第39話 手合わせ
ああ、そうだ。思い出した。軍隊長だ。先の戦争で軍隊長だった人に、手合わせを申し込まれてしまった。
これはつまり、俺の実力のほどを見てからじゃないと、頼み事が出来ないということだろう。
「わかりました」
俺は一歩、彼の前に歩み出る。リヴィオも察しているのだろう、何も言わない。
「……聡明じゃな」
可愛らしい笑顔を咲かせる姫に、軍隊長だったイヴァン・ドレッドバレイも口角を上げて頷く。
それから、近衛兵が俺に刃の付いていない剣を渡そうとしてきたが、断った。イヴァンはそれを使うようだ。
彼と俺は部屋の中央へ、他の者たちは端へ寄る。
俺はベルトを出現させた。
「変身!」
多くの人が見守る前で声を出すことに恥じらいとためらいがあったが、この掛け声は自分の中では変身ヒーローとしては外せない。
変身し終わると、人々が「おお……」などと声を上げた。嬉しいなぁ。誰にも見られないマスクの中で、笑み崩れてしまう。
おっと、気を緩めている場合ではない。相手は軍隊長をやっていたほどの男だ。凄い実力者に違いない。
その彼は、先の戦争の際にはひときわ目を引く豪華な鎧を着ていたが、今は軽装の鎧を纏っている。それでも気品を感じる装飾がされていて、お高そうな鎧だ。
彼は刃の無い剣を鞘から引き抜くと、鞘を近くの近衛兵に放って渡し、構えを取った。
「準備は宜しいか?」
「はい」
「では、参る!」
イヴァンが駆け寄ってくる。鋭い斬撃が来るだろうと予測し、身構えた。だが、予測不足の部分があった。イヴァンの斬撃の際の踏み込みの深さだ。一定のペースで近付いてきていた彼は、突如その距離を縮めた。
(うッ!)
声こそ上げながったが、間一髪だった。躱すつもりだったが間に合わず、左前腕の硬質の装甲で受け止めた。刃が無いとはいえ、けっこう痛い。
だが、相手が射程に入った。俺はその体勢のまま一歩踏み出し、イヴァンの胸部へと拳を突き出す。寸止めするつもりだったが、その前に彼は身体を横向きに回転させてそれを避けると、素速くバックステップで距離を取った。
流石、軍隊長だ。
今度はこっちから仕掛けよう。俺は彼と同じようにその元へ数歩ゆっくりと駆けた後、2メートル程の距離を跳んで素速く飛び込んだ。
「ぬぅッ!?」
跳びながら右拳を突き出し彼の胸を狙ったが、既の所で左に避けられてしまう。そして、横ざまに剣を払ってきた。それを再び左前腕で受け止めつつ、俺は右脚で回し蹴りを放つ。
「……お見事」
イヴァンの左上腕に当たる直前で寸止めしたその脚を、彼の言葉を受けてゆっくりと下ろす。
周りの人々も、パラパラとだが拍手してきた。
「姫」
イヴァンは白い歯を見せた良い笑顔で、リズオール姫へと顔を向けた。同意を求めているようだ。
「うう~ん……うむむむ……。ようわからんのじゃ!」
「えっ」
予想外の反応にポカンとするイヴァン。
お姫様は腕を組んで思い悩む様子を見せている。
「ドラゴンを倒したのじゃろう? びゅっと跳んだりして凄いのはわかったのじゃが、何かこう、他に凄いものはないのか? ドラゴンとスライムはどっかーんと凄かったと聞いておるぞ!」
姫の視線がこちらへ飛んできた。
「黒き魔装戦士殿っ、あれを! 炎の剣を見せては頂けないか?」
「あ、ああ、はい」
ベルトのクリスタルをドラゴンクリスタルにモードシフトする。それからベルトのレバーを下げた。
『ブレイズブレイド』
「おお!?」
ベルトの音声が鳴って炎の剣が空中に現れると、姫が声を上げる。炎の剣を掴み、姫の言葉を待った。
「お主……それ、手に持って熱くないのか?」
思ってたのと違う言葉が来た。
「あ、はい。熱いですけど、持っていられないほどじゃあないです。赤いクリスタルを使ってると、炎に強くなるみたいで」
「そうなのか……。うん、これは凄いのじゃ!」
「では、姫」
「うむ。この者に任せてみようではないか!」
変身を解いた俺とアンバレイ家の当主であるリヴィオに、姫は語りだした。
話によると二ヶ月後、この国で闘技大会が開催されることが決定したそうだ。だが、ただの闘技大会ではない。アグレイン国の代表と、ドラゴンが出てきたときに戦っていたレンヴァント国の代表、そしてそれらの国の貴族の代表による、代理戦争なのだという。国に所属している貴族なら、どの家でもひとり、出場させることが出来るのだそうだ。
