第40話 アンバレイ家会議
「そ、それではアンバレイ家が貴族でいられるよう自力でなんとかしろ、ということですか?」
「そうなるな……」
あれからリヴィオの家に戻った俺たちは、城での出来事をメイド姉妹のふたりに話して聞かせた。
「向こうの都合で参加させるんですから、せめて商売の元金くらい提供してくれなきゃ、こっちだって出来るんならやってるっていうんですよっ」
ぷくーっと片頬を膨らませて怒るルーシア。
アンバレイ家が所有する今の金銭では、査定を合格するための納税額までは遠い。それでも領地を金銭に返還した価値と合わせて、次回の納税分はきっちりと収めるつもりだったので、リヴィオは納税する予定だったお金は査定を合格する為の資金にし、支払えなかった場合でも免除して貰うことをお姫様たちに取り付けていた。
「あっ! ガラード・フールバレイという貴族のかたは、確か数ヶ月後に猛者どもと戦うとかっておっしゃっておられましたよね! フールバレイ家、怪しくないですか!? 何か仕組んだのではないですか?」
「わ、フリアちゃん賢い!」
皆で囲んだテーブルの椅子から、がたん!と勢いよく立ち上がったフリアデリケが、栗色の瞳をらんらんとさせる。ルーシアは拍手を送った。
「ああ、私もそう思ってな、そのことは宰相に伝えておいた」
「流石、リヴィオ様!」
今度はそちらに拍手を送るルーシア。
「だが、闘技大会のことではないかと思われることを言っていただけだからな。他の貴族から大会の話を聞いただけかも知れん」
「ふんっ。全部あの無礼者が悪かったらいいですのに」
ルーシアが再び片頬を膨らませる。相当、ガラードってヤツを嫌ってるのかな。
「まぁ、それは置いておいてだ。これからどうやって査定に受かるかだ……。皆にアイディアを求めたい。期日までに納税が間に合わずとも、後に納税の見込みが充分あると判断された場合、合格できるそうだぞ」
リヴィオはガラードと婚約してアンバレイ家を存続させようとしていたけど、ガラードの家のフールバレイ家ってのは、リヴィオたちが苦労してる納税を簡単に肩代わり出来るほど莫大な財を持っているらしい。
「じゃあ、いいアイディアを出した人には、ゴロー様のチョコレートを貰えることにしましょう!」
「えっ!? ルーシアお姉ちゃん、いいの? いいんですか、ゴロー様っ!?」
「あ、ああ、いいよ」
そう言うと、ふたりの姉妹は「わー!」っと手を合わせて喜んだ。
俺はストックしておいたミルクチョコレートを4つほど、テーブルに置く。
「こほん。では、これよりアンバレイ家会議を始めたいと思います。司会は私、リヴィオ様が5歳のときからこの家に12年務めております、メイドのルーシアが担当致します」
彼女が立ち上がってそう宣言すると、リヴィオとフリアデリケが拍手を始めたので俺も参加した。
「では、発言があれば挙手願います」
「はい!」
「はい、フリアちゃん」
「ゴロー様のミルクチョコレートを販売してはどうでしょう!」
皆の視線が俺へと集まる。
「うーん。連続で変身して変身解除するのには、限度があるんだよね。3回目以降は一定時間空けないと、体力が削られていっちゃうんだ」
「そうなのですか……じゃあ、ご無理は出来ませんね……」
「だが、少数でも貴族に売ればいい収入になるかも知れない。ロゴー、無理のない範囲でいい。お願いできるか?」
リヴィオはそう言いながら、残念そうにするフリアデリケの栗色のショートヘアーに手を伸ばし、優しく撫でた。
「ああ、わかった」
「では採用ですね。じゃあ、フリアちゃんにチョコレートを」
「わー、やったあ!」
テーブルに置かれたチョコの1つを姉から手渡され、フリアデリケはぴょんぴょんと飛び跳ねる。
無邪気で可愛い女の子だ。けれど心配性なところがあって、リヴィオと俺が旅から帰ってくるまでは不安がることも多く、こんなに元気ではなかったらしい。
そういえば、エステルも実は怖がりだって言ってたな……。今頃どうしてるかな……。
「さぁ、皆様この調子でどんどんアイディアを出してくださいね。ゴロー様のチョコレートが貴族に売れたとしても、それだけでは納税金額にはとても足りないかも知れませんから」
