺の視線に気付いたトサカのおっさんに、あんなお色気姉ちゃんをただ見てただけとも言いづらく、言葉を濁した。
「それで、今日はどういったご用件で?」
ルーシアと俺はそのおっさんに事情を説明し、設計図を見せようとすると、彼は職人らしいタコの出来た、大きな手でそれを制してくる。
「ああ、いけねぇ。見せなくて結構だ。そういうもんは簡単に見せちゃいけねぇぜ、あんちゃん。アイディアを盗まれちまう」
「う、そうなんですか……」
「ああ。だから最初はどこかの商業ギルドに持ち込んで、守秘義務を負う誓約書を貰ってそいつにサイン貰って、それからだな」
この都市には3つの商業ギルドがあるのだが、ひとつは評判が悪いので、行くならそこ以外がいいと教えてくれた。他にも、腕のいい工房の主人がいるから、そこなら紹介状を書いてくれるという。
「それでは、その工房が所属しているギルドに致しましょうか。ありがとうございます、店長さん」
「い、いやあ、大したこたぁねぇですよ、へへ……、ルーシアさんの為でしたら!」
顔を赤らめ身体をくねらせ、トサカのおっさんが大いに照れていると、そこにベルナ・ルナがやってきた。
「おー! こないだの兄ちゃんじゃねェか!」
うわ、汗だくでタンクトップが透けて、肌に張り付いて透けて……っ。
目のやり場に困っていると、「相変わらずウブだなァ!」と彼女はカラカラと笑う。
「おめぇなぁ……。お客の前にそんな格好で出てくるなっつったろ!」
「あー? 今日は服着てるじゃねェかー」
「逆にエロいんだよ! 馬鹿!」
「馬鹿とはなんだー! こっちゃァそっちが気安く請け負った仕事を徹夜でやってやってんだぞ、阿呆店長!」
「うぐ……それに関しちゃ……面目ねぇ」
ふたりのやりとりを聞きながら、誘惑に負けて目線を落としかけたとき、不意に視界が塞がれた。直前にちらりと見えた手。誰かが俺の両目を手で覆ったようだった。
「へへ……だーれだ?」
リヴィオがベルナ・ルナを見せないように目隠ししたのかと思ったが違うようだ。お尻の上の辺りに柔らかいものが押し付けられている感触がある。これは、もしかして胸か!? リヴィオやルーシアなら、こんな低いところに胸は当たらないよな……。と、すると……。
「もしかして、トアンか?」
「おお! 当ったりー!」
手が離れたので振り返ると、嬉しそうに白い歯を見せる、おデブさんとまではいかない感じの、愛嬌のある小さな女の子がそこに立っていた。
「ちょっとひさしぶりだなー。ゴローにリヴィオ~」
「奇遇だな、トアン!」
リヴィオも嬉しそうにトアンに歩み寄る。
「んあー、アンタら知り合いか。トアン、アンタのハンマーなら整備終わってんぞー」
「おー。だろうと思って、受け取りに来たんさー」
「トアンもこの店使ってたんだな」
「ゴドゥもさー。まぁこの店っていうか、頼むのはベルナ・ルナだけなんだけどなー」
「うぐっ」
あ、店長のおっさんがダメージを受けて、赤いトサカを揺らしている。
「ゴローたちは、もしかしてリヴィオの剣のことかー?」
「ああ、いや、俺たちは――」
事情を説明するとトアンは目を輝かせた。
「へぇー、おもしろそうだなー。アタイも付いてっていいか? それなりにツテもあるからさー」
「そりゃあ助かるよ」
そんなわけで、小さな身体に見合わない大きなハンマーを背負ったドワーフの女の子とともに、俺たちは世界で2番目に大きいらしい商業ギルドの門をくぐった。
そこでは、いかにもやり手そうな片側だけに丸メガネをかけた執事服っぽい格好の、30代くらいの細身の男が応対をしてくれた。
守秘義務を負う契約書には、魔法が掛けられていた。誓いを破ると、破った相手と契約書に印が刻まれてわかるのだという。そいつにサインをして貰った後、俺はサスペンションの設計図を広げた。
「ほう……。これは……随分と独創的な……」
興味深そうにまじまじと見る男に、俺はこれがどういうものか説明する。素人なので、抜けてるところがあるかも知れないけど。
「成程……。しかし、これを実際に一ヶ月以内に作り上げるのは困難を伴うでしょうな。……ん? そちらは?」
「ああ、えっと、有用かどうかはわからないのですけど、出来たらこれも見て貰って、話を聞いて頂きたいのですが……」