「優勝賞品は、相手国を含む国境沿いの手付かずの土地と、その地への不可侵条約なのじゃ。近年、その場所の魔石の量が予想よりもずうっと多いことがわかってのう。魔石による利益を手にしたい互いの国の貴族に煽られ、国同士の諍いも大きくなった。……お水」
最後の一言は小声で、傍らの高官っぽい初老の男性に告げた。男性が近くの近衛兵に命じると、その兵は謁見の間の外に待機しているメイドの元へと駆けていった。
姫は言葉を続ける。
「じゃが先日、何者かがドラゴンという、戦場だけでなく両国に大きな被害を出しかねない危険な生物を生命を賭して召喚した。その結果、レンヴァント国側は危機感を感じ、休戦へと動いた。だが、これは仕組まれたものなのじゃ。闘技大会を開催する為にの。仕組んだのは我が国の貴族か、レンヴァント国の貴族か、あるいは両方か……。複数の貴族によるもののようじゃ。すべては彼の地の魔石を我が物とする為。戦争に勝って国家がその土地を手に入れたのでは、何かしら関わって利益を得れたとしても、土地そのものを得る利益に比べれば小さなものじゃからの」
そうして話しているうちに、メイドが水差しとグラスの乗った銀のお盆を持って静々と歩いてきた。
「情けない話じゃが、そういった貴族の横暴を止められなかった。休戦になり、多くの者が傷つかずに済んだのはよいことじゃが、横暴な貴族が利権を手にして力を付ければますます手に負えんことになるし、相手国に利権が渡るのも将来的には脅威となる。我が国の将来のためにも、民たちの豊かな暮らしのためにも、なんとしてでも勝ちたいのじゃ。クロクィヴァ……黒き魔装戦士よ。お主に我が国の代表として戦って貰いたいのじゃ」
ふうっと言い終わって一仕事ついたといった感じのお姫様は、グラスに注がれた水をこくこくと美味しそうに飲み始めた。
成程、そういう理由で俺に白羽の矢が立ったのか。
「姫様。大事なことを言っておりませんぞ」
「っ!? けほっ、けほ。うぅ……なんじゃ?」
「では私、宰相イェルニームがお話致しましょう。黒き魔装戦士殿、闘技大会は表向きにはわざわざ告知は致しませんが、力及ばず、殺しも有りということになってしまったのです。表向きとの兼ね合いで、審判が動けなくなったと判断した相手の命を奪ってしまえば失格となってしまうでしょうが。大会には上級治癒魔術師を2名、上級浄化魔術師を2名用意する予定ですので、すぐに死んでしまわなければ治療は出来ると思われますが……。また、即死する毒の使用、及び観客にまで被害が及ぶ行為は禁止となりましたが、ルールもそれくらいで、あとはなんでもありです」
……マジですか。
困ったな。俺はてっきり、呼び出されたのは魔物の討伐か何かだと思っていた。メデューサが持っていた杖で身体が上手く動かせなくなったときのことを思い出すと、対人戦には不安がある。
横にいるリヴィオがどう思っているのかと見てみると、困った感じの顔をする彼女と目が合った。
「すみません、ちょっとリヴィオと相談してもいいですか?」
「う、うむ」
グラスの氷をあ~んしているところを宰相に窘められていた姫様の許可を得る。それを見たリヴィオはにやける顔を必死に堪えつつ、小声で相談する為に俺に顔を近付けてきた。姫が愛らしくてたまらないといった感じだ。こんなリヴィオは初めてみた。格好も普段と違ってキラキラしているし、普段より魅力的に映ってしまう。
「お姫様、可愛いな」
「ああ……大変可愛らしく、それでいて可憐で……国宝だ……」
「そ、そうか……。それでだな、俺はその、出来れば闘技大会に参加したいと思ってるんだけど、どうだろう。勝てるのかな? 俺」
「……わからん……」
「鉱山でさ、メデューサが使った魔法の杖あったろ? ああいうの使われたら、負けちまわないかな?」
「ああいうポピュラーな妨害魔法は対策が取れる。他の妨害魔法を使われることもあるかも知れないが……わからないとしか言い様がない」
「リヴィオは反対か? 俺が出るのは」
「私個人としては反対だな。心配だからな。だが、決めるのはロゴーだ。ひとつ言っておくが、先程の戦いでイヴァン・ドレッドバレイに勝てたと思うのは早計だぞ。彼は魔装も魔法も使っていなかったし、ロゴーはイヴァンの攻撃を受け止めていたが、魔剣ならそうはいかないかも知れないしな」
成程……。でも、勝てるかわからないってことは可能性がないわけじゃないんだな。