「ああ。こんなことになるとわかっていたら、ロンドヴァルを修理に出さなかったのにな……」
査定は1年毎ではなく3年毎なのだそうで、税金はそのときに3年分、一遍にかかる。その為に金額も大きくなってしまう。
それから、暫くは女性3人が色々と提案したのだが、あまりいいアイディアは出てこなかった。
ここは俺が現代人の知識でもって活躍すべきところだとは思うのだが……。うーん。
「はい」
「はい、ゴロー様」
「はちみつがアンバレイ家の領民から送られてきてましたが、領地では他にどういったものを生産したりしてるんですか?」
取っ掛かりになればと思って聞いてみると、アンバレイの領地では食糧生産が主に行われているそうだ。パンに適した小麦がメインだという。
そういえば、乾燥パスタは硬い小麦だって聞いたことあるな。パンに適してる小麦だというのなら、うどんもいけるかな。
でも、うどんってどうやって作るんだ? スマホがネットに繋がってればわかるんだけど、俺のスマホはネットには繋がっていない。
あ、そうだ。以前、役立つかもと辞書のアプリをインストールしてた気がするぞ。全然使ってなかったけど。
そのアプリを見つけ、『うどん』を引いてみると、小麦粉に少しの塩を加えて水でこねて薄く伸ばして細長く切って茹でたものだということが書いてあった。おお、こんな細かく書いてあるとは。
「はい!」
「元気がいいですね、期待してもよいのでしょうか。ゴロー様どうぞ」
「うどん屋をやってみるのはどうだろう」
この世界にうどんは存在していなかったので、俺はうどんについて皆に説明する。
「むう……。美味しそうだとは思うのだが……。一ヶ月のうちに長い行列でも作らねば、認めては貰えないぞ。私たちに出来るだろうか……」
「そうですねぇ。つゆは作れなそうですし……。あ、でもパスタソースで食べても美味しそうですね」
「……ルーシアお姉ちゃん、よだれ」
「ハッ! い、いけない、いけない。と、とりあえずアイディアのひとつとして保留しておきまじゅる」
「もう、食いしん坊なんだから~」
笑い声が広がる。
その後も小麦粉を使っていて、前にいた世界で専門店が存在していた料理を参考に、ハンバーガーやドーナツ、サンドイッチを提案してみた。
「ううぅ……ゴロー様のお話を聞いていたら、すごくお腹が空いてきちゃいました」
話を聞いて嬉しそうな顔をしていたルーシアは、次第に切なそうな顔に変わっていっていた。
「サンドイッチはこの世界にもあるが、ゴローの言うような耳のない三角形のものではないな。それに、マヨネーズというものもない。確かに聞くと、どれも美味しそうだな」
「じゃあやっぱり査定に合格するには難しいかな……?」
「そうだなぁ。うどんのときと同じで上手く行くかどうかは……。それに、ドーナツというものは砂糖がないとな。揚げる為の油も安くないから費用がかかってしまうし……」
「そうかあ……」
結局、これだ! といったアイディアにはならなかった。
一ヶ月で高い成果を見せないといけない食べ物の屋台は難しいだろうか。マヨネーズの作り方もわからないしなぁ……。
うう~ん。
となると、他には……。
「あ、カジノ経営とかはどうだ?」
「かじの?」
メイド姉妹の声が被る。だがリヴィオは知っていたようで、
「無理だ。あれは元手がなければ。大金が動くからな」
「うう、そっかあ……」
「かじのって、どんなものなのですか?」
フリアデリケの質問に、俺はカジノとゲームについて教えてやる。この世界にもトランプはあったが、リヴィオもブラックジャックなどのルールや、スロットマシンなどは知らなかったので、興味深そうに聞いていた。
「わぁー楽しそうです。ぶらっくじゃっく、やってみたいです! あ、今ではなくて! その、もしお時間の許されるときがありましたら……!」
「うん。了解。他にも色々知ってるから。この世界にもあるかもだけど」
そうそう、メイド姉妹のふたりには、自分の素性は話してある。どこまで信じているかはわからないが。
「そのときは私もお願い致しますね」
「私も誘ってくれ」
皆でトランプするのは楽しそうだ。
先の楽しみも出来たことだし、頑張っていいアイディアが出るよう考えてみるか。