「伺いましょう」
俺は用意していた、もう1枚の設計図を開く。そこには、とりあえずだが横10メートル、縦2.5メートルにした大きな木箱に薄い鉄板を貼り付けたものと、それを乗せる馬車や船が書いてある。リヴィオたちにも見せるのは初めてだ。
「これは…………」
「この箱はコンテナと言います。物の輸送には、コストがかかりますよね。そのコストを下げる為のアイディアです」
「ほほほう」
丸メガネの男が身を乗り出してきた。先程よりも食い付きがいい。俺は、コンテナを使うことの有用性などを執事に説いていく。
コンテナを使うことで、盗賊に中身がわからないこと。外側は鉄製なので、雨風を凌いで外に置いておけて、倉庫がいらないこと。荷物から外への水漏れが防げること。鍵をかけて、その鍵は商業ギルドにしか置かないようにしておけば、窃盗対策になること。始めのうちだけでも、コンテナを襲えば必ず討伐隊が派遣されるようにすれば、襲われなくなっていくだろうこと――。
「…………どうぞ、続けてください」
無言で聞いていた男の反応を伺うと、真面目な顔で続きを促された。悪い反応ではない。
「アグレイン国は南側に海が広がっていますよね。船での荷物の積み下ろしには、大変な労力、コストがかかっていると思います。しかしコンテナがあれば、これをそのままクレーンで船に積み、馬車に積めばいい。重さによるでしょうが規格を定めれば積み上げることも出来る」
「…………!」
「それでさっき、港のことを色々聞いてきていたのか……」
リヴィオがそう呟いた。そう、今朝、色々と話を聞かせて貰っていたのだ。
フリアデリケとの散歩のとき、俺はもうひとつ、このアイディアを思いついていた。前の世界で、詳しくはないがコンテナの有用性を知っていたのだ。
だが、これはあまりに話が大きくなりすぎるだろうし、産業革命も起きていないこの世界で、このアイディアが有用であるかはどうかはわからなかったので、サスペンションのついでとして考えていたに過ぎなかった。書いてきた設計図もかなり単純だ。でも、こうやって商業ギルドで話を聞いて貰えるというなら、話は別だった。
また、この世界にクレーンがあるというのは意外だった。前にいた世界でも、古くからあったものなのだろうか。自分では設計できたかわからないので助かった。
主なクレーンは木製で、鎖を巻き上げるもののようだ。この世界には怪力のドワーフや、オーガという平均3メートルくらいの人に友好的な怪力の魔物もいるので、重さにもよるがコンテナを船に積み上げることも出来るだろうということだった。そこは規格を合わせればいい。
「コンテナは運ぶ物によって様々な形のものが必要になるでしょうが、コンテナの規格は出来るだけ統一したほうがいいと思います。半分のサイズのものを作るのも便利かと。専用の馬車や船を造り、更にクレーンを作るとなると、初期投資はかなり大きなものになるでしょうが、将来的には大きなコスト削減になるのではないかと……」
「………………」
暫しの沈黙の後、丸メガネの男が口を開いた。
「非常に興味深いアイディアです。非常に……。しかし、とても私の一存で決められるアイディアではない。ギルドのトップの、えらーい人たちが集まって決めなくてはなりません。だが、ここが商業ギルドの本部でよかった。これで私の出生の道が大きく開ける……かも知れません」
表裏のないような、そんなように思える言葉と笑顔だった。
馬鹿げてると突っぱねられるかもと思ってた。
「でもこれ、とても一ヶ月以内でどうこう出来ることではないですよね」
「ふふ、確かにそうですね。ですが、有用性が確からしいということがわかれば、私が査定の際にそのことを証言致しますよ」
「本当ですか?」
「ええ。ただ、期待はしないでください。これは、やるとなったら余りに大きなプロジェクトになります。一ヶ月でそこまで行けるかどうか……。しかし、善処しましょう。おもしろいアイディアを持ってきてくださった、黒き魔装戦士クロキヴァ様方の為に」
「えっ。気付いてたんですか」
「ええ。情報は大事ですから」
口角を上げた男の表情は、楽しそうだった。なんとなく、いい人そうな感じがする。まぁ仮に悪い人でも、誓約書があるから大丈夫だろう。