「だったら、イヴァンに任せたほうがいいのかな?」
「わからんが、イヴァンがお前を推薦したように見受けられた」
「じゃあ、イヴァンは自分より俺のほうがいいって思ったってことか?」
そこでリズオール姫が声を上げる。
「あ、そうじゃ、もうひとつ言い忘れておった。国の代表はもうひとりおるのじゃ。先程、お主と手合わせをして貰ったイヴァン・ドレッドバレイじゃ」
「あ、そうなのですか。何人も出れるんですか?」
「国の代表だけは、特別に2人なのじゃ」
そうなのか。イヴァンも出て、その彼が俺を勧めるのなら……。
姫に向けた顔を再びリヴィオに向けると、彼女も丁度こちらを向いたところで、鼻と鼻がくっつきそうな距離にお互いが顔を赤くした。膝枕して貰ったときと同じいい匂いがするし、なんだか鼓動が高鳴っているのは、吃驚したからだろうか。
「リ、リヴィオ。イヴァンはなんで俺を推薦したんだと思う? 俺は彼の剣を避けれてなかったのに」
「……避けれずともガードは出来ていたし、相手が魔剣なら当然、対処法を変えたりするものと思っているのではないだろうか。ロゴーがこの世界に疎いということは知らないだろうから。国の代表としては、イヴァン以上の戦士がいないからだろう。それ以下の者が出ても結局はイヴァンに負ける」
「でも、負傷したら……って、死ななきゃいいのか」
「ああ。だからロゴーを推薦したのだろう」
そういうことか……。だったら、あとの問題は死なないってことだな。うーん。変身していれば即死するようなことはないと思うんだけど……ないよね?
「なぁ、即死魔法ってないよな?」
「威力が強力ならあり得るぞ」
「あ、いや、そういうんじゃなくて。えっと、食らうと心臓が止まったりして死ぬーとか、なぜか死ぬーとか、そういうの」
「聞いたことはないな。時間のかかる死の呪いの魔法ならあるが」
そういうのあるんだ。こわあ。でも、即死する魔法はとりあえずなさそうだな。だったら……
「姫様。そのお話、お受け致します」
「おお、そうか! ありがとうの!」
「リヴィオ・アンバレイも、このように優秀な人材を我が国の為にありがとうの! 国の代表としてアンバレイ家から黒き魔装戦士が出ても、アンバレイの出場権利が無くなったわけじゃないからの。リヴィオ・アンバレイ、そなたも出場するか?」
「いえ、私の家は次の査定で貴族としての階級を失ってしまうでしょうから、出場資格も失くなってしまうでしょう」
「へ?」
すると、なぜか辺りに沈黙が流れた。動揺したリヴィオが周囲を見回し「あ、あの……」と声をかけた後、周りの人々が次々に驚いた声を上げる。
「な、なんだ、なんだ?」
「わ、わからん!」
こっちを向いたリヴィオはちょっと涙目だった。憧れのお姫様の前で粗相をしてしまったのかと、あわあわしている。
「こ、困ったのじゃ! 宰相、どうしよう!」
「どうしようと申されましても……。国がどこかの貴族に肩入れするような真似は厳禁です。アンバレイ家の方々になんとかして頂くしか……」
「リ、リヴィオ・アンバレイ! 頼む、どうにかして査定に合格して欲しいのじゃ!」
「ど、どういうことでしょうか?」
「貴族どもが、国が特別にふたりめの代表を出すためには、この国の貴族の家の中から出せと条件を付けたのじゃ。貴族に信用されておらん国ではダメだとか、身元の怪しい者が国の代表といえるのか、などと言うての。平民とてこの国の立派な一員であるというのに、強い者を呼ばれたくないわけじゃ。まったく腹立たしいっ」
……代表の中で俺が一番、怪しい人物な気がするけど。
「じゃから、アンバレイ家が貴族じゃなくなってしまうのは困るのじゃ!」
「そ、それならば、イヴァン・ドレッドバレイをふたりめの代表にしてはどうでしょう? ひとりめは平民からでもいいのですよね?」
「それは出来んのじゃ……。イヴァンを狙う貴族は多く、彼を代表にしたことは知れ渡っておる。今更ふたりめにすることは許されんじゃろう」
「そ、そうですか……」
「じゃから、頼む! リヴィオ・アンバレイよ!」
「じ、尽力いたしますが、難しいかと……」
「やるだけやってみてはくれまいか」
「わ、わかりました……」
かくしてアンバレイ家は一転、貴族階級に存続する為、残り一ヶ月に迫る査定に向け動き出すのであった――。




